『15歳までに童貞を捨てなければメイド化する幼なじみがいたら』

 堂本瑞樹、僕の兄貴分。
 僕が物心付いた時にはすでに、うちのキッチンを任されている母親といっしょにこの屋敷に住み込んでいて、小さいころにはよく一緒に駆け回った。
 容姿端麗成績優秀。弁論巧者でよく大人たちを言い負かしたりしている、僕より364日年上の頼もしい兄貴。
 性格はいたって冷静沈着。ノリはいいんだけど、あまり顔色を変えずに冷静にはしゃぐタイプ。
 もちろん全く表情がない訳じゃない。皮肉ったような笑みを浮かべさせたらかなう奴なんかいない。
 瑞樹は中学に入ったときから、僕に敬語でしか喋ってくれなくなったけど、こんな瑞樹だからそれが妙に似合っていて、なんだか納得させられてしまった。
「今日は楽しかったなぁ。あの大人たちの呆気に取られた顔ったら」
 僕と瑞樹は誕生日が一日しか違わないので、毎年一緒に祝うことになってるんだけど、そのあいさつで瑞樹が実に堂々とした長広舌を振るって見せた。
「あの程度のことでよろしければいつでもご覧にいれますよ。ぼっちゃん」
 それがあまりにも堂に入ってたから、みんな魅入られたのかだんだんと表情が抜けていって、なんか間が抜けた顔になってた。
 ゆったりとしたスピードでなおかつ抑揚の大きな語り口。舞台俳優もかくやというほど大きく堂々とした身振り。
 誕生日のあいさつ程度の内容で、会場を飲んでしまった。
「役者になった方がいいんじゃない?」
「何をおっしゃいますかぼっちゃん。私は浅倉家の執事としてぼっちゃんに付き従う運命をもって生まれてきた人間ですよ」
「頼もしいけど、本当にそれでいいの? 後悔しない?」
「この浅倉家の跡を継ぎ、これから大財閥を率いることになる光彦様の、私はその傍らで公私ともにサポートさせていただけるのです。これ以上の幸福がどこにあるでしょう?」
「ぼっちゃんとか光彦様って呼ばれかたは、苦手なんだけどな……」
 ちなみに、瑞樹のこのしゃべり方のポイントは、どこか微妙なふてぶてしさを漂わせることなんだそうだ。自分でいってた。
 うん、わざとこういうしゃべり方をしてるんだ。こういうことを楽しむのが、この堂本瑞樹って人物。


 一夜明けて――
「おはようございますご主人様」
 かわいいメイドさんに起こされる。
「おはよう…… う~、日曜日くらいゆっくり寝させてよ~……」
「いけませんよご主人様。休日だからこそ油断せずにしっかり起きなくてはいけません。そうでなければ身体のリズムを崩すことになります。リズムの乱れは――」
「あ~も~、わかってるよ~。わかってるけど眠い~……」
「わかっているなら早く起きてください。朝食がさめてしまいますよ」
「…………」
「…………」
「……えっと ……だ、だれ?」
「はい、目をお開けになってからお気づきになるまでの所要時間は32秒でした。なかなかに寝起きらしくかわいらしい反応で、たいへんよろしいかと存じます」
 なにやら涼しい顔でストップウォッチなんか見てる。
「……あの、うちって、メイドさんは雇ってなかったと ……思う、ん、だけど ……?」
 通いの家政婦さんは来るけど。
「然様でございますね」
「さようって、そんな当たり前みたいに言われても……」
「まだお分かりになりませんか?」
 ここで、ニヤリといじわるっぽく笑われた。
「わかるってなにをだよ! わかるわけないじゃないか!」
「困りましたね、これからこの浅倉家の跡を継ぎ大財閥を率いることになる光彦様が、こんなに察しがお悪くていらっしゃるようでは、将来の浅倉家が心配になってしまいます」
 あれ、この言い回しって…… それにさっきの笑い顔も……
「もちろんそのような不安がないよう、不肖この私めが公私ともに全力でサポートさせていただく所存ではございますが」
「……もしかして、瑞樹?」
「はいご明察。 ……と申し上げたいところですが、この程度のことで正解にたどり着くまでに1分と56秒もかかってしまうようでは、そこまでの高評価は差し上げられませんね。なにせ“明察”とは“相手の推察の尊敬語”でございますから」
 ストップウォッチを眺めながらいつも通りの長々とした語り口。やっぱり瑞樹だ。
「でも、どうして女の子に……」
「それこそお分かりいただけなければ困ってしまいます」
「……もしかして、女体化現象?」
「はい正解です。15歳の誕生日までに一度も性交渉をもたなかった男子の肉体が一定の確立で女子のそれに変化してしまう現象、“女体化現象”でございます。一夜にして性別が変わってしまう現象など普通はこれ以外に考えつきませんから、正解なさって当然ですね」
「なんでさ。なんで瑞樹が女体化するんだよ。瑞樹カッコイイからいくらでも女の人と…… その…… そういうことできそうだったじゃないか」
「なってしまった以上、仕方がありませんね」
「なんでそんなに冷静なんだよ……」
「こうなってしまった以上、この堂本瑞樹、執事への道はきっぱりとあきらめ、新たにご主人様専属のメイドとして誠心誠意お尽くし致したい所存です」
「……女の人が執事でもいいんじゃないかな」
「…………」
「…………」
 ……黙った。
「とにかく! 執事への道はきっぱりあきらめ、新たにご主人様専属のメイドとして――」
「なんでだよ!」

