安価『ただいま』

「みんな!今日まで応援、本当にありがとう! 最後の曲はもちろん、Double Smile!」



会場に歓声と悲鳴が沸き上がる。
今日はこの俺がボーカルを務めるバンドの解散ライブ。
ラストの曲は俺たちがデビュー前からあたためてきた思い出の曲だ。

「一人で歩こう 行けるトコまで
 どこまでいけるか試してみたい
 ずっと歩こう 力のかぎり
 どこまで行くのかわからないけれど
 いつか辿り着いた先には きっと何かがあるから
 だからボクはそれをめざして
 ずっと一人で歩いて行く」

一代目の終わりと共に会場の熱気とボルテージは最高潮に達した。
この曲が俺たちの最後になるのかと思うと、俄然歌にも気合いが入ってくる。

「二代目はみんなも一緒に歌ってくれー!!」



間奏の途中に客席に声をかけるとわっと会場が湧いた。
こんなにファンに応援してもらえて俺は幸せものだと思う。

「一人で歩く 夕暮れの街
 いつしか誰かが隣で笑う
 二人で歩こう ずっと一緒に
 この人とならばどこでもいける
 いつか辿り着いた先には きっと何かがあるから
 だからボクはそれをめざして
 ずっと二人で歩いて行く

 いつか辿り着くだろう そこで終わりにしたくないよ
 いつか辿り着いたって そこで終わりにはさせないから

 ずっと二人で歩こう
 この先どんな荒れた道だって
 二人なら越えられるさ
 隣の貴方が笑顔ならば」

歌いきった。
殆ど素人だった時代に作った歌。
だけどこの歌を最高の形で俺たちのフィナーレに使うことが出来た。
鳴り止まぬ歓声の中、俺たちはステージを後にした。

「終わっちまったなー。」
「そうだな。 でも今日は本当に最高のステージだったよ。」
「本当だよね。 今日は勇吾も凄く声が伸びてたし。」

楽屋でみんなの労をねぎらう。
俺はもう喉が痛くて仕方ないし、ドラムの明人は汗だく。
ギターの俊も相当疲れているようだった。
だけど、心地よい疲労感だった。
最後のライブの成功を俺たちは三人で祝った。

「俺たち、どうしても解散しなきゃならないのか…?」

ライブがこれだけ盛り上がった以上、誰かが言い出すと思っていた。
それを言い出したのは明人だった。
俊は諦めがついたような表情で首を一度だけ縦に振った。

「すまないな…。 俺、そろそろ女になっちまうからさ。
 ファンの皆には申し訳ないけど… 女になってからバンド続けるとしても、もう俺の声じゃないだろうしな。」
「もう適当に風俗とかで済ませちまえよ… 今のままならメジャーも狙えるだろう?」

実際童貞を捨てる方法なんていくらでもある。
だが、捨てて男のままでいたからといってメジャーになれるわけでもない。
俺の頭の中には芸能プロダクションのプロデューサーに言われた言葉が今も渦巻いている。

『今の君たちのバンドには華がないんだ。
 確かに曲も演奏もすばらしいものを持っている。
 けれど、肝心の歌に大衆を引き込む力がまだないんだ。』

歌が上手というだけで売れる歌手は最近は本当に少ない。
大抵の歌手は、いわゆるアイドル歌手と呼ばれる美男美女ばかりだ。
だから俺はあえて女体化するという大博打を打ってみることにした。
これで俺が絶世の美女に転生できれば… 俺たちのバンドには大きな華ができるから。
その話は二人にはしていない。
これは俺自身が決めたことなのだから。
結局そのままこの話をすることはなく、何処か重たい空気のまま俺たちは会場を後にした。
数ヵ月後、再び出会う約束をして―――…。

「ただいまー…。」

少ししゃがれた声で帰宅を告げる。
玄関に見慣れない小さな靴が置いてあるのに目がいった。
お客さんでも来ているのだろうか?
しかしこんな夜更けに…?
居間に入ると父さんと母さんが炬燵に腰を下ろしていた。

