『携帯小説のテンプレ程度の駄文(KTD)』

…今まで一本も吸ったことはないが、タバコが吸いたい気分だ。落ちかかっている陽が差し込む、薄暗い部屋。本やゴミが散らかっているその部屋で、両膝を抱え、目をつぶって動かない少女は、直感的にそう考えた。 ──目の前に横たわる、一人の人間の死体を前に。

少女の名前は藤野 真。現在の性別は女。半月前までは、男。2日前に16歳の誕生日を迎えた、現役高校生。

死体の男は藤野 勉。少女との関係は親子。享年…37歳。職業…危ない団体職業。何が危ないのかというと、死因になった拳銃を所持し、命令があればどこぞに乗り込む。一般的に、警察からほぼ対極に位置する職業。現在、死後1時間程度。

端的に説明すると。「俺が親父を拳銃で撃ち殺しました。と」少女は右手に持ったままのオートマチック拳銃を見る。その無機質な拳銃は、少女の無機質な表情に銃口を向けていた。

そういえば、と。彼女は思い出したかのように、遺体のポケットを漁る。サイフと、タバコの箱とライターを取り出し、一本タバコを口にくわえ、ライターを近づけ…そのまま投げ捨てた。気分としては吸いたかったのだろうが、口にくわえたところで十分だった。そのまま、台所まで歩いていき、慣れた手つきでインスタントコーヒーを入れた。「…ちっ。こんなもんか」サイフの中を覗いた少女は、一つ舌を鳴らした。現金と、キャッシュカードを抜き取り、火をつけてないタバコをゴミ箱に捨て、拳銃とコーヒーをテーブルに残し、家を後にした。

真は、15年と11ヶ月半で男から女へと変わってしまった。成績は上の下、とはいえ、高校は無難な公立高校を受験したため、高校での成績はトップクラス。所属する部活は無いが、ノックや、校内戦の審判など、大半の部活に顔が利き、勧誘は何度もあったが、全て断っていた。親の職業が、世間一般と差異があることは早い段階で分かっていた。それでも、一般的に不良と呼ばれるカテゴリーには入らず、そういった連中に対しては、孤高であり続けた。それは、女になってからも同じであると思っていた。いや、現に最初は戸惑われたものの、半月間を過ごし、周りは前と何も変わらなかった。変わったのは内、それもたった一人。 …実の、父である。

真が生まれてすぐに、真の母は亡くなった。勉は子育てに関心が薄く、真は小学校高学年まで祖母の家で育てられ、その祖母が亡くなると、父と共に住み、炊事洗濯等を一人で行い、奨学金とバイトで高校に通っていた。 …そうして、真が女になり、半月。

いつものように、真が学校から帰宅すると、特に珍しいわけではないが、父が居間にいた。今日はバイトが休みであり、友人に貸してもらった漫画でも読もうと、部屋に行こうとするところを呼び止められた。「真、ちょっと来い」真は経験から知っている。この男に期待するものは何も無い、と。「用件があるなら言うだけでいいだろう」勉は、それもそうか、と呟き、椅子から立ち上がり、真に迫ってきていた。ふらふらと、おぼつかない足取りで、真の傍まで来、やや小さい真を見下ろしながら薄く笑った。真が、眉をひそめ警戒しようとしたその瞬間、真は両肩を捕まれ、そのままフローリングの床に背中から押し倒された。「なっ…」そのまま、学校側から支給された女生徒用の制服に舌を這わせ、胸の形をなぞるように舐めあげた。真は、制服とシャツと、ブラ越しに伝わるその生暖かい感触に嫌悪し、暴れて抵抗した。しかし、両肩を抑えられ、思うように上半身は動いてくれなかった。 3週ほど胸を舐めた後、勉は真のふとももの上に乗り、上半身を起こし、左手で上着を、右手でスカートを脱がし始めた。「ひっ…」涙も混じった声を上げ、真は目の前の、欲望に取り付かれた男を見上げ… 自由になった右手で殴り飛ばした。

