『おしっこおもらし』

状況は最悪だった。
「お、夜景が綺麗だな。」
「う、うん。」
俺は親友とふたりで遊園地に遊びに来ていた。
「お前も綺麗だぞ。」
「あっそ。」
それが周りから見るとデート以外のなにものでもないと気付いたのは日も暮れかけてからだった。
「隣座っていい?」
「やめろ。」
だがそれには気付かなかったことにした。
「俺ん家あのあたりかな。」
「さあ。」
そして今、本日最後のアトラクションになるであろう大観覧車のゴンドラの、いよいよ頂点に指しかかろうという瞬間である。
「機嫌悪いな……、どうした、生理か?」
「ちげーよ。」
下にいるときはまだまだ余裕があると思っていたのに。女の体ってどうしてこう不便なんだろう。
「じゃあ何だよ。」
「何でもない。」
言ったってこんな上空30m地点でどうすることもできないし、笑ってすませるだけなんだろう?
「絶対なんかあるだろ。」
「気のせいだってば。」
……そんなやりとりを、実際には十数回、体感では百回以上繰り返し、ようやくゴンドラが地上に舞い戻る。
興奮していたからか、こいつは俺の異変にまったく気付かないでいた。
まったく、そんなことだと彼女が出来た時困るだろ。女の子は繊細なんだぞ。

「降りるぞ。」
「うん。」
これでやっと、あの場所に行ける。
「あ……。」
安心して立ち上がった瞬間、不意打ちだった。太ももから全身に冷たい衝撃が伝わる。
あわててポーチを掴み後ろ手に持ってスカートを隠す。前は……、不本意だがあいつに密着して人の陰になってもらうことにした。
「急いで!」
小声で耳打つ。
「どこへ?」
「え、あ、んーと、その……。」
「はっきり言えよ。」
「トイ……レ……。」
察しろよこの無頓着。

そんなわけで帰り道にある遊園地のトイレにやって来たのだ。
「うわ……。」
下着はびちょ濡れだった。
「どうするんだよこれ……。」
スカートなのでまさかノーパンで帰るわけにもいかない。
「背に腹は変えられないか。」
意を決して携帯電話を鳴らした。
「もしもし。ちょっと外に出て買ってきて欲しいものがあるんだけど。」
「ん、もう用は済ませたのか? 自分で買いに行けばいいじゃないか。」
「いや、今ちょっと動けなくて……。」
「そうか。閉館時間に間に合うかな?」
「一大事だから急いで!」
「で、何を買ってきて欲しいんだ?」
「……エッチ。」
「は?」
「パ、パン……パンティーだよ! 分かったらとっとと買って来い!」
顔から火が出るというのは誇張表現じゃなかったんだな。恥ずかしすぎて慌てて電源まで切った。

「まったく、いきなり下着買って来いだとか女子トイレまで届けてくれだとか……。」
「うぅ……。」
こいつのこと、心の中でずいぶん悪く言った気がするが、冷静になって考えてみると勝手なのはどう考えても俺なんだよな。
そもそもこんな歳で、その……おもらし……するなんて。この体にも大分慣れてきたところなのに。
そう思うと自分のふがいなさに自然と……。
「な、何泣いてるんだよ!」
「うるせえ、馬鹿! ちょっと胸貸せ!」
今の俺にとっては大きなその体がなんとも頼もしく思えてくる。
涙とは目に付いたゴミを流すものである。出し切って出し切って、心のゴミを全部振り払って、ようやく素直になれた。
「ごめん、全部俺が悪かった。その、いろいろと、ありがとな。」
そんな俺に彼は優しく微笑んで……。
「罰としておもらしパンティー没収な。」
「死ね変態。」
さっきのセリフ、撤回。


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最終更新:2008年09月06日 23:20
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