『嗚呼、青春時代』

中野希の話


青春の終わり、それは高校の三年間と世間一般では評されている。
今の私・・中野 希にはその意味がよくわからないのだが、時間がたつにつれその意味もだんだんとわかってくるのかもしれない。
思えば私の高校生活は、2年生になるまでは平凡でどこにでもある普通の学生生活を送っており、このまま何事もなく進学して大学を卒業し就職・・そして好きな人と結婚して終えるのかとばかり思ってきたものだと信じ込んでいた。

そんな淡い期待は高校二年生の二学期が始まったぐらいの時期でガラスのように簡単にぶち壊しとなってしまう。
いつもとは違ってやけに真剣な顔をした両親から生涯に残るであろう衝撃の事実を伝えられた。


「う、嘘・・ママが女体化?」

「ああ・・俺は女体化している人間だ」

淡々と伝えられる言葉に私はただただ聞くしかできなかった。
それから両親から伝えられる言葉は私にとって信じられないことの連続だった。
ママが女になる前は孤独一辺倒で地元では手がつけられないほどの不良でその親父がママとは敵対関係にあり、女体化するまでは孤独で過ごしてきたという。
今とは正反対なママの過去に衝撃を受けたのも事実なのだが、一番のショックだったのはあのママが今は完全に撲滅されている女体化シンドノームの患者だと言う事実が私の心に大きな打撃を与えた。

女体化シンドノームとは昔あった病気で性交渉の経験がない男子が15、16歳の誕生日を迎えると男から女になってしまうと言う奇妙としか言えない病気で、私が生まれる前は世界中どこもかしこもこの病気で大騒ぎになっており、この病気をなくすために国家がらみで研究と女体化に対する法整備が早急に進められたと学校で習ったことがある。
女体化による自殺も増え始めて一種の社会問題まで発展し、人類の総力をかけて女体化は60年近くの気の遠い長い年月を経てようやく特効薬と言う存在が出来上がり撲滅された。
そのとき私はまだ生後間もない赤ん坊であったため女体化という言葉はこの世に消滅してしまったのだ。
それから私はすくすくと育ちながらも成長を重ねるにつれ、過去にあった女体化の出来事も学校では教えられてきたのだが、すでになくなっている病だったので余り実感が持てず、自分の両親は女体化なんて経験していないとつい前までは当たり前だと思っていたのだ。

それだけに両親から女体化の事実を聞かされたときはショックが大きく軽い絶望感を覚えたほどだ・・







(あの時はショックだったな。でもママはたとえ女体化しても私の母親だってことは変わりはないってことに気がつくのは時間が掛かったもんな・・)

あれから丸一年・・ママたちから衝撃の事実を聞いたときはそれを受け止めるのにかなりの時間を要し、
私に無間地獄のような自問自答の日々が続き今までの生活が全くの嘘だったのかと思えてくる。
そもそも男から女になると言う自然の定理から外れた病の存在を出来事を信じろと言うのが無理なもので自分の周りがよく見えないものだった。
それでも昔からの幼馴染のなーくんやその両親であるブーンおじさん夫妻・・そしてとある人物の進言で今の両親との思い出は変わらないという決断に見出すことができた。


「・・さっ、昔のことばかり思い出しても仕方ないし朝食でも作ろうかな」

いつものように早く起きれたので軽く髪を整えてセットすると部屋から台所へと向い、まだ家族全員が寝静まっているのを確認すると、そのまま台所にあった有り合わせの材料を使って朝食の準備を始める。
いつもはママが朝早く起きて朝食の準備をするのだが、こうやって私が早く起きたときは家族全員分の朝食を作るのだ。
小学校の6年生辺りにママから料理を教わって以来、料理のデパートリーも増えに増えて今では時々家族に立派な夕食を振舞うことができるぐらいまで上達振りだ。


これも日ごろの鍛錬の成果と言うべきやつだろう。

(そういえば昔からママとは真剣な勝負事で勝ったことがなかったな・・)

思えばママとは勝負事で勝ったことは一度もなく、家事や運動のために続けている合気道だって全部ママの直伝で一度もママを超えたことがなく偉大なる母親に尊敬しつつもちょっとした嫉妬感が湧きつつある。
親父のほうもママとは同い年で、2人とも40を越しているのに実年齢よりも若く見えるのだが、親父のほうはよくて十代ぐらいだがママの方は30代は当たり前、下手をすれば20代・・いや私と同じぐらいまで見えてしまうぐらいで
それに応じているかのようにスタイルのほうだってまだ実年齢を黙っていれば平気でモデルができるぐらいまでの若々しさを保っている。

