『弓道の先輩』7

「俺の話、聞いて、くれる…?」
 俺が黙って頷くと、雪野先輩が話しだした。
 そう、先輩の、過去を、そして、秘密を。


なな


「俺はね、入部当初から経験者ってこともあって、優遇されてたのさ。
 それを快く思わなかったんだろうね。
 一部の先輩から嫌がらせを受けるようになったんだ。
 同級生は出る杭だった俺が目障りだったみたいで、何も言わなかった。
 段々嫌がらせがエスカレートしていって、もう駄目かと思った。
 その時に俺を助けてくれたのが、章介…柳。
 俺たちは親友になった。部員のみんなとも溶け込めだせた。
 そんなある日、俺の人生を大きく変えてしまう出来事が起こった。
 もう、わかったんじゃないかな?
 俺は、元男。そして、その出来事は、女体化現象―――――
 驚いたよ。最初は。昨日まではあったものが無いんだから。
 病院にも行った。だけどね、治療法は現在見つかっていないって言われて…
 その日から俺は女の子。当然、学校とも揉めたよ。
 結局、俺はこのままここの生徒でいいってことに決まったけど。
 部活に行ったら、当然大騒ぎになった。それでも、女の俺を、その場の全員が受け入れてくれた。
 凄く嬉しかったよ。あの時は。
 …でも他の連中はそうはいかなかった。
 本当に俺は、『世間的には』女の子になってしまったんだって思い知ったんだ。
 一週間で何人に告白されたかわからない。
 街で声をかけられたことも何回だろう。
 けれど、どうしてもね、
 何回告白されても、俺は自分が女の子なんだって、芯からは認められなかった。
 『俺』は女なんだと言う自分、まだ中身は男のままだと言う自分。
 その二つが体の中で戦いながら年が巡って、ミキ君、きみと出会った。
 最初は本当に、きみを新入部員の一人として獲得するためだけに勧誘したんだ。
 でも、それは違った。今思うと、その時から…きみに惹かれてたんだろうね。
 きみへのその想いに気付いたのは、次の日、手を握られた時。
 だけど、俺はそれを否定した。
 ミキ君だって、元男に好かれるのは気味が悪いよね?
 …だから、知らないフリをした。気付かないフリをした。
 想いを、否定されるのが怖くて。
 心まで女に染まったと認めるのが、嫌で。
 でもね、今日、きみに謝られた時、俺の中で何かが溢れた。
『なんでミキ君が謝るんだろう。俺が勝手な都合で避けていただけなのに…』
 そう考えるとね、心が苦しくなって、悲しくなって、そして――――」

 先輩は再び泣き出した。
「ごめ…んね…おれの、かってな…で、めいっ…わくかけて…」
 何度もしゃくりあげながら、先輩は続ける。
「こんっ…な…もと、おと…こ…に…好かれても…」

 その姿を見て、俺は思った。
 …ああ。そうか。なるほど。俺は本当にバカだ。
 こんな簡単なことにも気付かなかったなんて。
 先輩に誘われただけで入部を決めたのも、
 この1週間、あんなに先輩を探したのも、
 先輩に射を見てもらっている他の新入部員に嫉妬を感じたものも、
 全部、この感情のせいじゃないか。

 俺はとっさに、先輩を強く抱きしめた。

「―――っ!?」
 先輩はびくんと肩を跳ねさせ、苦しそうにもがいた。
 なので抱きしめる腕を弱くしながら、俺は聞いた。
「雪野先輩、俺はバカなんで、一つ教えてください」
「・・・・・・?」
「結局のところ先輩は、俺のこと嫌いなんですか?」
「え…な…なんで…そんな…?」
「答えてください。真面目に聞いてます」
「その…す、すき、だけど…?」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
「…え?」
「俺も、一目見たときから雪野先輩が好きでした。付き合ってください」
 先輩は潤んだ瞳で俺を見つめながら、特大の『理解不能』な表情をしてみせた。
「ミキ君…さっきの、は、話、聞いてなかったの…?」
「いえ、全部聞きました。覚えました。二度と忘れません」
「じゃ、じゃあ…なんで…?」
「…俺が好きなのは『今の先輩』です。
 先輩が昔は俺の最悪の敵だったとか、宇宙人だったとかでも気にしません。
 そういう過去も全部ひっくるめた先輩が、俺の好きな先輩なんですから」
 俺が一気に言うと、先輩はまた、ぼろぼろと大粒の涙を落とした。
「じゃあ…お、おれ、ミキ君のこと、好きなままで…いいの?それで…本当に…?」
「いいですよ。俺たちは、両想いなんですから」
 そう言うと俺は、先輩に軽くキスをした。
 少し驚いていた先輩はまだ涙を流していたが、とても嬉しそうに笑った。


「…ねえ、ちょっと待ってよ」
 ようやく落ち着いてきた先輩とベッドに並んで座っていると、
 先輩が唐突に言った。 
「どうしました?先輩」
「結局さ、ミキ君と会わなければ、俺はもう少し男でいられたんだよね」
「え゙っ」
 まさかそんなことを言ってくるとは思わなかった。
「というわけで、ミキ君には賠償を請求します」
「い、一体、何を…?」
 先輩は意地悪な笑みを浮かべている。
 いかん。冷や汗が。
「…もう一回、抱きしめて、キスして」
 はい?
「両方不意打ちなんて、ずるい」
 ぷーっと拗ねる先輩。
 このしぐさがたまらなく愛しく感じた。
 だから、俺は先輩を再び抱きしめ、
 あの時、二人で握手した時のように言った。


「これからもよろしくお願いします。ツバキ先輩」

 先輩も、これ以上ない笑顔で返す。

「うんっ。こちらこそよろしく。コウジくん」




 今日この日、一人の『男』が死に、一人の『女』が生まれた。
 死んだ『男』も、生まれた『女』も、
 その瞬間を最高の幸福と共に迎えたらしい。




 おしまい

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最終更新:2008年06月12日 00:02
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