 こういうまじめそうな顔をした愉快犯。これが堂本瑞樹って人物。僕の兄貴分……?




「そういえばメイド服なんていつ用意したの?」
「女にはさまざまな秘密があるものです」
「昨日まで男だったじゃないか…… それから『ご主人様』はやめて」
「お断り致します」
「やめてよ」
「却下です」











「メイドというものに対して、まるで家事のスペシャリストであるかのようなイメージをもってしまいがちですが、中世においては必ずしもそうであったわけではないようです」
「え~と…… うん……?」
 和風建築の中にメイド服って浮きまくってるなぁ……
 それはそれとして、いま夜なんだ。あまり夜更かしが得意じゃない僕としてはそろそろ……
「そもそもメイドになるパターンとしては、幼いころから身売り同然で屋敷に引き取られるという場合が少なくなかったようで、そんな子供たちが最初から家事の達人であるはずがありません。メイドとして働きながら徐々にスペシャリストに近づいて行けばいいのです。
 もちろんスペシャリストと呼べるほどの能力を有するメイドも居たようですし、メイドの養成学校などもあったようですが、能力の有無自体は必要条件ではありません。そもそも養成学校に通える余裕のあるメイド志望者がそれほどいたわけでもないようです」
「そ、そうなんだ…… へぇ~……」
 長話をしながら、瑞樹が僕の布団の横に布団を並べているのが気になるんだけど……
 でも、なんでこんな話になってるんだっけ?
「仕事内容は庭木の手入れ、館内の清掃、洗濯、繕いもの、主人の身の回りの世話、場合によっては家畜の世話までさまざまな仕事がありましたが、いずれもメイド長やコックなどといった上級使用人の下で働く下級使用人で、一山いくらの存在でした
 ちなみにこのメイド長という上級使用人が家事全般の指示を出す能力と家事に関する全責任を有するため、『家政婦』という存在がこれと同等なのではないかという議論がメイドマニアたちの間でなされているそうです」
 なにメイドマニアって……
「それはいいんだけどさ…… 瑞樹……」
「何でしょうかご主人様。何なりとお申し付けください」
「そろそろ…… 寝たいんだけど……」
「おやすみなさいませご主人様」
「…………」
「…………」
 部屋を出て行くつもりはないようだ。
「あの…… もしかして…… ここで、寝るの?」
「もちろんですとも。ご主人様の部屋付きのメイドとなったからには、ご主人様の日常生活に支障をきたすいかなる問題もなくなりますよう、おはようからおやすみまでしっかり暮らしを見つめさせていただきます」
 ラ、ライ○ン……?
「でも、なんか、緊張する っていうか…… 困る……」
「何をおっしゃいますかご主人様、昔はよく一緒に眠ったものではありませんか」
「それは小さいころの話じゃないか。それに、瑞樹はもう女の子なんだ、だから…… その……」
「お慣れください」
「で、でも……」
「お慣れください。ご主人様は古くから続く名家の、しかも現在においても今だ大きな影響力を保っている大財閥の、たった一人の跡取り息子なんです。世が世なら女の一人や二人囲っていてもおかしくない存在なのにもかかわらず、女一人にうろたえてどうするんですか」
「そんなこと言われたって……」
「誠実であることは美徳ではございますが、ご主人様は少々真っすぐ過ぎるのです。一筋縄では行かないこの世の中、少しぐらい不まじめな方がよいこともあります。私はそこが心配です」
「分かってはいるんだけど――」
「分かっていらっしゃるのでしたら、このままおやすみくださいご主人様」
「……うん」
 ……なんか納得がいかないのはどうしてだろう。
「あ、ご主人様。先程のメイドの話の続きですが、部屋付きのメイドが部屋の主人によって手込めにされるといった事態は少なくなかったそうですよ」
「な! なにを――」
「部屋付きのメイドが部屋の主人によって手込めにされるといった事態は少なくなかったそうですよ」
「なんで二回言うの!?」