女体化を経験した女性は普通の女性よりも細胞が活性化して若々しさを保つことができるらしいけど、明らかにママの場合はその上限を遥かに超えている。
女体化という病はママに合っていたのかもしれない・・


「・・あれ、希起きてたのか?」

「あ、もうちょっとでご飯できるから待ってて」

噂をすれば何とやらか、ご飯ができる直前に現れたのは私の偉大なる母親・・相良 聖だ。今は性を変えて中野性なのだが、今でも過去からママをよく知っている人物からは旧姓で呼ばれることが多いし、本人も旧姓のほうの呼び名も気に入っているようだ。
それにきりっとした姿はなんとも母親と言う立派な感じだが本人からしてみればこれが普通らしい。
その姿を見るとちょっとだけママの若さの秘密がわかったような気がしてくる。
作ったご飯を3人分テーブルに並べるとそのままママと一緒に朝食をとりながら軽く雑談を交えることも忘れない。

「親父は?」

「まだ寝てる。折角の日曜だってのにふ抜けた奴だ・・」

「日曜だからこそ休ませてあげようよ。親父だってただえさえ出世して忙しいんだからさ」

「出世しようがしなかろうが俺にとってはどうでもいいんだよ」

親父はママと一緒の性格だけどママとは違って頭のほうはかなり良く、ママも学生時代にはよく親父に家庭教師をしてもらいながら勉強をしていたらしい。
私が産まれてすぐに会社で就職するとすぐに親父はその頭角をめきめき現し、出世に出世を重ねて今では会社の部長まで昇進している。
それにしてもあの親父がここまで出世を重ねるとは驚きものだが、それだけ親父が人から評価されていると言うことだろう。

「・・さて、後は俺がやっておくからお前はどっか遊んでおけ」

「え、でも・・」

「実の子に家事やらせたら母親としての俺の立場がねぇよ」

いつまでも元気でいるわけではないのに今までのように家事をこなすママがどこか羨ましく感じた。







ママに追い返された私は膨大な時間をどう潰すか悩んでいた。
学校の宿題はもう終わらせたし勉強のほうも今日の分だけ終わらせてしまったので、どうもこう暇だと辛いものだ。
ベッドに寝転がると少しばかり頭をボーっとさせながらこれからやるべきことを決める。

「暇を潰せるのはあそこしかないか・・最近運動不足だし」

私が運動するための場所・・軽く準備をして家を出て私は目的の場所へと向かう。
その場所はこの家からは歩くに少し距離があるのだが、最近は勉強ばかりで運動不足な感じだったのでちょうどいいぐらいだ。
学校の体育はそれなりの運動もするのだが、あれだけでは全然足りないし、まだまだ十分すぎるほどの余力が残ってかえって嫌な気分になってしまう。
部活に入る手も考えられるのだが・・余り時間も割きたくないし今は受験の影響もあってか勉強が中心になってしまうので日ごろの運動量が少なく感じる。

その点に関しては、格闘技と言うものは溜まりに溜まった運動量が一気に消化できるので、そういった意味では便利なものだ。







(思えばママから合気道を習って正解だったな)

合気道と言うのは相手の力を利用して戦うもので、女性でも気軽にできる格闘技で、中学生の頃にはストーカーまがいのしつこい奴らを叩きのめすのに大いに貢献してもらっている。
だけどもそれらを習得するには決して生易しいわけではなく、毎日の鍛錬の積み重ねで習得できるものだ。
ママも合気道を始めたきっかけは割りと単純なもので、女体化して半減した力を補うために始めたというのだから、なんともママらしい理由だ。

私が合気道を始めたきっかけはほんの些細なもので、小さい頃からママと一緒に毎日連れられて以来、大人数の門下生たちを軽々となぎ倒していくママの姿を見ると必然に憧れを抱いてしまって、年少か年中あたりの頃から初めて以来、ママの指導の下でだんだんと上達して気がつけば中学生の頃になったら道場主のブーンおじさんとドクオおじさん2人を倒してしまうぐらい成長してしまったものだ。
それからママだけがなっている裏師範代というものになりつつあるらしいのだが、どうもその立場があまり掴めないもので何が裏なのかよくわからないものだ。

と、そうこう考えているうちに道場へと着いてしまった。
運動不足で余り合気道をやっていないから、今までのカンを取り戻すのに少し時間は掛かるかもしれないが、少しずつ練習をして取り戻していけばいいだろう。

「さ、ブランクが大きいからね・・まずはなーくん相手でウォームアップしましょ」

「えっ・・?」

「だっていきなりママみたいに連戦は辛いわよ。
 だから最初になーくんと模範試合を繰り返しながら昔の感覚に慣れていくのがちょうどいいのよ」

道場に入って道着に着替えながら私はゆっくりと深呼吸していく。
そして今私の目の前にいるのが、現道場主の一人であるブーンおじさんの息子で私の幼馴染で一応彼氏でもあるなーくんだ。
下の名前も一応あるのだが、昔から苗字のほうの呼び名でなーくんなーくんと呼んでいたため、自然に私の中でその名前が定着してしまったのだ。

