『おひめさま』 2008 > 09 > 07(日) ID:w3w7xrzY0

安価『おひめさま』


「ねぇこれ、パセリ嫌いだからあんたの春巻と交換ね」
「あっ、お前っ!」
今目の前で交換という名で俺の弁当のおかずが押収されている。
一応こちらも貰ってはいるのだが、それは別に欲しくない物なので押収と言っていいだろう。

こんな事がほぼ毎日行われているのだが、それでもこのわがまま姫、沙姫を憎めないのは俺がコイツに惚れているからだ。
それも約10年以上前からである。
沙姫との関係は概ね良好……ではあるが恋人として付き合ってるわけではない。
幼馴染、昔からの親友のような付き合いがずっと続いている。

この関係も悪くない。でも……
「あたしはおひめさまなんだから、ゆうきがおうじさまになってむかえにきなさい」
「おー、そのうちいくからまってろっ」
小さい頃何度もした約束。いつしかそんなことしなくなっていたし沙姫は覚えていないかもしれない。
でも覚えてなくてもいい。俺が今すぐにでも迎えに行きたいだけだ。王子様なんて大層なものではなく、俺は奴隷か召使だろう。
これ以上出世するのは待っていられない。だからもう覚悟を決めて告白することにした。


「なぁ沙姫。今週の日曜空いてたら映画でも見に行かないか?」
「行ってもいいわよ。けど優樹から誘うってことはもちろん映画も含めてその他諸々奢るってことよね?」
「常識の範囲内でならな」
「言っとくけどそれは私の常識でってのを忘れないことね。それじゃあ私はここで。詳しいことはまた明日聞かせてもらうから」
「あぁ、そんじゃな。あ…日曜日は…つ、遂に迎えに行くからっ」
「遂に、迎え……? 何か日本語おかしいし日曜まではまだ四日もあるじゃない。何言ってんの?あんた」
「何でもねぇ!あばよ!」

思い立ってもすぐに行動に移せないのが俺の悪いところだ。
告白すると決めておきながら、帰り際に遊ぶ約束を取り付けつつ日曜日まで先延ばしにしてしまった。
いや、これはいい雰囲気で告白するための作戦だ。そうなんです。
しかし最後にあの約束についてカマをかけたつもりだったが、正直よくわからなかったぞ……。

「ただいまー」
「おかえり、優樹。夕飯はまだだから勉強でもして待っててね」
「ういー」
部屋に入ると真っ先にベッドに倒れこむ。
この前の試験の出来もよろしくなかったので勉強の一つでもしなくちゃいけないのは分かってる。
だけど今日は猛烈に、眠い……。


「……優樹ー、起きなさーい」
「ふぁ~、7時…55分…あんま、余裕ない…」
今日は目覚ましではなく母の声で目を覚ました。アラームに気付かないほど熟睡していたらしい。
早寝遅起きでたっぷり寝たからだろうか、何だか身体がスッキリした感じで調子がいい。
こんな日はゆっくり朝食を楽しみたいところだが、そうは時間が許さない。


「おはよ、母さん」
「おはよう。昨日は夕飯も食べずによく……あら?あら?あなたは……優樹?優樹……なの?」
台所で朝食の支度をしていた母さんが振り返るやいなや、目をぱちくりさせる。
「はい?息子の顔を忘れるとかなに寝ぼけてんだよ」
「う~んそうねぇ、今日からは娘の顔として認識しなくちゃいけなのかしら」
「はぁ?」
さっきから母さんは何をいってるんだろうか。寝ぼけてるんじゃなくて本当にボケたのか?若年性アルツハイマー?

「ほら、ちょっと洗面所にきなさい」
母さんは状況を飲み込めずにいる俺の腕を強引に引っ張り連れて行く。
少しは抵抗した筈なのに何故かいとも簡単に鏡の前までたどり着いてしまった。
鏡の中には母さんと見知らぬ女の子がいる。この子は誰だ?母さんの隣りにいるのは俺のはずだが……あぁぁぁ!?
「おいっ、これ!この人っ!……俺!?」
「もぅ優樹が女の子になっちゃうなんてねぇ。沙姫ちゃんがいるからてっきり大丈夫だと思ってたのに」

『女体化』

まさか俺が…とは思ったがこの年で童貞だったのだから当然というべきか。
だが当然とはいえそんな現実をすぐに受け入れられるはずもなく、俺の頭は真っ白だ。
ただ呆然と鏡を見つめることしか出来ない。
「何だか母さんの若い頃に似てるわね~。だからこんなこと言うのもなんだけど、あなたなかなか、いや、かなり可愛いわよ」
そう言われて改めて鏡を見てみる。可愛い……個人的な感想だが確かに可愛い部類には入るのかも知れない。
それは突然女になってしまった自分への唯一の救いのようにも思える。

