342 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 16:48:17.09 ID:H+eBju3Y0
「ようやくできた・・」
エンターキーを押すとパソコンの画面に映し出してある活字の塊をじっと 見つめる。この活字の中に物語が動いているとも過言ではない人の創造に よって物語は増幅されて個人の興味を刺激する。文字はそのきっかけに過ぎない・・
活字の列の中から物語を生み出して読んでいる人を喜ばすのが私の職業だ。 あ、自己紹介が遅れた。私は中野 希・・職業はしがない小説家だ。こう見えても 連載中をもっており、何とか小説で食えるほどの収入を得ている。
大学在学中に興味本位に書いた小説を出版社に提出したのがきっかけだった。 何をどう興味を抱いたのか、小説は好評で箱積みされたファンレターが自宅に まで届いたことがあった。ファンレターの存在というのはやはりうれしいもので、 初めて手書きの文字の温もりを味わったものだ。そのファンレターをもっと 増やしてみたいという意欲でこの仕事を志したものだ。在学中に妊娠という 最大の出来事が起きてしまったが・・未来の旦那と何とか産む方針を固めている。
未来の旦那のほうも職を見つけてくれたようで、何とか安泰してもいいのかな?
343 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 16:50:44.39 ID:H+eBju3Y0
「さて、後は原稿を担当の人に出して仕事は終了。連載ものの最終回だから結構凝っちゃったな・・」
小説を書くのは楽そうで意外に疲れるものだ。 短編ならすっきりと書けるのだが、長編となるとあらかじめにプロットを立てないと なかなか書けないものだ、それにちゃんと話をこまめに見ないと設定に矛盾が 生じて書き直しになってしまう。話に矛盾を残すのは私の性分としては 余り好きではない、こんなところはママに似たんだなっと思ってしまう・・
「それにしても、今日の小説は大丈夫だったかな・・ 何せ元男っぽい名前で元男と間違われる女の話しなってちょっと無理あったかな」
改めて小説の完成度を見てみると伏線をうまく回収しているとか、すべてを満遍なく 表現しきっているか入念にチェックした。物語というのはうまくストーリー組み立て ながら自分をどううまく表現するか・・口で言うのは簡単だが、実際にやるのは かなり難しい。
それに、小説を書く上で何よりも大切なのは読者の心にうまく入ってるのか? 小説をすべて書き終えると、私も一読者として作者としての自分を封じ込め ながら自分の作品をじっくりを見てみるが・・つい、書いたときの心境を 思い出してしまう。書き手である私は物語のすべてを知っているため、極力は 作者の自分を押し殺すのだが・・どうもついぼろが出てしまう。
まぁ、自分で見るには少し限界があるのかもしれない・・
344 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 16:53:26.93 ID:H+eBju3Y0
「まぁ、起承転結はうまくいってるみたいね。 文の流れもあらかた問題ないし、伏線もほとんど残さずに回収している・・
後はバックアップに書き込んでこれを出版社に送ってと」
私はパソコンとバックアップに小説を保存すると、書き上げた今日の 小説をデータにまとめて出版社にメールで送った。 今の時代、技術もかなり進歩したようでワンタッチで出版社にメールを 送ればこうして仕事を完了することとなる。 後は担当の人と次回作について話せばならないが・・まぁ、これは 何とかなるだろう。そんなことを私は考えていると、お腹の中にいる 新しい命がそれに反応するようにピクッと反応を示した。
345 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 16:55:28.34 ID:H+eBju3Y0
「妊娠したときはどうしようかと思っていたけど・・ なーくんもうまく仕事を見つけてくれたようだし、今はこの子を産むことに意識しなきゃね」
妊娠が発覚したときはかなりの驚きものだったが、折角できた2人の 間の命だから何とかこの世に生したかった。2人でできるだけ相談しあって 家もでる覚悟を辞さなかった。
当然双方の両親の話し合いは壮絶なものだった。 特にママと親父がかなりの剣幕のままなーくんを圧倒させたのを覚えている。 だけど2人の目はかなり真剣で見るものを体の底から圧倒させるような雰囲気を だしており、目の前にいるのが本当に自分の実の親なのかと錯覚を覚えたぐらいだ。 彼のほうも流石に私の見込んだだけのことはあってか、ちゃんと2組の 両親にしっかりとした眼差しで応対していた。 2組の両親は私たちに支援は一切しないという条件を提示して話に蹴りをつけた。
それから私たちは互いの家を出て何とか自分の家を見つけた。 幸いバイトはしていて余りお金に手をつけていなかったので蓄えはかなりあり、 当分は食いつないでいける。 だけど世の中そう簡単にうまくいくはずがなく、今の軌道に乗る前は 1ヶ月1万円生活をしなければギリギリと言うかなり苦しいものであり、 所詮はバイトの蓄えでもすぐに底をつくのが見えていた。
だけど私たちは何とかめげずに必死に苦労を重ねながら今の生活を 手に入れた。将来、この子には私たちのようなこういった苦労は絶対に 味合わせたくないという決意が芽生えている。
