放課後 ロッカールーム
「…これを俺が着て、あまつさえ注文を取れというのか…」
俺に手渡されたのはメイド服一式。
「女子は全員だし、男子には男子の衣装があるし。諦めなよー
それに、滝沢さんは素材が良いから絶対映えると思うんだけどな」
満面の笑みを浮かべながらメイド服を渡してきたのは、クラス委員の二之宮真奈美である。
「どうしても、着なくてはいけませんか?」
「どうしても、着なくてはいけません」
即答されちゃったよ…
はぁ…と心で溜息をつきつつ、意を決して着替える。
(今は)同性とはいえ、他人の見ている前で着替えるのはやがり抵抗があるものだ。
「なんでこんなの着なきゃなんだ…」
文化祭──生徒主体のイベントにおいて、これほど自由度の高い催し物もないだろう。
俺のクラスの出し物はメイド・執事喫茶。
誰かがふざけて提案したら、特に反対されずに決まってしまった。
時間ごとの当番制で全員メイドか執事の衣装を着ることになる。
今日は衣装のサイズ合わせということで、放課後も学校に残らされてしまっていたのだった。
「…これでいいのかな」
「ぴったりくらいですね。滝沢さんはこのサイズでOK、と」
真奈美がサイズをメモしていくのを横目に、鏡で自分の姿を確認する。
「どこからどうみても美少女メイドです。本当にありがとうございました…」
まだ男だった頃、メイド物のエロ漫画でヌいていた記憶が蘇る。
まさか、自分がメイド服を着る羽目になるとは思いもよらなかった。
文化祭が少し憂鬱になってきたな…
「なんだ、写メ撮ってないのかよ」
下校途中、和樹がジュースを飲みながら心底残念そうな声をあげる。
「別に今見なくても、文化祭で見れるだろうが」
俺もジュースを飲みながら至極当然な意見を返す。
写メ撮りたいなら、その時に撮ればいいだろう。
…いや、あんまり良くないけど…
「そりゃそうだけど、俺は雅美が可愛い格好をしているのをもっと見たいんだよ」
「ハァ?」
「だって、女の子っぽい格好してたのって制服を除けば、女になってから初めて会ったときくらいじゃねぇか」
服は女物を揃えたが、スカートが嫌で普段着は今までのズボンの丈を詰めたのを穿いてる。
やっぱり『色気ねぇな』とか思われてたんだろうか。
でも、スカートは頼りないというかスースーして落ち着かないんだぉ!
「はっ!そうか、わかったぞ!」
「な、なんだよ?」
「普段ガサツに振舞い、時折見せる女らしい格好・仕草でギャップ萌えを狙っているのか!!」
ぶはっ!!
俺は飲みかけたジュースを盛大に噴いた。
「ちょっと待て。なんだギャップ萌えって!俺はそんなん狙ってるつもりはない!!」
「ははは、そう主張するならそういうことにしておこう」
「…勘弁してくれ」
はぁ、と軽く溜息ひとつ。俺に萌えてどうするんだ、こいつは。
「でもな、雅美が可愛い恰好してるところを見たいのは本当なんぜ?」
「なっ…、な、な、何言ってやがる!俺は…!」
顔中が熱くて仕方がない。
鏡など見なくても、今の俺の顔は茹で蛸のように真っ赤になってることくらいわかる。
「はっはっは、そうやって照れるところも可愛いな。…ま、文化祭を楽しみにしておくよ。じゃーな」
いつの間にか、俺の家に着いていた。
女体化してからというもの、和樹と帰るときは家まで一緒ということが多くなった気がする。
エスコートしてるつもり…なんだろうか。
それはそれで嬉しいのだが、何か複雑な気分でもある。
「あ、あぁ…また、明日学校で…」
女の子らしい恰好、か。
やっぱり、らしい恰好してた方が嬉しいよな…
文化祭当日 ロッカールーム
「ほらほら、早く着替えないと開場の時間になっちゃうよー」
真奈美が着替えを急かす。
仕方が無い、今日と明日だけだ。この二日間だけ我慢すればいい…
そう言い聞かせ、エプロンを着ける。
「あ、あぁ…あと少しだから」