右手で顔を殴り、ひるんだ隙に左手で顎に一発入れ、両手を重ねてみぞおちに一撃を加えた。その一連の攻撃により、両足に掛かっていた体重が一瞬開放される。そのタイミングを逃さず、真は勉から離れ、距離をとった。「へっ…へへへ」玄関は勉の体を越えないと出られない。窓の下はマンション7階の高さ。目の前には、不気味な笑い声を発している男。真は強く歯を噛み、あることを思い出した。「何処に行こうってんだ?あ?」威圧するような勉を尻目に、真は玄関と逆方向に駆けていった。勉は、ゆらゆらとした足取りで、広くも無い2LDKを、真を追いかけるために歩き始めた。真が向かったのは、自分の部屋ではなく、勉の部屋。閉められたドアを、勉が勢いよく開けたとき、理性を失っているような瞳が。 …銃を構えた美少女を捉えていた。「動くな。もう二度とこういうことをしないと約束すれば、俺だって撃たなくて済む」「いい声だ。泣いて喘いで、たっぷり可愛がってやるよ」一歩、勉が進む。「動くな、と言っているんだ」「何いってやがる。どうせ撃てねーんだ。さっさとそんなモン捨てて、服を脱いで股を開け」もう一歩、勉が進む。さらに一歩。一歩。いっ…… 「てめぇ……」次の一歩は、永遠に来ない。銃声、そして倒れる音。硝煙、そして血の匂い。真は、自分が震えていないこと、そして冷静であることに驚いていた。「…とりあえず聞いておこう。何で俺を犯そうとした」即死ではないみたいだが、出血多量あたりで、放置すれば死ぬことは理解できていた。しかし、真は救急も警察も呼ぶ気は無かった。そして、答えは期待していない、興味も無い疑問をぶつけた。死に行く父親に対し、何か義理を果たすかのような、そんな心境だった。そうして、勉は、一点を指差し…その生命を終えた。

「ただいま」もはや、返事が永久的に返ってこないと知りつつも、真はただいまと口にする。近くの銀行のATMから、入っていた預金全てを引き出し、用済みになったキャッシュカードを、元の財布に入れ、遺体のポケットに戻した。そのまま、写真立てを持ち、台所に放置してあった、冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ。「お母さん…か」写真に写っているのは、自分によく似た女性…いや、少女というべきか。日付は18年前。正確な歳は分からないが、少なくとも制服で写っている以上、未成年なのであろう。この1年後に妊娠、真を出産し、その命を散らした。その母の写真立てを指差したということは、父が何を言いたかったのか。「あー。ストップ。どうでもいいことだ。やめやめ」あえて言葉にし、それを考えるのを止め、冷め切ったコーヒーを飲み干し、椅子にもたれかかった。そして一つ息を吐くと、自分の部屋へ歩いていった。

「…それじゃあ、さようなら」玄関に鍵をし、そのまま鍵穴に入れたまま、真はドアから離れていく。肩に小さいスポーツバッグを背負い、振り返ることもせず、少女はエレベーターに乗り込んだ。

それから20分後。110番に不思議な電話が入った。「………に死体があります」それだけを言い、電話は切られてしまった。イタズラかとも思えたが、現場に近い警察官に様子を見てもらうように指示が出され、その5分後に、その警察官は報告する。

『男性の死体がある』と。

「しまった…シャワーくらい浴びてこればよかったかな」街中に出て、少女はそう呟く。「まぁ、いいか。電車……いや、バス…」少女は、広すぎない駅前を見る。終電まではまだ十分に時間があり、少女は駅前の広場のベンチに腰掛けた。「所持金が限られてるから…歩いて行こう。 適当に遠くへ行ってバイトして…いや、日雇いとかで稼ぎつつ転々と……  とはいっても、それもどこまでいけるか」ふぅ、とため息をつき、少女は周りを見回す。「水商売…は、絶対無いね。それだったら餓え死ぬか樹海へゴーのほうがマシだ。 別にしている人を貶めるつもりはないんだけど、個人的な……ある意味、男のプライドかな」小さな声で、考えを吐露すると、自然と頭が落ち着いてくる。「仕方が無い。歩いて……どこまでか行こう。 それと、言葉遣いかぁ…努力するしかない、ね」少女は、ゆっくりと立ち上がり、大きく背を伸ばし、深く息を吐く。スポーツバッグを再び背負い、目の前の国道を歩き出した。

