『やんき~?お姉さん』続き(子供編)

「はい、あ~ん」
「あ~ん、ッス」

俺の両親はかなり仲が良い。
今日も母さんは父さんに朝ごはんを食べさせている。
その笑顔の可愛いこと。
父さんはデレデレしながら美味しそうに朝ごはんを食べさせてもらっている。
その笑顔の情けないこと。

「つーかさ、あんたらいつまで新婚ラブラブバカップルやってんだ…?」
「はい、あ~ん」
「あ~ん、ッス」
「聞いちゃいねぇ…」

毎朝この調子なので慣れてはいるのだが、実の息子が16にもなるのにあ~んはないだろあ~んは。
少しは世間体なり社会の常識を考えて欲しいものである。
俺の心の声が聞こえているだろうか。
そう、あんただよあんた。
三十ピー歳旦那&子持ちのあんた。

「あら? どうしたの~優也ちゃん?」
「いや…それよりちゃん付けはやめてくれ。」

俺は16にもなって母さんからちゃん付けで呼ばれている。
いい加減やめて欲しいものだが、母さんはやめる気はないらしい。

「あ… 優也ちゃんも、あ~んして欲しいの~?」
「冗談じゃねぇ…」
「もう、照れなくてもいいのに~」

この人が実の母親でなければどれほど幸せなことだろうか。
御歳三十ピー歳だが、見た目は20代前半。
流麗な濡れ烏の腰まで伸びた黒髪、可愛さと美しさを兼ねそろえた顔立ち。
ふくよかに膨らんだ胸、きゅっとくびれた腰、すらりと伸びる長い手足。
正直この父さんには勿体無いくらいだ。

「優ちゃん、次は玉子焼きが食べたいッス」
「はい、あ~ん」
「あ~ん、ッス」
「もう、恭(ヤスシ)さんは甘えん坊さんなんだから~」

どうでもいいがこの人が俺の父さんの央沢恭。
どこにでもいそうなオッサンだが、とび職をやっているのでガチムチだ。
一度だけタキシード姿を見たことがあるが、その時はダンディーな軍人のように見えた。
馬子にも衣装というやつだろうか。

「あ~、そうッス。 今日は父さんと優ちゃんは一緒に仕事ッスから、夜は一人で食べて欲しいッス。」
「そうなのよ~。 久々にお仕事なの~。」
「あれ、母さんって専業主婦じゃなかったの?」

突然の言葉にぽかんとしてしまったが、父さんの現場の手伝いでもしているのだろうか。
というか職場に母さんを連れて行ったら大変なことになるんだろうな。かなり士気が上がりそうだけど。

「今日の夜8時からVIPTVを見るッスよ。」
「ん、父さんの現場でも映るの?」
「なつかしのアイドル大集合! あのアイドルは今? に優ちゃんが出るッスよwwwwwww」
「…………は?」

箸で掴んでいた玉子焼きをぽろっと落としてしまった。
このガチムチは何て言いやがった?
テレビ?アイドル?母さんが出る?

「そうなのよ~。 久しぶりにテレビのお仕事なの~。」
「そして父さんは今日は優ちゃんのマネージャーッスwwwwwwww」
「…ジーマーで?ローバー……」

驚きのあまり口調がおかしくなってしまった。
だが、母さんがアイドルだったというのも頷ける気がする。
いやまあ、今でも十分通用すると思うけど…。

「さ、学校に遅れますよ? そろそろ支度して、ね?」

時計を見ると時間が結構やばかった。
さっさと支度をして学校に行かなければ遅刻だ。
俺は着替えを済ませるとカバンを引っつかんで家を出た。
家から学校までは自転車で約30分。
少し飛ばせば20分といったところか。
信号につかまらなかったことも幸いして、何とか学校に間に合った。

「よぉ、今日も遅刻ギリギリだな。」
「うっせーほっとけ…今日の俺は現実逃避したい気分なんだ…」
「どうしたんだ?」
「実はさ……?」

こいつは悪友の北川雄三。
父さんの友達の雄二さんの息子で、俺たちは赤ん坊の頃からの友達だ。
一呼吸おいた後に、こいつに今朝の出来事を話した。

「マジかよ!? ま、まあ…あの人なら納得できるようなできないような…」
「だろう? だから俺は現実逃避したいんだよ…」
「お前ら、席につけ。」

そんなことを話しているうちにHRの時間になった。
担任の東山は数学の教師で、結構フランクな人柄で生徒から人気を集めている。

「今日は重要な用件があるから、皆よく聞くように。」
「……む?」

いつもは話半分に聞いている俺だが、重要事項とまで言われては耳を傾けるしかない。
眠い頭を何とか動かして、東山のほうを見た。

「今日午後8時からVIPTVでなつかしのアイドル大集合! あのアイドルは今?っていう番組があるんだが
 その番組に先生の大好きなアイドルが出るんだ。」

…ちょっと待て、限りなく嫌な予感がする。
雄三も俺との方を見て肩を落としていた。

「その人はなんと! そこにいる央沢のお母さんこと桜沢(オウサワ)ゆうさんだ!!」
『おぉぉぉぉぉ!?』

クラスから湧き上がる歓声。
大きくため息をつく俺とは対照的に盛り上がるクラス。

「だから、皆今日は必ずVIPTVを見るんだぞ!というか見ろやゴルァ!!」
『はいっっっ!!』

俺と雄三を除いた全員が高らかに唱和した。
その後もちろん俺は質問攻めにあい、放課後になる頃にはクタクタになっていた。
その後は雄三と二人でゲーセンとファミレスで時間を潰して家に帰った。
新聞のテレビらんを見るとでかでかと赤ペンで丸が付けられていた。どうやらこの番組3時間もあるらしい。
とりあえずテレビをVIPTVに合わせた。

