安価『親友+愛憎』

いつでも俺たちは三人一緒だった。喜びも悲しみも三人で分かち合ってきた。
昨日も今日も、明日も。もちろんこれから先も…いつまでも一緒にいられると信じていた…。

学校が終わり、学生の俺たちは、一息吐いて夕闇迫る町並みをいつものように三人で歩いていた。夏も終わりに近づいているが、まだまだ暑い。
「なぁ、ユウ。お前明日誕生日だったよな。今年も俺たちで祝ってやろうか?」
ユウを挟んで俺の向かい側、タケルが言う。打ち合わせ通り。
「うん、ありがとう、嬉しいよ」
ユウが無邪気に微笑む。どちらかと言えば悪友のノリのタケルとは違い、コイツがこういう表情をすれば俺は素直に嬉しいと感じることが出来る。
「じゃ、いつもどおりあの店な。時間は…そうだな。何時にするよ、ヤマト」
「何で俺に振るんだよ、当人に聞け、当人に。大体俺が暇なのはわかってるだろ」
俺はタケルを軽く睨み付ける。勿論、打ち合わせ通りに進めろと言う意思も乗せて。
本当は既にユウのスケジュールも把握しているし、そのように店側にも話は通してあるのだ。
ユウはそんな無言のやり取りには気付かず、無邪気に笑ったまま答える。
「そうだね、明日は病院に行くから…夕方でいいよね?」
昔からそうだったが、ユウは身体が弱い。今でも処方される薬を要するほどに。それでも一時期よりは格段に良くなった。
例えそうだとしても、心配なことには変わりない。暗くなりそうな感情を圧し殺し、努めて明るく。笑顔を作りながら。
「おう、わかった」
「全く、お前も誕生日祝ってくれる彼女くらい作れよな」
唯一の彼女持ちであるタケルが軽口を叩く。
「そ、そんな、彼女だなんて…」
赤くなるユウ。しかし俺は…
「待て、それは俺にも言ってるのか?」
「いや、むしろお前に言ってる」
「てめ…っ、覚えてろよ」
カラカラと笑うタケルに比較的低い声で言ってみるが、恐らく効果はないだろう。
「あははははっ!」
殺伐とした掛け合いなのに、何が面白いのかユウが笑い声を上げ、俺もつられて笑い出す。三人の笑い声が木霊した。
タケルに思うところはあるが、ヤツなりに察してくれたんだと思うことにする。

この時はまだ、明日からやって来る悪夢の日々を予感させるものは、全く無かった。

結論から言えばユウはあの日、やってこなかった。何故かと問われれば、その時既にユウはユウではなかったから。
人間と言う種は15、16程の歳になると、童貞の男子が小確率で女子へと変貌する。最近になって証された純然たる事実だ。
これを一般的に女体化と呼び、そしてその女体化と言われる変化がユウにやって来たのだ。
女として現れたユウを俺たちは受け入れ、新たな門出を祝った。とても楽しい時間だった。他愛のないことで笑い合った。これから先も変わらないと誓い合った。
だが、変わってしまったものも勿論あった。例えばそれはユウの体力だ。ユウは、パーティの最中に何の前触れもなく倒れた。件の病気だった。
医者の説明では、男の体ではギリギリのところで持っていたのだが、女の体ではそれに耐え切れないと言うことだ。
それ以後、過度に動き回ることや、はしゃぐことを禁じられた。
ベッドに横たわり、力なく笑うユウを見て、俺(その時は俺たち、と思ったかもしれない)がコイツを守ってやらないといけない、そう思った。
多分、その瞬間に初めて――
この肌の青白い、ちっぽけな少女、ユウに
俺、ヤマトは

恋をしたのかもしれない。

それからと言うもの、俺たちはユウの病室に通い詰めた。そして、病室にいる時間が延びれば延びるほどタケルとの会話は減っていった。
数ヵ月。その期間は例え元男であっても、親以外で最も長く接した親友に抱いた感情を自覚させるには十分だった。
きっとタケルも同じ感情を抱いている。一年近く付き合ってた彼女と別れたのもそれが原因だろう。
そして俺がそれに気付いたときには、タケルとは顔を合わせることすら少なくなっていた。
それからは、身を焦がすような想いと、もう一人の親友とに板挟みにされた日々を過ごしていた。

