安価『日曜日 早朝の風景』

「……ッ、クアァ…………眠い、眠過ぎる……」
 雨上がりの湿った匂いが、涼しい風に乗って開け放った窓から吹き込んでくる。
 朝ぼらけに雀がちらほらと鳴き始めるこの時間帯は何処か澄み切ったような、いつもとは違う世界のような違和感があって俺はとても気に入っていた。
 コポコポと音を立てて良い香りを振り撒くコーヒーメーカーは、男の時から愛用しているものだ。朝の総てであると言っても過言じゃない。

 ……だが、
「……弁当、べーんーとーうー……作んねぇとなぁ…………勝手に出来てたりしねぇかなぁ……女って面倒くせぇなぁ……」
 清浄な空気を濁す美少女が一匹、ソファの背もたれに沈んで呪いのようにブツブツと呟いていた。……つまり俺だが。

 今日は『親友』、もとい先日『親友』ではなくなったアイツと過ごす初めての休日だ。
 以前ならゲーセンに日がな籠って
「てっめ……! ノワラン禁止だろこの厨房!?」
「勝てる手段に糸目はつけん。五連勝もすればもう満足だろう? 素直に負けろ」
 なんて会話をしていれば済んだ休日はもう過去の話。


「……おいバカ、これはなんだ?」
「遊園地のチケットだ、新聞屋にもらった」
「うそこけ」
「ああ、嘘だ」
「……ゲーセンじゃいかんのか?」
「お前とはいつまでも『親友』だけでいたくはない」

 なんてやり取りをかまされれば、流石にこちとらちっとは構えてやらないと可哀相だろう。
 ……思い出して顔に血が昇ってる気がするのは気のせいだ。ああそうだともさ。これだって仕方なくだ。仕方なく必死こいて早起きしてやって弁当の一つでも気紛れに作ってやろうと思っただけだ。ああ、なんて健気な俺――違う違う、健気じゃなくて単なる気紛れだっつーの。

 ……そんな風にアホらしく唸っていた俺の意識を、突然のチャイムの音が現実に引き戻した。

 ――――ハイ?


 猛烈な程の嫌な予感。

 異常である。
 いくら朝とは言え、まだこんな時間帯だというのに人の家を尋ねる人間は俺の知識には――――いた、バカが一匹。

 直後、傍らの携帯がメールの着信を告げる。

 ……眠気が一気に吹き飛んだ。



『玄関前だ。おそらくいつものように起きている筈だろう。裸Yシャツにモーニングコーヒーを持って出迎えてくれると非常に嬉しい』
「……いつからトンマの王様になったこの大馬鹿野郎は…………」

 ……しかも今の格好は、憤懣やるかたないがまさにそれ。男の夢と希望がツマったアレである。


 催促するように再びチャイムがなる。いくら俺の親とも仲が良いとは言え、親しき仲にも礼儀在りという言葉を知らんのか奴は。
 っつーかモーニングコーヒーって普通一緒に朝を迎えた後に『ハイ、どうぞ♪』『う、ん……ああ、ありがとう』なんて同じベッドでやるもんじゃないのか。……うわ、なんかそれぞれに当て嵌めたら怖気が走ったよお母さん。



 ……二回で止まったチャイムに見え隠れするのは、多少の不安。
「――ああもう、しゃーねぇなあ……」
 渋々ながら、重い体をソファから引き剥がす。

 ――仕方がないので、『俺が飲む為の』コーヒーを淹れてから『面倒なので』このまま出迎えてやる事にしよう、とは思う。


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最終更新:2008年09月06日 22:18
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