それだけはこの子の母として切なる思いで一杯だった・・
346 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 16:59:07.22 ID:H+eBju3Y0
そんなことをふと思い出していると電話がかかってきた、電話に出てみると 予想より早く担当の人からであった。話の内容からしてどうやら次回作の 打ち合わせらしい。 しかし、先ほど書き上げたばかりなのでそう簡単に次回作など頭に入ってこなかった。
「――いきなり次回作ですか!! ・・まだ書き上げたばかりでアイディアのほうもまだ煮詰まってもいないし」
“でも、希さんの作品は高い評価を受けています。こちらの都合としては早く次回作のほうを・・”
「いくらなんでもそう簡単には・・」
“・・じゃあ、女体化ものなんてどうですか? 一時期は流行っていたけど病気がなくなった影響で激減していますしここでリバイバルを・・”
「女体化ですか!!確かに今は女体化の小説が激減していますけど・・ 今の状況だとヒットするかどうか不安です。
- それに今は大学と平行してやっています。卒業したら何とか時間の余裕ができると思います」
“そちらの事情はわかりますけど・・近いうちにまた話しましょう”
強引に電話を切られると次回作についての原案を考えなければならなくなって しまう。だけどそうそう簡単に考えが出るものじゃない大学の授業もこなさなけれ ばならないし、それに・・出産だって控えてる。 今までのように私に小説を書く時間なんてない・・それに、女体化という言葉を 聞くと、どうしてもママのことを思い出してしまう。
この世界にはかって私が生まれる前にある奇病があった。
347 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 17:02:11.96 ID:H+eBju3Y0
この世界には昔、15,16歳で童貞だったら女体化してしまうという女体化シンドノームという病気があったのだ。
その病気は当時の男性諸君を60年という長い年月で世界規模で世の男性を 苦しめたものらしい。その当時の小説をよく見てみると、圧倒的に女体化を 主とした恋愛ものの小説やドラマが多数あった。 しかし、その病気がなくなった現在ではすっかり為りを潜めており、女体化が 発見される前の極普通の恋愛小説が主流となっている。
その病気の当事者でない私は学校の授業とかで永延と聞かされたが 余り知識だけでは病気に関しては実感が持てなかった。だから私は自分の 両親が女体化だと全く関係ないまともだと思い込んでいた。 それが粉々に崩れたときにはかなりのショックと言おうにも言えない絶望感が 私の体全体を覆ってきた。一時はショックの余り何も手につかなくなった・・ だけど、徐々に周りの人の進言で今までの自分を見詰めなおしてじっくりと 考えた末に・・改めてママの事実を受け入れられたと思う・・そう思いたい。
「・・たまには、家に帰ろうかな」
ふと、重たくなった体を立ち上げると・・久々に実家に帰ってみようと思った私であった。
348 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 17:04:20.78 ID:H+eBju3Y0
現在の家から車を運転して数分という短い時間で私は懐かしの 我が家へと舞い戻ってきた。 ここ数年で車の技術進歩は格段に上がっており、妊娠している人でも 安全かつ安心に乗れる車がちらほらと出てきていた。
この車は偶然福引で当てたもので、当時では妊婦が安心して乗れるとの うたい文句があった話題の最新型の車だった。 幸いにも高校在学中に免許は習得していたので問題なく乗れていた。 でも、車を持つと税金とかいろいろ維持費が掛かるのでそこが悩みの種だ。 今は小説の収入となーくんの仕事で何とか食いつないでいるが、いつそれが なくなるかもわからない緊迫した状態だった。
「家っていいわね・・・妊娠して出た頃とちっとも変わっていない」
車を駐車場に止めると私は車から降りて、じっと懐かしの我が家を見つめて いた。実家は私の記憶と照らし合わせてもその姿は寸分も変わらずに立派に 家族を守っている。 この家は私が4歳の頃に親父が一気に奮発して建てた家だ。まだ幼かった 私は自分の部屋というものが持ててかなり有頂天になっていた。
そんなことを思い出しながら私は家のドアノブに手をかけた。
349 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 17:05:13.45 ID:H+eBju3Y0
「・・ただいま」
ふと、家に入るとやはりこの言葉が口から漏れる。 なんだかんだ言っても私はここの家の住人なんだと実感させられる 瞬間でもある・・
私は家に入ると、いつまでも変わらない姿でいてくれたママが私を出迎えて くれた。その姿を見た私は・・少し目が潤んできた。
「希・・おかえり」
「ただいま、ママ・・」
久々の対面に少し戸惑いを感じながらも、いつまでたっても変わらない 親の存在に心の安らぎを感じてしまった。
ママと適当にしゃべりながら家の中に入っていくと私は1つの仏壇の前に 立った。仏壇には線香の香りが漂う中、私は線香を炊くと輪を鳴らして そっと静かに仏壇の前に手を合わせた。