「勇吾、ちょっとこっちに来て座りなさい。」
「ん。」

俺はいわれるがまま炬燵に入る。
調度良く温まった炬燵が冷えた俺の足を暖めてくれた。

「とりあえずライブお疲れ様。今日、父さんと母さんが葬式に行ってきたのは知っているな?」
「ああ、知ってるよ。」
「それでね、勇吾。 お母さんたちで決めたことがあるの。」
「どうしたのさ? そんなに改まって?」

頭の上に?マークが浮かんでいそうな顔で両親に目をやる。
母さんが父さんのわき腹を小突くと、決心したような表情で父さんは口を開いた。

「実はな。 今日式があった人は父さんと母さんがとてもよくしてもらった人たちでな。」
「たち…?」
「そうなの。 夫婦共に…ね?」

なんとなく理解は出来た。
父さんと母さんがお世話になった夫婦さんが逝ってしまったのだろう。
その表情から、とてもお世話になっていたことが伺えた。

「そして、彼らには一人娘さんがいたんだ。 そこで……」
「親戚をたらいまわしにされるのも可哀想でしょ? だから、私たちで引き取ることにしたの。」
「は?」

突然のことに目が点になってしまう。
つまりは、玄関にあった小さな靴はその女の子のもので。
どうやら今日から新しい家族になるということだろうか…?

「だが、お前も多感な時期だ。 勇吾がどうしても嫌だというなら、父さんたちも考える。」
「勇吾はどう思う?」
「いきなりすぎるけどさ… 俺は父さんたちの意見に従うよ。
 好きなことやらせてもらってて、毎日美味いメシが食えて、俺に稼ぎは殆どない。
 文句言える立場じゃないよ。 それに、父さんと母さんのそういう優しいところ、俺は好きだからさ。」

適当に言葉を並べてみたが、言った通りだろう。
俺はまだ扶養される側の立場で、音楽で食べていけるほどの収入もない。
所詮はインディーズバンド。
こういうときは親に従うのが妥当だろう。

「そうかー…。 そういってくれて嬉しいよ。」
「まあ、勇吾も優しい子だから、嫌だとは言わないと思っていたけど。」
「よせよ母さん、照れる。」
「とりあえず、今日はもうその子は休んでいるから明日挨拶しなさい。」

確かにこの時間ならばもう寝ていてもおかしくない時間帯だ。
わかったよ、と一言返事をすると俺は炬燵を出た。

「ああ、そうだ父さん。 その子の名前は?」
「雪乃ちゃんだよ。 これからは宮村雪乃、だ。」
「あいよ。 ああ、あとさ。 その子、可愛い?」

冗談交じりで聞くと、母さんはため息を、父さんは苦笑を浮かべてしまった。
やはりそんな美味い話が世の中にあるわけないよな…。

「お前の期待に沿えるかはわからないが…。 多分、10人が10人とも振り返る。」
「ほぅ…。 そりゃ楽しみだ。」

後ろ手に手を振りながら俺は二階の自分の部屋へと戻った。
俺は疲れていたから電気も付けずにカバンをその辺に放り投げた。
俺の部屋は道路側にあるから、電気をつけなくても街灯の光が窓から入ってくる。
薄暗い室内で上着を脱ぎ捨てて、そのままベッドにダイブした。

「…っ…!?」
「ん……?」

ダイブした瞬間、妙な感触がそこにあった。
なんだろう、とても柔らかくて暖かい。
それが人間だと気づくまでそう時間はかからなかった。

「…っ… きゃ…むぐっ!? んんん~!!」
「とりあえずここは俺の部屋だ。 そして俺はあんたを知らない。 泥棒ならもっといい家に入るんだな。」

とっさに俺はその人の口を左手で押さえつけた。
声を出せない様子のその人に向かい拳を作る。
バキン、とわざとらしく骨を鳴らして、窓からカーテン越しに差し込む街灯の明かりに晒して見せた。
左手に伝わってくる感触から、その人が震えているのがわかった。