2つほど市を越えたところで、夜も更けてきた。漫画喫茶や24時間営業のファミレスで夜を明かしても良かったが、人目につくのは避けたかった。 …捕まることが怖いわけじゃない。ただ、見栄とプライドという、他人から見れば路傍の石よりどうでもいい代物が、彼女を止めていた。

結局、人気の無い橋の下に落ち着き、目を閉じて5分と経たずに眠りに落ちた。

目覚めは重く、体は痛い。午前、5時少し前。犬の散歩や早朝ウォーキングなど、健康と覚醒にはもってこいの日常に捉まる前に離れよう。少女は、昨夜のうちにそう決めておき、携帯のアラームをセットしておいた。ゆっくりと体を動かし、白く曇った空を見上げ、ため息を一つついた。スポーツバッグを背負いなおし、昨夜歩き回った時に見つけた公園の、水のみ場で顔を洗い、喉を潤した。また、流浪の時間が始まる。

午後一時。流石に24時間以上、何も食べていないとおなかがすく。適当な、それでいて値段の安そうな店で何か…食べよう。そう考えていた少女は、7分ほど歩いたところで、小さな定食屋を見つけた。「…あれ?なんだか…」少女は、何か分からないが、周りの風景をよく確認してから定食屋へと入っていった。

「…A定食」 12時台に比べれば、客足は遠のいているとはいえ、店の中にはそこそこに客がいた。少女は、注文が来るまでTVでも見ていようと顔を上げた。もしかしてニュースが報道され、周りの客や店員が少女を怪しみ、正義感でもって捕まえて。などと想像して楽しんではいたが、期待に答えず、TVでは陽気な男性とゲストが、サイコロの目でトークする、ライオンの着ぐるみが印象的なお昼の定番が、明るく代わり映えの無い日常のように流れていた。「はい、A定おまち」割烹着を着たおばさんが、少女の前にトレーを置く。見ると、ご飯は大盛り…いや、山盛りと言うべきか。それに、メニューの写真には無い品が乗っており、全体的に若干多めな量があった。「あの…?」「ダイエットだかなんだかわかんないけど、あんた酷い顔して。 ちゃんと食べないと体壊すでしょ。ああ、勘定は変わんないから、食べれるだけお食べ」少女が尋ねるより早く、おばさんは少女の疑問に答えてくれた。「そうそう。譲ちゃん、おじさんのカツもやろうか?」と、店の中にいた客…というか、ほとんどが彼女の父より年上なおじさんではあるが、ほぼ全てが異口同音に彼女を心配してきた。「あ、あの。大丈夫です。あ、ありがとうございます」と、一礼だけして、少女は千切りキャベツに箸を伸ばした。「しかし、学生はまだ学校があるんじゃねーのか?」味噌汁を飲もうとした少女の腕が、その声に止まる。「まぁ、家出か何かじゃねぇかな。足元のでっかい鞄に疲れた顔。それを見りゃあ」別の声で、擁護が入る。な、と同意を求められる言葉をかけられたが、少女は、はぁ。と曖昧な声で返した。正直、今は食べるのに集中していたかった…

お茶を飲み干し、一息つく。トレーの上の皿には、ほとんど残っていない。少し眠そうな瞳をしつつ、少女は遠くの梁を見上げていた。やがて視線を降ろし、ゆっくり椅子から立ち上がり、古いレジスターの前に立った。「はい、390円ね」おばさんは手馴れた様子でレジを打つ。少女は、サイフから某医師の絵柄の札を取り出し、支払った。「で?お譲ちゃんは何処まで家出する気だい?」と、引き戸を開けようとした少女の背後から、男の声が掛かる。少女はそれを無視して歩こうとしたが、「大きな街に行くのなら連れて行こうか?トラックの助手席で悪ぃんだけどよ」その一言で足を止めた。「…その、どういう意味ですか?」警戒心を露にし、少女はややにらみつけるような目つきで振り返る。「なに。頷いてくれる程度でいいんだが、話し相手がいないと眠っちまいそうで」警戒を解かず、少女は中年の男を見続けた。やがて、何故だかわからず。おそらくは相手の心底親切そうな笑顔に、彼女の警戒心が解かれていき、少女は近くに駐車してあったトラックに乗り込んだ。

