「俺の話、聞いて、くれる…?」
俺が黙って頷くと、雪野先輩が話しだした。
そう、先輩の、過去を、そして、秘密を。
なな
「俺はね、入部当初から経験者ってこともあって、優遇されてたのさ。
それを快く思わなかったんだろうね。
一部の先輩から嫌がらせを受けるようになったんだ。
同級生は出る杭だった俺が目障りだったみたいで、何も言わなかった。
段々嫌がらせがエスカレートしていって、もう駄目かと思った。
その時に俺を助けてくれたのが、章介…柳。
俺たちは親友になった。部員のみんなとも溶け込めだせた。
そんなある日、俺の人生を大きく変えてしまう出来事が起こった。
もう、わかったんじゃないかな?
俺は、元男。そして、その出来事は、女体化現象―――――
驚いたよ。最初は。昨日まではあったものが無いんだから。
病院にも行った。だけどね、治療法は現在見つかっていないって言われて…
その日から俺は女の子。当然、学校とも揉めたよ。
結局、俺はこのままここの生徒でいいってことに決まったけど。
部活に行ったら、当然大騒ぎになった。それでも、女の俺を、その場の全員が受け入れてくれた。
凄く嬉しかったよ。あの時は。
…でも他の連中はそうはいかなかった。
本当に俺は、『世間的には』女の子になってしまったんだって思い知ったんだ。
一週間で何人に告白されたかわからない。
街で声をかけられたことも何回だろう。
けれど、どうしてもね、
何回告白されても、俺は自分が女の子なんだって、芯からは認められなかった。
『俺』は女なんだと言う自分、まだ中身は男のままだと言う自分。
その二つが体の中で戦いながら年が巡って、ミキ君、きみと出会った。
最初は本当に、きみを新入部員の一人として獲得するためだけに勧誘したんだ。
でも、それは違った。今思うと、その時から…きみに惹かれてたんだろうね。
きみへのその想いに気付いたのは、次の日、手を握られた時。
だけど、俺はそれを否定した。
ミキ君だって、元男に好かれるのは気味が悪いよね?
…だから、知らないフリをした。気付かないフリをした。
想いを、否定されるのが怖くて。
心まで女に染まったと認めるのが、嫌で。
でもね、今日、きみに謝られた時、俺の中で何かが溢れた。
『なんでミキ君が謝るんだろう。俺が勝手な都合で避けていただけなのに…』
そう考えるとね、心が苦しくなって、悲しくなって、そして――――」
先輩は再び泣き出した。
「ごめ…んね…おれの、かってな…で、めいっ…わくかけて…」
何度もしゃくりあげながら、先輩は続ける。
「こんっ…な…もと、おと…こ…に…好かれても…」
その姿を見て、俺は思った。
…ああ。そうか。なるほど。俺は本当にバカだ。
こんな簡単なことにも気付かなかったなんて。
先輩に誘われただけで入部を決めたのも、
この1週間、あんなに先輩を探したのも、
先輩に射を見てもらっている他の新入部員に嫉妬を感じたものも、
全部、この感情のせいじゃないか。
俺はとっさに、先輩を強く抱きしめた。
「―――っ!?」
先輩はびくんと肩を跳ねさせ、苦しそうにもがいた。
なので抱きしめる腕を弱くしながら、俺は聞いた。
「雪野先輩、俺はバカなんで、一つ教えてください」
「・・・・・・?」
「結局のところ先輩は、俺のこと嫌いなんですか?」
「え…な…なんで…そんな…?」
「答えてください。真面目に聞いてます」
「その…す、すき、だけど…?」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
「…え?」
「俺も、一目見たときから雪野先輩が好きでした。付き合ってください」
先輩は潤んだ瞳で俺を見つめながら、特大の『理解不能』な表情をしてみせた。
「ミキ君…さっきの、は、話、聞いてなかったの…?」
「いえ、全部聞きました。覚えました。二度と忘れません」
「じゃ、じゃあ…なんで…?」
「…俺が好きなのは『今の先輩』です。
先輩が昔は俺の最悪の敵だったとか、宇宙人だったとかでも気にしません。
そういう過去も全部ひっくるめた先輩が、俺の好きな先輩なんですから」
俺が一気に言うと、先輩はまた、ぼろぼろと大粒の涙を落とした。
「じゃあ…お、おれ、ミキ君のこと、好きなままで…いいの?それで…本当に…?」
「いいですよ。俺たちは、両想いなんですから」
そう言うと俺は、先輩に軽くキスをした。
少し驚いていた先輩はまだ涙を流していたが、とても嬉しそうに笑った。
「…ねえ、ちょっと待ってよ」
ようやく落ち着いてきた先輩とベッドに並んで座っていると、
先輩が唐突に言った。
「どうしました?先輩」
「結局さ、ミキ君と会わなければ、俺はもう少し男でいられたんだよね」
「え゙っ」
まさかそんなことを言ってくるとは思わなかった。
「というわけで、ミキ君には賠償を請求します」
「い、一体、何を…?」
先輩は意地悪な笑みを浮かべている。
いかん。冷や汗が。
「…もう一回、抱きしめて、キスして」
はい?
「両方不意打ちなんて、ずるい」
ぷーっと拗ねる先輩。
このしぐさがたまらなく愛しく感じた。
だから、俺は先輩を再び抱きしめ、
あの時、二人で握手した時のように言った。
「これからもよろしくお願いします。ツバキ先輩」
先輩も、これ以上ない笑顔で返す。
「うんっ。こちらこそよろしく。コウジくん」
今日この日、一人の『男』が死に、一人の『女』が生まれた。
死んだ『男』も、生まれた『女』も、
その瞬間を最高の幸福と共に迎えたらしい。
おしまい
最終更新:2008年06月12日 00:02