一応彼も道場の中ではそこそこ強いほうの部類に入るのだが、私から見ればまだまだだと思う。
さてウォームアップを兼ねながら体をほぐしていくことにしよう。
深呼吸をしながら私は目の前にいるなーくんを真剣な表情で見据え、いつもの一声発する。

「じゃ、いつものようにかかってきてちょうだい。私は一切なーくんには手出ししないわ」

「で、でも・・」

「いいからさっさと来なさい!! ・・じゃないと別れるよ」

「わ、わかった!! ・・行くぞ!!!」

おどおどするのは父親似と言った所か・・・
そういえば、なーくんのお母さんであるツンおばさんもこの点については少し苦笑気味にママや私に不満を漏らしていたような気がする。
それでも私の脅し文句が効いてきたのか、なーくんはそのまま私のほうへと向かって襲い掛かろうとする。
それを察知した私は即座になーくんの腕を取ると、脚を引っ掛けて体のバランスを崩すとそのままなーくんの力を反転させて瞬時にその体を投げ飛ばす。
傍から見れば大柄な体系のなーくんが、いとも簡単に華奢な女の子に吹き飛ばされていた姿が映っていたわけだ。

でもこんなのは合気道をやっていれば極当たり前のことであって、ママなんかは自分よりも倍以上の背丈の大男の集団を触れられることもなく糸も簡単に倒してしまうらしい。

「・・さて、次行くわよ」

「勘弁してくれ・・」

この後もなーくん相手にウォームアップをしてだんだん勘を取り戻していきながら、普段とは比較にならない運動量を消化していき、数日間溜まっていた運動不足が一気に解消される心地よさは気持ちいと言う言葉に他ならないだろう。

その後も数分間にわたるなーくんとのウゥームアップのおかげで、私の体は完璧に昔の勘を取り戻し臨戦態勢もばっちりと取れるようになってきている。
私との度重なるウォームアップのおかげで、既に床に伸びているなーくんを尻目に私はいつものように道場の門下生全員を相手にしようと思ったのだが・・・
来るときはあれだけ活気のあった門下生の姿が見当たらず道場はシーンと静まり返っていた。
不思議に思った私はふと周りを見てみると、道場の隅々でなぎ倒されているたくさんの門下生の姿があった。







「痛ッッ・・ってあれ? なんなこの光景は!!」

「よくわからないけど道場の皆が倒されている・・・
 私たちが別の場所でウォームアップしている間に道場で何かあったのよ」

門下生たちの屍を掻き分けながら私たちは道場のほうへと進むと、そこには一人の女性とブーンおじさんとドクオおじさんが対峙しており、その女性の姿を見たときに私は事のすべてを悟った。

「親父とドクオさんと対峙しているあの人って確か・・?」

「なーくんも昔からご存知、私のママよ。大体事の顛末がわかってきたわ・・」

2人のおじさんたちと対峙している若い女性・・・
かつて私が生まれる前に進行した病、女体化シンドノームの感染者であり、男のときは血に飢えた狂犬と呼ばれ、地元では誰もが知る名の通った有名な不良・・相良 聖その人であった。
私たちの姿に気がついたママはそのまま手を振りながら今朝と同じような調子でいつもの笑顔で応対してくれるのだが・・私はどこか複雑な感じなのはなんでだろうか?







「よぉ、希にボンクラ息子! 相変わらず練習はサボってないようだな」

「・・いつ来たの?」

「お前らが別の部屋で練習し始めてたときかな。練習のつもりでここにいる奴ら全員を相手してたんだが・・・
 はっきり言ってこいつらは弱すぎる!!」

歳をとっても相変わらず元気なママに関心してしまう。
見た目からしてもまだ20代そこそこに見えてしまうママを見てると、女体化という病気は本当に奇妙なものだったのだろうと思い想像を禁じえない。
そんなママと対峙している2人のおじさんのうちドクオおじさんがママに反論を試みる。







「あのなぁ・・こいつらが弱すぎるんじゃなくてお前が強すぎるんだよ。
 大体、お前は昔からこれでもかと言うぐらいに強くなるから俺たちでは太刀打ちできねぇよ」

「そんなの知らねぇな!! 大体、普段忙しい内藤はともかくとしてドクオは時間持て余してるんなら、ここの道場主らしくちょっとはこいつらの指導しておけ!!!」

「うっ・・!! た、たしかに俺の会社は給料の割には仕事もそこまできつくないし暇も持て余しているが・・
 俺にだって多少は自分の時間ぐらいは・・」

「そんなこと考えているからお前は弱いんだよ!!
  お前たちは人並みよりかは強いかもしれないが俺からみれば大したことはねぇ!!!!

