『弓道の先輩』1

 春。入学式のシーズン。
 今日、入学式を終えて晴れて高校1年生になった俺も、
 ほとんどの同級生たちと同様に、
 これから新しく始まる高校生活に期待を膨らませていた。


いち


 入学式から数日が過ぎ、対面式が行われた。
 先輩と後輩の顔合わせって感じの行事だ。
 校長の話→生徒会長の挨拶→新入生代表の挨拶→部活動紹介、という流れだったが、
 俺は入る部活を決めていたので、最初から最後までボーっとしていた。
 そのせいか対面式も早く終わり、あっという間に放課後になった。
 とりあえず教室から出て、これから部活動見学に向かう生徒や、
 早々に帰宅部に入部してさっさと帰る生徒たちの山に紛れていると、
 その人ごみをかきわけ、誰かが俺に近寄ってきた。
 と言っても誰だかはわかっている。これから何を言うかも。
「なあ、三木、高校入ったらやっぱ弓道だよな!」
「何でだよ。嫌だよ。俺は高校でもテニスやるんだよ」
 中学以来の友人、岬雄一の誘いを俺はすっぱりと断る。
 俺は中学時代はテニスをやっていた。
 実力はそこそこだと思ってる。最高記録は個人で県大会ベスト16。
 この男、岬も中学2年生までは俺と同じテニス部で、部員の誰よりも強かった。
 しかし何を思ったのか夏ごろに、
「俺は弓道をやる!やるったらやるんだー!」
 と弓道への猛烈な熱意に燃え、退部していった。
 だが、さすがに一人で道場に通って弓道をするのは心細かったのであろう。
 奴が退部した時に俺の言った、
「そうか、弓道頑張れよ。俺も(テニスを)頑張るから」
 という美しい友情を込めた台詞を都合よく覚えて、
「あの言葉じゃ弓道を頑張るって言ってるようにも聞こえる!」
 …と主張し、それ以来、しきりに弓道の世界に引きずり込もうとしてくるようになりやがった。

(まあ、これはたまに発症する悪い癖のようなもので、
 それまでの友達関係を断ち切るようなレベルのことではなかった。
 だから同じ高校に合格した時も、お互い仲良く笑いあったものだ)

「・・・・・・・ぃ!…おい!聞いてるのかよ!」
「ん?ああすまん、普通に聞いてなかったよ?」
「お前ね…」 
 あ、本気で怒ってる。
「すまんすまん。で、何だよ?」
「だからな、入るのが嫌でも、とりあえず見学くらいしてみようぜ?って話」
「・・・・あー、わかった。お前のその熱意に負けたよ」
 これは本音だ。
 あの夏の日以来、こいつの熱心な誘いをずーーーーーっと断り続けてきた。
 それなのにこいつはまだ諦めてない。
 もう本当に、見学くらいならしてやってもいいと思った。
「そのセリフはあれだね君、俺と一緒に入部すると――」
「それはお断りだ」
 反射的に言ってのけやがった。油断も隙も無い。


 端から見れば漫才のような会話を繰り広げながら、
 俺たちは弓道部の練習する弓道場に向かった。
 学校の敷地の本当に端の端に設置してあるようだ。
(俺は場所を知らなかったので、岬について行っていた)

 突然、岬が立ち止まった。
「どーしたよ、見学、行くんだろ?」
 岬は動かない。俺の言うことを無視しやがって。少しイラついた。
 一発パンチしてやろうと思って少し近づいた直後、
 俺はぎょっとして大幅に後ずさった。
「・・・・・うっ・・・・・っ・・・・・うぅ…」
 なんと、岬が眼から大粒の涙を流している。
「ど、どうしたんだよ?何で泣いてるんだよ?」
「だって…」
「だって?」
「あの浩二ちゃんが!本当に俺と一緒に入るだなんて!アタシ嬉しい!」
 本気でぱーんち。
 どぐちぁっと奇妙な音がして岬が軽く吹っ飛ぶ。
「ぁにすんだよ!」
「声がでかい!そのくらいで泣くな!おねえ言葉やめろ!あと俺は入部する気は無い!」
「いや…その…なんだ、ちょっと嬉しさゲージが振り切れて、だな?」
「ほう」
「それに…その…な?道場に入るって言っただけだから。入部って意味じゃ――」
「いーや、お前のことだ、絶対そっちの意味だった」
「ちーがーいーまーすーぅ!」
 あまりに騒がしかったのか、弓道着を着た先輩が一人、険しい表情でやってきた。
 気が付くと、どうやら弓道場のすぐそばまで来てしまったらしい。
「静かにしてくれ!」
「あ、す、すみません!」
 すると「気をつけてくれ」と一言残して先輩はさっさと道場に引っ込んでしまった。
 と思ったその直後、さっきの先輩からと思われる強烈な怒号が響き、(俺たちはびっくりして飛び上がった)
 そしてその声とほぼ同時に、
「ジュース買ってきますわー」と力の抜ける声を出しながら別の先輩が逃げ出してきた。
 見るからにやる気のなさそうだったその先輩は、
 俺たちを見たとたん物凄い勢いで顔を輝かせた。
「新入部員!?」
「はい!」
「違います!」
 すかさず答える岬。それに反応して強烈に否定する俺。
 相反する俺と岬の言葉の意味を先輩は読み取ってくれたようで、
「そっちは入部する気満々…と。そっちは…とりあえず見学か?」
 と俺と岬を交互に見て言った。
「はい…俺は、こいつの付き添いって感じで」
「ふーん…まあ、とりあえず中入って。話だけでも聞いていけよ」
 先輩は「新入部員とったどー」とか言いながらひょいひょいっとドアを開けて道場の中に入っていく。
 俺たちもそれについていった。
(ちなみにこの後、「ドアは開けたら閉めろ!」とぶちょー先輩に怒鳴られる羽目になる)


