『ドリル』 2008 > 09 > 04(木) ID:uiNKZujsO

安価『ドリル』


「綾ー、押し入れのなか片付けしなさいよー!」

一階から、威勢よく母の声が聞こえる。

押し入れ。僕はここを、自戒の意味もこめて「魔堀」と呼んでいる。

この空間のなかには、僕の「全て」が入ってると言っても過言ではないかもしれない。

子供のころ遊んだおもちゃ、脱ぎ散らかした衣服、小中学校のころ使っていた教科書にアルバム。

僕の生きてきた15年の軌跡が、この薄い引き戸を隔てた空間のなかには詰まっている。


僕が女体化したのは、今から3日前。

女として生きていくのに事足りる程度の用品は揃えたけれど、まだ心の中では男だった自分を捨てきれないのが本音。

たった72時間やそこらで性転換に順応できるほど、僕は器用でもない。
かといって、このままずるずると女になる前の自分を引きずっていたくもない。


母も、恐らく僕のジレンマを察してくれているのだと思う。
その上で、僕に「押し入れを片付けろ」と言ったのだと思う。
古い自分を一新し、僕が過去と決別することができるように。

ところで、皆さんにこんな経験はないだろうか?
古本を整理してるうちに、ついつい読み耽って作業が捗らなくなってしまったことが。

そして、まさしく今の僕が―――
「うわ、懐かしいなこれ。昔熱中したなぁ」
―――その状況にある。

端を発するのは、僕が今手に持っているロボットのおもちゃ。
僕が6歳くらいのころ、大流行した代物だ。
押し入れを片付ける機会がなければ、僕はこの人形を思い出すことすらなかったかもしれない。

「そういえば・・・」

ひとつの事象が呼び水となり、記憶が数珠繋ぎに蘇るのはよくあることだ。
僕の場合、呼び水になったのはこのロボットの人形だった。

「まだあるかな・・・」
さながら土に埋めた餌を掘り返すように、僕は玩具箱をかきわけて「それ」を探す。

やがて、ほのかな達成感をもって「それ」は見つけ出された。

「あ・・・あった!」

誰にともなく声をあげ、僕はついに見つけた。
「それ」―――僕にとって最も大事な思い出の品を。

僕が発掘したのは、やはり10年ほど前に流行したロボットアニメの人形。
左右の手にに嵌められた、大きなドリルが特徴。

蘇る当時の記憶。このドリル人形は、元々僕の持ち物ではない。友達から譲り受けた、大切な逸品。

今でもその友人と僕とは、同じ高校に通うほどの仲だ。このドリル人形見せたら、果たしてどんな顔をするだろうか。


「綾ー!悠平くん来たわよー!」
「あーい、今行くー」

噂をすれば影、人形の本来の持ち主が僕を呼んでいるようだ。

悠平の反応を想像するだけで、何故だか胸が不思議とそわそわするような心持ちがする。

今日は、楽しい日になりそうだ。

おわり


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最終更新:2008年09月08日 20:58
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