安価『171』

きれいな人も居るもんだとぼーっと窓の外を眺めていた。
店の外は映画かテレビの撮影らしく、たぶん同世代らしきキレーな芸能人たちがなんやかやとやっている。
まるで別世界だななどと思いながら目の前でわめいている親父を再度見る。
「口出さないって言わなかったっけ親父」
「バッカモン! 苗字が村田になろうとお前は俺の息子の市川浩だ!」
「ハイハイ…つってもさーオレが居なくなったら、母さんの酒、更に増えるぞ」
「だよなあ…俺もそれが心配だ」
「だったら離婚スンナ」
「悠美佳が別れたいって言うから仕方ないだろうが」
「仕方ないもクソもあるかよ。巻き込まれる息子の身にもなりやがれクソ親父!」
「親父がクソならその息子のお前はクソ息子だ」
「ウルセー!」
だのと俺と親父が喧々諤々な家族愛を確かめ合っている頃。
窓の外がなにやら騒がしくなっていたことに俺たちは気づかなかった。
だって俺たちのほうがうるさかったから仕方ないだろ?

一等地にある喫茶店は大抵閑古鳥で、副業だった茶葉の輸入が今となっては殆ど本業となっている。
母さんと別れたのもそのせいだと思う。詳しく聞きたくもないからよく知らない。
店のドアには大きなカウベルがつけてある。ハネムーンで行ったスイスで買ってきたものらしい。
それをいまだに自分の店に飾っている親父は、離婚したものの、いままだ母さんにらぶらぶである。それこそ息子にのろけるくらいに鬱陶しい。
母さんと親父の愛の証がガランと鳴った。
「すいませ~ん」
どやどやとさっきまで窓の外に見えていた撮影集団が店に入ってきた。
「いらっしゃいませー」
愛想を振りまく親父を素通りして、ムサイオッサンが俺をめがけて突っ込んでくる。

「な、なんすか?」
「若い子が同じ店に居るとちょっとまずいんだ、大変申し訳ないけど君…・」
渡りに船とはこのことだ。
呼び出されてきたはいいものの、いつもどおり親父ののろけ話につき合わされているだけだ。
「あーいいっすよ。今出るところなんで」
そう言ってスツールから立ったオレを親父が袖を掴んで止めた。
「話は終わってないぞ」
「母さんのことなら母さんに聞けよ!オレは帰る!」
親父の腕を振り払ったはいいものの、キャパが10人ほどの店の入り口に20人ほど押しかけてきている。
あーこりゃ手伝わないと親父かわいそうかも。
「ディレクターいいですよ。いくらなんでも一般人の男の子まで巻き込まれませんて」
むさい男に囲まれた中で一際目立つ存在。女みたいなきれいな顔をした、確かモデル出身の俳優。
クラスの女どもがきゃーきゃーいいながら話していたりする、アイドルっぽい俳優だ。
「ていうか、ディレクター。この子でいいじゃん。俺君に決めた」
「え? オレ?」
っていうか一体なにが?
ああ、いいかもしれないねなどと口々に言われ、オレにはさっぱり何のことだかわからない。
君に決めたってポケモンかよとか思いつつ、意味がわからないので逃げたかったのだが狭い店に大人数で来られて出るに出られない。
しかもなんか腕つかまれてるし。
「ねー君、ちょっと質問があるんだけどいいかな?」
「な、なんすか」
キレイな顔を近づけられて、男だとわかっていてもなんだかドキドキする。
うわー睫毛なげー。
なにこの肌きれいすぎじゃねーの。
唇とか濡れてるみたいだ。
「君童貞だよね?」

「は?!」
「どうなのかな? 違ったらごめんね」
「ど、童貞です…けど…」
そうオレが言うと、彼女みたいな彼は顔を綻ばせる。
「じゃあやっぱり君に決めた」
「え??????????」
最早オレの頭の中には疑問符しか浮かばない。
とりあえず顔を近づけるのは止めていただきたい。
男だとわかっていても心臓が爆発しそうだ。
そんなオレの状況など全くわかっていないだろうこの芸能人、タケルは(オレにとって)凶悪な笑みを向けてくる。
華が咲いたみたいなオーラだしてやがる…!
毒気に当てられてどっかおかしくなりそうだ。
いや、別にヨコシマっぽい雰囲気は一切無いのだが、ていうかむしろいやらしさとかそういうものもない。
聖人っぽいと言えば言いすぎかもしれないけど、なんか生活感が感じられないというか。霞喰っていきてそうだとか。そんな感じ。
「もうすぐ夏休みだよね? カノジョとかいる? いないならその間暇じゃないかな? ちょっとお願いがあるんだ」
オレ状態などわかっていないのだろう、タケルは矢継ぎ早にオレに質問を投げかける。
クラスの女どもが言っていた事を少しずつ思い出してくる。
激天然だとか。
超ド級のマイペースだとか。
芸能人のくせにナンパするとか。
付き合ってる相手はとっかえひっかえだとか。
両刀だとか。
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
オレは、オレは、オレは!
「嫌だ! 嫌です! 絶対に嫌です!」
「え、えええええええええええええええええええええ! 駄目だよ! 俺君に決めたもん!」
いくら童貞を捨てなければならないタイムリミットが近づいているとは言え、そんなのあんまりだ!
それにオレは男を諦めたわけじゃない!
「嫌です!」

