「んー…あと5分…」
ぬくぬくの布団が心地良い。まだ布団に包まってまどろんでいたい…
春眠暁を覚えず、か。昔の人もこんな気持ちだったんだろうか?
「いつまで寝てるつもりー?遅刻するわよー!?」
母さんが怒鳴る声が聞こえる。二度寝したら遅刻は確定だし、起きないと…
「ふわー…ぁ…」
なんか、髪がうざったいな…ここ最近切ってなかったしなぁ…
パジャマがやけにだぶだぶなのは…気のせいか?
でかい欠伸をしながらトイレに向かう。
パジャマとトランクスを下げて息子を便器へ…
スカッ
「ん?」
スカッ
「…あれ?」
手応えがない?そんな馬鹿な。
16年間連れ添った息子がいなくなるわけがないだろ!
第一、夕べオナニーした時にはちゃんといたじゃないか!
「まさか…!!」
洗面所へ駆け込み、鏡を見る。
見覚えのない少女がそこにいた。
年の頃は16、7くらいか。やや幼く見えなくもない。
艶やかな髪は肩口まで伸び、目元はパッチリ二重で随分と可愛らしい。
胸は大き過ぎず小さ過ぎず、美乳といったところか。
「そんな…じょ、冗談だろ?」
俺が右手を上げれば、鏡の少女は左手を上げる。
俺が頬をつねれば、鏡の少女も頬をつねる。ついでに痛い。
「う、う、う、うあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺はこの日、生まれて初めて素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。
「雅人、あんた童貞だったのねー?今の格好、父さんにも見せてあげたかったわー」
腹が減ってはなんとやら、朝食を取り終えたところでおもむろに母さんが口を開いた。
俺──滝沢雅人、の家族は母さん一人…父さんは三年前に多額の保険金を残して他界した。
それから母さんは女手ひとつで俺を育ててくれたんだ。
「…んだよ、悪ぃかよ」
正直、油断してた。
15、6歳まで童貞のままでいると女体化するとはいえ、必ずなるわけではない。
多少は個人差があるとはいえ、16歳の誕生日などとっくに過ぎ去り
もうじき17歳になろうかという頃である。
16歳の誕生日は覚悟していた。でも女体化は起こらなかった。
童貞でも女体化しない体質なんだ、と安堵した。
「今更かよ…」
はぁ、と何度目かわからないため息をつく。
「雅人、学校は休んでいいから。役所の手続きもやらないとだし、新しい服も買いに行かなきゃね」
「あ、あぁ」
女の子になったってことは、やっぱりそういう恰好にしないとマズいのかなぁ…
ひらひらのスカートを穿いた自分を想像してがっくりとうなだれるのだった。
戸籍の手続きを済ませ、制服を注文し、服を下着から一式買い揃え…
家に帰り着いたのは午後8時を回っていた。
名前も「雅人」から「雅美」へと変えられた。
「これで完全に『女の子』か…」
自分の部屋で一人ごちる。
いや、カラダは「女」でもココロは「男」だ。
まだ「完全な女」になったつもりはない。
PPPPP PPPPP…
携帯にメールが来たようだ。
差出人は…瀬山和樹──小学校以来の親友だ。
件名:今日はどうした?
本文:風邪でもひいたか?明日にでも見舞いに行ってやろうか?
しかし、馬鹿は風邪ひかないんじゃねーのかよwwwwwwwww
おっと、お前さんは特別製の馬鹿だったかwwwwwwww
こいつは人が一大事だってのに…
とりあえず、返信はしておくか。
件名:Re:今日はどうした?
本文:風邪なんんかひくかっての!
月曜には学校行くから心配すんなって
明日中には制服が仕上がるはずだが、土日を挟んでしまうため
学校に行けるのは月曜からになってしまう。
いくらもたたないうちに返信が届く。
件名:Re:Re:今日はどうした?