『さあ始まりました!なつかしのアイドル大集合! あのアイドルは今?』
『最初のなつかしのアイドルはこの方で~す!』

最近話題のお笑い芸人とアイドルのパーソナリティーで番組はスタートした。
俺が見ても懐かしいなーと思える人が沢山でてきて、番組は盛り上がっていく。
そして時間は22時ぴったり。
ついに母さんの出番がやってきた。

『さあ、お次のアイドルは?』
『あの伝説の武道館引退ライブから早16年! 桜沢ゆうさんで~す!!』
会場がどっと沸き立つ。
スモークの中から出て来た母さんはいかにもアイドルっぽいミニスカの衣装で登場した。
これで三十ピー歳…この人はサイボーグか何かなのだろうか。
母さんが歌う曲は、何処かアイドルっぽくないしっとりとしたナンバーだった。

『夕暮れの街一人歩く 貴方の影を探しながら
 色づく街溢れる笑顔に 私の心閉ざしたまま
 ねぇ貴方は 今どこで何をしているの
 ねぇ貴方は 今どこで誰を想ってるの
 貴方と交わした約束 今も胸に残っている
 ずっと一緒だと笑った 貴方は優しい嘘つき』

母さんが歌っている間、俺は画面から目が離せなかった。
しっとりとした曲に相応しく、柔らかで、何処か切なそうな声。
出演者も観客も母さんの歌に聴き入っていた。
フルコーラスを歌い上げ、母さんの曲は終了した。

『すばらしい! 16年前と寸分変わらぬ美貌もさることながら、歌も全くさび付いていませんね!』
『本当です! 私も桜沢さんみたいなアイドルになりたいです!』
『そんな~。 かなり久しぶりでしたので、緊張したんですよ~?』

その後は母さんお得意の天然ボケで会場を沸かせ、番組は大成功のようだった。
番組終了後はクラスメイトや担任からの電話の応対に明け暮れ、気づけば日付が変わっていた。

「あー…でもすごかったなぁ…」

ベッドに横になり、真っ暗な部屋の天井を見上げる。
今でも母さんの歌声が俺の耳に残っている。
アイドル…か。
まるで聴く者全てを包み込むような母さんの歌声。
それがずっと頭の中で流れるうち、俺はいつしか眠りについていた。


翌朝俺はかなり早い時間に目が覚めた。
睡眠時間は短いはずなのに、何故かぐっすり寝た感じがする。
昨日の母さんの歌が忘れられずに、つい朝だというのに口ずさんでしまう。

「夕暮れの街一人歩く………!?」

俺の口からでた声は俺のものとは思えないほど高く、そして綺麗に響いた。
母さんと似たような音質ではあるが、何処か少女らしい声だった。はっとして手を胸に当てた。
そこには確かなハリと弾力を兼ねそろえた二つの肉の塊があった。

「OK……素数を数えて落ち着くんだ……」

2,3,5,7,11,13……
素数を数えた後、俺は恐る恐る鏡を覗き込んだ。
そこには見惚れるほど可憐な美少女がいた。
短く切りそろえていた髪はつやつやのロングヘアーに変わっており、その顔立ちのなんとも整っていること。
16歳にしては大きな双丘がだぼだぼのパジャマから見え隠れしている。

「女体化……かよ……」

15~6歳の童貞の男児が突如として女性になってしまう原因不明の奇病。
俺は16になって間もないからと油断していたが、その日がやってきてしまったようだ。
唐突過ぎるその出来事に、俺は混乱するしかなかった。

「優也ちゃ~ん? そろそろ起きる時間よ~?」

いつの間に帰ってきていたのだろうか。
毎朝変わらぬ母さんの声。
まあ…こんな時に頼れるのは親しかいない。
俺は渋々自分の部屋を出た。

「……おはよう……」
「あらあら、まぁ~!? 優也ちゃん……なの?」
「ちょwwwwwwww優也も女体化ッスかwwwwwwwwwww」「笑い事じゃねーよ……」

何でこの人たちは笑っていられるんだろうか。
それにやけに落ち着いている気がする。
まあ、このご時世だからだろうか…。

「てか父さん、さっき”も”って言った…?」
「ああ、優ちゃんも実は元男なんスよ。 だから父さんは女体化には慣れっこッス。」
「そうなのよ~。 でも、大きな事故にあったから女体化以前の記憶があんまりないの~…」
「そ、そんな過去が……」