「言っておくが、俺はこう見えても空手黒帯だぜ…?」
「んんー! んむぅー!?」

但し少年空手のなwwwwwwwww
こういうときははったりがかなり重要だったりする。
俺の部屋は昔の田舎の家よろしく、電気のスイッチに付けた長い紐がベッドの横まで垂れ下がっている。
その人の口を押さえたまま、俺は後ろ手にその紐を引っ張った。
チカチカと数度電気が瞬いた後、俺の目に映し出されたのは―――…

「女……の、子……?」

そこには両の瞳に涙を湛えた女の子がいた。
客観的に見れば俺がその子を押し倒したように見えなくもない。
その事実に気づいた瞬間、とっさに左手を離してしまった。

「…あ…ぅ… ……ごめんなさい……ごめんなさい……」

拘束から解放されたことに安堵したのか、その子はぽろぽろと涙を流してしまった。
がたがたと震えながらこちらを見つめてくる様子はなんとも襲いたk…じゃない、護ってあげたくなる。
それもそのはず。 彼女はとても可愛い女の子だったからだ。

「いや、その… 俺の方こそごめん。 泥棒と間違えたとはいえ、女の子に手荒なことを……」

その場で深々と頭を下げた。
彼女はふるふると小さく首を横に数回振った。

「…あの…私、雪乃といいます… …今日から、こちらにご厄介に…ぐす…」
「父さんたちから話は聞いている。 でも、どうして俺の部屋で寝てたんだ…?」

素直な疑問を彼女にぶつけてみた。
この家には空き部屋があったはずだから、多分この子はその部屋を渡されたはず。
なのに俺の部屋で寝ていた理由が良くわからなかった。

「…えと…普段は、お父さんとお母さんと… …3人で一緒に寝てたんです…ぐす…
 …だから、その… …新しいお布団、気持ちよかった…ぐす、ですけど…
 …人の匂いって言うんでしょうか…しないと、不安で…ぐすっ…」

未だぐずりながら話してくれた理由は、なんだかとても胸が締め付けられた。
そりゃあこの歳ごろの女の子が両親共に亡くしてしまったら不安で一杯になるだろう。
それにどうやら泣き虫みたいだし…。

「そっか…。 なら、今日は俺と一緒に寝よう…か? ベッド、狭いけど。」
「…ぐす…いいん、ですか…?」
「君が良ければね。」

普通に考えれば俺が別の部屋で寝るべきなんだろうけど、どうしてかこの子は放って置けなかった。
というか、この泣き顔を放っておきたくなかった。
彼女が小さく頷いたのを確認してから、俺はベッドに横になった。
照れくさくて彼女の方は向けなかった。
というか初対面の女の子と一緒のベッドで寝るなんて、普通は考えられないことだからなぁ…。
そうこう考えているうちに時計の短針が2週ほどしてしまった。
街灯も消え、ようやく俺の部屋にも深淵が満ちてくる。
ふと隣の彼女に目をやると、彼女は眠っているようだった。

「……さん……」

うっすらと瞳に涙を浮かべながら誰かを呼ぶ声。
きっと夢の中で彼女は両親を呼んでいるのだろう。
その涙を人差し指でそっと拭ってあげた。
そして悪いとは思いつつも、彼女をそっと抱きしめた。
女の子特有の体の柔らかさと匂いが直に伝わってくる。
髪の柔らかな感触が頬に心地よい。
そんな心地よさを堪能しているうちに、俺もいつしか眠りに落ちていた。

気持ちのいい朝だった。
久々にぐっすり眠れたし、なんだか布団がいつもより暖かい。
何より腕の中のこの柔らかい感触がとても……ウデノナカノ?

