『中野 希』

18 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:27:59.92 ID:3BqimDNx0
私の両親は一言では表しきれないほど人物だ、親父は相変わらずの渋い顔つきに卓越した頭脳をフルに
駆使して会社の立場はかなりのものだと聞いているし、しかも体力もそこそこあって中年と言う年代に足を
突っ込んでもそれを感じさせないほどの力と若さを兼ね揃えている。
そしてママの方はそれ以上に反則的な容姿と美貌を今もあるもので実年齢よりも若い、過去に高校時代の
写真を見せて貰ったのだが現在と殆ど変わらずにいるのは正直言って卑怯だ。それに加えて高校時代から
やっていると言われる合気道の方も全く衰えを見せず知り合いからは化け物と呼ばれるぐらいまでの実力を
常に誇っている。だけども本業である主婦の方もきっちりとやっているので悔しいほど完璧だ・・だけども
両親は娘である私に何かを隠しているような気がする、それが判明するのはまだ大分先の事になってから・・

これは私・・中野 希が中学3年生のお話。


「中野、進路はどうするんだ? お前は進学クラスの中でも成績はぴか一だからな」

「そうですね・・」

中学3年である私にはちょくちょく出始めた進路の話が一気に出始めて少し戸惑い気味だ。担任の先生は
かなりの上位である高校を指定してくるのだが、今の私の成績だと合格できるのか少し不安だ・・成績なんて
判断基準にしては曖昧だし私自身も自分にどのような才能があるか未だに良く解らないのだ。今自分の所属
しているクラスは進学を中心としたもので勉強の要領とかも他のクラスと比べて半端なく私はついていくのが
やっとだと思っているほどだ、勉強の方も中学を通り越して高校のをやっているのだけどもそれだけで頭が
良いとは思われたくはない・・それにナンバーワンよりオンリーワンのほうが気楽で私らしく楽しめる。



19 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:30:40.70 ID:3BqimDNx0
「それか、大学へ行っても良いと思うぞ。今は昔と違って飛び級もある程度は認められている・・
それにお前の成績なら文句なしだ、校長や教頭も推薦状を書いてくれるだろう」

「ちょ、ちょっと先生・・待ってください!! 
私は確かに進学クラスに在籍してますけどそこまでの才能はありません。勉強だって毎日予習と
復習をしているだけですし・・」

「それが成果となって今の成績に表れてるじゃないか」

確かに私の成績表を見ると教科事に優秀を表すAが全て表記してあるのだが、見ているだけでどうも
きねくさいものを感じてしまう。確かに先生の言う通りに今は昔と違って飛び級もある程度は認められ
ており、年に何人かは中学を出てすぐに大学進学をしている人はいるのだけれども飛び級とだけあって
その基準は頗る厳しく成績とかも優秀だけでは話にならないのだ。

私の才能だけではどうこうできる話ではない、それにそういった人達は私みたいに毎日予習と復習だけで
はなく独自で新たなる式や物事を学んでいるのだろう。

「まぁ、時間はあるので両親と話してみます・・」

「そうか・・いい返事を期待するよ」

少し残念そうな顔をした担任の先生をバックに私はゆっくりと立ち上がり教室から去る。


21 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:34:15.17 ID:3BqimDNx0
学校が終わって私はいつものように寄ってくるストーカー集団を片付けるとそのまま幼馴染とも会わず、自宅には
帰らずにとあるとこへ向かう。一見すると何の変哲もない所だが私の良く知る人物が住んでいる、よく知る人物とは
いっても親戚なので気兼ねする仲ではないのは確かだ。いつものように渡された合鍵で自宅の中に入って台所で
くつろいでいると私の来訪に合わせてこの家の住人が出迎えてくれる。

「あっ、希ちゃん。いらっしゃ~い」

「お姉ちゃん。お邪魔してるよ」

彼女は椿お姉ちゃん、親父の妹で旧姓は中野。血縁上だと私の叔母に当たる人なのだがいつからかお姉ちゃんと
呼んでいたらそれが定着してしまって今に至る、もっともまだ小さい頃に私が叔母さんと言ったのが遠因と言うの
らしいが真相は未だに良く解らない。
それでも私は昔からお姉ちゃんには可愛がられた記憶はかなりある、小さい頃などは凄かったらしく当時は大学生で
あったのにも関わらずに来訪するたびに必ずおもちゃを買って私に手渡したものだから親父やママはかなり頭を
抱えていたらしい。それに私が小学校の頃にはママの代わりによく授業参観に来ていた事もあったので何かと
思いで深い人だ。