350 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 17:08:18.65 ID:H+eBju3Y0
「ただいま・・親父」
親父こと私の父でもある中野 翔、既にこの世にはいなく故人だ。 小さいころからよく遊んでもらって私が成長するたびにちゃんと距離を とってくれて接してくれていたので、不思議と喧嘩をすることもなかった。 だから、私は小さいころから親父が一番大好きだった。ママによると私は 小さいころから親父、親父と連呼していたらしい・・
そんな親父も私が小説家になったと同時にこの世から逝ってしまった。 死因は末期がんであの報告から親父の知らない間にガンはかなり進行して いたららしい、親父は会社をすっぱりと辞めて延命治療もせずにそのまま家族と 一緒に逝くことを選択した。 私もママのことからようやく立ち直っていたが、不思議と親父の逝く末を すんなりと受け入れられた。
351 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 17:09:05.98 ID:H+eBju3Y0
――親父が逝く時は私も溢れる感情を抑えきれずに泣いてしまったが、 あのいつも強くて親父をやり込めていたママが表情を変えるほどかなり大泣き していたのがかなり衝撃的だった。
それを見た時に私は涙を堪えるのに必死になりながら “ああ、これがママが親父に対する愛の深さなんだなぁ”っとしみじみと 実感させられながら親父の死を悲しんだ。葬式の時も私はなーくんに支えられ ながら泣き続けていたが、ママは涙が枯れたかのように泣き止むのを止めて じっと静かに淡々と葬式の様子を見守っていた・・
その日以来、どこかママは変わってしまって・・何年も続けていた合気道を ぴたりと止めて、明るかったママが極端に暗くなってしまったのが目に浮かぶ。 今こうしていつものように私に接してはくれてはいるが、私にとってはママが 無理して笑っているようにしか見えなかった・・
352 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 17:10:13.11 ID:H+eBju3Y0
「・・どうなんだ? ちゃんと生きてるのか」
「うん・・ママは?」
「俺はどうだろうなぁ・・ あいつがいなくなってしまってから、なんだか空が暗く・・冷たく感じてしまうんだ」
「ママ・・」
無理して話を合わせてくれているママを見ているのが私には堪らなく辛かった。 やはり夫婦の“片割れ”を失ってママの輝きは死んでしまったのも同然だ、常に 前に進んでいたママが突如としてその歩みを止めて停滞をしている・・
それだけ、親父の存在はママにとって大きなものなんだなっと自覚させられる。 経済的には親父の遺してくれた退職金と生命保険があって困らなそうなのだが、 それには最低限しか手をつけていないようだ。 一回、なーくんとブーンおじさんとツンおばさんがそんなママを見かねて 同居を持ちかけたが、ママは頑なにこの家を出ることを断っている。
本人曰く、“あいつのものは俺のものだ、俺は・・あいつが遺してくれたものと一緒に消え去る”らしい・・
353 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 17:12:44.30 ID:H+eBju3Y0
「フッ、不良界では恐れられた俺も時が経つと草臥れるもんだな。 あいつのいないこの世界・・どう過ごそうかな」
「・・この子が産まれたら、きっと親父だって天国で喜んでくれると思うよ。 だから、ママもいつもみたいに元気出してよ」
「孫か、俺もばあちゃんになるんだな。・・ちょっと待ってろ、いいものやる」
そういってママは物置のほうへと向かっていった。 親父の遺品はおおよそ整理されていたのでもうないのかと思っていたのだが・・ そんなことを考えていると、ママは少し草臥れたノートを抱えながら戻ってきた。 しかもそのノートにはなにやら見え覚えがあった・・
「ママ・・それは何? なんだか見覚えのあるものだけど・・」
「・・あいつの日記帳だ。これを見てお前が俺の女体化の事実を知ってしまったら まずいからあいつが別のところに隠してあったんだよ。 前にお前が小学生のときにつけたことあったろ?」
「あ・・」
そうだ、あの日記帳は前にママと一緒にいたずら半分でつけたことがあった。 そのときはママにほかのページを見るなと厳重に言い渡されたのが 印象的だったのを覚えている。 当時の私はすんなりと納得してママの言いつけを守っていたのだが、 今考えるとまだ幼い私が親父の過去の日記帳を見てママの女体化の事実を 私に知らせないために厳重に言っておいたのだ。
354 名前: 大統領(広島県) 投稿日: 2007/04/05(木) 17:14:01.34 ID:H+eBju3Y0
「希、こいつはお前が持ってくれ。これはあいつの娘であるお前に持つ権利がある。 俺にはもう・・いらないものだからな。
それにあいつとの思い出は俺の胸の中に十分すぎるほどある」
「ママ・・」
私はママに日記帳を受け取ると自然と日記帳を持った手が震えて涙が溢れていた・・ それから数日してママが倒れて、私はこれを元にとある作品を執筆することを決めた。
そのタイトルは・・中野 翔の日記。
―fin―
最終更新:2008年09月17日 18:46