『あっちゃんの夏』続き

「チュン…チュンチュン……チュンチュチュン……」

いつもなら清々しく思う小鳥のさえずりも今となっては煩わしい。

――朝。決して来て欲しくない時間がやってきてしまった。

枕元に置かれた時計に目をやると、既に七時をまわっている。二度寝三度寝を繰り返して
いるうちにもうこんな時間。いっそ深く眠ってしまいたいが、気がかりな事が多すぎて十
分毎に目覚めてしまうというのはどうだろう。
そして、そろそろ食卓の異常に気づいた姉か妹がそろそろ部屋に入ってくる頃合。
母さんが朝食を作ってくれているかもしれないが、その可能性は限りなく低く見積もって
いたほうが無難だ。どうせ、今にも妹が入ってきてご飯を作れと――、

「――お兄ちゃん! 朝ごはんは!?」

ホラ、やっぱり。僕がいないってだけで、こうも簡単に崩れる食環境に若干の不安を覚え
るが今はそんなことどうでもいいのです。

「………………ない、自分で作って下さい」
「今日の当番お兄ちゃんでしょ!」

「………………………………………(怒)」

鈴の理不尽極まりない物言いに危うく意識を消失しかけるが何とか抑えて、

「今日は何が何でも作らないから。学校にも行かないから。あとは、よろしく」

734 :陽日和:2007/12/02(日) 01:08:39.10 ID:cUaqvCOX0
二度と出ない意気込みで、頭まで布団を被った。
しかし間に物理的断絶を挟もうと鈴は言い止まず、やがてその行為が物理的干渉へと切り
替わってレベル的段階を踏まえた上でユサユサから布団を引っぺがそうと言う強制行動に
シフトした時、僕の中で今まで使った事のない力が発揮された。

「む、むむむむ……! なんで抵抗するのよ!?」

四肢でガードされた強固なそれは決して外れる代物ではない。いくら家族の中で一番立場
が弱かろうと、身体が弱かろうと防御に徹した今では敗れるはずがない。要するにこれは
覚悟の違い――っ!

「――お兄ちゃん……。もしかしてサボり…………?」

「……………………………………………………………………………………………………」

根拠のない事を言わないで欲しい。今の僕の戦力を考えて必要不可欠なことなんだ。今こ
こで休まなければ、家と言うチーム全体に惨事を招く恐れがある。だからこれは決してサ
ボりなどではない、積極的休息だ。

「そっか、サボりかー…、それならあたしにも考えがあるよ」

何を、する気…?

「スゥゥ……――おかーさーん! お兄ちゃんがグレたーっ!」

勝手な事を―っ! このまま母を召喚するつもりか! この際、鈴を追い出して扉に鍵をか
けてしまおうとも思ったが、その前にけたたましい足音が――。

735 :陽日和:2007/12/02(日) 01:10:59.22 ID:cUaqvCOX0
「――あっちゃんっ! サボりなんていけないわ!
そんなことでは何も解決しない…―――現実から目を逸らさないでっ!」

母がやってきた、布団越しにもわかるその動揺ぶり。寝起きだって言うのに、このテンシ
ョン……尊敬できるかもしれないけど。しかし、

――現実から目を逸らさせたのはどこのどいつですか。

「これは僕に必要な休息なんです。戦士の休日なんです」

「あぁっ、敬語に戻ってる。これは重大問題……そうよね、なっちゃん!?」

「――少し、遅い中二病……ぷぷ」

お姉ちゃん。中二病ってなんですか、教えて欲しいです。
でも正直、今の私にはどうでも良いですが。このままいつもの朝を迎えるのなら
いっその事世界なんて滅びてしまえば良い、そう思いました。

「あぁ…! なんてこと……っ!」

微かに開いた布団の隙間から外を見ると、母さんが「orz」みたいな姿勢をしていた。

「お兄ちゃん、昨日から何かおかしいよ……。一体、何があったの?」

何もわからない、というような口調ですずは首を傾げる。

――本当に、わからないのか?

737 :陽日和:2007/12/02(日) 01:17:59.24 ID:cUaqvCOX0
「昨日、僕が帰ってきてからの事忘れたって?」

まさか、忘れたとは言わせない。忘れたとは……。

「帰ってきてから……――ハッ!? ………まさか、まさか…!」
そうだ。それです、あなた達の戯れ事に僕を巻き込んでくれたおかげで……っ!

「―――何があったのかしら…?」

母は鈴と同様首を傾げる。
すごいです、もう昨日の事を忘れたんだ。自分で貶めておいて本当に酷い人たちですね。

「あぁ、こんな喧騒に満ちた毎日なんて捨ててどこか遠い異国の地に暮らそうかなぁ…」

少しテンションが高すぎる馬鹿母と少しノリがよすぎる馬鹿妹と何を考えているのかよく
わからない天才姉。こんな個性的な人たちの中では僕なんかごく普通。たまに、それが厭
になる事になる。今なんかまさにそれで。僕の言う事なんて彼らには通じない。

「ぷぷ、中二病……ぷぷ」
何がおかしくてツボに嵌ったのかは知らないけどもういいよ、中二病は。

「とにかく、今日は学校行かないから。彰二が来てもそう伝えといてよ」

しばらく、彰二とは会いたくない。
あんな痴態を晒しておいて顔を晒すことなんて出来ない。出来ればほとぼりが冷めるまで。

「その彰二から電話なんだけどさ、今日休むってさ」
「うーん、彰二君まで休むなんて……やっぱりドッキリ鉢合わせが原因かしら……?」

738 :陽日和:2007/12/02(日) 01:19:05.50 ID:cUaqvCOX0
「覚えてるんじゃないかっ!」

思わず今まで被っていたものを大げさに放り投げて飛び起きてしまった。

「お、nice reaction」

お姉ちゃん……。
彰二が休むって…――まさか僕に会いたくないから休むとか……?

