ずっと居場所がほしかった。
足掻きながらなんどももがきながらずっと居場所を探していた。
僕の名は高山楓。
そう、自分自身にラベルを貼った。
それ以外ではない。
高山楓16歳、男。
それ以外の何者でもないはずなのに。
僕は一体誰。
この体は一体誰のもの。
意思と関係なく変化してしまったこの肉体は一体誰の箱?
男としての僕。
それはもうずいぶん昔のように思える。
願ったわけじゃない。
喰いたいと思ったことなんて無い。
ただ怖かった。一人になりたくなかった。取り残されたくなかった。
僕は一体誰だ。
喰らわれ喰らい、そして残った僕は一体何者なのか。
最初に居た僕は今の僕なのだろうか。
兄さんを喰ったということは僕の中に兄さんは生きているのか。
あの女を喰ったのならあの女の意思はこの体に眠っているのか。
僕は果たして僕なのか。
もうわけがわからない。
───楓。
それは僕の名前なのか。
始まりの記憶は常に息苦しい。
濃密なにおいにまみれて神経に入り込んでいた痛み。
あれは一体なんだったのだろう。
まどろみの穏やかさに一点の、針を刺したような鋭い痛み。
たったそれだけなのに全身は動けなくなった。
───楓。
その時もこんな風に名前を呼ばれた。
優しくあやすよう頭を撫でる手は暖かく、僕はその手を抱こうと腕を伸ばすけれど届かない。
暖かな手の持ち主は穏やかな笑い声を上げて僕を抱きしめる。
───わかるのか?
わかるよ。
敵じゃない。慈しんでくれる手だ。
僕を愛してくれている手だ。
この手に抱かれていたら、きっと僕はずっと幸せだ。
───楓っ!
低い声は今までのものとは違って、不思議と懐かしい。
聞いた覚えはあるけれど思い出せない。
とても大事な人だった気がするのに、胸が痛かった。
何度も名前を呼ぶのは一体誰だろう。
もう僕は自分が楓であるなんて事を呼ばれなければ忘れてしまいそうなのに。
国を滅ぼすには歴史を抹殺すればいい。いつだったか聞いた。
名だけが残り中身が失われ、残った名もそのうちに忘れ去られていくからだ。
人はきっとそのどちらかが欠けても壊れる。
光淳の父親が言っていた。名前は最も原始的な呪いだと。
名前が人としての行き方を縛り背を押すのだと。
そして名前に引きずられて人の歴史は積み上げられていく。
歴史と絡み合って名前は強固な鎖となる。
故にどちらかが崩れてしまえば失われるのも時間の問題だ。
だから───僕は。
名だけが残り、実を失った僕は名を忘れかけている。
自分が何者かもわからなくなっている。
きっとそういうことなのだろう。
───楓!!
以前もこんな事があった。
いつのことかも思い出せないけれど、懐かしい。胸が温かくなって、嬉しいのに泣きたくなる。締め付けられる。
この声をもっと聞いていたい。ずっとずっとこの腕の中にいたい。
僕が僕であることを忘れてしまっても、きっとこの腕の中でなら思い出せるだろう。
きっとこの穏やかな気持ちと共に、こみ上げてくるぐちゃぐちゃに混ざり合った気持ちを思い出すだろう。
叫びたい衝動に駆られるこの訳のわからない気持ち。
辛くも悲しくもない。
立ち止まっていたら溢れ出そうなだけだ。
いつからなんかはわからない。
ふとした時に見せる優しさだとかそんなのは表面だ。
憧れが近づくごとに重くなっていった。
もし僕ならこんな暖かさは与えられない。
時間だけじゃ消せないものもあって、だけど時間だけじゃ生めないものもある。
その何かが僕にはまだわからない。
「凌」
だから僕は、もう目を覚まさなくては。
眠ってはいないことにきづいているのだから。
僕はまだ高山楓のはずだ。
凌が僕の名前を呼ぶ限り。
最終更新:2008年09月06日 23:38