「最近来ないから寂しかったわよ。まぁ、中学生だから仕方ないけどね」

「何なのその理屈、まるで私が遊び呆けてるみたいじゃない」

「大体の中学生はそんなもんよ。しかしあんなに小さかった希ちゃんがもうちょっとで高校生なんて・・時代は早いものね」

云々とうなづきながらお姉ちゃんも冷蔵庫からジュースを取り出して一気飲みすると私同様に台所でくつろぎ始める。
そう言えばお姉ちゃんの中学時代は極平凡としたものだったと親父からはよく聞いているが当の本人は少し苦笑
しながら語ってくれた事もあった、しかしその過去を語るたびにお姉ちゃんからは苦難と言うか・・なにやらもの
すごい苦労をしていた感じがする。



22 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:37:32.84 ID:3BqimDNx0
「そういえば帰宅が早いようだけど・・仕事はもう終わったの?」

「実は私が受け持つ予定だった子が風邪でお休み。
やることなかったから帰ってきたわけ、悲しむべきなのか喜ぶべきなのか・・」

お姉ちゃんは専業主婦の傍らに副業としてピアノスクールの講師をしている、こう見えてもお姉ちゃんはピアノが
大の得意でその実績も凄い物で小さい頃にはコンクールも受賞していたと聞いた事がある。それに小さい頃に
遊びに行った時はよくピアノを弾いてくれたので今でも大好きな音の一つで魔法みたいだった、今でもその勘は
鈍ってはいないようで何曲かは弾いているようだが本人はそれ以上の事は出来ないという。

「お父さんとお母さんは元気? 最近忙しいから点で会ってないわね」

「うん、2人とも卑怯なぐらい若いわよ」

「大学生の頃より少し老けたって感じだもんね。下手すりゃあの2人だけ一生あのままかも」

「お姉ちゃん・・冗談にならないこと言わないでよ」

私の両親はもうそこそこな歳なのに20代を維持したままの容姿が今も続いている、特にママなんかは高校生の
制服着ても全く違和感がないし下手して文化祭に紛れ込んでいたらミスコンでエントリーされそうだ。



23 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:40:27.39 ID:3BqimDNx0
「ゴメンゴメン。それじゃお詫びの印に我が家の音楽室でも行きますか。子供達もまだ帰らないし」

「うん」

お姉ちゃんがスッと立ち上がるのを確認すると私もそれに合わせて歩調を合わせる。お姉ちゃんの家は
一軒家だけども音楽室と名付けられたピアノ専門の部屋がある、この部屋にはピアノしかないのだが
壁は防音のを使用しているのでいつでも音楽をする事が出来るので講師をして趣味にしているお姉ちゃんに
して見ればこの環境はまさに夢のようだろう。

カギを開けるとそこには綺麗な景色と一つのグランドピアノ・・これはお姉ちゃんが昔から使っていた代物で
調律もちょくちょくしているようだ。お姉ちゃんは試しに高速の猫踏んじゃったを弾き終えるといつものように始める。

「さっ、久々にやりますか」

「何弾くの? 昔みたいに童謡、それとも最新の曲?」

「そうね・・久々にクラシックにしようかしら」

「おおっ! 何だか難しそうだけど大丈夫なの」

「大丈夫よ。子供の頃から嫌なほど弾かされたから」

そう言ってお姉ちゃんは華麗な指先で鍵盤に触れると瞬く間にベートーヴェンの曲を弾き始める。小学校の頃に
音楽の授業で聞いた時は壮大でスケールが大きかったのが記憶に残っているがお姉ちゃんが弾いている曲も
全く同じでしかも近くで聞いているからスケールもものすごいものだ。
やっぱりこれが音楽を聞いて即座に弾けれると言われる絶対音感の成せる技なのだろう、楽譜も見ずに自分の
記憶だけ頼りにしながら弾いているのだから凄いものだ。この才能をフルに活かせないのは
なんか惜しいような気がする、お姉ちゃんはあらかたのクラシックを弾き終えると少し指を休めてのんびりくつろぐ。