――なら、好都合。僕が休む必要なんてない。
決断は早かった。時計を一瞥すると既に七時半。まずい、急いで支度しないと間に合わな
い。僕は家族が部屋にいるのもかまわず寝着を脱いで制服に着替える。そんな様子を三人
は呆気に取られたような顔で眺め、

「……どうしたの?」

やがて母が訊ねてきた。

「彰二が休むなら、僕が休む必要はないでしょ?」

互いが、昨日の出来事を忘れてしまうまでの間。しばらく、彰二とは離れていたほうが良
いと思う。会ったら会ったで何を話せば良いのかもわからないし、そもそもまともに顔を
合わせられる気がしない。ただ単純に恥ずかしいのだ。

「サボりなさい」

いつもとは違う鬼気迫るような表情で母さんは言った。

741 :陽日和:2007/12/02(日) 01:26:16.65 ID:cUaqvCOX0
電車で一駅離れた隣町、この街の中心街。
目的の場所に、俺は一人。何でこんな事になってしまったのか。思慮に耽るも答えは見つ
からなままだ。やがて、いるはずのないあいつを目にしたことで俺はお袋の策略にまんま
と嵌められた事を確信する。

「――おま……っ こんなとこで何をしてるん――……っ!?」

あかりの姿を見るなりの第一声がそれだった。ほぼ反射的に口にしてしまった。

「母さんが、ここに行けば色々と解決できるかもって……」

その一瞬の会話で、あかりと視線が合いそうになりあわてて踵を返す。
まじやべえ、会っただけでこれかよ。ブボッと赤くなる顔を想像する。少し落ち着いて、
――つまりおばさんに言われてここに来たのか。

「……俺も、お袋にそう言われたんだけどな」

なるほど、そういう事か……、奴らは結託していやがったのだ。フツフツと良くない感情
が沸き起こる。あんのババァ……っ!
やり場のない怒り……そんな感情を母に向ける間もなく、それとはまた別の感情が俺の内
に押し寄せてくる。俺はそれを振り切るために早急に会話を継いで、

「っていうかお前、それ……女物じゃねーか! なんでそんなもん着てんだよ!?」
「いや、これは……女物じゃないし」

「――――え?」

そう言われて、数秒前の記憶に揺らぎが生じて思わず振り返る。見れば、あかりは俺と同
様に背中を見せていた。フリルが付いた上着にやたらフワフワしている半ズボン(?)
どう見ても女物だ。すごく女らしい、服装だ。

745 :陽日和:2007/12/02(日) 01:36:07.68 ID:cUaqvCOX0
そして、ふとあかりの後姿を見ていて感じた違和感。華奢な身体付きなのは相変わらずとして、今日のあかりは一回りも二回りも小さい気がする。
身体的な意味ではなく、どうも雰囲気的に。
今のこいつからは押したら壊れてしまうようなそんな弱さを感じて……、そのせいか後ろから抱きしめてやりたくなる、そんな感情が俺を襲った。

ああああああああああああああああああああああああ。なんだこれ。
これって、弟を守る兄のような感情だよな? 保護欲だよな? そうだよな。親友を異姓のように見てしまうなんてそんな馬鹿げた事。あるわけが。

「………………………あぁ、」

――ないとは言い切れなかった。決してやましい気持ちなんて持っていないん、だけど。
なんだろうこの気持ちは…。そんなこんなで呆けて、つい後姿に見惚れていると、

「――――――――――――ひぅっ!」

あかりの全身がビクっとなって震えた。それからの動きはまるで不愉快な視線を振り払うかのような動作。

………もしかして。俺のせいすか? あ、俺のせいなんすね。あー…俺って奴は……。
丁度良い電柱が目に入る。取りあえず近づく。

746 :陽日和:2007/12/02(日) 01:39:12.94 ID:cUaqvCOX0
俺は、ガンッ!(消去されるべき存在の命の灯火の音)

なんて、ガンッ!(消去されるべき存在の命の灯火の音)
ダメな、ガンッ!(消去されるべき存在の命の灯火の音)
男なん、ガンッ!(消去されるべき存在の命の灯火の音)

だっ! ガンッ!(消去されるべき存在の命の灯火の音)

友人を! ガン(消去されるべき存在の命の灯火の音)

――以下自粛。

「――な、何を……?」
「俺への戒め。だから止めてくれるなよ」

やがて、あかりと通行人ぐるみで俺を止めるまで、俺は頭を打つのをやめなかった。
入学した頃から確かにあるこいつの変化。考えが、わからない。なんで、

――『女』になろうとするんだろう。

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最終更新:2008年06月12日 00:08
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