10 名前:
◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:30:56.59 ID:DF5COmc20
小説というのは限りないスペクタクルと想像というスパイスで練りあがっていく、文字の料理と言うべきであろう。 文字の組み合わせ方次第ではその光景や人物の表情などが頭の中にこと細かく鮮明に映し出されるのだから不思議 なものだ。 そんな小説を専門とした職業・・小説家になってもう長い、最初は大学と平行しながら続けていったのだが、大学を 卒業をしてからも継続をしてこの職業を楽しく続けてもらっているのだが、やはり駆け出しの素人である私がそう簡単に 小説家になれるはずもなくかなり苦労を要していたが何とか運がよかったのかはたまた担当した人材がよかったのか はわからないが、昔あったと言われる女体化シンドノームと言う病気があった時代を基にした小説を書いたら瞬く間に 大ヒットしてしまい、今じゃ世間でも私の名はかなり轟いている。
しかし取材不足のせいもあってか、女体化が猛威を振るっていた時代には私は産まれてはいなかったので、 もっと知識を学ぶためにとある作者に取材を申し込み当時の小説の状況や執筆環境などをより細かく聞くために 私は意を決して取材を申し込んだ。
「ここね・・確か名前はP90さん、その小説はかなり好評でその作品の一部は教科書にまで載ったぐらいの人だったわね」
子供を亭主に預けてそのまま車で家にまで来たのだが、意外にもつくりはとても質素なものでわたしが住んでいる家と 比べてもなんら大差はなかったのが意外だった。家のつくりなどはこの際なんら関係はない、これから私が取材をする 相手はP90さんという昔は一世を風靡して一時はこの人の小説が市場に出れば必ず盛り上がるとまで言われた かなりの人物だ。
それに実力のほうも一級品で文章のつなげ方やストーリ性、キャラクターのつくりが非常に丁寧で偏った人ではなく 小説を読んだことのない人でも自然に読めるすごい作品をたく人だった。また私の所属している出版社に籍を置いてい たので私の先輩でもある。
高鳴る鼓動を抑えながら私はそっとインターフォンを押した。
11 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:33:51.69 ID:DF5COmc20
「前にお電話した中野 希です。・・取材に来ました」
“あ、話しは向こうから聞いているよ。鍵を開けるから入ってくれ”
しばらく待つと、家から1人の男性がやって来る。どうやらこの人が私の取材相手であるP90氏その人であり、 軽く握手をするとそのまま家の中へと案内してくれた。意外にも私はP90氏は女性だとばっかり思っていたのだが この男の人があんなに女性的な作品を書いているのにかなり驚いてしまう。 P90氏をよく知る出版社の人によると、この人は小説がヒットしてもメディアには顔をあまり出したがらず、出版社を 退社するまで終始マスコミとかには顔を出さずに小説家を貫き続けたらしい。 事務所の依頼とはいえ、アニメの脚本も書いている私からすればその姿勢はすごいもんだなっと思ってしまう。
そんなことを考えていると部屋の一室に案内され、ようやく取材が始まった。
「では、よろしくお願いします」
「こちらこそ。取材なんて初めてだから緊張するよ」
軽く挨拶をして緊張をほぐすと開口一番、私はメモを片手に早速P90氏に質問を投げかけると取材は静かに始まる。
12 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:35:57.18 ID:DF5COmc20
「え・・早速ですが、執筆していたときの心境を聞かせてもらえませんか?」
「そうだね、気楽に書いていたよ。ただ扱っているジャンルが少し特殊なものだったからタイミングに苦労したけどね」
「当時の反響はどうでしたか?」
「特別驚かれてはいないな、もうすでに僕以外に女体化を扱っていた小説家は数えるぐらい多かったしね・・」
それからもP90氏はしみじみと昔を思い出すかのように語ってくれるのだが、面と向かって話を聞いていた私にとっては 驚きの連続で聞くものすべてが新鮮である。やっぱり女体化があった時代に小説を書いていた人の言っていることは どこか重みがあるものだ。
メモを片手にP90氏の言っていることを書き込んでいると突然としてP90氏が今度は私に質問を投げかけてきた。
「君は女体化がなくなったこの時代になんでまた女体化を扱った小説を書こうと思ったんだい?」
「へっ、私ですか?」
突然の質問に焦ってしまった私だったが、自分がなんで女体化の小説を書いていたのかを思い出していた。 そもそも私が女体化の小説に手を出したわけは高校のときにママから女体化の事実を突きつけられたときから 始まったものだ、元々ママが女性なのに妙に男言葉を使っているのに疑問を感じたことはあったのだが、次第に 大きくなっていろいろなことが起こるとそういった疑問は徐々に忘れかけていってしまい、ママがなんで男言葉を 使っているのかと言う疑問は綺麗さっぱりと私の頭の中から消え去ってしまう。
だから私は女体化の知識などまるでなくママたちから女体化の事実を突きつけられたときは驚きの連続であった。 正直、学校とかでは私が産まれる前にそういった病気が世界規模で猛威を振るっていたと言うことは知識として 教わっていたのだが言葉だけじゃどうもしっくりこないもので女体化についてはそれほど深く考えてもおらず、 むしろ家の両親に限って・・っと思うぐらいで考えていた。
13 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:38:03.29 ID:DF5COmc20
