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『弓道の先輩』2

「柳先輩、あの人、女性じゃないですか?」
 柳先輩はその言葉への回答を考えるのにずいぶんと長い時間をかけた。
 …俺の質問に対しての先輩の答えは―――




「あいつは、確かに女さ」
「え、じゃあ何で――」
「何にでも例外はあるってことさ、あいつもそれだ。できれば、この話題はここまでに…」
「そうですか…変なこと聞いてすみません」
 正直、柳先輩の答えで納得したわけではないが、先輩の言うとおり、何か事情があるのだろう。
 新入生の俺があまり踏み込みすぎるのはよくないと思い、話を切り上げた。
 先輩もそれを聞いて安堵したような表情になり、
「うん…ま、気になるのはわかる。…男子校なのに、って思うよな。
 お、エースが着替えたみたいだ。あいつは本当に凄腕だから、見ものだぞ」
 と話題を弓道に戻した。


 ―――さっきから何人もの先輩が弓を撃つのを見ていたが、
 素人目に見てもわかる。エース先輩は別格だった。
 華奢に見える体の軸が、全くと言っていいほどブレない。
 恐らく、押しても引いても頑として射形は崩れないだろう。
 目は動くことを忘れたかのように一点を見つめる。
 そのような完全な体勢から放たれる矢は確実に的の中心を貫いた。
 1本、2本、3本、4本。結局、持っている矢を全部。
「すっげ、皆中だぜ…あれ…」
 岬が呟いた。
「かいちゅー?」
 俺が聞くと、柳先輩が答えてくれた。
「皆中ってのは、持ってる矢を全部的に中てること。普通は、とにかく的に中るだけでも凄い。
 だが、あいつの場合、的の中心の円の、星っていうんだが、そこに全部行くから…」
「ちょーすごい」
 最後に岬が付け足した。こいつ、知識がありやがる。
「えーと、岬?なんか慣れてるな。お前、経験者?」
 柳先輩が敏感に反応した。
「はい、中2の夏頃から…」
「中2の夏…なら、1年半!?すっげぇ!」
 岬が答えるや否や、柳先輩がシャウトした。
「マジ?」「うっはwwktkrwwwww」「1年半…」
 他の先輩たちのどよめく声が聞こえた。
 ぶちょー先輩もこの時ばかりは柳先輩を怒ることを忘れ、実に複雑な顔をした。
 逆にエース先輩は嬉しそうな顔をした。
「経験者ゲットだって?やるじゃん、章介っ!いいもん拾ったな!」
 そう嬉しそうに言う口調も、柳先輩の背中をバシバシと叩くその行動も、
 姿を見なければとても女性には思えなかった。
 うーん…謎だ。
「あ…ねえ、きみ、入部するの?」
 ふいに、柳先輩を叩いていたエース先輩が眼を俺に向けながら言った。
「はい!俺、先輩みたいに…」
 早速憧れの人となった先輩に対して、
 興奮気味に答える岬の言葉をエース先輩は手でそっと遮った。
「いやいや、経験者のきみでなくて、そっちのきみ」
 そして先輩は俺を指差した。
「入部してみる気、ある?」
 先輩の言葉を聞いて、俺は戸惑った。
 テニスと弓道、どっちをやりたいんだろう…
「的に中てるのって、楽しいよ?」
 先輩の聞いていて心地よい声にぼんやりとしながら、思い出した。
 そうだ、確かに、先輩が4本連続で星に中て、皆中を達成した時、
 あんなことができたら、さぞかし気持ちがいいんだろうなと思い、
 俺も、やってみたいと思った…

「興味があるんなら、弓道、やってみない?」
 どこか遠くで先輩の声が聞こえた気がした。
 それから俺がはっきりとした意識を取り戻したのは、
 既に「はい」と答えてしまった後だった。




に おわり

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最終更新:2008年06月11日 23:56
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