『高原望の憂鬱』2

143 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 20:36:26.51 ID:a1PBKGqbO
88~と同シリーズ
つか一万字って何ぞorz

あれから短い春休みを経て、高校入学から三週間が経った。
徐々に制服のスカートや女物の下着にも慣れ始め、『女子高生・高原望』としての人生を歩み始めた俺。

そんな俺にも実は彼氏がいる。正確には元・彼女である秋野遥。
交際開始とほぼ同時に『性転換症候群』という冗談のような病気を発症した俺たちは、
傍目にはごく一般的なカップルとしてお付き合いをしているのだ。

日曜の夜。ベッドの上でゴロゴロしながら枕元の携帯を手に取った。
携帯を開いてスケジュール機能を呼び出す。
今月のカレンダーにたった一つだけ付いたマーク。それを見て、俺は思わず頬を緩めた。
何を隠そう、今週の水曜日は付き合ってから一ヶ月目の記念日。マークが付いているのはその日なのだ。

(何か軽ーく祝いたいなぁ…あ、制服デートとか?そんでお揃いのモンを買うとか!)

携帯を眺めながら、当日のプランを妄想――もとい想像する。それだけで何だか幸せな気分になれるのだ。

何故だろう、性転換してからはあれほど馬鹿にしていた女性特有の習性を見事に身に付けてしまった俺。
スカートの丈を気にしてみたり、髪型の決まり方で一喜一憂してみたり。
記念日云々を大切にするなんてその最たるものだ。

我ながら阿呆臭いとは思いつつ、ついついやってしまうこれがいわゆる『乙女心』なのだろうか。
俺自身、未だによく分かっていないのだが。


144 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 20:39:18.59 ID:a1PBKGqbO
高校の最寄り駅の改札を抜けた所で、後ろから肩を叩かれる。

「たーかっはら!おはよー」
「あ、秋野。おはよう」

振り向いた先にはすっかり見慣れてしまった『男子高校生』の秋野がいた。

軽い調子で朝の挨拶を済まし、連れ立って歩き出す。
特に待ち合わせているわけではないが、こうして時間が合えば
駅から学校までの道のりを一緒に登校するのがすでに暗黙の了解になっていた。

「秋野、また背伸びたよな。何かちょっと話しにくい」
「そーなんだよー、毎日成長痛が酷くてさぁ…そーゆう高原はまた縮んだ?」
「縮んだってゆーな。人が気にしてることをずけずけと…」
「ごめんごめん。まぁこれくらいのが女の子はかわいーよ」
「可愛いとかやめろ。本気で気持ち悪い」
「ひでーなオイ」

秋野の言葉をぴしゃりと跳ねつけた俺に、彼女(今は彼だが)は情けなく眉を八の字にした。
えらく美形のくせにこういうひょうきんな辺りが、秋野の人好きする理由であり良さだと思う。

秋野はあれ以来日に日に背が伸び、体格も随分と男らしくなった。
加えて口調や所作もすっかり男のそれだ。
少女時代の秋野を知らない者から見れば、誰も彼女が性転換者だとは思わないだろう。

それに反して俺はどんどん華奢になり、元からそうなかった身長は今や160cmにも満たない。
見た目に中味が追いつかず苦労している点まで、ますます秋野と正反対なのが泣き所だ。


146 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 20:41:37.22 ID:a1PBKGqbO
――せっかくだ、
この際水曜の件を切り出してみよう。

「あのさ、水曜なんだけど…帰りにどっか寄らね?」
「ん?何で?」
「や、その…高校入ってから一度も外で遊んでないだろ?
水曜はお前の部活も休みだし…いい機会かなって」
「あー…ごめん。今週はミーティングが入ってんだ。
来月の新人戦のメンバー決めなんだよ」

その返答に、俺は落胆を隠しきれずにうなだれた。

「…そっか」

あからさまにテンションの落ちた俺を見て、秋野はまた眉尻を下げた。

「ごめん、そんなに遊びたかった?」
「ううん…いい。ただの思いつきだから」
「そう?ホントごめんな」
「いや、気にしなくていいよ。
…俺日直だから先に行く」
「あっ、おい……!」

引き止める秋野の声を無視して
俺は昇降口へと足早に走り去った。


147 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 20:56:09.73 ID:a1PBKGqbO
授業の合間の休み時間。俺は用を足すために女子トイレにいた。
手を洗いながら鏡を見つめる。
そこには一ヶ月前のそれとはまるで別人が映り、こちらをじっと見据えていた。

