安価『バイオハザード』

「一体何なんですか博士……いきなり実験だなんて、僕は何も聞いてないですよ?」
「そりゃ何も知らせておらんからの」
「……あのですね……」
 いつもと変わらず掴み所のない様子でかんらかんらと笑う博士に、僕は深い溜め息をつ
いた。

 唐突に動物実験をやるとえられたのはついさっきの事だ。なんでも新種のウィルスを見
つけたらしいのだが、突然さもさることながら、その情報が僕にとって初耳だという事自
体が既に僕には悩みの種以外の何物でもないのである。

 伝染病研究の権威と名高い博士の役に立てばとわざわざここへやってきたというのに、
この人はいつもこうなのだ。助手を驚かせる為に研究成果を秘密にするなんてどんだけ本
末転倒なのかと。世の中の助手とか秘書とかそういう人達をなめているとしか思えない。
いっぺん謝罪したらいいと思う。

「まあまあそう腐るなよ真君、儂としてもこれは偶然の産物だったんじゃからの」
 僕のうんざりした表情に、ニヤニヤ笑いながら言い訳を返す博士にもう溜め息すら出
ず――やっぱり溜め息をついた。
「もういいですよ……で、その新種ウィルスとやらはどんなものなんですか? 病原体な
らば実験でそうすぐに結果が見えるものではないと思うのですが……」 いくらなんだっ
て、感染してすぐに影響が目に見える病気もないものだろう。 そう思って問い掛けてみ
ると、博士はまた悪戯っ子のようにニヤリと笑う。
「それは見てのお楽しみ、じゃよ。さあ着いた」

 足を止めた先にあったバイオハザードのマークのついた気密扉を抜け、消毒室に入り、
用意されていた気密服を着て――うん?

 ……笑顔で気密服に収まる博士を思わずうろんな目で見つめる。
「……もしかして、かなり危険な実験だったりするんですか? これ……」
「危険、というのとは少し違うが――空気感染する上、かなり感染力の強いウィルスなの
でな」

 博士、それを危険と言います。



「では始めようかの」
「何か手伝いますか?」
「いや、そこで見ていてくれて構わんよ。何、装備こそいささか仰々しいが、やる事は簡
単じゃ」
 そう言って、博士は件のウィルスらしきものを小さな容器から注射器に取る。
「これを」
 そしてもう片方の手に、慣れた手つきでハツカネズミを囲いから取り出す。
「こいつに」
 そのまま、躊躇う様子もなく博士はハツカネズミの背へと針を立てた。
「ぷすっと」
 そして再びハツカネズミを囲いへ戻し、こちらへ邪気の無い笑みを向けてくる。
「するだけじゃからの」


「……終わりですか」
「終わりじゃ」


「…………博士」
「まあそう急(せ)くでない。それにじゃな――」
 博士のあまりの安易さに詰め寄ろうとした僕をいなしつつ、博士はそちらへ顎をしゃく
る。

「どうやら、もう始まっておるようじゃぞ?」
「え?」


 その瞬間、断末魔のような鋭いネズミの鳴き声が滅菌された空を裂いた。

「な……ッ!?」
 息を呑む。
 囲いをのたうちまわりながら、キーキーと鳴き声を上げ続けるネズミ。
 ――その体が、まるで中で何かがうごめくように隆起を繰り返している。


「なっ……なんなんですかこれは、博士っ!」
「だから、見ていれば判ると言っとるじゃろうに……」
 そう言って笑う博士の顔はいつも通りの飄々としたもので、
 故にこそ、怖気立つような寒さが背筋を走った。
 のたうちまわるネズミと、それを微笑を浮かべて眺める科学者。

 なんだ、これは。

 意識せず、目の前の光景から一歩後退る。
 これでは、まるで。

 最期に一声上げ、クタリと倒れてネズミは動かなくなる。
「……さて、終わったようじゃの」
 それを変わらぬ微笑みで手に取り、こちらへと向けてくるその姿は。

「……さて、真君。ではこのハツカネズミの何が変わったか――」

 まるで――――


 その、刹那だった。
「ぐっ――!?」
「は、博士ッ!?」
 手の中のネズミが突然目覚め、博士の気密服の指の部分を食い破っていた。

 僅かに傷が中まで達したのか、白い気密服に小さな赤が伝う。
 それは小さな赤。
「……ぐ、あ…………!」「博士! はか……!」
 ぶるぶると震え出す博士の体。
 それはあまりに小さくて。
「……あ、あ」
「――はか、せ?」

 あまりに、致命的。


「が、あああああああアアアアッ!」
「――う、うわああああああああッ!」

 腰を抜かした僕の前で、『肉』の砕ける音を響かせながら変質していく何か。暴れる内
に気密服は脱げ、その姿が露となる。

 艶めきを失った長い白髪は、肌は、まるで生気を吸ったように潤いを取り戻し。
 衰えていた体は、僅かに縮みつつも急速に代謝を取り戻し、異質な物へと置き換わる。

 そして、その総てが終わった後に座り込んでいた、その姿は。
 まるで――――


「……っつう……やれやれ、まさか自分自身で人体実験をする羽目になろうとは……全
く、酷い目にあったものじゃ」
「……あ、うあ?」

 ――というかなんというか、紛う事無き銀髪の小さな少女がそこにいた。



 冷静に、冷静にと自分を諌めつつ、恐る恐る声をかける。
「……あの、えっと、博士、ですよね?」
「ほう、ここまで突飛な目の前の事実をあっさり受け入れるとは。流石真君、君には科学
者の素質というものがしっかり備わっておるようじゃの」
 ……鈴振るような声と姿はともかく、かんらかんらと笑うその仕草は確かに見慣れた
物。
「ま、何にせよまずはこの部屋とついでに儂を消毒して外に出んか。このままでは落ち着
いて話も出来んじゃろ」
「……はあ」
 ――困った事に、やはりその少女は飄々と『博士』をしてくれていた。