24 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:41:39.47 ID:3BqimDNx0
「どう?」

「す・・凄いよ!! 楽譜も見ないと弾けるなんて・・」

「昔から弾かされてたから自然と体が反応したんじゃない。さて・・楽譜もそこらにあるから希ちゃんも弾いてみる?」

「でも暫く弾いてないからうまく出来るかな・・」

「大丈夫よ。基本はしっかりと教えたつもりだから」

実は小学校の頃に私はお姉ちゃんからピアノを教わっていたので先のお姉ちゃんのようにはいかないものの
楽譜さえあれば一通りの曲は弾く事が出来る。提案したのは親父でその理由はと言うと表向きは音楽を通して
自主性を育むというのだが、本心は趣味が格闘技だけでは先が思いやられるのと少しでも女の子らしい趣味を
持って欲しいという父親的なものだと私は推測している。

だけどもピアノのおかげで小学校の時に行われていた合唱大会などは弾かされる事が殆どだったので目立た
なかったのには感謝しているのだが、もう数ヶ月も鍵盤に触れていないのでうまく出来るかどうかよりも感覚は
在るのかが不安だ、お姉ちゃんはそのまま適当に楽譜を取り出すとそのままピアノにセットして準備を整える。

「よし! じゃあ、ぱぱっとやっちゃいなさい」

「じゃあ・・行くよ」

楽譜の曲は昔流行ってヒットした曲、何度もリメイクされているし音楽の教科書にも載っているので少しは
気楽に慣れるのだが・・どうも複雑な気持ちが入り混じる中で私はゆっくりとピアノを弾き始める。


26 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:43:09.40 ID:3BqimDNx0
数分後、少しばかりの疲労感と達成感を同時に感じながら一息つく、全体的に弾けたとは思うが微妙な
強弱が少し甘かったのが心残りだ・・やっぱりブランクと言うものを感じてしまう。

「まぁ、そんなに弾いていない割には全体的な酷くはないわね。強弱は少しアレだったけど素人相手ならわからないわ」

「久々に弾いたけどすんなりやれたわね」

「私の教えが良かったのよ。基本は出来てたから大丈夫」

確かにお姉ちゃんが講師をしてくれた時はどのように弾けばいいとかの教えではなくリズムや音符の
意味など基本的な事を重点的に鍛えられたのでそこらへんが活かされているのかもしれない。

「でも希ちゃんはあの2人の娘だから段違いに飲み込みが早いのが助かったわ。
極めれば私超えるかもよ、希ちゃんは優秀だし」

「・・そうかなぁ」

「ん? どうしたの・・」

「まぁ、ちょっとね」

優秀と言われると少しさっきの出来事を思い出してしまう、どうも自分が優秀だと言われると何ともいいようのない感じだ。



27 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:43:58.83 ID:3BqimDNx0
「ふーん、あっ!! もう少しで子供も帰ってくるしご飯の仕度しなきゃいけないから・・
悪いけど子供達の面倒見てくれる? 晩飯ご馳走するから」

「でも旦那さんは大丈夫なの?」

「ああ、あの人は出張だから当分帰らないの。それに子供達も希ちゃんがいてくれると大人しくなると思うから」

「う、うん。わかった・・」

少しばかりの空返事の後、久々にお姉ちゃんの自宅で過ごすこととが決まる。




28 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:45:15.18 ID:3BqimDNx0
「あ、もしもし聖さん。ちょっと希ちゃん預かるけど大丈夫? はいはい・・わかったわ、それじゃあね」

「どうだった?」

「大丈夫よ。“椿のところなら安心だ”って言ってたわ」

そのままお姉ちゃんの家に居座る事となった私は少しばかり戸惑いながらものんびりさせて貰う。
それにまだ幼い従兄弟たちも見知った顔なので今更気兼ねする必要もないのでのんびりと過ごせる子供は
好きな方だし・・

「希ちゃん、ここ教えて」

「あっ、はいはい」

「希ちゃん・・私はここ教えて」

「ちょっと待ってね」

この頃の子供と言うのは本当に凄まじい、遊び盛りと言ってしまえばそれまでだが付き合う方からすればかなりの
労力があるのだがそれでも楽しいのは私だけではないだろう。遊びタイムも終わって今は宿題の真っ最中、私も
一緒に勉強の傍ら面倒は見てあげているのだがどうも勉学は苦手なようなので少しばかり教え甲斐があるものだ。