「高原さーん」

ぼうっとそれを眺めていると、妙に媚びた声に呼び掛けられる。
振り向けば俺は、いつの間にやらクラス一たちの悪いギャルグループに囲まれていた。

「えっ……な、何?」

何だ、早速イジメかこの野郎!?と身構える俺に、
リーダー格の女子がにっこりと微笑みかける。……口元だけで。

「今朝さぁ、秋野くんと一緒にいたよねー?」
「もしかして付き合ってんのぉ?」
「まさかーそれはねーって!」
「だよねー!!」

何故か質問した相手を放置して盛り上がる女子たち。意味が分からん。

どうしよう。ここは正直に言うべきなのか?
だがこの様子だと後が怖そうだ。

秋野が女子にかなり人気があることは知っている。
その上彼女がいるとは公言していないため
(だってこんなのでも一応『彼氏』だもん)、
狙っている女子も多いのだ。

特に年中オトコの話ばかりしているこーゆうタイプが。


148 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 20:57:39.60 ID:a1PBKGqbO
(正直関わりたくねぇ……)

げんなりとした俺の脳裏に、今朝のやりとりが蘇る。

(――知るか、あんなヤツ)

「で?実際どーなワケ?高原さん」

ようやく盛り上がるのをやめた女子たちが再び俺へと視線を向け直した。
その奥に掠める下卑た嫉妬を見て、
ふ、と自然に口端が吊り上がるのを感じる。

「……『秋野くん』とは同中だから、たまたま行きが一緒になっただけだよ。何もないって」

驚くほどスラスラと嘘が口をついて出た。
それも極上の笑顔付きで。

普段大人しい俺があまりにも余裕綽々としていたせいか、
ギャルグループは少々気圧されたらしい。
何か二言三言言い捨てて、そそくさとトイレから出て行った。

ふと鏡を見ると、そこには今にも泣きそうな女の子がこちらをじっと見返していた。


149 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 21:01:10.79 ID:a1PBKGqbO
結局今日は朝からずっと重苦しい気持ちで過ごした。

学生と仕事帰りの人間でごった返した、夕暮れ時の満員電車。
パーソナルスペースを侵され続ける満員電車特有の息苦しさが、憂鬱な気分に一層拍車をかける。
ドア付近に立ち、流れる景色に溜め息をついたその時だった。

(……えっ……?)

突然、臀部に何かが触れた。最初は鞄か何かだろうと思ったが、違う。
人の手が明らかな意志を持って自分を触っている。

(ウソ、だろ…痴漢……っ!?)

その単語を思い浮かべた瞬間、一気に血の気が引いた。
慌てて身をよじり逃れようとするが、
一歩踏み出すことすら困難な満員電車では全くの無意味だった。

(どうしよう…!?悲鳴上げる?でも違ったら…でもっ……)

混乱した頭で必死に考えている内にも、
痴漢と思しき手は無遠慮にスカートの上から自分の尻を撫で回してくる。


151 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 21:03:30.42 ID:a1PBKGqbO
電車が大きく揺れた途端、それを利用して無骨な手に思いっきり尻を掴まれた。

(ひぁ……ッ!?)

思わず出そうになった声を必死で噛み殺した。羞恥に顔が火照ってゆくのを嫌でも感じる。

耳元にかかる荒い息遣い。揺れに合わせてのしかかる男の重み。下半身を這いずり回る太い指の感触。全てが気持ち悪い。

頭では全力で拒否しているのに、圧倒的な嫌悪感で体が動かない。喉が引きつる。視界が悔しさと恐怖で歪んでゆく。

気持ちが悪い…怖い、怖い!

(秋野……ッ!!)

心の中でその名を叫んだ瞬間、背後で怒号が上がった。

「っざけんなよ!」

聞き覚えのあるその声に驚き、振り返る。

「ひとの女に触ってんじゃねぇ!このクソオヤジ!!」

秋野だった。
見たこともない険しい表情で、俺の背後にいた中年のサラリーマンの腕を掴み上げている。


153 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 21:06:53.13 ID:a1PBKGqbO
「…秋野…?何で……」

思わず呟いた俺を目で制し、秋野は痴漢の腕をさらに捻り上げた。
中年男が呻き声を上げる。

突然の痴漢騒ぎに車内は騒然となった。
周りの男性たちも協力して痴漢を取り押さえ、次の駅に着いた所で駅員に突き出してくれた。

それを見届けた秋野は、隅で震えたまま立ち尽くしていた俺を無言でぎゅっと抱き締めた。

「ごめん高原、怖かったろ……ごめんな…ッ」

うわごとのように「ごめん」を繰り返す秋野。

その優しくも悲痛な声と秋野の体温を感じて、
俺はようやく息をすることを思い出したような気がした。


155 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 21:10:04.89 ID:a1PBKGqbO
鉄道警察での取り調べを終え、俺は秋野に付き添われて随分と遅い家路に着いた。
家に誰もいないと知ると、「落ち着くまで一緒にいる」と申し出てくれた秋野を部屋に通す。

