『虚像』第二話

「虚像」第二話



複雑な顔の妹が帰ってきた。

ラケットを忘れた事もあるかもしれないが、やはり俺が女体化した事が気になって仕方がなかったのだろう。部活は休んできたらしい。

妹「…ねえ…兄ちゃん…」

優「悪い…今は静かにしてくれ。」

妹はそれを聞くと、少し間を置いて小さく頷いた。

色々聞きたいのはわかるが、今はこれからの事を考えるのに忙しいのだ。

妹は家の電話の子機を持ってリビングを出て行った。恐らく、電話で母に俺の事を聞くつもりなのだろう。





母は、俺の事で買い物やら手続きをしなきゃいけない、と言って、数時間前に家を出ていた。

買い物というのは服などだろうか。

上は暫くは男の服で大丈夫だとは思うが…下着は変えなければならないのか。

あんな小さい布きれのようなパンツと、夏でも身につけなければならないブラジャー…それをこれから自分が身に付ける事を考えると吐き気がする。

(ガチャ)

そんな事を考えていると、ふいにリビングのドアが開いた。




妹「お母さんが代わってって。」

どうやら母さんにさっきの事を聞いたらしい。「お姉ちゃん」「お兄ちゃん」等の言葉を使わないようにしているのは何となくわかった。

なぜ妹からかけて俺に代わる流れになるのか不明だが、出ない訳にもいかない。

腹の上の黄ばんだクッションを部屋の隅に払いのけた。

妹は俺が近づくと、怯えるように後ろに一歩引き、真っ直ぐ子機を差し出してきた。

どこか対応が余所余所しい。当たり前か。




昨日までの兄と、今自分の前に立っている見知らぬ女性。二人が同一人物なのだと、簡単に受け入れられる筈もない。

妹にはこれから、もっと苦労をかけてしまうかもしれない。そう思った。

子機を耳にあてる。「服」というの単語が出てきたら、「いらん」とだけ言ってきろうと決めて声を出した。

優「…用件は?」

母「ああ、優くん?え~と…性別変更の手続きの事なんだけど…」

――!!

予期していなかった言葉だった。




優「ちょっと待て、おい!何勝手な事言ってんだ!あれは強制じゃねえだろ!」

思わず口調が荒くなる。

性別変更というのは、女体化した元男が社会で正式に女として生きて行くために、戸籍的にも女になる事だ。

とはいえ、自分の女体化を今の俺のように受け入れられない人もいるようで、必ずしも強制はされていない。

ただ、性別変更をしていない女体化した人は、社会的に差別される傾向にあり、近頃問題になりつつある。




前までは手続きに数ヶ月近くかかったらしいが、面倒臭すぎるという批判が集まり、詳しくは知らないが、数日で手続きが完了するように改正されたらしい。
母「ちょ…違うわよ。しなくていいかっていう確認でかけたの」

優「あ…そっか…

   ……しなくていい」

それはどうしても無理だった。

髪は切れなかったが、今の俺の心は男だ。…だが、いつかこの心も女になるのかもしれない。それが今、たまらなく怖い。




それで戸籍的にも女になるというなら、俺は…完全に女になる。それじゃあ、昨日まで生きてきた男として俺はなんだったんだ。

それはなかった事になるのか?

そんなのは絶対に嫌だ!

女になったのは体だけ…そう思いたかった。

母「そう。…ならいいわ。当然名前は変えなくていいわね。」

優「ああ…ていうかむしろもうちょっと男らしい名前にしてくれ」

ちなみに俺の名前の読みは「ゆう」だ。

女体化した人の名前が女として不自然な場合、それも手続きで変える事が出来る。




前まではもっぱら偽名の使用を許可する方針だったらしいが、女体化する男児が急増加している近年、息子に男でも女でも違和感のない名前をつける親が急増したため、作られた制度だ。

俺は、その社会問題の被害者という訳だ。

母「そうね。まあここらへんの事はよく考えなさい。…ただ、あんたは拒絶してても、周りは女としてあんたを見るんだから。それだけは自覚してなさい。」

俺が差別の対象になるかもしれないという事を間接的に示したのだろう。




優「…俺は平気」

――平気なんだ。

まるで自分に言い聞かせるように答えた。

母「…わかった。

  あと服の事なんだけ」
優「いらん」

疾風のごとく電話を切った。

明日は…男として学校に行こう。


第二話 完


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最終更新:2008年09月17日 17:57
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