「…げ…!」
「…すぅ…すぅ…」

そういえばそうだった。
昨日この子を抱きしめたまま眠ってしまったんだった。
だらだらと冷や汗が流れてくる。
なるべく起こさないように腕を放そうと思ったが、何故か左腕が彼女の下敷きになっていて抜くことが出来ない。
モシカシテボクハカノジョガオキルマデコノママデスカ…?

「…ん…」

彼女が軽く身を捩った。
まずい、このままだと確実に誤解されてしまう。
そんなことが頭を過ぎった次の瞬間だった。

「…ぁ… …おはよう…ございますぅ…」
「おはよう…。」

ああ、起きてしまった。
さようなら、俺のささやかな日常。
こんにちは、クサいメシ。
さようなら、メジャーデビューの夢。
こんにちわ、親父の鉄拳。

「…ぇ… …あの…その…?」
「…寝てるとき泣いてたから…その、つい…ね?」

言い訳すら出来ないオワタ。
きっと次の瞬間大声上げられて父さんと母さんがすっとんできて俺をフルボッコにして勘当されて警察に連れて行かれるんだ。
今までの楽しかった思い出たちが走馬灯のように頭を駆け巡った瞬間、彼女は俺の体にぎゅっとしがみついてきた。

「…ありがとう、ございます… …怖い夢…見てたんです…
 …でも、途中から良い夢に変わりました…。 …きっと―――…貴方が…抱きしめていてくれたから…。」

照れくさそうに頬をほんのりと染めて話す彼女。
襲ってしまいたくなる衝動を必死に抑えて、一度だけ彼女をぎゅっと抱きしめた。
そして抑えた衝動がまた湧き上がらないように、彼女からそっと離れた。

「ならいいんだが…。 あのさ、よく、ガード甘いって言われない…?」
「…いえ…? …そんなこと、ない…ですよ?」
「そっか。 ならいいだけど…」
「………?」

とりあえず部屋から出て食卓へと向かった。
調度両親が食事の準備をしてくれていたようで、起きたタイミングはばっちりだったようだ。
二人で一緒に起きてきた俺たちを両親は微笑ましそうな表情で見つめていた。

「おはよう。」
「おはよう勇吾、雪乃ちゃん。 よく眠れたかい?」
「…おはようございます…。 …とてもよく眠れました…。」
「あら、それはよかったわねぇ。」
「それにしても勇吾… 父さんに似てお前も手が早いんだな。」

父さんに言われて気づいた。
雪乃は俺の寝巻きの裾をちょんとつまんでいたのだ。
なんとも可愛らしいのだが、傍目に見れば父さんの想像したような感じなのだろう。

「待て父さん、俺はやましいことは一切してないぞ?」
「…本当ですよ…? …勇吾さん、とっても優しかったです…。」
「勇吾、ちょっと向こうで父さんと話をしようか…。」
「あらぁ。 お母さんもそのお話聞きたいわねぇ?」

雪乃さん、危ない発言はやめていただきたい。
ほら貴方のせいで両親の表情がくぁwせdrftgyふじこlp;@
その後誤解を解いている間にご飯はすっかり冷めてしまった。
まるで両親の視線のように。

冷めた朝食を食べた後、俺はまた部屋に戻った。
パソコンに向かってお気に入りのスレをチェックする。
今日は何か投下作品あるかなぁ?

「…15、16歳位までに童貞を捨てなくても女体化しない世界だったら……?」
「のうぁっ!?」

どこから現れたのか、後ろから雪乃がパソコンのモニタを覗き込んでいた。
慌ててタブを切り替えたがもはや後の祭りだろう。

「…そんな世界だったら素敵ですよね…」
「まあそうだなぁ…。 俺もそろそろ女の子になるかもしれないから、そのときは色々教えてくれよ?」
「…私でよければ…。」

くすりと小さな笑みを浮かべた彼女についドキリとしてしまう。
寝間着の彼女もそうだが、私服の彼女も可愛く見える。
名前と同じく、白いものが良く似合う。
セミロングの髪はつやつやで、白い肌と対比されたような黒髪。
全体的にほっそり、というか華奢な体格に控えめな胸。
よく考えればこんな女の子を抱きしめて寝てたんだなぁ。
そう考えただけで俺も少し赤面してしまった。