ベッドに二人、横並びに座る。
駅から部屋まで、秋野は人目も憚らずずっと俺の肩を抱いていた。

変なの、俺が『彼氏』のはずなのに。

三十分ほどして、ようやく冷静さを取り戻した俺は改めて秋野があの場にいた理由を訊ねた。
すると秋野はちょっとはにかんで、

「今朝の高原が変だったから部活抜けてきた。で、高原追いかけて電車乗ったら…」

秋野の話を聞いている内に、どんどん視界が滲んできた。

何だよコイツ、どんだけタイミング良いんだよ。つーかコイツかっこよすぎだろ。
おかしいだろ、元は女の子のくせに。記念日覚えてなかったくせに。
めちゃめちゃ楽しみにしてたんだぞ。
なのに一人で勝手に盛り上がって一人で拗ねて。
挙げ句痴漢に遭うとか。そんで助けられるとか。どんだけかっこわるいんだよ、俺。
色んなことが頭の中をぐるぐると巡る。言いたいことは山ほどある。

でもそれらは何一つ言葉にならなくて、気が付けば俺は秋野の胸の中で声を上げて泣いていた。
そんな俺を黙って抱き締める秋野。

自分の大切な『彼女』であり『彼氏』――そんな特別な存在が秋野で良かったと、心底思った瞬間だった。


156 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 21:13:36.97 ID:a1PBKGqbO
ひとしきり泣いた後、鼻を啜りつつ今朝の理由を話したら、見る間に秋野の顔色が変わっていった。

「秋野?」
「――ごめん!!や、その、正直高原はそーゆうの興味ないと思ってて…全然想像がつかなかったってゆーか……」
「ああ、いいって。何か女になった途端こーゆうのがしたくなっちゃったワケだし」
「いや!元女としてそーゆう女心を察してやれなかった俺が悪い!!あーもう何やってんだよ俺ぇ~……」

そのまま額を押さえてベッドへと倒れ伏す秋野。
良くも悪くも真っ直ぐな恋人に思わず苦笑して、自己嫌悪に悶える肩をちょんちょんとつつく。

「あーきーの、こっち向いて」
「うぁ~…高原~ごめ…、ッ!?」

ちゅっ

呻きながら顔を上げた秋野の唇に、触れるだけのキスを落とす。
キスは今まで何度かしたけれど、実は自分からするのは初めて。

驚愕に池の鯉状態の秋野。
俺は今さら恥ずかしくなり、それを誤魔化すようにべーっ、と舌を出してやった。

「これでチャラな。ありがと、秋野」


158 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 21:20:53.57 ID:a1PBKGqbO
にへ、と笑った途端、秋野の腕が伸びてその胸へと引き倒された。

「あき、ッんぅ、……っ!」

間髪入れずに唇を重ねられ、歯列を割って秋野の舌が腔内に侵入してくる。
舌を吸われ、上顎をくすぐられ、未知の感覚に翻弄されながらも必死で秋野の舌を追う。
と、秋野の右手が俺の太腿の付け根をするりと撫でた。

「ひゃんっ!……んむッ!?」

自分でもびっくりするような声が出て、慌てて口を手で塞ぐ。

「かわい…高原……」
「やっ、ごめ…!」
「謝んなくていいって。……つーかさ」
「?」
「俺実はヤり方あんまし分かってないんだわ。よく考えりゃ処女な上に童貞なんだよな俺って」

そう恥ずかしそうに笑う秋野を見て、きゅうっと胸が熱くなった。
何だかたまらなく秋野が愛おしくなって、すっかり逞しくなった首筋にぎゅっと抱きつく。

「た、高原?」
「……いーよ、秋野がしたい時にしてくれれば…。
それまで俺、女を磨くっつーか…心の準備、しとくから」


159 : ◆JUZWQ1Mxt. :2008/03/26(水) 21:23:25.77 ID:a1PBKGqbO
ちょっとの間。
――があったかと思うと、俺はいつの間にか天井を見ていた。

「へ?」
「……それって今じゃダメですか?」

あれ?何で秋野の向こうに天井が見えるの?さっきまで俺が秋野に乗っかってなかったっけ?
え?何か俺脱がされかけてる?
太腿に押し当てられてる、このとっても身近だった気のする硬い感触のものは一体なぁに?

――以上、0.02秒

「はぁっ!?」
「いやマジやばいって。高原かわいすぎ。マジそのかわいさ犯罪だわ」
「えっ!?ちょ、待て!何かこのパターン前にも……ッ」
「いただきます。」
「ひぃっ…!いただいちゃらめえぇぇえっ!!」


Fin.


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最終更新:2008年09月13日 23:44
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