最初の一時間は、ぎこちないながらも話し相手をしていたが、次第に少女は舟をこぎ始めた。 …再び少女が目覚めると、街燈が暗い夜を否定するような、人工的に満ち溢れた街だった。

「あの…すみませんでした。最初に話し相手になるという条件でしたのに」助手席から、道路に降り立って、少女は運転席の男に謝った。「なぁに。ま、家出もいいが、親御さんには心配かけられすぎるなよ。じゃな」と、陽気な笑顔を残し、大型トラックは交差点の向こうに消えた。「……あの男は、私がいなくなったら心配してたかな」少女は、冷たく笑うと、繁華街へと歩いていく。

スーツ姿のサラリーマン、制服姿の学生、駅前で誰かに向かって歌うシンガー。その中で、殺してやりたい人がいる。という人間は少なくはあるまい。しかし、実際にそれをしたのは、くだらない私だけだ。 …少女は、雑踏の中で自嘲していた。「少し…休もう」睡眠時間だけを未知数に方程式を解いて、疲労に対するマイナスとはならない。少女は、確かに疲れを感じていた。広い駅の、開いているベンチに腰掛け、行き交う人をただ見ていた。目を閉じ、息をついて思い耽る。目の前を通り過ぎる人のように、いくつもの考えが頭をよぎる。やがて一つ頭を振ると、何かぶつかる音が聞こえ、そして…膝の上に勢いよく突っ込んできた少年が一人… 「いて…ってぇ………て、すすすす、すいません」と、突っ込んできたときと同じくらい勢いよく、少年は頭を上げる。少女は、その顔に、見覚えが、あった。「ど、どうも。荷物蹴り飛ばしてしまい……て、あれ?見覚えがあるようなないような…」「…小村、司」少女がぽつりと呟くと、それがビンゴと少年の顔が物語っていた。「やっぱり…どこかで会った人…なんだよね?」しかし、少年…司は分かっていない様子である。当然だ。いくら似ているとはいえ、彼の記憶──つまり中学時代、この蹴り飛ばしたスポーツバッグの持ち主は男であったのだから。「そうか、そういやお前はこっちほうの高校受験したんだっけ」「そうだよって、待った勝手に話を進める前に……どちらさんでしたっけ?」少女は笑いながら答える。「藤野 真。…お前の記憶に残っているころは学ラン着ていたしなぁ」司のその時の顔を表すのに、『開いた口がふさがらない』という言葉がどこまでも似合っていた。

「……で、マコトは何してるの?」真(シン)は、極一部の親しい友人には、マコトと呼ばれていた。逆に言えば、それは相対的に分かるパラメーターでもあった。その、女性にも通じる呼び名を、いわゆる不良というカテゴリーの同級生が、冗談半分で言った時、真は学校の廊下という人目につく場所で、相手を病院に送るくらいにボコボコに殴りつけた。当然、初対面の人に対しては暴力的にならないが、3回目以上であると容赦はしなかった。「………何に、見える?」真は、何と答えるべきか迷った。正直に、『人を殺して逃げてきた』と、親しい旧友に白状するべきだったのかもしれない。「あのお父さんかに愛想を尽かしたか、買い物。かな?」現実的に考えればそうなるだろう。殺人──いや、犯罪はと言うべきか──は禁忌だ。『通常』には無い。「それで、今日の宿はどうするの?今から電車乗り継いで、終電までで向こうにつけるかな…」「宿?ないさ。そのあたりで寝るか、少し高いがラブホテルならいろいろと楽だな」旧友。ということもあり、真の言葉遣いは男に戻っている。「無いの?だったら俺んとこ来る?ボロいアパートだけど。一晩の宿とあまり美味しくは無いご飯くらいなら」「ほぉ。女の俺が、男の部屋に」「いいい、いやいやいや。それは…」「はは。ジョークだよ。お前は俺を襲わないと思う。仮に襲われても、悪いが腕っ節なら負ける気がしない」司は指で額を押さえていたが、すぐに真のスポーツバッグを持つ。「じゃあ行こうか。ちょっと歩くけどね」司の優しさに甘え、真は身長の低いはずの彼の、大きく見える背中を追っていった…