「…あの人も…女の子になってなかったらいいんですけどね…」
「あの人…って?」

ぽつりと呟くように彼女が零した言葉。
どうやら独り言のつもりだったらしく、返事が来るのは想定外だったようだ。

「…いえ、その… …昔、よく遊んでくれた人が居るんです… …もう、顔も覚えていないくらい昔のことですけど…」
「へぇ…」
「…その人… …よく歌を聞かせてくれました…。」

小さい頃の思い出はやはり心の中に残るものなのだろう。
この子はかなりピュアっぽいから、きっと今でもその人のことが好きなんだろうな。
そんなことを考えていると、彼女は小さな声で歌を歌い始めた。

「…一人で歩こう いける場所まで…
 …どこまでいけるか試してみたい…」

その澄んだ歌声を聴いた瞬間、俺の目は点になってしまった。
どこかバラード調になっていたものの、まさか自分の歌を歌われるなんて思っていなかったから。
慌てて彼女の方に振り向いてしまった。

「…あの、何か…?」
「その歌、知ってるの?」
「…知ってるも何も… …その人が、ずっと昔によく歌っていた歌なんです…
 …公園とかをお散歩しながら、この歌を口ずさんでいました…」



瞬間、何かが俺の中で弾けた。
ずっと昔の記憶が蘇ってくる。
近所に中の良い女の子が住んでいたこと。
両親同士がかなり仲がよく、よく付き合いがあったこと。
引越しの日、彼女に嘘をついて涙を流していたこと。
幼いころの記憶が次々にフラッシュバックしてくる。

「その歌…続きはこんな風じゃない?」
「…え…?」

俺はパソコンに保存してあった俺たちの曲を再生した。
彼女が歌ったのとは曲調がかなり違っているが、紛れもなく俺たちの曲。
流れる曲にあわせて、俺は声を出した。

「「一人で歩こう 行けるトコまで
  どこまでいけるか試してみたい
  ずっと歩こう 力のかぎり
  どこまで行くのかわからないけれど」」
「…え…ぁ…ぅ…?」
「この歌は…俺が作った歌なんだよ。」
「…あの…その…?」

彼女が動揺しているのが手に取るようにわかる。
当然だろう。 こんな偶然、映画やドラマじゃなきゃあるわけがないのだから。
見詰め合っているうち、パソコンから流れる音楽は止まっていた。

「俺、昔は女の子みたいな顔してたんだ。 だから、よく勇吾じゃなくてユウコってからかわれててな。
 だから、確か昔は別の名前で名乗ってたはずなんだ。」
「……いさみ……お兄ちゃん……?」
「そう。 近藤勇っているだろ? あの人も”勇”って漢字だったからな。」

彼女は驚いた表情を浮かべた後、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、嗚咽を必死に堪えているようだった。

「懐かしいよな。 昔はよくこんな風に言ってたっけ。
『また泣いてるのか? ほら、お兄ちゃんが歌を歌ってあげるから、泣き止もう?』ってな。」
「…っ…う…ぐす…お兄ちゃん……!」

その一言を皮切りにして彼女は更に涙を流し始めた。
そしてどちらからともなく歩み寄り、俺たちはきつく抱き合った。
10年以上越しの、淡い想いの再会を祝うかのように。

「……どうしてもっと…ぐす…えぐ……早く、言って…っ…くれないんですか……」
「悪い悪い…すっかり忘れてたんだ。 ごめんな…?」

ふるふると首を横に振る彼女の頭をそっと撫でてやる。
ぎゅっと抱き合いながら、身長差の所為で彼女は俺の胸に顔を埋める形になっている。
暫くそうして胸を貸した後、嗚咽が治まった彼女は顔を上げて俺の顔を見つめてきた。
そしてゆっくりと目を閉じて、小さく背伸びをする。
近づいてくる小さな唇に、俺はそっと自分のそれを重ねた。
柔らかくて、暖かくて…そして、何処か甘く感じられるファーストキスだった。