 なんか、瑞樹と同じ部屋で暮らすことになったみたい……
 周囲からの突っ込みが一切ないことが気になり過ぎるんだけど、だれか助けてよ……

 いま、きぬ擦れの音が聞こえるんだよ。瑞樹着替えてるよ、目を開ければ見えるような位置で着替えてるよ……
 眠れない……











 え~、うちの両親が超乗り気です……
「だから、倫理上とかさ、いろいろ問題があるじゃないか……」
 って言ってるのに……
「がっはっはっは、問題ない問題ない。しっかり面倒見てもらえ」
 これだもの……
「おまえの引っ込み思案を直すいい機会だ。本当になんでこの俺様からこんな気の小さい子が生まれたのか不思議に思っておったところだ」
 僕だって、なんでこんな自信の固まりみたいな父親の子供なのか不思議だよ……
「またまたお父さんったら、昔のあなたにそっくりじゃありませんか。すぐ緊張して縮こまっちゃうかわいらしいところなんか特に」
「よ! 余計なことは言わんでいい!」
「あらあら。うふふふふ♪」
 お母さんがお父さんの頭を抱き締めている。ほんとに仲のいい夫婦だ。 ……ってこのお父さんにそんな過去が!?
 まぁいい、今の問題は瑞樹だ、こうなったら瑞樹のお母さんに――
「おばさんも何とか言ってよ」
「うちの瑞樹が自分で選んだ道ですから」
 とかいいながらちょっと楽しそうはなぜ?
 う~、瑞樹のお母さんも乗り気だ…… ここって親子そろって愉快犯なんだもんなぁ……
 こ、これは周囲からの突っ込みが一切期待できない…… 困った……
「では瑞樹君。うちの息子のこと、よろしくたのむぞ」
「お任せください旦那様。この堂本瑞樹、命に代えましてもご主人様が跡継ぎとしてふさわしい一人前の男性となりますよう導かせていただきます」
「突っ込み入れるどころか頼んじゃうし……」


 朝が眠くても、朝食時の会話に納得のいかないものがあっても、中学生は学校に行かなければならない。
「ふわぁ~~…… 眠い」
「おやおや眠たそうですねご主人様。どうしてでしょう昨夜は私より早くお休みになったというのに」
「……誰のせいで眠れなかったと思ってるんだよ」
 横にいるんだよ。ずっと寝息が聞こえるんだよ。今の瑞樹ってすっごくかわいい女の子なんだよ。僕らは思春期の真っ只中なんだよ……
 今は登校中。さすがに学校ではメイドをやってはいられないと思ったのかしらないけど、さすがに今はメイド服じゃない。でも――
「その女子用の制服はいつの間に用意したの?」
「女には秘密が付き物でございます」
「一昨日まで男だったじゃないか…… いくらなんでも準備がよすぎるとおもうんだ」
「ご主人様にもこれくらいの準備の良さを期待しますわ」
「そのちょっとばかり人間離れした準備のよさをまねしろと言うのは無茶だと思う……」
「いけませんご主人様、男子たるものそんなに簡単に物事をあきらめてしまっては。
 大丈夫です、ご主人様はこの大浅倉財閥を今をもってなお成長させ続けているあの偉大な旦那様の血を引き継いでいらっしゃるのです、私ごときが出来るようなことをやってやれないということはございません。
 そもそもご主人様には才能がお在りなのです、にもかかわらず心がブレーキをかけてしまう癖が――」
 あぁ~…… 瑞樹の大演説が始まっちゃった…… いったんスイッチが入ると長いんだ……
 基本的に僕に対する瑞樹の立場というのは「お目付役」であり「兄貴」なので(今は姉貴なのかな?)、勢い僕へのお説教が増える。
 ふだんから長くしゃべるのに、お兄ちゃんモード(お姉ちゃんモード?)になると更に長いんだ。たぶん学校に付くまで終わらないんじゃないかな。
 日頃から僕に言いたいことがたくさんたまってるのかなぁ…… うぅ、ふがいない弟分でごめんよぅ……
「ちゃんと聞いていらっしゃるんですかぼっちゃん!」
「あ、ほら! もう学校着いたよ! じゃ…… じゃあ僕もう教室行くね!」
「あ、お待ちくださいぼっちゃん!」
「ほらほら、瑞樹も教室行かないと遅刻しちゃうよ!」
「こらー!」
 三十六計逃げるになんとかだ、瑞樹も1学年したの教室にまで追ってはこないだろう。
 お説教はもうこりごりですよ僕は……
 これで放課後までは解放されるだろう。あぁ緊張した……
 瑞樹は自分が女の子になったって自覚してるのかな…… 僕は思春期真っ盛りの男の子なんだよ。わかってよ!
 わかっててわざとやってるような気がする…… 瑞樹って基本的に愉快犯だしなぁ……


 あ、そういえば呼び名がぼっちゃんに戻ってたな。


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最終更新:2008年09月13日 20:34
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