「……ッ、ハ、ァッ――――」
――思わず体の奥から熱い吐息が零れて、落ちる。少しだけ羞恥心が湧いて、俯せの顔を強く枕に押し付けた。
服の上から、体の隅々を探るように撫でる手。
上に強く、けれど優しく覆い被さる重さが少し苦しくて、温かい。
「ツッ、ア……バカ、ちょっと、くるし……」
「………………」
枕を通した弱々しい抗議。答える事もなく、アイツは黙々と手を進める。……なのにかかる重さが少しだけ軽くなって、本当に少しだけ嬉しくなった。
首筋を、背骨を、腰を伝う手。それを阻むように絡んだ髪を、優しく梳いて解く指の感触。
「……ッ」
時折思い出したようにゾクリと走る何かを、シーツをギュッと掴んで耐える。
「………………」
それに気付いているのかいないのか。
アイツの顔も見えない暗い視界の中で、ただやわやわと体を這う手を、指だけを意識している。
「ヤッ、ッア……ハッ、気持ち、いっ――」
――意識のフィルターを通さず、喉を震わせて言葉を紡ぐ。
意味もなく瞼の端から涙が零れるのを感じて、息が詰まる程強く顔を埋めた。
――酸欠か、芒と靄に包まれたような意識。闇に包まれた世界。
感じるのは、アイツの匂いと、重さと、温かさと。最早自分の心音すら、どこにあるのかが良く判らない。腰にある熱の塊すら、判別が付かない。
――時折近付く僅かな息遣いだけが、この意識を現実に引き止める。
「――ふぁ、っう……」そこには雑音すらなくて、ただ包まれていて。
「ヤアッ……も、う……イヤ、だ、から……はや、く――早く、して」
あまりにも心地良くて。
「……もう、いいのか……?」
耳に響く低い声が、辛い程に、愛しくて。
「だい、じょうぶ、だから――
――もう、して欲しい、よ」
――何を口にしているのか、自分でも判らない。
刹那、鋭い痛みが体を貫いた。
「アッ、グ――――」
グイと、背後からのし掛かってくる重み。
意識にかかる靄は急速に晴れて。
「……痛ッ、イタタタタタッ! ちょ、タンマタンマタンマッ! ギブするから指離せぇッ!」
「……だからもういいのかと聞いたろう、阿呆。俺のマッサージはそう安くないぞ」
――俺は思わず、布団に全力でタップしていた。
「…………イテテテ……もうちょい加減しろよな、こっちゃーか弱い乙女なんだから……」
筋肉を柔らかくする為に腰に貼ってあったカイロを外しながら、目の前のシレッとした顔に非難の視線をくれてやる。
それを意に介した様子もなく、今日も今日とて溜め息をつく男が一人。……本当に溜め息で幸せが逃げるなら、コイツは既に幸せの借金地獄なんじゃないだろうか。
「だから事前に言ったろう、俺のマッサージはそんな生温いもんじゃないと」
「つっても初めの方はかなり良かったんだが……あれだけ続けてくれれば問題ないと思うのは俺の間違いなのか?」
「それじゃコリはほぐれんがな。胸が重くて体が凝るだのなんだのと最初にほざいたのは何処のどいつだ」
「仕方ないだろー? こっちはお前のマッサージは初体験だったんだから……知ってりゃ頼まねーよチクショウ、イテテ」
「軟弱だな」
「……お前俺を何だと思ってる」
「ご期待に沿えなくて申し訳ないが、今は親友だ。男のな」
……飄々と返してくる親友は、確かに『パッと見』普段と変わった様子はない。多少顔に出るのは抑えられるようになったようだ。
――だが、まあ。
「ところで」
「……うん?」
嫌な予感を感じたのか、顔をしかめて後退る親友。だがもう遅い、遅過ぎる。
ニヤリと浮かべた笑みは、自分じゃ見えないがきっと物凄くタチが悪い。
「……その親友クンは、親友の体を弄ってテントを張っちゃう変態なんスかね?」
「ッ―――――!?」
慌てて後ろを向いてベッドに俯せるバカが一人悶えている。非常に愉快痛快。
……そんなバカに、背中から覆い被さった。グイとわざと強く胸を押し当てる。
「――――ッ!?」
「……なぁ…………」
ビクリと体を硬直させたのをいい事に、耳に触れるような距離まで口を寄せる。
「な、なにを――」
「あの、さ」
ふぅ、と息を吹き込むと、一つ跳ねる体が可愛らしい。
だから、クスリと一つ笑って、
「だ、だから、何を――」
「……もう一つの初体験、してみるか――――?」
一つ、トドメを刺してみた。
「ハッハァ、かかったな煩悩小僧! これが俺のマッサージだ、ラ○ァが死んだ時のあの苦しみ、存分に思い知れぇっ!」
「ちょっ、おま、そこは筋がイテテテテテテッ! 入る、入っているからやめろと貴様イタタタタタッ! 判った! 俺が全面的に悪かったァッ!」
最終更新:2008年09月06日 22:20