ヘアバンドを着けてメイドさんの一丁上がり、と。
男だった頃にこれくらい可愛い彼女が欲しかったなぁ…ロッカーに備え付けの鏡を見て溜息ひとつ。
「溜息ついちゃって、自己陶酔?『私はなんて可愛いのでしょう!』…なーんて?」
「ち、違ぇ!!」
慌てて否定する…が、否定しきれないことを考えていただけに、もしかして見透かされてるのかと思う。
今の俺みたいな彼女が欲しかった、なんて口が裂けても言えない。
真奈美と話していると、時々考えを読まれてるような錯覚を覚える。
…まさか、な…
「さあ、最初は私たちなんだから早く行かないと本当にまずいわよ?」
「気が進まないけど、やるしかないか…」
喫茶店は、担当者が4班に別れ90分ずつの交代で接客をすることになっている。
その中で最初に接客をすることになったのが俺のいる班というわけだ。
一応、クラスの出し物ということになってはいるが、部活や委員会の出し物を優先する者も多いので、実際にクラスの出し物に携わる者は大抵帰宅部だったりする。
そうでなければ、掛け持ちでなんとか時間をやりくりするしかない。俺は前者、真奈美は後者だ。
「お!やっと来たか、もう始まるz…って、これは眼福眼福。
やー、雅美も二之宮も素晴らしいね、これは」
執事服に身を包んだ和樹が教室から出てくる。
ん…?ネクタイが曲がってんな…
一度気になりだすと、そこばかりが気になってしまう。
「軽口叩いてる暇があったら、鏡くらい見ろ。ネクタイが曲がってんぞ」
そう言いながら、ネクタイを直す。
もっとこう、ビシッっとしろビシッと。
「お、おう…」
キュッとネクタイを締め直す。これで良し。
まったく、ネクタイひとつまともに締められんのか、こいつは…
「ふふふ。なんか、夫婦みたいね。滝沢さんと瀬山くん」
なっ!!
なんで和樹と夫婦にされなくちゃならねーんだ!
「か、勝手に夫婦にしてんじゃねぇよ!!」
真奈美に怒鳴る…が、真っ赤な顔では説得力も皆無であろう。
あーあ、このすぐ顔に出るのってどうにかならないのかな…
「はいはい。私に凄んでみせるのもいいけど、お客さん来たみたいよ?早く案内してあ
げないと」
真奈美が促す先には、いかにもオタクです!と言わんばかりの恰好の男が3人。
うへぁ…俺が最初にやるのかよ。マジで気が進まないんだが…仕方が無いか。
意を決し、営業スマイルに切り替えオタ3人に歩み寄る。
「おかえりなさいませ、ご主人様☆」
和樹と真奈美が吹き出したのを俺は聞き逃さなかった。
一時間半後。
「お疲れーっ!交代するよ」
「遅ぇよ!…って、時間通りか。すまん」
ああ、やっと交代の時間か…たかが一時間半なのに、どっと疲れたな…
続きをクラスメイトに託し、ロッカールームへ向かう。
この衣装でいつまでもうろついていると、変な奴に絡まれないとも限らないし。
「やれやれだぜ…こんなのをまた明日もやらないとなのかよ」
心底疲れたという表情でぼやく。
何度注文を取りに行ったときにセクハラされたか、数えるのも嫌になった。隠し撮りも何回かあった…と思う。
女性の自意識過剰というのも、なるべくしてなったのかもしれないな。
まぁ、自意識過剰な女性の大半が残念な容貌なのは置いておくとして。
「あれ、真奈美早いな」
ロッカールームから、既に制服に着替えた真奈美が出てくるところだった。
「姉さんが待ってるから、急いで着替えてたの。それより、滝沢さんも急いだ方がいいんじゃない?」
はて?誰かに会うような約束なんかしてたか?
増してや、急ぐような用事なんかなかったはずなんだが。
「瀬山くんが屋上で待ってる、って伝えてくれだって。これは行ってあげなきゃ駄目ね♪」
「はぁ?和樹が?」
「じゃ、ちゃんと伝えたからね?しっかりね」
あ、行っちゃった…
なんで和樹の奴が俺を呼び出すような真似するんだ?