本文:じゃあ、サボりか?サボりはいかんなーwwwwwwwwww
それはとにかくとして、風邪じゃないなら明日は大丈夫なのか?
そうだった。明日は新作の映画を見に行く約束をしてんだっけ。
別に行かない理由もないか…
件名:Re:Re:Re:今日はどうした?
本文:別に行かない理由もないし、行くぜ
集合は10時に駅でいいだろ?
送信、と。
…あれ?
もしかして、今の俺とアイツが二人でいたら、端から見たらデート…?
まてまてまて。アイツとは親友ではあるが、それ以上でもそれ以下でもない!
友達同士が遊んでるだけに過ぎん!!でも周りはそう見てはくれないだろうし…
ああああああぁぁぁぁぁ!!!!
…あ、いつの間にか返信来てた。
件名:Re:Re:Re:Re:今日はどうした?
本文:把握した。遅れんなよ?
今からやっぱダメ…は無しだよな…
どうも昔からツメが甘いんだよな、俺…
翌日。
えーと、和樹は…いたいた。
「よ、よう!」
軽く右手を上げて和樹に歩み寄る。
「…?お嬢さん、人違いじゃないかね?
それとも新手の逆ナン?逆ナンならついて行っちゃおうかな!」
我が友よ、やっぱり飢えているんだな…心の中で同情の涙を流す俺。
「お前も馬鹿だな。人違いでも逆ナンでもない。さっさと映画見に行くぞ」
キョトンとする和樹。
一瞬間を置いて、
「もしかして雅人?雅人なのか?
ぶはははははは!!昨日学校休んだのは女体化したからかよ!!」
「いきなり笑うことないだろ!俺だってなりたくてなったわけじゃない!」
しかもでかい声で女体化女体化言いやがって!!
くそ、少しでも同情した俺が馬鹿だった…
そういや、こいつは『親父に風俗に連れて行ってもらった』とか言ってたっけか。
「はははは、それもそうか。しかし…随分と、うん、うん」
「な、なんだよ…?」
「いや、随分と可愛らしくなったもんだなぁ、とね。女体化すると可愛くなるって本当なんだな」
ドキッ
「なっ…、何言ってやがる!さっさと行くぞ!」
表情の変化を悟られないようにクルリと踵を返し、改札へ向かう。
な、なんだ?さっきの『ドキッ』ってのは!?
まさか『可愛らしい』とか言われて…?
女体化ってメンタル面まで女性化するんだったか?
もう少し授業聞いておけば良かったぜ…
『─、────。』
『──!?』
『────、──?』
『──ッ!!』
……
「やー、面白かった面白かった!」
映画を見終わった俺たちは、遅めの昼飯を取る為にファーストフード店に入ることにした。
「何言ってやがる。和樹は30分もしないうちに寝ちまったじゃないか。
まったく、和樹から行こうって言い出しておいてこれだもんな。信じらんねーよ」
そう、和樹のヤツ速攻で寝ちまいやがった。んでクライマックス付近で目を覚ましたのだ。
「ははは、まぁそう言うなよ。俺は映画以上のモンが見れたから満足だし」
「ハァ?」
何言ってんだ、こいつ…
和樹のイミフな言葉に怪訝な顔をする俺。
「可愛くなった雅人…いや、もう雅美か──が見れて満足だ、って言ってんだよ」
ドキッ
「~~ッ!!」
思わず俯いてしまう俺。
なんだってこいつはこんな恥ずかしいセリフをさらりと言ってのけるんだ!
聞いてる俺の方が恥ずかしいじゃねーか!
「おーい?どうしたー?」
「な、なんでもねーよ…っ」
俯いたままなんでもないと答えるが、明らかに動揺してるように見えているだろう。
もう勘弁してくれよ…
「ははーん。もしかして俺に『可愛い』って言われて嬉しくなっちゃったとか?
