『うっかり』

 一体なんだってこんなことに。
 猫に餌(特売で安かった猫缶)をやりながら俺は考えていた。
 辺りには質素な家具が置かれ、窓からの月明かりが部屋を照らしている。

「お前どっからきたんだよ」

 餌に夢中の猫に聞いてみるが、返事など返ってくるはずもない。

「野良でもここまで図太いの多分お前ぐらいだぞほんと」

 むなしいがそれでも猫に語りかける。相変らず見向きもされない。
 かつかつと猫が餌を食う音だけが静かな室内を満たしている。

「周りじゃみんな女作って必死だってのに、俺の相手は猫か……
 まあ、俺じゃそもそも彼女なんて作れるはずねえけど」

 ため息をつき、ベッドに潜りこんだ。
 明日はバイトだ。勝手についてきて餌をせがむ猫なんぞにかまってられん。

「…とは言うものの」

 手を口にかざし、息を吹きかける。かなり寒い。
 辺りを見回すが、暖かく寝れる場所は布団ぐらいしかない。
 コタツでもあればいいんだろうが、あいにく家には影すら見えない。
 猫は缶の淵を舐めていた。おそらく食事が終わったんだろう。
 仕方ない。うん、これは仕方ない。
 なかなか缶から手を離さいのをなんとか引き剥がし、一緒にベッドへもぐりこむ。
 頭や喉をなでながら、ふと何かを思い出しそうになった。
 なんだったか、確か一年に一回ある…
 そうだ、そういえば今日、俺の誕生日だ。
 と思い出したはいいが、何かまだ喉に引っかかる気がする。
 なんだったっけ、と思い出そうとするが、結局思い出せないまま眠りに落ちた。



 ざらりと頬に妙な感触を感じて目を開ける。
 昨日の猫が目の前にいた。なんという早起きさんだ。
 などと思ったのも束の間、すぐに布団にもぐりこんで行く。

「何がしたいんだよお前」

 返事の代わりにくぁ~っとあくびをし、猫は膨らんだ胸の辺りで丸まった。
 …膨らんだ胸?



 男物の服しかないおかげで、バイト仲間に奇妙な視線を向けられたのは言うまでもない。

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最終更新:2008年06月11日 23:47
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