用があるなら、さっきまで一緒に居たんだから言えばいいのに。
呼び出してドッキリとかか?アイツのことだからありそうではあるが…
着替える最中も、考えばかりが頭をぐるぐるして落ち着かない。
「行ってみるしかない、か…」
生徒が出ることのできる屋上は一箇所しかない。
他は屋上へ出る扉に鍵が掛かってて開けられないからだ。
普段のお昼休みであれば、お弁当を食べる者がそこかしこにいるはずなのだが。
今は俺を呼び出した本人以外は誰も居ないようだった。
「よ、来たな」
軽く右手を上げて、和樹が歩み寄ってくる。
「てめぇ、俺が最初接客したとき後ろで笑ってただろ!?」
「はっはっは、すまんすまん。堪え切れなかった。しかし、傑作だったぜ」
冗談めかしたやりとり。いつものことだ。
だが、鈍いのを自覚している俺でもわかる。
こんなやりとりをするために呼び出したのでないことくらいは。
「…本題に入ろうか。和樹が俺を呼び出すのなんて、ろくでもないことを企んでるときくらいだからな」
「ろくでもない、なんてこともないんだが…」
「じゃあ、なんなんだよ?」
フェンスに寄りかかり、中庭の催し物を眺める。
今は有志によるバンドのライブをやっているようだ。
ここまで聞こえてくるが…正直言って酷い。ボーカルのレベルが低過ぎて、あれじゃ素人のカラオケだ。
「…ってくれ!」
ん?何か言ったか?
振り返ると、和樹が顔を真っ赤にしていた。
珍しいな。俺が顔を真っ赤にしても、和樹はポーカーフェイスというのが常だったのに。
「すまん、ぼーっとしてた。もう一回言ってくれないか」
はぁぁぁ…と大きく溜息をつく和樹。
「何度も言わせるなよ…雅美、俺と付き合ってくれ!!って言ったんだ」
は?
「…誰が、誰と付き合えって…?」
突然のことに目を点にする俺。
鳩が豆鉄砲食らったような顔、というのはこういう顔なんだろうか。
いや、鏡を見たわけじゃないから何とも言えないが。
「だーかーらー、お前が!俺と!付き合え!!って言ってるんだ!!!!!!」
ハァ…?
俺が?和樹と?冗談だろ?
「…和樹。世の中には、言って良い冗談と悪い冗談があってだな」
「冗談なんかじゃない。本気だ。俺はお前が好きだ。俺と付き合ってくれ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…」
いつか、誰かに告白するかされるのかな、とは考えていたが…和樹に告白されるなんて…
和樹とは友達だ。親友だ。だが、恋人となると…ちょっと違うんじゃないか、と思う自分と
素直に告白されて嬉しい、恋人同士になるのも悪くない、と思う自分がいる。
「雅美に他に好きな男がいるとか、そもそも俺じゃ駄目だと言うなら諦める」
「い、いやいやいや!そんなことはない!そんなことはないんだ…ただ、びっくりして」
顔が赤くなってるのも収まってきた和樹がじっと俺の顔を見つめる。
「お、俺でいいのか?もっと他に可愛い子とか女らしい子とかいるだろ…?」
もっともな疑問をぶつけてみる。和樹だって、そんなに顔立ちは悪くないと思う。
ちょっと頑張れば、元男の俺なんかよりもっと美人の子と付き合えるはず。
むしろ『親父に風俗に連れて行ってもらった』と聞いたときに、まだ童貞だったのかと思ったくらいだ。
「くどいな。俺は雅美が好きなんだ。その心に嘘偽りはない。
…で、雅美の返事はどうなんだ?俺と付き合って…くれるか?」
「俺は…」
俺はどうしたいんだ?
和樹とはこのまま親友でいたいと思う。
だが、それをそのまま言葉にしたらまんま振る時の台詞になってしまわないか?
『お前とは親友のままでいたい』なんて、傍から聞いたらゴメンナサイってやつだ。
そうしたら、俺と和樹の関係が崩れ去ってしまうような気がする。
そんなことはないと思うが、チキンにネガティブに考えてしまう。
だが、せっかく和樹が告白してくれたんだから応えてあげたい、とも思う。
女体化した元男の俺を好きだと言ってくれる。付き合ってくれと言ってくれる。
俺は…和樹が好きだ。それが『Like』なのか『Love』なのかはわからない。
でも、女体化したあの日、和樹に抱いた思いを信じるなら間違いなく…
「お、俺で良ければ…今後ともよろしく…」
俺はそう言って、右手を差し出した。
fin
最終更新:2008年09月17日 17:47