「……にょ、女体化?」
「加えて自分で試したところを見るに、人間の場合は適正年齢――おそらく15、6と言っ
たところじゃが――まで戻されるようじゃの。もしやネズミの場合でも戻っていたのやも
しれんが……ふむ、そこまでは考えが及ばなかったの。後で調べてみるか」
「適正年齢、と言うと?」
「……ふむ、この姿の儂にわざわざそれを言わせようとするとは……真君、君も存外好き
者じゃの?」
「何の話ですか! 何ですかその笑い!?」

 消毒をし、博士の準備室まで帰って来た僕が知ったのは本当に突拍子もない事実だっ
た。

「……コホン。つまり、それがあのウィルスの効果……?」
「仕組みはまだ判らんのじゃがな。それは君とおいおい調べていくとしよう」
「それは勿論ですが……ハァァ……」
 思わず嘆息して、マジマジと目の前のしょうじ――いや博士を見つめてしまう。
「ん? なんじゃ?」

 ……なんだろう、このイケナイ感覚は。
 博士なのである。
 たとえ今合う服がなかったせいで『これでいいじゃろ』などと言って素肌に白衣を着て
いたり、爺言葉を扱う銀髪流れる不思議美少女だったりしても、これはやはり博士なので
ある。

 ……だが、しかし、しかしだ――
「……ま、真君」
「……へ?」
 ……ふと気付くと、胸元を掻き抱くようにして博士がこちらを見ている。
 その仕草に、思わず胸が高鳴った。いや待とう僕。
「……ど、どうしました博士」
 それを必死に押さえ込み、動揺を隠す。
 いや、隠そうとした。
「……あ、あまり見るな……よく判らんのじゃが、酷く羞恥心を苛まれる、と言うかの…
…あ、ああそうか、もしや身体が変わった事により精神にも影響が出ているのやもしれん
な!
 ……いや? だが知識自体は何も変わっていないと言うに……何故じゃ? これも少し
調べてみるべきかもしれんの……」
 ……後半はいつもの通りなのでともかく、前半の顔を赤らめての告白は間違いなく問答
無用で、僕を危ない道へと誘って――


「うああああああ!?」
「ッ!? ど、どうしたんじゃ真君!? ――そうか、もしや君まであのウィルスに」
 待て、待てよ僕ッ! あれは博士、博士なんだって! 煩悩が、煩悩が僕を引き返せな
い道へ突き落とそうとしている!?

「――ふむ、致し方ない……まだ確信がある訳ではないのじゃが……実験したネズミの
データから一つ判った事がある」

 そうだ、落ち着けー落ち着け僕、あれは博士あれは博士可愛かろうと博士博士博士博士
……

「まあ、つまりじゃな――所謂一つの性交渉というのが、あのウィルスにとって一つの鍵
であるようでな」

 ささやき――いのり――えいしょう――ねんじろ――

「つまりは、こういう事じゃな」
 パサリと、床に布の落ちるような軽い音が耳につく。
「…………え?」
 ……ふと気付けば、目の前には白衣を脱いで、生まれたままの姿になった少女の姿が
あった。

 まこと は はいになった


「……はかせ、一応念の為お聞きしたいんですが」
「なんじゃ?」
「何しようとしてます?」
「性交渉、所謂Sexじゃな」
「誰と?」
「君と」
 あっさり答えて、銀髪の少女は首を少し傾げる。
「……何故」
「真君があのウィルスに侵されているかもしれんのでな」
「……理由はそういえばさっき言ってましたね。聞いてはいました」
「なら話は早い、早く儂を君の若いリビドーでボロ雑巾のように目茶苦茶にしてくれ」
「無茶言うなよッ!? いやそれ以前に僕は本当にウィルスとか大丈夫ですから!」
 最後に残った理性を総動員して拒否する。頑張れ最後の良心、君がパンドラの箱に残っ
た最後の希望だ……!
 ……その最後の希望をいともあっさりと、妖艶な笑みが打ち砕いた。
「……正直に言うとな、突然若くなった反動なのかは判らないんじゃが――儂自身、身体
が随分と火照っておってな……」
 フフッ、と笑いながら、小さな身体がしな垂れかかってくる。
 むにゅり、と小さな胸が僕の心臓に押し当てられた。小さな掌はくすぐるように、柔ら
かく顎を撫でる。
 幼いとすら言えるその汚れ一つない身体と、表情の織り成すギャップに意識が少し遠く
なる。

「……君は万が一の用心をしたいだけ、と思えばよかろ?」
「し、しかし――」
 甘い免罪符の声が、するりと僕の耳へ入り込む。
 熱い吐息が纏わり付くように鎖骨を撫でる。
 だから、
「――何、これは『実験』なのじゃよ……まずはほんの少しで構わん、儂に触ってみたら
どうじゃ――?」
 もう、我慢だとかそういう話じゃなかった。


 ささやき――いのり――えいしょう――ねんじろ――

「……は、はかせっ――!」
「おっと――フフッ、愛い奴じゃの真君は――ふぁ、あ、そこは、まだ、ぁやッ、ダメ
じゃと――あ、あぁッ!
 んぅ、くあぁッ!」


 まこと は ロストした



バイオハザード
直訳:生物的危険


「……僕は、取り返しのつかない事をしてしまった……僕は、○ラァを殺してし
まっ――」
「現実を直視しないのは科学者として恥ずべき事じゃぞ真君。素直に自分が、いたいけな
幼女の『ピー』に『ピー』して『ピー』した揚句『ピー」
「ウワアアアアアアッ!」


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最終更新:2008年09月06日 22:35
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