そうしてかれこれ数分やりあっていると。
見れば他の人間は狭い店の中に驚くべき器用さでしっかりと席についていた。
「はいはい、タケルそれくらいにして、その子も混乱してるわ」
「だって佳苗さん! 俺はこの子がいいんだ! この子じゃなきゃこの仕事下りる!」
「あーはいはい…わかったからちょっと説明させて頂戴」
佳苗さんと呼ばれたキャリアウーマンっぽいおねーさんは、オレにごめんね、と言った。
「タケルって言い出したらテコでも動かないから、お願いするしかないんだけど…君ドラマ出てみない?」
「え? オレ?」
そこから話はトントン拍子に進み、学校が終われば演技の練習?みたいなものに行かされ、何故かオレは夏休みに入ると同時に撮影に入ることになった。
ていうか…なんで?
その疑問に誰も答えてくれないまま、9月に誕生日を控えたオレは、もしかしたら男として過ごせる最後の夏休みを意味もわからずタケルのわがままに付き合うことになった。
カワイソウナオレ。
だけど友達に言っても羨ましいとか、位しか言われず、ただのダサい高校生だったオレはテレビの中の人になっていた。
っていうかまじでなんでだよおおおおおおおおおお!

ドラマのストーリーなんて脚本を見ればわかる、はずなのだが。
脚本家が遅筆なのか、ギリギリまで脚本をもらえないことが続いた。つまり、先のストーリーが知らされていないわけである。
オレの演じる高校生とその隣に住むタケル演じる教師との、なんかよくわからん友情系ののっぺりしたドラマなので予想はつく。
それにしてもおかしいのは、オレみたいな素人に演技を教えなくてもオレくらいの年齢のヤツならいっぱいいるはずなのに、なぜオレがこれをやっているかだ。
真っ白な子がほしかったのなんて言われたが、どうも納得がいかない。
納得は行かないが最初嫌がりまくったらタケルが学校まで押しかけて来て、渋々ではあっても自分で出演することを承諾した手前、今更やめるというのも悔しい。
そんなわけで、今日も元気に真夏の炎天下に撮影だ。しかもどこぞの学校のグラウンドで。
放送され始めて微妙に人から見られることは増えたものの、どこにでも居るような高校生のオレは芸能人っぽいオーラがないらしく、似てるねーみたいな感じでしか見られない。
悔しい反面、面倒なことがいやな性分だから助かってもいる。
「おはよーはるくん」
ロケ撮影の前に近くのコンビニで立ち読みをしていると、人の視線なんか気にしないマイペースマンが現れる。
「…おはよーございますタケルさん」
「ご機嫌斜めだねー。どうしたんだい?」
「タケルさんと一緒に居ると騒がれるじゃないですか・・・」
「えーいいじゃん気にしない気にしない。なに読んでんの?」
日々こんな感じだ。
オレの意見も気にしない、周りの視線も気にしない。
当初恐れていた両刀のアレは無駄な心配だったけれども、相変わらずこの人の意図はわからない。
童貞かなんて最初に聞いておきながらその後一切そういうことに触れない。あの質問の意味は一体なんだったんだろう。

お盆が終わった頃、オレにカノジョが出来た。
まさにギリギリだ。
撮影の合間を縫って遊んで、あわよくば誕生日までにいたしてしまおうと思ったのだが。
順調だった。タケルにバレるまでは。
カノジョが出来たということは伝えてあったけども、それが誰なのかを教えてはいなかった。
偶然デート中にタケルと会ってしまった。
そのときのカノジョの態度がおかしいことにようやく気づいた。
そういえば話をするのはタケルのことばかり。好きだよとオレに言ってくるけど、オレ自身の話は訊いても来ない。
わずかに1週間。
結構好きだったのに。

「ごめんね、俺のせいだね」
「違うよ、タケルさんのせいじゃない。オレがばかだったんだ」
踏み台、というやつかもしれない。
事の元凶っぽいタケルを憎む気なんて起きない。謝られたけど、タケルが悪いわけじゃない。
「スゲー悔しい。結局のところタケルさんに負けてるってことだもん」
「負けてる? そんな事無いと思うけどなあ。俺ははるくん好きだし」
「男に好かれても嬉しくありません!」
「そんなに嫌わなくっても…うちの犬みたいで好きなんだけどなはるくん」
「なんですかそれ…」
慰められてるのかなんなのか、とにかく振られたっぽいオレは笑いながら飲み慣れない酒を母さんみたいに浴びた。