「そうか母さんに似てるんだ。それじゃ将来は美人になるなぁ。は、ははは……」
「まぁまぁ、こんなときにお世辞が言えるなんて意外と余裕なのね」
この引きつった顔のどこに余裕があるというのか。
それに息子が娘になったというのに余裕があるのは母さんの方ではないか……。

学校へ連絡は母さんがしてくれた。戸籍上の手続きや身の回りの用意のため今週は休んでいいらしい。
普通なら休みというのは大いに喜ばしいことだが、今は手放しで喜んではいられない。
この先の不安もあるが、何より沙姫のことが心に重く圧し掛かる。俺は女になってしまって…何でもっと早く告白しなかったのか。
決して沙姫とセックスをして女体化を防いでもらえばよかったなんて思っていない。
ただ昔から秘めていた想いを昔と変わらない姿のままで伝えたかった。結果なんてどうでもいい、ただ告白することが出来たなら。
そんな風にさえ思うほど俺は後悔していた。

「沙姫……沙姫…っ」
頬を温かいものが伝う。泣いているのか、俺は。寝起き以外で涙を流すなんて随分久しぶりだった。


「ん、ん~」
いつの間にか泣き疲れて寝ていたようだ。辛いことがあったときは泣けばスッキリする。
そんなのを聞いたことがあるが、俺としては特に変わりはない。それともまだ泣き足りないのか。
今日はもう何もやる気がしない。夕飯を食べたあとはシャワーだけにしてすぐ寝ることにした。
しかし今日は寝てばっかりの気が……。


ピピピピッ

「う~、今日も…休みか。身体は、女のまま…だよな」
今日は母さんの声でなく軽快なアラームの音で目が覚めた。目覚めは最悪。
どちらも昨日とは正反対。脳天気な自分には珍しく憂鬱な気分だ。
とりあえずシャワーでも浴びてさっぱりするとしよう。

「うぅ、これが俺の身体か……」
昨日は入ったときは殆ど見なかったので、今度は新しい自分の身体をよく確認してみる。
背はもともと大きくはなかったがさらに小さくなっている。150cmないんじゃないのか?
それに比例するように胸はコンパクトに、お腹も細く締まっている。女になっただけじゃなくてまるで若返ったような体型だ。
そして顔。自分で言うのもなんだがパッと見は可愛い。可愛いのだが……
「母さんに似てる、よなぁ」
というか、前に婆ちゃんに見せてもらった母さんの子供のときの写真まんまだろ、これ。
昔の姿とはいえ親の裸なんて見たくない。……萎えた。

「おはよ」
「おはよう、ゆ~きちゃんっ」
母さんが俺の新しい名前を嬉しそうに呼ぶ。今度から俺の名前は「優姫」になるそうだ。
これからの生活上必要なことだし特に希望はなかったので両親が望む名前なら構わない。
だけど今まで男だったのに「姫」なんて字を使われると小っ恥ずかしいし、不遜な気もする。
直に慣ればいいんだけど。

「早くご飯食べちゃいなさい。今日は忙しいんだから」
「ふあ?なにが?」
忙しい?今日もゆっくり休めるんじゃなかったの?
そう思ってパンを頬張りながら聞き返した。
「何がって色々準備することがあるでしょう?病院で検査して、女の子の下着やお洋服を揃えて、
女性としての振る舞いを教える必要もあるわね。あとそれから……」
「………」
なかなか大変な一日になりそうだ。


「ふぅ~。やっと終わったぁ~」
全てが終わったのは夕方。恥ずかしさまみれのお出かけから解放されて、ドサッとベッドに寝転ぶ。
ピリリリリッ
メールか。…沙姫から!

『聞いたわよ。あんた体は大丈夫なわけ?』

『あぁ、健康面では問題はないよ。病院の検査でも異常はなかったし』

ピリリリリッ

『そう。ならいいわ』
……素っ気無い。
もともと沙姫は無駄なことや賑やかなことをメールでしないのは分かっているけど、こんなときは慰めてほしい…少しくらい。

昼間は色々と大変で沙姫のことを考えてる余裕はなかったけど、暇になると頭から離れない。
やっぱりこれは失恋?まだ何もしてなかったのに。


俺が女になって三日目。
今日は暇だ。暇なので沙姫のことばかり考えている。そして朝から泣いている。
女体化すると身体だけでなく、精神も女性になっていくらしい。男性に恋をするようになったり、なったり、なったり……
俺もそのうち他の男を好きになることがあるのだろうか。普通なら女性に対して恋愛感情を抱かなくなる。
そうすればこの後悔とやるせなさから解放されるかもしれない。

「やだ…そんなの、いやだ……」
今はとても辛い。でもこの辛さが消えてしまうのは俺が今まで沙姫に抱いていた想いが消えてしまうということだ。
そんなことは想像もしたくない。
しかし精神的変化が訪れるのも時間の問題。どうすればいいのか、何も分からない。