普通だと思っていたことが普通でなくなるとき、周りから見るものが一変として変わってしまう・・考えれば考えるほど なんで自分の両親が女体化していたんだろうっと思ってしまうのだが、何よりも私が産まれてから数十年間、周りを 通して隠し続けていたという事実がショックでならないものだ。 ママたちはまだ物事の整理もつかない幼い私にそんなことを言ってしまったら余計にトラウマになってしまうと思って 黙っていたらしいのだが、私からすればそう言ったことは始めから話しておいてほしかった・・まさに親の心 子知らずと 言うやつであろう。
でもそれがきっかけで女体化にのめり込みついには小説と言う形で表してしまったのだが・・
「・・どうしたんだい?」
「い、いえ・・私が女体化の小説を書いた理由は、高校のとき母から女体化の事実を言われたので」
「へぇ、そうなんだ。でもよくあんなにリアリティがある作品を書けるか不思議だったよ。 確か女体化シンドノームは君が産まれる頃になくなったはずだよね・・?」
「主に父の日記を参考にして書いていきました。・・ですが、それでも御恥ずかしながら不足しているのはあります」
主に今までの小説はこの人の小説と後は親父に日記を主にして作ったものなので大まかなところは大体表現は できていると思うのだが、細かい描写などはいまいち表現できないところがあってまだまだ修行不足が続いている 状態だ。 だけどもそんな私の小説を読んでもらえるだけで楽しいと言われるとまた書こうという気分になってしまう。 今は人の教わりながらアニメの脚本も担当させてもらっているが、事務所によるとこれも子供たちの間では好評らしく て続編も考えているらしい・・
P90氏はそんな私をじっと見つめながらも満足したのか再び私に当時の心境を語ってくれた。
14 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:40:43.95 ID:DF5COmc20
「・・僕も当時は君と同じように描写不足とかいろいろあったよ。 どんな風にしたらみんなが楽しめるのか・・そんなことを考えながら書いていたね。でもやっぱりそういったのは 書いて書いて書きまくるのが大切だ、後は人が書いた小説の技術を盗んだりもしていたね」
「アイディアが詰まったりしたりしたときはどのように気分転換したんですか?」
「そうだね・・小説のことは忘れてたかな? そうすると頭がスカッとして新鮮な気持ちで楽しく小説が書けるんだよ」
話を聞きながらメモを取っているとだんだんとP90氏の原点が見えてきているような気がしてくる。 この人は小説を楽しみながら書いているからあのような素晴らしい作品が出来上がるのだろう、自分も楽しく書いて いるから人にもあれだけの面白い作品が書けるなんてとても羨ましい・・
私も読んでくれている皆が喜んでもらえることを心掛けて書いているのだが、自分も楽しんで書くと言うのをここ最近は すっかり忘れていたような気がする。
15 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:42:11.23 ID:DF5COmc20
「そういえばさっき、私の小説を読んでいると言いましたが・・」
「そりゃ、読んでるよ。もう今の時代に女体化を主とした小説なんてなかなか出回っていないからね・・ 読んでるとまるで昔必死になって小説を書いていた頃を思い出してしまったよ」
そう言って笑いながらもP90氏は的確に私の小説の感想を純粋に述べてくれた。 そういえばなんでP90氏は小説を書くことをぴたりと辞めたのであろうか・・? 出版社の記録によると、私が産まれる ちょうど数ヶ月前にP90氏は所属していた事務所を退職してそれっきり小説を書いてはいないらしい。
女体化がなくなってからも小説は書けるものだし、むしろあれだけの実力があれば普通の小説なんて簡単に書けると 思うのだが・・思い切って私は小説を書くのを辞めた理由を聞いてみた。
「・・なんで小説を書くのを辞めたんですか?」
「そうだね・・」
場は先ほどまでの明るい雰囲気から一転して急激に暗い雰囲気となってどこか話しづらい感じで私は思わず机に あった飲み物を飲むとそのまま流れに押されて押し黙ってしまった。何かまずいことを言ってしまったのだと思い私は 慌てて別の話題を考えるのだがこういう時はなぜか焦ってしまってなかなか思うように言葉が出ないものだ。
一方でP90氏はしばらく考えた後で当時の心境を詳しく説明してくれた。
16 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:44:14.97 ID:DF5COmc20
「小説を書くのを辞めたってのはちょっと表現が違うな。・・身体が小説を書こうとしないんだよ」
「身体が書こうとしない・・?」
「・・小説を書くにはね、ベストなスタイルってものがあるんだよ。 今まで僕はそれを保っていたんだけど、出版社を辞める数日前に身体が小説を書きたがらなくなったんだ。 いろいろ書いていたから身体のほうも構想やプロットを練るのに限界が近づいていたのかもしれない・・
それにそろそろ引退もしようと思ってた頃合だったからね」
「い、引退ですか・・? でもまだP90さんは――」
「・・それに僕の時代も終わったんだ。若い人たちがこれから市場で立つためにはベテランである僕が退けばいいだけ の話さ。僕の存在だけで若い人たちの活躍の場を奪っちゃいけないからね」
私はじっとメモを取ることも忘れて聞き入ってしまった・・ 誰にも語るはずのなかった引退の事実を私はどう答えていいのか全くわからなくなってしまう、私もいずれはこの業界 から引退するのかもしれないしそれはそれで悪くはないものだと思う。だけども今はまだ書きたい作品もたくさんあるし、 頭の中は常に物語の構成やキャラクターの性格や細かな設定がまだまだ眠っている。
このすべてを出し切るまでは引退など絶対にしないのだが・・そこはやっぱり亭主次第かな?
