安価『近所の公園』
「なあ、本当にここで間違いないのか」
白樺の木の根元をシャベルで掘り返しつつ、問う。
「俺に聞くな。そもそもこの公園に埋めたかどうかすら怪しいくらいだ」
傍らから帰ってきたのは、絶望的に不確定な答。記憶力の重要性を思い知らされる。
「お前なー・・・親友の若かりし頃の思い出を発掘しようとしてるのに、そりゃねーだろ」
「その親友とやらにコロッと惚れやがったのはどこのどいつかね」
悪態をついてみるものの、口の悪さでは裕樹にゃ勝てるはずもなく。
俺にできたことといえば、照れ隠しに俯いてシャベルを地面に突き刺すくらいだ。
「てかさー、お前ほんとに冷たくね?俺の男の頃の思い出が垣間見れるっつーのによー」
あまりにドライな裕樹の態度に一抹の不満すら抱きつつ、俯いたまま呟く俺。
「・・・誰が好き好んで恋人の男時代など知りたがるものか。
それとも何だ?言うにこと欠いて俺をホモ扱いする気かお前は」
「ホモ?冗談じゃねー。俺以外の、ましてや男に彼氏取られてたまるかよ」
ふと、違和感を覚え裕樹の顔を見上げる。
やや紅潮しているのは気のせいか。
「・・・今お前さ、俺のこと何て言った」
「そっくりそのまま返そう。誰が彼氏だって?」
やはり皮肉で返される。が、表情には隠そうとしても隠しきれない照れが見てとれた。
「あー・・・一種の告白?」
思えば、俺と裕樹は随分長い付き合いになる。
管鮑の交わりと言っても差し支えないかもしれない。
「今更言語化するな。恥を知れ恥を」
「やーい照れてやんのー自分から告白したくせにー」
それこそ、俺が不本意にせよ女体化というプロセスを経ることになる、その以前から見知った間柄にある。
俺が女になる前は、まさか裕樹が自分の想い人になるとは思いもよらなかった。
むしろ、こんなこまっしゃくれた奴とだけは付き合いたくないとまで思っていた。
「うるせぇ。で、結局どうなんだ」
「んー、何がかなー?わかんないやー」
「この野郎・・・この期に及んで俺に恥をかかせる気か」
でも、いつの間にか裕樹は俺にとってかけがえのない存在になっていた。月並みだけどね。
「まぁ・・・裕樹なら、別に悪くないかな」
「お前も大概ひねた奴だな。素直に認めれば良かろうに」
いつからだったろうか。裕樹のことを異性として意識し始めたのは。
ひょっとしたら、最初から俺は・・・
『よぉ裕樹。お姉さんが誰だかわかるかね』
『どうした悠。モロッコでイチモツでも切り落としてきたのか』
『ちげーよ!女体化だバカ!ていうかそんなに俺変わってないかぁ?だいぶ美人になった筈なんだが』
『わからいでか。親友ナメんなよ』
―――異性として初めて出会った瞬間から、俺は裕樹のことが・・・
「―――だいたいだな、お前はどうしてそうも強情で・・・おい、聞いてんのか」
裕樹が柄にもなく困惑の色を浮かべ、俺の顔を覗き込む。
どこまでも憎まれ口しか叩かないが、こいつなりに俺のことを大事に思ってくれてはいるらしい。
そんなところにもまた、俺は惹かれているのかもしれない。
「ん・・・何でもねーよ。中に何入れたか考えてた」
「・・・そうか」
ふ、と小さく息をつき、裕樹が空を見上げる。
突き抜けるように青い空だ。雲一つない。
「・・・なに感傷に浸ってんだか、このバカは」
「そのバカとやらに告白までされたお前は、さしずめ大バカといったところだな」
「いい加減しつこいっての。恋はがっつくものじゃぁないんだぜ?チキンボーイ」
「愛すら知らずにおめおめと男を失ったチェリーボーイが恋を語るか。笑止!」
- あれ、俺なんでこんな奴に惚れたんだろう。考え直そうかしらん。
「さて、シャベルを持つ手が止まってるようだが」
「うるせー、これはアレだ。手を休めてんだよっ」
すっかり意識の範疇から外れていた当初の目的。
シャベルが再び地をえぐる。
―――ガツッ
錆びた金属と金属がぶつかりあう音とともに、『それ』は地肌に顔を出す。
「おお・・・これが俺の・・・」
蘇る記憶。小学校にあがる前の一夏の思い出。
「・・・しかしまあタイムカプセルだなんて、なんとも古風だこと」
「ロマンがあっていいじゃねーか」
「お前の口から、よもやロマンだなんて歯の浮くような単語が聞けるたぁ思いませんでしたよ」
ロマン――そう、これはロマン。
時を経て、幼少時代の俺がここに蘇るのだ。
「ていうか開けんの早くね?あと二年は後でいいじゃん」
と醒めたことを抜かすバカには、弁慶さんに蹴りを入れておいた。
「で、何入ってんだよ」
脛を押さえつつ尋ねる裕樹。
なんだかんだと悪態をついてきたくせして、中身が気になってはいたらしい。
「わかったから急くな。今開けるから・・・よっと」
何十年もかけて風化させたのではと疑りたくなるほどに錆び付いた見てくれとは裏腹に、
『それ』の蓋は思いのほかスムーズに開いた。
中に入っていたのは、ビン詰めにされて干からびた虫とおぼしき塊、石ころ、何やら前衛的な絵・・・
内容物を見た瞬間、何やら違和感を感じた。
既視感ではない。逆に、覚えのないが故の違和感だ。
まさか―――
「これ俺のじゃないわ。そもそも、俺がタイムカプセル埋めたの公園じゃなくて庭だし」
「謝れ!この箱の持ち主と公園の管理者に全力で謝れ!土下座しろ!このバカ!」
「うるせー・・・俺だって間違えることくらいあっていいだろうがァァァァ」
「お前の場合は間違いじゃねぇ!間違いってレベルじゃねーんだよヌケサクがァァァァ」
裕樹と結ばれることになるのは、まだ先になりそうだ。
おわり
最終更新:2008年09月08日 21:43