「ふぅ。ただいま」古そうな木製のドアの鍵を開け、司は1Kの部屋に入っていく。「…お邪魔します。かな」司の後に続き、真が入る。部屋の中は、予想していたより片付いていた。「さてと、食事にする?お風呂にする?」首をかしげ、司が尋ねてくる。真はそれに、すぐには答えなかった。司はそれを不思議に思い、どうしたのか尋ねると、「いや、その次に、『わ・た・し?』と続くのかと待ったんだが」と真は答え、その回答に司は苦笑以外のリアクションができなかった。

「とりあえず…シャワー、借りてもいい?」と、男としてはやや長い、しかし女としてはそうとは言えない髪をなでながら、真は尋ねた。「うん。そこがお風呂……と、トイレ。ゆっくりして」ありがとう、とだけ言うと、真はそのままドアの向こうに消える。昔は男であり今もあまり女として見てはいないつもりであったが、司はつい衣擦れの音に耳を立てていた。「ああ、しまった。悪い司、替えの下着取ってくれ」「うん、おっ……けくない」何気なく頼まれ、何も考えずにスポーツバッグを開けた司は、目の前の女物の下着に固まってしまった。「あ、あわわわ…そそそ、そうだっけ。いいい、いいか。落ち着け俺。 そうこれは友人が頼んだ、何気ない事柄なんだ。さぁ、さっさと……  …しししし、下着を取ってだな」しかし司は石化している。司は動けない。ターンエンド。真のターン。真は下着だけの姿でバッグから替えの下着を取った。司に1000のダメージ。司は鼻血を出した。「マママ…マコト?」声が裏返っている。「…そら、ティッシュ。鼻だけでなく、別のところに使用してもまぁ、私は気にしなくてよオホホ。 いつになってもからかいがいがある奴だよお前は」楽しそうな笑顔を浮かべ、真はティッシュ箱を司に放り投げ、風呂場に戻っていった。

真がシャワーを浴びて出てくると、司は顔を真っ赤にしながら料理をしていた。「…司、つまらないことを聞くが」湯上りで、白い肌が上気している。並みの生まれつきの女の子より可愛く艶かしい少女。としか表現できない真に、「お前って、童貞?」と、はっきりとオブラートに包まず言われ、司は頭に血が上りすぎて立ちくらみを起こした。「えと…一応、経験済みです、はい」「そうか。いや、私程度であれだけ挙動不審になったから疑問に思ったんだが…まぁいいか」真は自分を過小評価して…いや、し過ぎている。とは恥ずかしくて言えない司であった。「テレビ勝手に見るけど?」いい?とは口にしなかったが、司が、うん。と言うのを待って、真はリモコンのスイッチを押した。 2,3、チャンネルを変え、某国営放送のニュース番組が映し出された。画面が切り替わり、ローカル放送局からのニュースの時間となり、その地方の事故や事件、行事が報道されていた。、「で?初めてのお相手は?」「えっと…こっちの学校に入ってから知り合った女の子で、クラスメイトなんだけど。 おとなしめというか、穏やかと言うか。俺より少し背が高い女の子」司の、小さい声での告白をニヤニヤしながら聞いていた真が、ふとシリアスな顔になる。大きくはないマンションが、目の前の道路から撮影され、テロップに『団体職員、藤野 勉(37)の自宅』と表示されていた。「これってマコトの…」『昨日夕方、警察に「死体がある」と通報があり、駆けつけた警察官が、自宅マンションで血を流して倒れている藤野さんを発見。 藤野さんは死亡しており、警察は行方不明の息子、藤野 真さんを捜索しています。 次のニュースです…』司は、口をあけたまま。包丁を握ったまま。映像も報道も変わってしまったテレビを見つめていた。「……どういう、コト?マコト…」 …司の声は、震えていた。