29 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:46:48.55 ID:3BqimDNx0
「えっとね、ここはこうやるの。解り易いように絵で書くと・・」

「おおっ!」

「へ~」

普通に式を教えるのは簡単だけどもその後に覚えてくれるかどうかは別問題だ、こうやって解り易く絵に書いて
ゆっくりと教えるのと後々もすんなりと覚えてくれるので効果的な教え方だと思う。

「んで最終的にりんごはこうなるの。わかった?」

「「うん!!」」

「よろしい!」

やり方の原理も分かったみたいで子供達は再び勉強に移り、私も学校でやり残した宿題を片付ける。
お姉ちゃんの方は晩御飯の準備に忙しいのか台所でいそいそと料理を作っている、やっぱり主婦と言うのは本当に
大変そうだ。




30 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:48:04.06 ID:3BqimDNx0
ある程度宿題を片付け終えたのと同時に従兄弟達と共にしながらお姉ちゃんお手製の晩御飯を頂く、お姉ちゃんは
昔からなり崩し的に料理していたらしく見た目も味も悪くはないし何だか美味しい。

「美味しい? 聖さんと比べると少しあれだけど」

「そんな事ないよ。お姉ちゃんはちゃんと主婦をしているし私より凄い」

「まぁ、結婚してからこんなことが当たり前だからね。それにしても昔の希ちゃんだったら心配だったんだけどね~」

「え、えええっ!!」

少し吹き出してしまうが、小さい頃の私はなんら好き嫌いもなく普通に食べていたらしいのだが他人の料理を
一切食べる事がなかったらしく外食する時はかなり手を焼いたと周りから聞いた事がある。
まぁ、それも幼稚園を脱した頃から徐々に落ち着いて今では普通に料理も食べるしこうしてのんびりと会話を楽しむ
事が出来る。

「ま、まぁ・・昔のことだし」

「若いわね」

素直にお茶漬けを啜るお姉ちゃんを見ていると自分よりも大きなものを感じてしまうのであった。



31 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:50:04.30 ID:3BqimDNx0
楽しい時間はあっという間に過ぎて時刻はもう夜をとっくに過ぎる、従兄弟達は眠りについてそろそろ私も
お暇しないとまずい時間だ。

「ようやく寝たわ」

「それじゃ、私はそろそろ・・」

「今日はもう遅いから泊りなさい。聖さん達も納得するだろうし」

「でも・・」

「・・それにここに来たって事は私に話があるんでしょ?」

私のことを昔から良く知っているお姉ちゃんにはやっぱり適わない、私はゆっくりと今の自分の状況やそれに
伴う悩みを説明する。お姉ちゃんはビール片手にじっくりと聞きながら頷いてくれる・・



32 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:50:54.35 ID:3BqimDNx0
「へー、特待生での大学進学・・あのお兄ちゃんの才能が開花されたのね。
悪い話でもないし大学行ったら一流企業へのキャリアコース確定でいいんじゃないの?」

「うん。そうなんだけどね・・」

「専攻はどこ勧められたの?」

「まだ解らないけど。英文科か国文科・・それに理系も勧められてる。まだ具現化はしていないけど」

大学と言うのは理系と文系で進路先が異なるものでそれに伴う勉強も多いに違ってくる、しかし私としては
まだ中学3年生・・自分がどんな分野が得意でそれをどのように役立てるのかは全く良く解らないのだ。

「でもまだ私自身、進学してもなんて言うかそこまでして高度な知識を吸収するのは興味ないの。
何かを学んで自分に活かしたいという気持ちはあるけど・・」

「そっか、ちゃんと自分の事考えてるんだね」

「そういえばお姉ちゃんって大学はどこなの? もしかして音大??」

お姉ちゃんには余りある音楽の才能が備わっているのできっと音大に進学をしているのだろうと思っていた
のだが、お姉ちゃんからの返答は意外なものだった。


34 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:53:12.50 ID:3BqimDNx0
「・・音大には行ってないわよ。行かなかったってのが正しいかな」

