「……うぜー」
下敷きを、ぶんぶんと振る、夏の午後。字余りなし。
ギラリと鋭い日差しが、空調どころか風一つない教室の窓から矢のように刺さる。
外から響く蝉の声は、最早時雨というより豪雨だろうか。誰もアンコールなどしていないのにエンドレスで素敵なBGMを繰り返し、蒸し蒸しとうだる暑さに華を添える。
こういう時ばかりは、熱を保ちやすい長髪が本気で鬱陶しい。黒の熱吸収率がいいなんて決めたのは何処のどいつだ。
まあ男の時に比べると、スカートその他が涼しくて助かるのが救いではあるけれど。
チャイムが一つ、場違いに涼しげに鳴り響く。
下敷き片手の授業が終わり見れば、教室端の机の上で茹で上がるバカ一名。ピクリとも動かない塊が気になり、寄ってつついてみるが返事はない。ただの屍のようだ。
……これを見ていると思わず合掌すると共に、自分の席が南の窓側でなかった事を心から感謝してしまう。南無三。
と、塊がぐるりとこちらを向いた。
「……まだ、ホトケでは、ないぞ……阿呆……」
「そりゃお釈迦様もビックリだ」
傍らで合掌する俺を見上げる視線は、ともすると修羅の如く。もっとも断末魔だが。
「っつーか人を睨む余裕があるなら移動すればいいじゃねーか。10分程度だってだいぶ変わるだろうに」
「……最早動くのすら面倒だ。俺は死に場所を見つけた……」
「やっすいなー、一山いくらだお前の命」
「…………どうしようもなく不服だが、言い返す気力もない……」
「ありゃま」
そこまで言うが早いか、日差しに晒されて随分とホカホカなエビアンを一飲みして、また机に崩れる落ちるバカ。
ダラダラと汗の伝う首筋を何気なく垂れた髪先でくすぐるが、反応なし。溜め息一つ無い。
……これはまあ、本格的にダメらしい。まさにグダグダである。
――仕方が無い、あまり気は進まないと言えば進まないが、まあ死なれたらこちとら少し夢見が悪い。
ちっとは元気づけてやらにゃ、まあ親友兼恋人の名も廃るだろう。いや別に励ますとかではない。自分の為だ。誰がコイツの為なんて、そんな事はスケカクが印籠出す前にフクロにされるよりも有り得ない。よし、言い訳オーケー。
――ふぅ、と息をつく。
「……仕方ない、聞けバカ」
「……何だ阿呆」
「次の次は今日も元気に水泳だ」
「……それがどうした……ついでにそろそろ観念してスポーツタイプではなくスク水を着ろ親友……」
「あいよ」
………………
みんみんみんと、一瞬の沈黙を繋ぐ蝉の声はマヌケだ。
「……スク水に種類があるのは理解しているな?」
「以前の、もとい男時代の会話の通りに。ただし今日もスポーツタイプも持って来てはいる」
「……条件はなんだ」
「とっとと起きろバカ、元気出せ。少しは扇いでやるから」
話が早くて助かる。こればかりはコイツの数少ない美徳の一つだろう。考えつつパタパタと扇ぐ。
――にも関わらず、相変わらずバカは突っ伏したまま動かない。
「……いらないのならこっちは別にいいけどさ」
……正直ちょっとショック……なんて事はない。ちょっと寂しげな声音になったのは俺の気のせいだ。まあ、流石にちっと調子に乗り過ぎたかな、とは思ったけれど。
「ま、待て、少し待て、後少しで構わん」
と、突然バカがいきなりそのままの体制でグルリと首をこちらへ回した。……何故か僅かに焦り顔で。
思わず首を傾げる。
「…………?」
「……いやまあつまりだな、今のやり取りにより益体もない思索が進み、結果として俺の身体、主に腰部を中心とした部位にちょっとした変化がな、それを由に上半身を起こすのが今は少し困難でな」
「………………まあ、つまり」
「勃った」
「うん、判らんでもないがやっぱり死ね」
――シレッと答えるバカの首に、ゴッ、と手刀を叩き付けてみた。
最終更新:2008年09月06日 22:20