A
先日、俺たちが談笑をしているとユウのおばさんが見舞いにやって来た。ユウに今までと変わらず接する俺を見て、安心したように微笑んでいた。
俺が飲み物を買いに席を立つと、私が買って上げる、とおばさんが付いてきた。
そして、そこでここ数日ユウが寝不足気味なので、迷惑でなければ夜にも来て話し相手になってくれないかと頼まれた。
俺はそれを快諾したが、おばさんは「私は娘のことしか考えてないダメな大人ね」と自嘲気味に笑った。例え大人としてダメでも、とてもいい母親だと心底思った。
そして深夜。俺はとっくに消灯時間の過ぎた病院の廊下を歩いていた。ユウに会うために。
外には堅い印象を持たせる病院も、入院患者には存外に寛容であることを俺は知っている。だからこそ、こんな時間にも出入りできる。
歩き慣れた通路でも、深夜となると一変するから不思議だ。
昼間は無機質ささえ感じさせる白い壁は、どこか不気味に映る。一つ身震いすると、目標の扉が見えてきた。
一歩ずつ近づいていく。一歩。今日はまだアイツと会ってない。一歩。どんな話をしようか。一歩。ドアの前までやって来る。
ノックしようか、それともいきなり開けて驚かせてやろうか。…待て、少しドアが開いていて、中から話し声が…。
「なー、いいだろ?」
タケルの、声…?
「ダーメ。今日こそは寝かせてよ」
そう答えるユウの声はどこか嬉しげで…。
「え…?」
思わず俺は声を漏らしていた。慌てて口に手を当て、息を潜める。
「そんなこと言って…ホントはしたいんだろ?」
「や、ダメだってば!…んっ!」
ユウが女の声を上げている。え?な、なにこれ。だって俺はおばさんに頼まれて…ユウに会いたくて…少しでも側にいたくて…それで、こんな時間に会いに来たんだぜ?
それなのに、タケルがいて…ユウにアイたクテ、ユウはカラだがよわクテ、おれハユウガすキデ…。
怒り、悲しみ、呆れ、虚脱感、愛しさ、悔しさ…様々な感情がない交ぜになって俺を内側から壊していく。それでも感情は膨れ上がるのを止めず、いつしか許容量を越えて…
俺が意識を保っているうちに、最後に見た光景はタケルの上に跨がり腰を振るユウの姿だった。

数時間後、屋上。ぐるりと張り巡らされた有刺鉄線付きの高いフェンスと、開けそうもない漆黒の雲と。
それらは俺の心の中を覗き見たように一致していて、もうこれ以上傷つかないようにと張った防壁のようだった。
あの後、俺はロビーへと戻った。壁に立て掛けてあったそれを手に取り、また病室へ。
ドアを開けてからはほんの一瞬だった。瞬きをする間ほどの時間でベッドまで。さらに、手に持ったそれ―外来用の松葉杖だ―でナースコールを破壊。
嫌になるほど冷静な判断だ。そして一呼吸と置かず、まだ目を丸くしているタケルの顔を殴り付けた。
「がッ!」
「キャッ!」
二人が吹き飛ぶ。直接殴ったタケルの方が大きく跳んだ。迷わずタケルの方へ。二、三発松葉杖で殴り付けると伸びたように動かなくなった。
更に、動けないように四肢の骨も折っておこう。スチールパイプの松葉杖はさすがに強力で、一撃で人の骨を砕く鈍い感触を伝えてきた。

そして俺は震えて声も上げられずにいるユウを犯した。執拗に、何度も何度も。途中悲鳴が聞こえても構わず犯した。この部屋が防音仕様なのは知ってる。ドアの鍵も閉めておいた。
「やめ…やめて、ヤマト…お願い、こんなの嫌だよ」
ウルサイ。
「イヤだぁ!やめて!こんなの…こんなのボクが知ってるヤマトじゃない!」
ウルサイダマレ。オレダッテオマエナンカシラナイ。タケルノヤロウニマタヲヒラクヨウナヤツハシラナイ。
「うぅ…やだ…やだぁ…」
ウルサイウルサイウルサイ。
「……………」
……………。
気が付けばユウは壊れた笑みを浮かべて、何事かをブツブツ呟いているだけになっていた。
人って案外簡単に壊れるんだな。そんな冷めた感想しか、俺の頭は弾き出さなかった。

そうして俺は屋上にやって来た。
多分数分。でも、俺にとっては数時間にも感じる時間を、暗雲の立ち込める空だけを見て過ごした。
「星が見たかったな…」
いつぞやの幸せだった日々。三人で行った天体観測に想いを馳せて。それらはもう、戻ってこない。俺自身が壊してしまったから。
だから、清算をしなければならない。俺はフェンスをよじ登っていく。有刺鉄線が肌を傷付けるのもいとわず。
そして屋上の縁に立つ。もうこれ以上何も考えたくない。一思いに行こう。俺は一歩を踏み出した。
地面にぶつかる寸前、きっと俺の顔は、…満面の笑みを浮かべていた。

これで俺の短い人生の話は終わりだ。その後残ったヤツらがどうなってしまったかは知らない。
何せ俺は死んでしまったんだから。…あれ?それじゃあ今、これを書いているのは


ダ レ ?

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最終更新:2008年06月11日 23:31
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