「えっ・・嘘でしょ?」

「本当よ。理系で専攻は~・・忘れちゃった♪」

意外だった、絶対音感と記憶力が優れているお姉ちゃんなら音大を卒業しているのかと思っていたし今はこうして
ピアノの講師をしているがいずれは本格的な音楽活動をするのかと思っていたぐらいだ。
そんなお姉ちゃんがまさか音大を出ていないとは信じられなかったし今からやってもいい結果を残せると私は
思っていたのだが、お姉ちゃんはビールを飲みながら少しばかりだんまりしながら缶に残っていたビールを
一気飲みすると昔の話を語り始めた。

「あれは・・小学校中学年ぐらいの頃かな。幼稚園の頃からピアノを始めてコンクールとかでも色々受賞したわ。
黙々とピアノの練習をしてリズムや音程の違いや強弱のつけ方といった基本的な事を身体に染み込ませて
毎日ピアノと向き合っていつかは音大に進学してアーティストになれると確信してたわ」

「じゃあ、基本はバッチリじゃない。それに実績や経験も兼ね備えてる・・バッチリじゃない」

「そうね、確かにそうだわ。・・でもね、私は基本は出来てもその先の応用が出来なかったのよ。
いくら基本的な経験や練習をどれだけ重ねてもそれを実践してカバーする応用が出来なかったら意味がないわ。

それに私は音楽家として“決定的なもの”が不足してたの」

「決定的なもの・・?」

確かに基礎も大事だけど応用というのは凄い大事なのは私にも解る、しかし逆を返せば応用を生み出すのは
今まで自分が培ってきた基礎の才能と経験が物を言う。お姉ちゃんは今までの練習に加えて才能も経験も
あるから応用が出来なくとも悪くはないと思ったのだが・・お姉ちゃんからは更にその根底を覆す衝撃の一言が
付け加えられる。



36 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:57:05.18 ID:3BqimDNx0
「音楽に対する情熱と熱意・・希ちゃんの両親の言葉を借りたら“音楽だけで飯を食べて行けると言う確かな自信と覚悟”・・ね。

私はそれが不足してたのよ、私の周りには将来のために音楽で生計を立てようと自分を犠牲にして更なる練習と
経験を積んだり、ある人なんかは才能を必死に磨き上げて自分で曲を作っていたりしてたわ。
私には彼らみたいな音楽に対する情熱が全くなかったの、多分無意識の内に心の中で自分を蔑ろにして一途に
音楽に賭けていた彼らがバカらしく思ったんでしょうね。

それを痛感した私は中学生の入学を機にこれまでやっていた音楽から一戦退いて普通に高校を出て大学に
進学、そして後は希ちゃんの知るように企業に数年間働いて今の旦那と結婚したってわけ」

「で、でも・・」

「才能と経験があっても最後の決め手となるのは純粋な気持ちと情熱よ、特に歌手とかは人並み以上の
覚悟と情熱・・それに運がなかったらやっていけないわ。それを実感した私は夢を諦めてこうして主婦の傍ら
ピアノ教室の講師を勤めているわけ、決して華やかではないけどやりがいもあるし・・何よりも楽しいわ」

再びビールを手にお姉ちゃんは静かに飲み始める。
さっきの言葉に私は今の自分を少し照らし合わせて見る、確かに夢を叶えるには並大抵では収まらない
ぐらいの努力と生まれついた才能に加えて持っている天運が全て兼ね備えてないと話にならない、今の私には
努力はしているが才能と・・後は自分を犠牲に出来る勇気が一歩踏み出させずに入る状態だ。

しかしお姉ちゃんはビールを飲みながら少し笑ってこう進言してくれる。




37 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:58:03.02 ID:3BqimDNx0
「フフフッ・・でもね、この先何が起こるかは解らないわよ。
希ちゃんが特待生で大学に進学するのもよし、それか普通に高校に進学して自分を見つめなおして
固めていくのもよし・・自分の進路は誰にも言われず経験を積んで自分で決めるものだからね。

私が言うのもなんだけど希ちゃんには才能と実力の両方が兼ね備えていると思う、お兄ちゃんと聖さんとは
また違ったものを希ちゃんにはあると確信してるわ。胸張って自信をつけなさい」