「ただいま… って言うべきなのかな? 引越しの日、お出かけって嘘ついちゃったからな。」
「…ずっと、待ってたんですよ…? …だから、お帰りなさい…」
「ああ、ただいま……。」

言い終わるのと同時に二度目のキスをする。
二回目のキスもまた、柔らかく、暖かで、そして甘い唇の味が伝わってきた。
俺はこの上なく幸せな気分だ。
きっと、彼女もまた―――…





ここで少し分岐します。
ここからエロが読みたいかたはこちらまでどうぞ。
そうでない方は以下続き





あの後成り行きで俺たちは体を重ねた。
行為を終えた俺たちは裸のままベッドの上で抱き合っていた。
伝わってくる体温がとても心地よい。

「…あの… …これで、お兄ちゃんは女の子にはならないんですよね…?」
「ああ、大丈夫だよ。 それと…」

頭上に?マークを浮かべる彼女の頭をそっと撫でる。
小首を傾げた彼女に向かって、少々照れくさかったがウィンクをした。

「もう、”お兄ちゃん”はやめような? 俺たち一応…その、恋人…なんだろうし。
 出来れば名前で呼んで欲しいな。 勇吾、って。」
「…ぁ…はい…! …勇吾……さん…」

照れくさそうに俺の名前を呼ぶ雪乃。
はにかんだ笑い方がとても可愛くて、でもやはり恥ずかしいのだろう。
結局俺の名前の後に”さん”が付いてしまった。
安堵した瞬間、俺はとあることを思い出した。
例のプロデューサーの一言だ。
女体化して華を添えようと思っていたのに、つい…ではないが、こうして男のまま生きていけることになっている。
どうしようかと悩んだ時、目の前にあったのは静かな寝息を立てて眠る、愛しい人の寝顔だった―――…

「皆ー!ただいまー!」

わっと会場が沸きあがる。
俺たちのバンドは再結成した。
理由としてはもちろん、俺が女体化しなくなったからだ。
いつものライブハウスは満員御礼。
ただ、いつもと少しだけ様子が違っていた。

「改めてメンバーを紹介するぜ! 先ずはこの俺、ボーカルと今回からベースも担当することになったU5(勇吾)!!
 そして俺の頼れる相棒!ギターのSHUN!!」

俊は名前を呼ばれると即興でギターソロを演奏して見せた。
会場が一段と沸いているのがわかる。

「こいつがいなきゃ始まらない! 頼れるみんなの大黒柱!! ドラムのAKITO!!」

明人もリズミカルにドラムを叩いて見せた。
明人は超が付くほどのイケメンなので、会場からは黄色い歓声が沸きあがる。
正直耳が痛いほどだ。

「そして新メンバーを紹介するぜ!! 新ボーカルのYU-KIだ!!」
「よ…宜しくお願いしま…きゃぁっ!?」

マイクスタンドにけつまずいて派手にずっこける雪乃。
会場からは笑い声とざわめきが聞こえてきた。
だがまあ、そんなことは関係ない。
今日はあの華がないと言い放ったプロデューサーに一泡吹かせるために猛特訓してきたのだから。
やっと起き上がった雪乃に目配せすると、こくんと小さく頷いた。

「それじゃあ聞いてくれー!! 無事男でいられる喜びをこの歌に託すぜ!!」
「「「「My Load!!!!」」」」

いつもどおりの演奏が始まる。
いつもどおりじゃないのは、俺がベースを弾いていること。
そして、隣に愛する人がいること。
その心強さを胸に、歌い出す。
愛する人と共に歩き出す、とある男の歌を―――…


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最終更新:2008年09月10日 01:56
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