 道場は意外ときれいで広かった。
 そしてその中を、弓と矢を持った先輩たちが何列かに分かれてきちんと並んでいる。
 俺たちが中に入ったことを何人かは気にして、
 手を振ったり笑いかけたりしてきたが、ぶちょー先輩に睨まれてまたすぐに練習に戻った。
 弓を引くキリキリという音、的に当たった時のパーンという音がやけに大きく響いた。

 俺たちは弓を引いている先輩から見て後方にある、簡単な木の仕切りを挟んだ、
 弓を引いている人全員が見渡せる畳部屋に座るように言われた。
「んじゃー、説明するか。楽にしろよ」
 俺たちが座ったのを確認して、さっきの先輩が隣に座り、伸びをしながら言った。
「とりあえず自己紹介。俺は2年の柳。あんたらは?」
「岬雄一です」
「三木浩二です」
「ん。わかった。じゃあ、部の説明するけど…対面式、まともに聞いてないだろ?」
 見透かされてる。俺が苦笑いすると、先輩もやれやれという顔をした。
 その後は部について色々説明してもらった。
「基本的に練習は平日が6時まで、土日は午前か午後に3時間で固定。
(この文章は長すぎなので中略されました。)
 部員は3年が7人と2年が6人。多くもなく、少なくもない」
 第一印象から、面倒くさがり屋な先輩だと思っていたので、
 ここまで丁寧に説明してくれるのは少し意外だった。
「んー、まぁこんな感じだけど、質問あるか?」
 俺は「特に無いです」と答えた。
「先輩、一つ聞いていいですか」
「えーと、岬?俺のプライベートのこと以外なら何でも聞きなっ!」
「大会では毎年、どれくらいの成せkふがっ」
 どのくらいの成績なんですか、と聞こうとしたらしいその口を柳先輩は慌てて抑えた。
 そして人差し指を立てて「シーッ!」というジェスチャーをした。
 なぜか、俺も慌てて両手で口をふさいだ。
 それから、相当声のトーンを落として先輩が話し出した。
「それ、最近は禁句だ。3年よりもいい成績叩きだす2年生のエースがいてな、
 対抗心からぶちょーとか、めっちゃくちゃピリピリしてやがる。
 さっきあんたらに怒鳴ったのもその八つ当たりだ。その問題のエースは遅刻みたいだが…」

 先輩が喋り終えた時、道場のドアが開いて「こんちはー」という挨拶が聞こえた。
 ぶちょー先輩を始め数人からピシッという音が聞こえた気がした。
 柳先輩がボソっと言った。
「お、噂のエースだっ!」


 ―――道場に入ってきたそのエース先輩は、なんというか、
 身長もそれほど高くない、幼い感じの人だった。
 だけど、その体のパーツ一つ一つに人を惹きつける何かがある。
 肩まで伸ばした綺麗な茶髪、ぱっちりとした二重の眼、そして制服の意外と大きな…
 待てよ?ふと違和感を感じた。
 岬を見ると違和感に気付くどころかばっちり"あてられた"ようで、
 エース先輩をぼうっとした表情で見つめている。
 俺は岬を無視して、一人で考えた。この違和感は、ひょっとして…
 間違いない。俺は柳先輩を問い詰めてみることにした。
「柳先輩」
「ん?えーと、三木だっけ?何?」
「あの先輩、この学校の生徒なんですか?」
「ん?・・・・そりゃ、そうだろ」
 歯切れの悪い答えが返ってきた。
 岬もエース先輩が別の部屋に移動したので、目で追うのをやめてこっちに注目している。
「あの先輩、何で、この学校の生徒なんですか?」
「え?何だよ、いきなり…」
 答える先輩も何も言わない岬も、何が言いたいのかわからないと言う表情をした。
 先輩が誤魔化そうとしているのがわかった。
 だから、ストレートに核心に触れてみることにした。 


「ここ、男子校ですよね」


「…」


「柳先輩、あの人、女性じゃないですか?」




いち おわり

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最終更新:2008年06月11日 23:55
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