「お姉ちゃん・・」

「さてっ! 辛気臭いお話はお終い、さっさとお風呂に入って眠りなさい」

「うん。・・ありがとう」

お姉ちゃんに全てを打ち明けてると何だか気が晴れてくるのがわかる、自分と言う存在がだんだんとわかって
きたような感じだ。自分の進むべき道は分からないけどそれでもゆっくり前に進む事は出来る、何故だか
解らないけどそれを確信できると言う事は今の私は自信に満ち溢れていると言う事なのかもしれない・・



38 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 01:59:24.32 ID:3BqimDNx0
翌日、学校が休みだったのも幸いしてのんびりと起きる事も出来たので朝食を作る事にする。
これでも泊めてもらったので一宿一飯の恩義と言う奴だ、まだ誰も起きていないことを確認すると家で作るのと
同じ要領で作業を難なく進める。
こう見えても昔からママには自慢の合気道と一緒に料理も習っていたのでデパートリーは広い方だと自負して
いるので冷蔵庫にある食材から適当なのを取り出して朝食を作る、冷蔵庫には卵とベーコンがあったので
ベーコンを乗せた目玉焼きに牛乳と卵と砂糖で味付けをしたフレンチトーストを同時に作り出す。
幸いにもフライパンが2つあったので難なく両方同じ時間帯に作る事が出来たので見た目と味は勿論の事、
温度の方も完璧だ。

「さてと、ご飯は無事に出来たわね」

会心の出来と判断するとお皿に移して寝室のソファで寝転びながら眠っているお姉ちゃんを起こす。
お姉ちゃんは完璧に熟睡して周りからはビールの缶が転がっているが従兄弟達を起こすのは良いのだが
寝起きが頗る悪い・・だからまずは母親であるお姉ちゃんを起こさないと収拾がつかないのだ。

「お姉ちゃん、朝よ。起きて・・」

「う、う~ん・・もう朝だったんだ」

「とっくにね、さてあの子達を起こしに行くわよ」

「へいへい、旦那に似て寝起きが悪いもんね」

少しばかり悪態をつきながらもお姉ちゃんと2人で従兄弟達を起こしに掛かる、それにしてもお姉ちゃんは
流石と言うか・・やっぱり母親なので起こすのにも手馴れている。



39 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 02:00:41.16 ID:3BqimDNx0
「まだ寝たい~」

「眠い・・」

「ハイハイ、さっさと起きて朝食を食べる。今日はお父さんが帰ってくる日でしょ」

「「あっ!!」」

父親と言う単語を聞いた従兄弟達は瞬く間に背筋をしゃきっとさせてそのまま顔を洗い始めて台所へと向かう。
あんなに寝起きが悪くて手の掛かる従兄弟達がこうも簡単に大人しくなるのかと思うと不思議なものだが
お姉ちゃんはクスクスと笑いながら説明してくれる。

「あの子達ね、旦那が帰ってくると急に大人しくなるのよ」

「何で?」

「旦那に懐いているからね。大方、今回の出張のお土産でも期待してるんじゃないの?」

何とも子供らしい理由ではあるが昔は私もお姉ちゃんが来る時には良い子にしていたらいのでそれと似たような
事なのかなっと思う、4人で私の作った朝食を食べながら談笑も楽しむ。



40 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 02:01:56.57 ID:3BqimDNx0
「おいしい!! お代わりないの?」

「ちょっと材料が切らしてるからね」

「お母さんのよりおいしい・・」

「それはないわよ。お母さんの料理だって美味しいわよ」

子供の意見は正直なのかは良く解らないけどお姉ちゃんが作る料理の方も個人的に正直捨てがたいもの
だけども味覚については個人個人の差があるので微妙だ。

「別にいいわよ。それにしても聖さんってここまで料理できたの?」

「まぁね、ああみえても料理雑誌を見ながら研究や応用を繰り返してるから和洋中は作れると思うよ」

「聖さんらしいわね」

朝っぱらにも拘らずビールを飲みながらお姉ちゃんはママの事については何も言わずともすぐに納得している
ようだしどこか懐かしそうな感じだ、これも長年の付き合いと言う奴だろうか?