17 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:45:05.60 ID:DF5COmc20
「それに君はまだまだ若い、これからの事よりもまずは技術を盗んで磨くんだ。 ・・書いて書いて書きまくって自分の考えている話を皆に見せることからだ」
「・・よくわかりませんけど、頑張ってみます」
「その意気だ」
P90氏は笑いながらどこか懐かしげに私を見つめてくれて取材のほうも再び訪れた和やかな空気のままで談笑を 織り交ぜながら取材は更に進んだ。
18 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:46:52.35 ID:DF5COmc20
取材も順調に進み、そろそろ帰宅時間が刻々と近づいてくる。もう少しだけお話を聞きたかったのだが、残念ながら 約束は約束なので仕方がない。亭主もそろそろ長時間の間、子供の面倒を看るのは辛いものだろう、早く晩御飯の 材料を買って家に帰らなければならない。
いそいそと帰る準備をする中で最後にP90氏は私にこんな質問をしてきた。
「最後に・・なんで君は僕を取材に来たのかな? 本当の理由を聞かせてもらえないか・・」
「・・最初は女体化を扱った小説の書き方や当時の心境をお聞きするために取材にお伺いしたのですが、だんだんと P90という作家に興味を持ってしまいました。
私とはまた違った書き方をするあなたの本質を見てみたくなったのです」
私は取材をしているうちにだんだんと当時の心境や小説の書き方よりもこの目の前にいるP90という人間に興味を 持ち始めていた、その証拠に徐々に質問の内容が取材の本題である女体化の小説よりもP90氏の作家としての本質に 置いた質問となってしまった。
でも、意味深だがなかなかいい答えが返っており私の創作意欲がますます燃え上がってしまいそうだ。 しかしこういった取材って本来はジャーナリストがやるものなのだが、もしかしたら私はそういった記者の才能があった のかもしれない。
まぁ、もしもの話だけど・・
19 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:48:07.35 ID:DF5COmc20
「じゃあ、これで失礼します。今日は本当に取材に協力していただきありがとうございました」
「ああ、今日は久々に人と話せて楽しかったよ。・・君は本当に僕の若い頃によく似てるな」
「・・もう小説は書かないんですか?」
私がこの人にいろいろな意味で刺激を与えてもらったのと同様にP90氏ももしかしたらこの取材で何かを刺激されて 再び小説を書くかもしれない。もし再びこの人が市場にでれば私としても張り合いがいがあるし、市場のほうも更なる 盛り上がりを見せて女体化を扱った小説のジャンルもまたかなりのものになるだろう。
そんな私のささやかな希望だが、P90氏はこうきっぱりと言い放った。
「ああ、一度身を引いた人間が再び表舞台に出るのはいささか面倒なんでね。 それにそんな顔しなくても僕が出なくてもいつかは素晴らしい作家がたくさん出ると思うよ」
「早くその日が来るといいですね・・」
「案外、希ちゃんが気がついてないだけでもう来てるかもしれないよ。人間は才能が開花する時期がわからないからね」
- どうやら私は見誤りをしていたらしい、確かにP90氏の言うように今でも着実に努力を積んでいたり私よりも文才の ある人が作品を完成させているのかもしれない。私はいつ追い越されてもわからないそんな状態なのをすっかり忘れて いた気がする。
だけど追い越されたときに自分の足りない部分を改めて認識させられるのだが、それを糧としてまた追い越せばいい・・ その競争意識がより良い作品を作り出していくのだ。
20 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/07(土) 20:48:50.05 ID:DF5COmc20
「・・これからも頑張ってくれ」
「はい」
最後のお別れの挨拶をすると私は車に乗り込みアクセルを踏んだ。運転する中で私は遠くなるP90氏の家をチラッと 見つめると晩御飯の材料を買うため近くのスーパーへと車を向けながらこの取材の意味を考えていた。P90氏と取材を してみて私は女体化という病気の大きさが嫌というほどよくわかってしまい、あの時ママたちが私に女体化を隠そうとした 理由がわかってきた気がする。
女体化というのはいい意味でも悪い意味でも人間に多大な影響を与える凄まじい病だったのだろう・・
(女体化か・・私は昔のことは良くわからないけど大変な病だったんだよね。女体化がなくなった今の時代、私は私なりに女体化の小説を書き続けよう・・)
それが親父への供養になるのなら・・っと静かに呟きながら私は晩飯の材料を買いにスーパーへと向かうことにするのだった。
―fin―
最終更新:2008年09月17日 19:05