ピリリリリッ

『明日は9:00に来なさい。もちろん遅れたら許さないから』

明日は映画、だったな。沙姫は俺が女体化したことを知っている。それでも今までどうり接してくれるみたいだ。
そうだ。恋人になることは出来なかったけどこれからは仲のいい女友達としてやっていけるだろう。
沙姫は俺が変わる前の沙姫のままでいてくれる。そう思うと少しは気持ちが軽くなった気がした。

「ありがとう、沙姫」
でも明日の約束は男だった俺が沙姫に告白するために用意した舞台。
沙姫には悪いけど明日だけは、行きたいたくない……。

『ごめん!明日はちょっと都合が悪くなっちまった…。お詫びに月曜日に何か奢るから!』

「………」
返信は来ない。了承したのか、怒ってしまったのか。どっちにしても月曜は全力で詫びなければ。



ドカッ!
「うわっ!!?」
日曜日の朝。二日ぶりの安眠はドアを蹴り開ける大きな音で破られた。
「さ、沙姫……?」
「………」
ベッドの上で目を白黒させている俺を起こした張本人が無言のまま睨みつけている。
「どうして、家にい……んむぅ!?」

どうしてお前がここにいるのか。そう問おうとした口を沙姫の唇で塞がれた。俺の頭をがっちり押さえ、えらく情熱的なキスだ。
「ぷはぁ!お前いきなり何してんだ!?」
「カエルになった王子様はキスで元に戻るし眠っているお姫様もキスで目を覚ますのよ。
あんたは目は覚ましたけど、姿は元に戻らないみたいね」
何を言ってるんだこの人は。

「カエルが元に戻ったのはお姫様が壁に叩き付けたからで、俺が起きたのはお前が喧しくドアを開けたからだ」

ガンッ!ガンッ!
「いだっ!ちょっ!」
「元にっ、戻らないわねぇ~!」
髪を握られて壁に頭をぶつけられる。これでは戻るどころかおかしくなりそうだ。

「ってぇ、朝っぱらから何てことしてくれんだよぉ」
「あんたが余計なツッコミ入れるから悪いのよ」
「いや、そうじゃなくてどうして俺の部屋にいるんだ?」
「どうしてですって!?王子様がお姫様を迎えに来ないからお姫様が出向いて来たのよ!
 まぁあんたもお姫様みたいになっちゃってるけど」

おうじさま、おひめさま、迎え……。
沙姫はあの約束を……?

「沙姫は覚えてたのか?あの昔の約束」
「忘れてないって言ったら嘘になるけど、でもあのとき言われてすぐ思い出したわよ!
 嬉しかった……あんな小さい頃の大切な約束覚えてくれてて」
「やっぱり忘れてたんだな」
「うるさい!それより言い出した優樹が来ないってどうゆうこと!?」

行かなかった理由、それを正直に話したら沙姫はどう応えてくれるだろう?
話すのは怖い。でもこの剣幕で詰め寄られては……

「女になったから、王子様になれなくても男として迎えに行こうとした俺じゃなくなったから」
「はぁ?女になったからって何で来なかったのよ?」
「えっと、迎えに行くっていうのは恋人同士になるってことだよな?」
「まぁそれも含めるけど、すぐにそれ以上の関係になるわ」
それ以上の関係?でも一応は恋人になって付き合うという認識で良さそうだ。

「それだったら男と女じゃなきゃダメなんじゃ……」
「じゃあ聞くけど優樹は男だったとき私のこと好きだったの?」

「好きだった、すごく」
「じゃあ女になった今はどうなの?」
「すごく、好きのまま……」
本当はこんな言葉だけじゃなくてもっと言いたいことがあるのに。
いざ面と向かうとこれだけしか言えない自分が情けない。

「私は男だった優樹も女になった優樹も大好き。これで何か問題でもあるの?
だいたい男女の違いなんてえっちする以外関係ないじゃない。あんたはそれが目的ってわけじゃないわよね?」
「へ?あ、当たり前だろ!」
「うん、分かってるよ。ずっと一緒にいた優樹だもん。それに女の子同士だってやろう思えば出来るし、
子供が欲しいなら今の時代どうにでもなるのよ」


……なんてこった。沙姫の思考は普通じゃなかったんだ。ずっと一緒にいたのに知らなかったぞ?そんなことは。
でも、沙姫が普通じゃなくて良かった。そんな沙姫を好きになった俺も普通じゃないのだろう。
それなら俺の心が完全に女になっても、ずっと沙姫を好きでいられる筈だ。

「沙姫。俺は改めてお前をむ…
「迎えに来たのは私。だから優樹は、あ、もう優姫だったわね。優姫は私のモノよ。よーいしょっ」
「え、それは…ひゃあ!?」
背中と膝のあたりに手を添えて俺を抱き上げて、これは…お姫様抱っこ!?

「こらっ、恥ずかしいっ、やめろー」
「そんなちっこい体で私に敵うわけないでしょ?ふふ、おひめさまがおひめさまを迎えに来るっていうのも悪くないわね」

そして俺は沙姫の腕の中で再び、くちづけをされた。

おわり


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最終更新:2008年09月08日 21:39
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