41 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 02:03:31.32 ID:3BqimDNx0
「しかし希ちゃんって本当に聖さんそっくりになったわね。お兄ちゃんの遺伝子形無しね、まぁ性格は2人とは
正反対だけど」

「そ、そうなんだ・・」

「そういえば希ちゃんって来年で高校生よね・・」

「うん。それがどうかした?」

私はまだ進路も決まっていないのだが来年で16になるので世間一般の見解では高校生に当たる、誕生日の
プレゼントもそろそろ卒業しなければいけない年頃でもあるので少しばかり寂しい気もするが大人になった
証拠なのだろう。

しかしながらお姉ちゃんはここ最近になってから私の年齢を少し気にしているようなのだが一体何故なのだろうか?

「そっか希ちゃんも高校生なのよね。もう少しか・・」

「何がもう少しなの?」

お姉ちゃんの意味深い言葉に私はただただ疑問をするばかりでここ最近は私の年齢を聞くたびにお姉ちゃんだけ
でなくツンおばさんやブーンおじさんにドクオおじさん・・それに親父やママも少し複雑な表情をしている。
一体何を感じているのか私にはちっとも良く解らないがお姉ちゃんは少しビールを飲みながら呼吸を整えるとと
ある事を尋ねてきた。


43 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 02:06:41.52 ID:3BqimDNx0
「希ちゃん。女体化・・いや、女体化シンドノームについてはどう思っているの?」

「えっ、何よ。いきなり・・」

「いいから答えて。今は言えないけど多分希ちゃんの将来に関わってくることだと思うから」

珍しく真剣な口調のお姉ちゃんに少し圧倒されてしまうが、その内容は昔にこの国を騒がせてきた女体化
シンドノームについて・・この病気は大変奇妙かつ難解な病気で発祥条件も普通の男子で15,16歳で性交渉を
迎えていなかったら男から女になってしまうという今では考えられないほどの凄い病気で数十年もの間、治療法が
全く確立されなかったと学校の授業で聞いている。

しかしその病気も私が生まれる前に一人の科学者の手によって治療法も確立されて特効薬は勿論の事、それと
同時に赤ん坊用にワクチンも開発されて今ではその名前も聞く事は殆どなくなっている。大人達はその病気に
ついての意見は様々なものだが私はなんと言うか・・当事者ではないのでどちらかと言うと日和見的な感じだ。

しかしそれが私の将来に関わってくると言うのはどう言う事だろうか?

「女体化シンドノームが私の将来に関わってくるってどう言うことなの? 
だって今はもう薬やワクチンも開発されて定期投与も法律的に義務付けられているからまた再び絶対に
発祥する事はあり得ないはずよ。

昔は確かに差別や弊害もあったとは習ったけど時代を重ねる後とにそういった法律も整ってきてだんだんと
融和されたとも聞いているわ」

「そうね、でもその法律は希ちゃんが3歳の頃に薬の義務が制定されたのと同時に廃案になっているわ。
だから今の希ちゃんには女体化について具体的には知る術がないわ」

お姉ちゃんの言う通りに確かに私達の世代で女体化について感じる事は知識のみ・・具体的な事に着いては
知る術もないけど偏見はないと思う。



44 : ◆Zsc8I5zA3U :2008/08/17(日) 02:07:39.26 ID:3BqimDNx0
「でも女体化シンドノームって昔は凄かったんでしょ? だけど今はそんなには・・」

「じゃあ、希ちゃんに聞くわ。もし聖さんが女体化してたらどうするの?」

「えっ・・そんな事あるはずないわよ!?」

確かに女体化シンドノームは様々な影響を及ぼしたとことは知っているがいくらなんでもそれはないと思う。
私から見てもママは少しばかりワイルドではあるのだが、それらを差っぴいたら普通の女性と何ら変わりはないと
思うしかなり女性らしいものだと私は感じる。そんなママが女体化をしているはずはないと断言できるし信じられない
ものだ・・それに何故だか分からないが僅かな抵抗感も感じる。

「そんな事はないはずよ。ママは女体化シンドノームにはなってないと思うわ。もしそうだとしても・・ママはママだもん」

「・・そうよね、変なこと聞いてごめんね」

「もう、ビックリさせないでよ。お姉ちゃんが真顔になるのは違和感ありすぎ」

「ま、柄に合わないのは認める」

そのままお互いに吹き出すように笑いながら女体化シンドノームの話題は私の中から忘れ去れる事となる。


この会話が後に私の将来に大きく関わってくることとなる出来事の前兆だと言う事を当時の私が知る筈がなかった・・




―fin―


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最終更新:2008年09月17日 19:04
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