 ・・さて、御託はこれぐらいにして試合のほうを始めるか」

いつものように一方的に言うだけ言ってさっさと構えを取るママを見てると、子供とはしてはその心境はとても複雑だ。
そもそもママを言いくるめようとすること自体無意味に近い、だけどもママをよく知る人物たちは私を産んでからは随分と穏やかになったと言うけども、どこがどのようにして穏やかになったのかはいまいちよくわからない。

親父によると、こんなママでも完全に言いくるめられる人物が存在するらしく、昔は暴走したときにはよくその人に言いくるめられていたらしい。
意外にも私とも小さいころに会っているらしいのだが、何せ幼い頃の記憶なんておぼろげなのでよくわからない。
だけどもその人物はきっとママよりもものすごい人物なのだろうと考えられる・・

そんなことを考えている合間に仕合は始まりを告げていたようだ。







「さ、お前ら!! 道場主ならちょっとは俺を苦戦させてみろよ」

そこからはほんの一瞬の出来事だった。
手始めにママは女性とは思えぬ物凄いスピードで2人のほうに向かうと、一瞬でドクオおじさんの裾を掴み、そのまま一本を決める。
それに驚きつつも構えを取り直したブーンおじさんは、果敢にママに立ち向かっていくが、ママはそれを糸も簡単にかわすとそのままブーンおじさんの腕を取り、脚を引っ掛けて体のバランスを崩して力を反転させると、ブーンおじさんの体はそのまま地面に倒れこむ。
ウォームアップでなーくんを倒した時と同じ再現だったのだが、私と違うところはスピードが段違いにママのほうが速かった。

いとも簡単にここの道場主を倒したママは笑みを浮かべながらこう一言。


「てめぇら、こんなことじゃこの道場もお終いだな。昔、お前らが必死になってジジィを倒したのはいい思い出だがな・・」

圧倒的ともいうべき力の差を見せ付けたママはそのまま2人を後にして、今度は私たちのほうへ向かって驚くべきことを言い放つ。







「さて、こいつらとの仕合で体も暖まったところで・・希!! 俺の相手をしろ」

「えっ・・」

突然ママに指名させられどのように反応していいのかわからないものだ。
確かになーくんとのウォームアップを終えて体の感覚が完璧に戻った私ではあるのだが、いきなりママの相手を勤められるはずもなく正直言って困惑してしまう。
それに今までにもママの相手をしたことはあったのだが、一度もママには勝てたことがなく、最初は互いに互角で一進一退の状態が続くのだけども、最後の最後でいつも手痛い一撃を浴びせられて負けてしまうのだ。
思えばママは私とは同じ女性とは思えぬ桁外れの体力を持っている。
そのことに私は常々感心しつつも、スポーツと言う土俵を考えるとかなりやりにくさを感じてしまう。

かといってこのまま諦めると言う言葉などは私の中の辞書には存在しないわけで、たとえ相手が一度も勝てたことのないママだとしても絶対に引けをとるわけには行かない。
そう決心した私は、隣で驚愕の顔を浮かべているなーくんを差し置いてママのほうへとゆっくりと歩みを進める。







(思えばこれを始めたきっかけって・・よく幼稚園の帰りとかに毎日一緒にこの道場に連れて行って貰って、ママの練習を見てかっこいいと思ったから始めたんだっけ・・
 道場に入ったときからよくママからかなりの稽古をつけてもらって、気がついたらここの道場主でもあるブーンおじさんとドクオおじさんを倒すまでに成長したんだっけかな・・)

つい昔のことを思い出しつつも私は歩くのを止め、目の前にいるママのほうへと顔を向けると、そのままゆっくりと深呼吸をする。
親に打ち勝つ最後のチャンス・・そう考えると自ずと気が引き締まるもので、より真剣になりながら私はゆっくりと目を開けてママの瞳を見つめる。

「・・今まで勝負事に関してはママに勝ったことなど一度もなかった。
 でもいつまでもママの背中を追い続けるのも今日で最後にしたい。
 真剣勝負をしてママに打ち勝つことで私は今までの自分を越えてさらに前に進んでみせる。

 だから・・本気でいくよ!!」

「それでこそ俺たちの娘だ。・・遠慮はいらねぇ、来い!!!」


ママの一声で仕合は始まり、それと同時に私の青春を終焉させる謳歌が風と共に流れてきたのを、私は静かに感じているのであった・・




  • fin-


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年09月17日 19:07
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。