9月がやってくる。
諦めているつもりでもあせってしまう。
だらだらしたペースのまま撮影は終わり、タケルとも会うことは無くなった。
誕生日が近づくにつれ募る恐怖と喪失感。
母さんはそんなオレを見越したのか、酒を控えるようになった。
元々カンゼンに中毒だったわけじゃないから抜くのも早いらしい。
平穏な日々が戻ったかのようだった。
体の変化は急激だった。
誕生日の三日前から発熱しだし、そんなときに限って母さんは親父とデートに出かけていた。
ベッドから起きることすらもできない体でどうにかケータイを取り上げる。
文字もかすんで見えないから、誰にかけているかもわからない。
「もしもし?」
ああ、こんな時に限ってタケルだ。
タケルに電話しても仕方ないのに。なにやってんだオレ。
「どうしたの? はるくん?」
オレには声を出す力も無かった。

目が覚めると心配そうな顔でタケルが覗き込んでいた。
「あ、起きた! おかーさーん、はるくん起きましたよー!」
天井を見上げるとうちの家で、だとしたらなんでタケルがここにいるんだろう。
母さんと一緒に親父も部屋に入ってくるし、一体なんなんだ。
オレはどんだけ寝てたんだ。
「誕生日おめでとう、はるくん」
「え・・・・・・・・・・・・・・」
誕生日?
体が重いのはそのせいか。
不思議と冷静な頭。
「ごめん、もうちょっとねる」
でもやっぱり混乱。
泣きそうだからまた布団をオレは被った。

落ち着いたら電話するように! そうタケルからメールが来た。
命令口調のタケルなんて珍しくて思わず電話するとその夜会うことになった。
女になってからはじめての外出だったけれど、母さんが色々準備をしてくれていたおかげで七面倒な買い物はせずに済んだ。
鏡を見るのが怖くて、長くなった髪だけを梳かして整えた後、そのままオレはタケルの指定した店に向かった。
母さんの用意してくれた服はよくわからないものが多くて、とりあえず着やすそうだったワンピースを着たのだけど…。
まずったかな。
待ち合わせ場所の店に行くまでにナンパにスカウトにと声をかけられまくり、時間通りに着けそうに無い。
「だからさーちょっと遅れるかも」

「迎えに行くから、その辺のお店入るかなんかしてて」
「はーい」
スタバはこみこみだし、仕方なくそばの服屋に入る。
どっちかというと落ち着いた感じのシックな店だった。
暑い外と違い、夜も近づいてきたこの時間でエアコンのかかる店内は寒かった。
「さむ・・・」
丁度いいことに薄手のストールが売っている。
値段はちょっと高いけど、テレビに出たのは伊達じゃない。
お小遣いを使う暇が無くてお金は悲しいことに、いつになくあったりした。
「これ、下さい」
一番飾り気の無いシンプルな黒いストール。
「税込みで18000円になります」
やっぱ店構えが店構えだからか普通に高校生の感覚から言うと高い。
だって布キレだもん。それが18000円って。世の中わからない。
包んでもらわずにそのまま肩にかけて店を出ようとしたらケータイが鳴った。
「俺だけど、今どこにいるの?」
「あ、待って。今外に出るから」
ドアを開けて道に出て見回すけど、それらしき人は居なかった。
なのに、タケルはオレを見つけたらしい。
「後ろ向いて」
そしてケータイを持つ、帽子に伊達眼鏡のタケルがすぐ後ろに居た。

「やっぱりうちの犬みたい」
ニコニコしてタケルは言う。
「オレ犬ですか…」
ちょっと、というかかなり悲しい。
衝動買いしたストールは丁度いい具合にエアコンの冷気から体を守ってくれる。
違和感なく女の格好をしているオレ。
体が男じゃなくなったら男であることも放棄したのかな。
よくわからない。
「はるくんは・・・はるちゃんのがいいかな?」
「どっちでも。でも君付けだとこの格好じゃ…」
「じゃあ、はるでいい?」
いつもよりラフな格好のタケルは楽しそうに言う。
本当はこの人、なんでオレを選んだんだろう。
演技もド素人なオレになぜ。
「はるをね、見た瞬間になんか感じたんだよ。あーこれぞフォーリンラブか!と思ったけど、俺男の子には興味ないし」
「え???」
「なんかねーはるってうちのリラそっくりで普段全然甘えないくせに弱ると甘えてきたりするのがまさにそっくり」
「いや、あの、その、この前のアレは別にタケルさん呼んだわけじゃなくて!」
「いいんだよそれでも。運命ってそう言うもんだから」
「はいいいいい?!」
「だからね、はるが女の子になっちゃったのもきっと俺と付き合うための運命だったんだよ」
変な宗教だろうかこれは。
「オレ元男ですよ!」
「でも今は女の子だから大丈夫」
「オレにはむりです!」
「俺は大丈夫」
「嫌です! 絶対嫌です!」

世の中はわからない。
こんなイイ男が何が楽しくて元男に求愛をしているのだろうか。
まったくもって世の中は謎だ。
そして結局ゴリ押しされたオレは最大の譲歩をする。
「タケルさん、くっつきすぎ!」
「いいじゃんもう女の子なんだから」
「っていうかどこさわって~~~~~~~~~~~!」
友達なら、という条件をつけたのだが。
喰われるのも時間の問題かもしれない。



END?


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最終更新:2008年09月06日 23:43
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