母さんの生い立ちに正直驚いてしまった。
というかこのスーパーウルトラ美人が元男とは……世の中怖いものだ。

「今日は学校はお休みした方がいいんじゃないかしら~?」
「そうッスね。 手続きとか服とか色々準備もしないといけないッスから。」
「俺は女体化よりあんたらの落ち着きっぷりに驚いてるよ…」

やはり経験者は違うんだなぁ…と改めて感心してしまった。
わいわいと話が弾む両親には驚かされっぱなしだ。
そんな中、ふと玄関のチャイムがなった。

「うぃーっす。 優さん、ヤス元気かー?」
「あら? あの声は雄二さんかしら~。 は~い。」

ぱたぱたと玄関に向かって歩いていく母さん。
暫くして戻ってくると、母さんの隣にはかなりイケメンのおじさんと美少女がいた。
ショートカットにぱっちりした瞳。
何処か幼さとあどけなさを残したなんとも可愛い女の子だ。

「今日はどうしたんスか?」
「いや、実はな…このとおり、雄三が女体化してしまってな…」
「あらあら、雄ちゃんもなの~?」
「も? ……ってことはそこのめんこいのが優也君か。 おーおー…お母さんに似て美人だ。」
「やだもう、雄二さんったら~。」

照れる仕草がなんとも可愛らしい。
これで三十ピー(ry
というかあの美少女が雄三… にわかに信じがたいが、俺も人のことは言えない。

「……その、なんだ……奇遇だな、優也……?」
「お、おう……」

声も何処か幼い女の子のような声になっている。
これがあの雄三だとは誰も信じられないだろう。

「それでな、女体化経験者の優さんに話を聞きにきたわけなんだ。 それと……」
「それと、どうしたんスか?」
「ほら、今うちの事務所新規アイドル候補生がいなくてさ?」
「経営難、というやつですか~?」

雄二さんは芸能プロダクションでプロデューサー兼マネージャーをしている。
二足のわらじを履きこなす有能な人だが、いいアイドルに恵まれていないらしい。

「てなわけで、雄三改め雄美をデビューさせようと思うんだ。」
「そりゃいいッスね。 雄三君もこれだけ可愛ければアイドルなんて楽勝ッスよwwwwww」
「しかし、事のついでに俺はすばらしいものを発見してしまったんだ。」
「すばらしいもの…ですか~?」

雄二さんの視線が一瞬俺に向けられる。
まずい、何かとても嫌な予感がする。
数秒後、俺の嫌な予感は的中した。

「ずばり、うちの雄三…じゃなかった雄美と優也君でユニットを組まないか!?」
「ちょwwwwwwwwwmjskwwwwwwwww」
「あらあら、あら~……?」
「見た瞬間ピーンときたんだ。 この二人なら絶対売れる!」

いやまあ、確かに今の俺らはアイドル級といえばそんなような見てくれをしているが…
この人は一体何を考えているんだろう。
女体化した男二人をいきなりデビューさせるだなんて…事務所、よっぽど危ないのだろうか。

「どうだね優也君。 俺なら二人を確実にトップアイドルにできると思うよ?
 何せ君のお母さんも俺がプロデュースしたんだからね。」
「……は?」

その言葉に俺は驚きを隠せなかった。
母さんをプロデュースしたのが雄二さん?
俺はかなり戸惑ったが、ふと昨日の母さんの歌が脳裏によぎった。
どうせこれから女として生きていくんだ。
仕事もどうなるかわからないなら、いっそ、あんな世界に挑戦してみたいかもしれない。
俺は雄二さんの表情をうかがってみた。
雄二さんは柔らかく微笑んでいる。
今度は母さんの表情をうかがってみる。

「優也ちゃんの好きにしなさい。 お母さんは賛成も反対もしないから。 でも、やるなら応援はするわよ~?」

父さんはというと…

「嫁がアイドル、娘がアイドルなんて最高じゃないッスかwwwwwwwwwww」

だめだこりゃ。
雄三は…?

「ま、今は家計も少し苦しいからな。 手伝うしかないだろ。」

切実な言葉だな。
なら、俺は……

「やってみないかい?」

雄二さんの一押し。
これからどうなるかわからない人生、少しくらい挑戦してみても面白いかもな。
それに、雄三も一緒ならなんとかやっていけるだろう。

「わかりました。 俺、やります!」
「おお、引き受けてくれるのかい?」

俺は静かに頷いた。
もしこれが母さんの歌を聞く前だったら、きっと賛同していなかっただろう。
それほどに母さんの歌は俺の心の中に残っている。

「ああ、一つ言い忘れていたんだが…」
「なんですか?」
「”俺”はもうやめてくれよ? 今日から君はアイドル候補生なんだからな。」
「わかっ……りました。」
「ま、一緒に頑張ろうぜ、優也?」
「お前も男言葉はやめなさい。」

雄二さんはこつん、と小さく雄三に裏拳でげんこつをした。
俺のこれからはどうなっていくかわからないけど、何だか楽しそうではある。
俺の人生、これからどうなっていくことやら……。


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最終更新:2008年09月10日 01:50
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