無題 2008 > 03 > 07(金) ◆i7rqxtl05.

6 : ◆i7rqxtl05. :2008/03/07(金) 01:40:36.34 ID:9HC5mwj6P
――ぼくには、ゆめがあった

 それは両手で抱えきれないほど大きくて、重くて

――ぼくには、ゆめがあった

 でも、考えるとどうしようもなくドキドキするような、まぶしい



  そんなゆめが  ぼくにはあった



 だけど、ぼくは知らなかったんだ……



7 : ◆i7rqxtl05. :2008/03/07(金) 01:42:01.24 ID:9HC5mwj6P
 いつから目指していたか、もう覚えてもいない。気づいたときにはもう夢に向かって走り出していた。
 もしかすると、生まれる前からずっと、その道を目指していたのかもしれない。
 その道に進むチャンスは少ない。何年も何年も待って、やっと一度の募集に応募し、難しい試験と厳しい訓練を潜り抜けなければならない。これに失敗すると、また何年も待つことになる。

――絶対なってみせる!

 だから、ぼくは常に怠らず準備を続けた。

条件1:この国の国籍を有すること
 問題ない。ぼくはこの国で生まれた。

条件2:自然科学系の大学を卒業していること
 いまから準備中だ。正直、学校の授業なんて眠くて聞いてられない。いまそんなレベルにいたらとても間に合わないんだ。

条件3:自然科学系の研究・設計・開発等に3年以上の実務経験があること
 ぼくは研究をしたいと思ってる。どんな研究がぼくを待っててくれるかな?

条件4:堪能な英語力があること
 インターネットで友達を見つけたんだ。同じ夢を持った外国人の男の子だ。彼とする夢の話はとても面白くて、最初はたどたどしかった音声チャットもいつのまにかスムーズになってた。

条件5:心身ともに健康であること
 大きな病気もしたことないし、運動も得意だ。大丈夫。

※5の補足1:身長149~193センチメートル
 いま160センチになった。伸びすぎないのを祈るだけだ。


8 : ◆i7rqxtl05. :2008/03/07(金) 01:44:04.59 ID:9HC5mwj6P
※5の補足2:視力、裸眼で0.1以上、矯正で1.0以上
 裸眼で0.1以上…… 0.1以上……



 そう、ぼくは、しらなかったんだ……


 ぼくのゆめは、宇宙飛行士だった

 夢をかなえるために、いい大学に進んで優秀な研究者になるために、ぼくは必死で勉強を続けた。
 それこそ、寝る間も惜しんで続けた。
 当然、目は酷使されることになって、その酷使にぼくの目は耐えてくれなかった……
 視力0.02。視力検査で「検査機に近づきなさい」と言われるレベル。めがねがないと何も見えない重度の近視。

 ぼくにはゆめがあった。

 その夢は大きくて、大きくて、大きすぎて、だからこそ全力で立ち向かった、そんなゆめがぼくにはあった。

 全力で立ち向かったからこそ、壊れてしまったぼくの夢……

 夢が叶わないと知ったその日から、ぼくは家を出ていない



9 : ◆i7rqxtl05. :2008/03/07(金) 01:46:42.69 ID:9HC5mwj6P
「(なにもしたくない……)」
 生きるのは面倒くさい。死ぬのも面倒だ……
 夢があまりに輝いていたから、夢から遠く離れてはもうやっていけない。
 夢があまりにもまぶしかったから、ぼくにはもう、何も見えない……

「だるい……」
 ベッドの上でただつぶやいた。
 ただ寝ておきるだけの日々。今日もまた生きている。死んでないから、まだ生きている。
 このまま目が覚めてくれなくてもよかったのに、覚めてしまった……
 もう何ヶ月も開けていないカーテンの隙間から光が差し込む。この部屋は西向きだから、いまの季節にこの角度で光が差すということは、時間はだいたい……
 やめよう、宇宙飛行士になるためにつけた知識なんてもう役に立たない。素直に時計を見ればいいじゃないか。
 ベッドから身を起こして壁掛け時計を眺める。
「4時20分、か……」
 昼目が覚めるどころかもう夕方近いじゃないか。こんな時間に起きても、もう親は何も言わない
 なんて、惨めな……
 ぼくは思わず両手で目を覆った……
「……!?」
 もう一度時計を見る。
「4時…… 21分……」
 さっきから分針を一つ進めた壁掛け時計が見える。そう、見える。
 ぼくはいま、めがねをかけていない。
 思わずベッドから飛び出し、洗面台へと向かった。
 鏡を見た。そこにはなかなか可愛らしい少女が見える。
 この国では15歳前後で童貞の男の子が女の子に変わる現象が確認されている。ぼくは今までの人生のほとんどを勉強と運動に費やしてきたんだ、女の子と交際する暇なんてなかった。
 ぼくは女の子になったんだ!
 いやそんなことはどうでもいい、女の子になった鏡の中のぼくが見える! 見えるんだ!
 そういえば聞いたことがある。女体化を期に病気が治った人のことを。耳が聞こえなくなった人がもう一度音を取り戻したり、人に見せられない傷跡が跡形も無く消えた人がいたり、失った片足を丸々取り戻した人までいる。
 ぼくには視力が帰ってきた!



10 : ◆i7rqxtl05. :2008/03/07(金) 01:48:51.52 ID:9HC5mwj6P
「かあさん!!」
 台所で夕飯の準備をしているかあさんのもとまで駆けていって、おもわず抱きついた。
「見える! 見えるよ!!」
「え? え?」
 かあさんは混乱している。そりゃそうだ、いきなり見たことも無い顔の女の子が抱きついてきたんだ。でもそのときのぼくにはそんな混乱なんて知ったこっちゃなかった。
「見えるよ! 女の子になったら、ぼくに視力が戻ってきた!」
「あんた……」
「ぼく、なれるよね? もう一回宇宙、目指してもいいんだよね?」
 そういうと、事情を察したかあさんがぼくを力いっぱい抱きしめて言った。
「あたりまえじゃない! あぁ、今日はお祝いしないとね。そうと決まったら早速かい出しに行かないと。それに女の子になったんだからその準備もしないと。それから――」

 その日はそれからおおわらわで大変だった。夜には家族みんなでバカみたいに大はしゃぎした。
 ひさしぶりに、ぼくの家に楽しい空気が戻った。

 神様からもらった2回目のチャンス。ぜったい無駄にしない。

 ぼくには夢がある。両手で抱えきれないほど大きな
 ぼくには夢がある。でも考えるとドキドキするような

  そんなゆめが  ぼくにはある。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年09月13日 23:35
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。