ははははは、愛い奴愛い奴!」
「ば、馬鹿野郎!小っ恥ずかしいセリフ聞かされて、こっちの方が恥ずかしいっつーの!もう帰るぞ!」
ケラケラと笑い続ける和樹を置いて立ち上がる。
「ん、もう帰るのか?まだ少し早いし、ゲーセンでも行かね?どうせヒマなんだしさ」
ゲーセンか…そういや、ここんとこしばらく行ってなかったな。少しくらいならいいか。
「少しだけだぞ…?」
「よっしゃ、なら早速行こうぜ!」
満面の笑みを浮かべる和樹。あーぁ、もぅどうにでもなーれ(AAry
「はーっ、はーっ…」
「ん、もうへばったか?」
んで、ゲーセンに移動した俺たちは昔懐かしのエアーホッケーに興じていた。
しかし、おかしい…前ならこれくらいの運動じゃまだまだ余裕だったはずなのに…
女体化したことで、スタミナも落ちたか?
「あー、もう降参だ降参!喉渇いたー」
その場にへたり込む俺。
「そうか?じゃ、なんか飲み物買って来るぜ。何がいい?」
「んー、紅茶がいいな。ストレートのやつ!」
「OK、待ってな。俺の可愛い子猫ちゃん」
「ぶっ!…いい加減、その恥ずかしいセリフやめろよ…」
「はっはっは、やめろと言われてやめる馬鹿はいないってね」
そう言って和樹は自販機に向かって行った。
まったく、悪ふざけにも限度があるっつーの…
それにしても和樹が気障ったらしいセリフを吐く度に感じるこの感覚は、まさかな…
「おまたせ。ストレートがなかったからレモンティーだけどいいよな?」
「ミルクティーでなければ問題ない」
和樹からレモンティーを受け取り、口をつける。
「今更かもしれんが、どうなんだ?受け入れられそうか?」
不意に和樹が問いを投げてきた。
受け入れる?女体化のことか…
「わからん。今の俺は体は女、頭脳は男!な状態だと思う。…多分」
頭脳は男?じゃあ、いちいち感じる『あの感覚』は何なんだ?
ワカラナイ…俺は「男」なのか「女」なのか「雅人」なのか「雅美」なのか…
自分が何者なのか、酷く曖昧模糊として掴み所がない。
「俺は…何者なんだろうな…?」
今感じているこのもやもやした感情を和樹にぶつける。
自分ですらわからないことに、答えなど──
「瀬山和樹の一番の親友、じゃ答えにならんか?雅人だか雅美だか知らんが、
名前なんてのは個体を表す記号に過ぎん。大事なのは本質だ。
だから、俺にとってはお前さんの本質は瀬山和樹の一番の親友だ。」
「あ…あぁ…。女になった俺でも親友と呼んでくれるのか?」
半ば呆然としつつ、至極ありきたりなことを問いかける。
「お前、熱でもあるんじゃないのか?10年来の親友をあっさり切れるほど神経太くねーっての。
…おっと、もうこんな時間か。そろそろ帰ろう…ぜ…って」
「うっ…グスッ…」
嬉しさからか知らないが、目頭が熱くなり…自然と涙が溢れてきた。
こいつってこんなに良いこと言う奴だったっけ…?
今はどこの誰よりも輝いて見えた。
「おいおい、泣かすようなこと言ったか?」
「ち、ちげ…ぇっ…うっ…ぐっ…目から…汗が出て…だけ…だっ」
小学生みたいな言い訳だと思うが、何も言い返さないのも癪だ。
「ほい、ハンカチ。あんま泣いてると別嬪さんが台無しだぜ?」
差し出されたハンカチで涙を拭う。あ…鼻水垂れてきた…手近なのは…
チーン!!
ふう、スッキリしたぜ…ん?
「おまっ!鼻までかむか?普通!?」
「別にいいだろ、洗って返すし!!」
すったもんだの末、結局付き合うことになるのだがそれはまた別のお話。
fin
最終更新:2008年09月17日 17:44