『蘭丸』(2)

92 名前: ◆i7rqxtl05. [月曜夜10時前に投下したのの続き] 投稿日:2007/07/19(木) 00:51:39.58 ID:CjzmWwfA0?
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 我輩は猫であった。名前は蘭丸。
 猫は足の裏をなめた場所に居着くという話があるらしい。だが、なにかの話のように台所で足の裏のバターをなめて居着いたなどという記憶は我輩にはない。我輩の居場所は最初からご主人のひざの上だと決まっているのだから。
 小さかった頃と住む家は変わったが我輩には関係ない、我輩の居場所はいつも変わらずご主人のかたわらだ。


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93 名前: ◆i7rqxtl05. [] 投稿日:2007/07/19(木) 00:54:18.36 ID:CjzmWwfA0?
「あめんぼあかいなあいうえお」
「上手上手~、えらいえらい♪」
 人型になった蘭丸は、あっと言う間に環境になじんだ。もっとも環境が変わったように見えるのはこちらの目線からだけで、本人にとっては何も変わっていないのかもしれないが。
「うりうりがうりうりにきてうりうれず、うりうりかえるうりうりのこえ」
「うまいうまい、いい子ねぇ♪」
 なでなで。
 うずめは人型になった蘭丸がいっそうお気に入りのようで、なにかというとなで回している。蘭丸もおとなしくなで回されている。
「いまいまと、いまというまにいまぞなく、いまというまにいまぞなくなる」
「上手上手~、すごいすご~い♪」
 最近のうずめはいろいろな事を蘭丸に教えている。さすが本職だけあって教え方がうまい。
「で、今は何をやってるんだ?」
「あやしやとあやしむべきをあやしまず、あやしからずをあやしむあやし」
「ひらがなのお勉強。えらいのよ蘭ちゃん、もうひらがななら全部読めるようになっちゃったんだから」
「はやいな。というか、滑舌のトレーニングをしているようにしか見えなかったんだけど」
「ひらがながそろってる本がたまたまアナウンサー用の滑舌の本しかなかったのよ。でも一石二鳥だしいいでしょ?」
「となりのいけがきにたけたてかけたのは、となりのいけがきにたけたてかけたかったから」
「……滑舌いいなぁ。猫だったくせに」
「……滑舌がいいのよ、猫だったのに」
 人間になった蘭丸は非常にはきはきとしゃべる女の子になった。これが一歩たりとも部屋から出ようともしなかった引きこもり猫だったなんて、目の前で見てなきゃとても信じられない。
「おお、ご主人ではないか。いつの間に帰ってきたのだ?」
「ついさっきだ」
 真横で話してたのにやっと今気づいたらしい。たいした集中力だ。
「ご主人! もうこの本が一冊全部読めるようになったぞ。我輩はすばらしいであろう」
「あぁ、すごいな」
 艶やかな黒髪をなでてやる。
「えへへ~♪」
 なでられると本当にうれしそうな顔をする。さすが元猫。なで甲斐がある。





94 名前: ◆i7rqxtl05. [] 投稿日:2007/07/19(木) 00:56:27.73 ID:CjzmWwfA0?
「勉強というものはおもしろいな。じつにすばらしい!」
「そのセリフは全国の教育者に言ってやってくれ。きっと喜ぶ」
 うずめも実にうれしそうな顔をしている。
「こんなにおもしろいことをなぜ今まで教えてくれなかったのだ?」
「いや、無茶だろう……」
 猫に勉強を教えようと考える奴はいない。芸を仕込んでも覚えないともいうし。
「もっと我輩に読める本はないのか? 我輩はもっと文字を覚えたい。そしてもっといろいろな本を読んで、もっともっといろいろなことを知りたいのだ」
 随分前向きになったものだなぁ、引きこもり猫だったくせに。
「そうか、じゃあ適当に見繕っておいてやろう」
「本当か! ありがとうご主人。感謝する」
 そういって蘭丸は俺の胸に飛び込んできた。
「わーわーわーわー! 抱き着き禁止!!」
 そしてうずめに引きはがされた。
「なぜだ。なぜ我輩がご主人に甘えてはいけないのだ」
「もう女の子になっちゃったからだめなの!」
「むぅ、ま、まさか女体化症候群が原因だったとは……」
 がーん! という書き文字が背後に現れそうな顔になった。というか、おまえのそれは本当に女体化症候群だったのか?
「な、ならば! ならば奥方にならいいのか?」
「え?」
 引きはがされたときに抱えられたままになっている腕の中で反転し、蘭丸はうずめに抱き着いた。
「奥方は優しい匂いがするのだ……」
「ちょっと、蘭ちゃん?」
「あたたかいのだ~……」
 まさに至福といった表情で、はやくも微睡みかけているようだ。
「もう……」
 とかなんとかいいながら、うずめもまんざらでもなさそうだ。やさしく頭をなでてやっている。
 なんというか、この光景は――





95 名前: ◆i7rqxtl05. [] 投稿日:2007/07/19(木) 00:57:57.53 ID:CjzmWwfA0?
「母娘みたいだな」
 遠慮なく全力で母に甘える娘と、それを慈しんで受け止める母親みたいな光景だ。見ていて非常に和む。
「あたしに本当の娘がいたら、こんな感じなのかなぁ」
「かわいい?」
「すっごく!」
 そりゃかわいいだろう、こんなに信頼しきった顔をして全力で甘えてくるんだ。
「なぁ、いっそのことさ、本当の娘にしちまわないか?」
「どういうこと?」
「蘭丸を養子にとってさ、三人で新しい戸籍を作るんだ」
「……それってプロポーズ?」
「そういうこと。どうかな?」
「う~ん、もうちょっとまって。もうちょっと今の仕事続けてたいんだ」
「やっぱりか。まぁ、また断られるだろうなとは思ってたけどな」
「ごめんね~、今はどの子供たちも平等に愛してあげたいのよ。もしもあたしに子供なんかできちゃったら、あたしこんな性格でしょう? 絶対特別扱いしちゃうもの」
「おまえはいい先生だよ」
「ありがと♪」
――す~ す~ す~……
 気づけば、規則正しい寝息が聞こえる。
「あらあら、欄ちゃんったら」
「安心しきった表情で寝てるなぁ」
 雄猫から突然女の子になった蘭丸、なかなかプロポーズに答えてくれないうずめ
 蘭丸の処遇含めこれからの課題は多いけれど、願わくばこの二人との穏やかな時間がこれからも続いてくれたら……
 そのほかには何もいらない。





96 名前: ◆i7rqxtl05. [] 投稿日:2007/07/19(木) 00:59:05.03 ID:CjzmWwfA0?
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 我輩は猫であった。名前は蘭丸。
 我輩のかたわらには愛すべきご主人と愛しき奥方がいる。これがどんなにすばらしいことか、諸君らには想像できるであろうか?
 我輩は誰に臆することなく言うことができる。我輩の日常はすばらしいと。


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最終更新:2008年09月13日 23:24
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