「お前が想像してる通りであってると思うぜ?私は悪いが黙秘する」「俺が想像してる通り?マコトは父親を殺して、逃げてきた。その通り?」宣言したとおりに、真は答えない。ただ、その肩は小刻みに震えているように思えた。「…否定、してくれないの?」次第に司の声も涙混じりになってくる。「否定すれば、司は信じるの?『ああマコトは殺人者じゃないから信じれる。なんだ嘘だったのかー』って言うの?」唐突に訪れる沈黙。真は、深くため息をつくと、司の携帯を取り、3つの数字を入力する。「…リターンを押せば警察にかかる。そして、『藤野 真という犯罪者はここにいます』と、治安維持に協力しろ」司は、ネジが切れた人形のように動かない。ただまな板を見つめ肩を震わせていた。「…はぁ。ここに置いていくからな。私は…意地汚いが逃げるとする。騙してたみたいで、ごめんね。 司。……バイバ──」別れの挨拶を言い終えるより前に。真はその手首を捕まれた。「マコトぉ!」司は、真の胸に飛び込み、子供のように大声を上げて…泣いた。

「…普通、泣くのは女の特権な気がするんだが」 1時間くらい泣き続けた司の顔を見ながら、真はため息混じりに第一声を放った。「で?どうする…いや、どうしたいんだ?自首?逃亡?あるいは、自殺?」「そうだね、とりあえず…俺はマコトのことを警察に言うつもりは無いよ」それは、ジョークを言っているような顔ではなかった。「殺人者を庇うのか?私が捕まったら共犯で罪が付くかもしれないのに?」「だからこうする。俺は、マコトが殺人者だとは知らない。警察が俺をつかまえて、藤野 真について説明し、尋ねてきたら答える。 でも、同時にマコトにもそれを伝える。多分、マコトは逃げると思うから、少しは時間を稼ぐ。 プラマイゼロ…というよりは少しマコトに厳しいかもしれないけど、このスタンスで行くよ」真は呆れ顔で息を吐く。司は、台所に戻って、インスタントコーヒーを手早く2つ作り、6畳の部屋の中心にあるテーブルに置いた。「それで、当のマコトはどうするの?」スティックの砂糖を2本とミルクを入れ、スプーンでかき回しながら司が尋ねる。「ベクトルは5本。自首する、自殺する、行きたいところに行ってのたれ死ぬ、 この街で身を隠し生活していく。他の街で身を隠し生活していく」真もミルクだけを入れ、広がる白い波紋を見つめていた。「そのうち、自首と自殺は無い。残った3つのうち、お前が通報していれば、のたれ死ぬのが関の山だったろうが…  とりあえずはこの街に留まろうと願ってる。アパート借りて、アルバイトして」猫舌なのだろう。司は何度もふーふーと冷ましてから一口ずつコーヒーをすする。「しばらくはこの部屋使って。鍵も合鍵を渡すし。そうだ。ご飯、途中だったっけ。すぐ作るね」テーブルから立ち上がり、自分のカップを持って、司は台所に小走りで戻っていく。「…ごめんね…司」大粒の涙が、少女の手に落ちていた。

「それにしてもさ」簡単な炒め物ではあるが、味は悪くない。若干、味付けが濃い気もするが、薄口派ではないので、文句は無い。「マコトはテレビを変えてたけど、アレが報道されるって分かってた上で、あえてニュースを選んだんだよね」「そりゃ、大切な友人に隠し事は出来ないし、殺人鬼なんてどう取り繕っても、世俗からは離れた存在だから。 …多分、叱って欲しかったんだと思う。それと、自分の口から言うのが怖かった…そんなところかな」そう言って、真は小さく笑った。そうして、許されるはずもない想いを…無意識に思ってしまった。 ──ああ、私が生きていたいと思ったのは、この暖かい時間のためだったのか。と。


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最終更新:2008年09月17日 18:32
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