『兄妹』

私と兄には親が居ない。
母親は随分前に若い男と浮気をして出て行き、父は私達の為に再婚もせず男手一つで私達を育ててくれたが、2年前の夏、私と兄がまだ中学生の1年と2年だった時に事故に遭い亡くなってしまった。
私達は父の遺してくれた家と保険金、遺族年金で生活していた。
父が亡くなってからの兄は朝早く起きて食事の準備やお弁当を作ってくれた。私は兄にばかり負担を掛けたくなくて朝食を作るって言ったが、兄はお前は身嗜みにに気をつけるだけでいいよって言って手伝わせてくれなかった。
それでも夕食は私に任してくれたり一緒に作ったりした。必然的に洗濯や掃除は夜になった。
それから宿題やらなにやらやるともう疲れて寝るしかなかった。
兄妹二人の生活は大変だったけど、それなりに楽しくもあった。
だけど兄は私の世話やなにかで忙しく浮いた話しの一つも無かった。
最初の頃はまだ時間があると余り気に留めていなかったけど、兄が中学を卒業する頃から男性特有の病気の事が気になりだした。
私は兄に家の事は気にしないで彼女でも作って遊んできなよって何度も言ったが、その度に兄は気にするなって言ってまともに取り合ってくれなかった。
私は兄には兄のままで居て欲しいのに…
兄が高校生になり誕生日まであと1月と言うところで私は耐えられなくなって兄に言った。
「お兄ちゃん彼女出来た?」
「またか、居ないよ」
「ねぇ、誕生日来月だよ。このままだと女の子になっちゃうんだよ」
「そうかも知れないな」
「そうかも知れないって他人事みたいに。ねぇ、変わっちゃっても良いの?」
「それも有りかも知れないな」
「私はやだ!」
「お兄ちゃんが彼女を作らないならあたしがお兄ちゃんの女体化を止める。」
「だからお願い、変わらないで。」私の必死の訴えに兄は狼狽したが「例え冗談でもそんな事言うもんじゃない」って、違う!
「冗談なんかじゃないあたしは本気よ」
兄は私を抱きしめ「お前が俺の事を心配してくれているのはよく分かる。でももしお前が言う様な事になったら俺は一生後悔する。」
「それだけじゃない。もう一緒に暮らす事も出来なくなる。だからもう二度と言わないでくれ」
兄の腕の中で私は「もう言わないから一緒に暮らせないなんて言わないで」と謝った。

そんな事があった数日後、何処で知ったか家を出て行った母親が例の男とこの家で一緒に住もうと言ってきた。
母は言葉ではそれらしい事を言っていたが、父が遺してくれたお金が目当てっていうのが垣間見えた。なにより父との思い出を汚されたくなかったから私達は母の申し出を断った。
これで諦めたかと思いきや今度は男と一緒にやって来てまた住もうと言う。
兄が断ると今度は男が私達を脅しにかかってきた。
それでも兄は断り、父の遺してくれた物に触れられたくないから出ていって二度と来るなときっぱり言い切った。
相手の男は腹を立てて兄に殴り掛かかった。私は怖くなってその場から逃げて警察に電話した。
「助けて下さい。兄が男に殴られて、助けて…」
そこまで言った時、母に電話を切られてしまった。
「た、助けて…」
私はトイレに逃げ込んで中から鍵を掛けた。
ドンドン扉を叩かれ怒鳴られ恐怖で耳を塞ぎうずくまるしか出来なかった。
やがて玄関の方からチャイムの音が聞こえた。
トイレの前の母が焦っているのが分かる。
私は思い切ってトイレを飛び出すと母を押し退けて玄関を開けた。

警察に連れ出されれる母と男、兄はあちこち殴られ怪我をしていた。
怪我が余りにも痛々しくて泣きながら「お兄ちゃんごめんね。」としか言えなかった。
そんな私の頭を撫でながら「お前のお陰で助かったよ」と言って崩れる様に倒れてしまった。
「お兄ちゃん!」
「ねぇ、お兄ちゃん!起きて!」
「いやー!誰か救急車を呼んで!お兄ちゃんが死んじゃう」

中に残っていた警官が直ぐに来て、救急車は呼んであるからもう来る筈だと言って兄を寝かし、脈や呼吸の様子を見てる。
それから1 2分で救急車が来た。
担架で運び出され病院へと向かう兄。病院までの時間がとてつもなく長く感じた。
父に続いて兄まで失ったら私は生きていられない。神様、どうか兄を助けて下さい。
診察の結果、内臓からの出血はあるが手術の必要は無く、数日入院していれば良いとの事だった。
ほっとしたら体の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
病院の計らいでその日は兄と同室に泊まらせてもらった。

兄の意識は翌朝には回復し、軽く食事が出来る程になっていた。
その日の昼、一人の女の人が青い顔をして兄の病室に駆け込んできた。
眼鏡の似合う可愛い人は兄を見て「よかったよかった」と繰り返しながらぽろぽろと涙を零した。
兄はバツの悪そうな顔をしながら彼女に「あはは、こんなになっちゃった」「でも、何で分かったの?」って
それに対して彼女は学校に行くまで知らなかったが、今朝のニュースで男が逮捕されてた事、兄が意識不明で病院に運ばれた事をみんなの話しで聞いて慌てて此処を探しだしやって来たのだと言った。
二人の邪魔をしちゃいけないと思いそっと病室を出た。
彼女の帰り際、私は彼女に頭を下げながら「兄をよろしくお願いします」と頼んだ。
彼女は微笑みながら頷いて「こちらこそよろしくね」って言って帰っていった。

それから数年後、私はバージンロードを兄にエスコートされて歩いていた。
お兄ちゃん今日まで本当にありがとう。
私もお兄ちゃん達の様に幸せになるね。

一応おわり


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最終更新:2008年09月17日 18:11
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