『幸せの宝箱』(2)

 どのくらいそうやっていたのかはわからない。
 泣きすぎて目が痛くなって…でもようやく涙は止まってくれた。
「奥本? え、ちょっと、どうしたの!?」
 不意に話しかけられて肩が跳ね上がる。けどこの声は…。
「なが、い……?」
 茂みの奥の方から、いきなり永井が現れて駆け寄ってきた。
「うわ、目ぇ真っ赤になってる! どうしたの? 神津になんかされたわけ!?」
 ――神津……。
「………っ、ぇ…」
 神津の名前を出されただけで、もう止まったと思ってた涙が流れてくる。
「奥本っ!?」
「…ひっ……う…」
 困惑しているだろう永井は、それでも返事すらせずに、ただ声を殺して泣き続ける僕を見捨てたりすることなく、ずっといっしょにいてくれる。
「あのさ、理由聞いてもいい?」
 少しだけ嗚咽が治まってきて、その時背中をさすっていてくれた永井が訊いてくる。
「………………」
 言えるわけがない。言いたくない。
 自分がどれだけ惨めかなんて……神津にまったく相手にされてないなんて……っ。
 そう、普通の時なら思うはずなのに。
「……神津が…」
 僕はぽつりと、さっきあったことを話し出した。
 自分ひとりで、ずっと抱え込んでおくことなんてできそうもなかったから。
「なに、それ…?」
 簡単にことの顛末を話し終えての永井の反応。
「ふざけんじゃねえよ! 神津の奴、なに考えてんだ!!?」
 永井は本気で、神津に腹を立ててるようだった。
「わからない、けど……しょうがないから」
「違うだろっ。自分で奥本のこと誘っといて、それでほったらかしにして、自分は違う女の所に行っただぁ? 納得できるわけ……っ」
「でも……しょうがないんだ」
 ――……だって、神津があっちを選んだんだから…。
 仮に僕が神津と付き合っていたのなら、文句を言ったり、引き止める権利とかがあったんだろう。
 でも僕には、ない。
 神津の中で、知り合い程度の重要度しかない僕には……そんな権利があるはずがないんだ。
「……もうさ、奥本。こんなとこにいるのやめて、うちで遊ばないか?」
 唐突で、脈絡のない提案。僕はそれに乗らせてもらうことにした。
 僕のために真剣に神津に腹を立ててくれる、この、唯一相談することができる友達の存在が、すごくありがたくて、嬉しかった。


 茂みから出て、僕と永井は丘を下り始めた。
 ずっとへたりこんで泣いてたせいで、頭は何となく重いし浴衣は少し着崩れてきている。
 ちょっと前は、神津に褒められて嬉しかったこの格好も、今は邪魔でしょうがなかった。
「そういえば、山下は…?」
 最初の集合場所のあたりに来たところで、姿を見せない永井の相方を不思議に思って訊くと。
「い、いいんだよ、あんな奴はっ!」
「………けんかしたの?」
 顔を赤くした永井にさらに質問を重ねる。
「…あいつが、悪いんだ……」
 ぽつりと聞こえた言葉を、どんな表情で言ったのかはわからなかった。けど、少しだけ見えた横顔は、綺麗な、女の子の顔だった気がする。
「ま、あいつらのことなんか放って……」
「仲直り、した方がいいよ?」
「な……!」
「せっかく、高校最後のお祭りなんだから……いっしょにいたほうがいいよ?」
 そう。永井は、好きな人といることができるときなんだから、こんなふうに僕に構ってたらもったいないんだ。
「で、でも、そしたらおまえは…!」
「大丈夫。一人で帰れるから」
 すごい驚いた顔から、さっきの照れ隠しのような顔になって、怒鳴り返してくる永井。
 それに返事をすると、財布とかを入れてた小さな巾着袋が震えだす。
 その振動の原因の携帯を取り出すと、そこに出てた名前は『山下』
「もしもし?」
『あっ、奥本!? 近くに永井いないか!?』
 僕が電話に出るなり、いきなり心底焦った感じで聞いてくる山下。ほんの少しも茶化してはいけない雰囲気を感じさせる声は、少しおかしくて……すごくうらやましい。
「うん、いっしょにいるよ。いま、最初に集合した所にい…」
『わかった!!』
 まだ言ってる途中なのに、通話を切られてしまった。
「奥本、今の電話って…」
「山下からだったよ」
「ば…っ、なに居場所ばらしてんだよっ!?」
 言って、逃げようとする永井の手を僕は掴んだ。
「なんで逃げるの? 山下、永井のこと、探してるんだよ? 山下ね、すごく焦ってた。たぶんだけど、永井のことが、本当に大事だから」
 僕の手を振りほどこうとしていた永井の動きが止まる。
「だから、あんなに必死な声で長居のことを聞いてきたんだと思う」
 僕の勝手な考えだけど、山下と永井には幸せになってほしい。
 僕は……もう諦めるしかないから……。
 けどこの二人はまだ取り返しがつく。すぐに仲直りできると思う。
 だって、お互いに大事に思いあってるのがわかるんだもん。
「なんで永井が逃げるのかはわからないけどさ……、山下は、永井といっしょにいたいんだと思う。そうじゃなきゃ、あんなに必死に探さないでしょ?」
「……わかったよ」
 そっぽを向いたまま永井が言う。それに安心して、僕は手を放した。
 そのまま、特に会話もなく山下が到着するのを二人で待つことになった。
 ちょうど時間的にお祭りが最高潮になってる頃合らしくて、来る人も、帰ってく人も少ない。
 今日集まった時も、同じ方向を見てた。その時は、こんな思いをするなんて予想もしてなかった。神津といっしょにお祭りを回れることになって舞い上がって……そして…。
 またあの時の哀しさを思い出しそうになって、ふるふると首を振る。
 ――忘れよ……。
 何も求めることなんかない。神津と一緒にお祭りを回ることができたんだから、それだけでもういいんだ。
 前半の思い出だけを取っておいて、後のことは忘れよう。
 すぐには無理だと思うけど…、何度も胸が痛くなるだろうけど、頑張って忘れよう……。

 近くでやってるはずのお祭りの喧騒を、どこか遠くに聞きながら、僕はぼんやりとそんなことを考える。
 そうしていたせいでどれくらい時間が経ったのかはわからなかったけど、そんなに長い時間ではなかったはずだと思う。
「あっ」
 隣にいる永井が小さく声を上げた。
 ――山下が来たのかな?
 会場の入り口からは階段になっている。永井の視線を追って、お祭りの会場がある階段の上の方に目をやっ………。
「…え……」
 目を疑うしかなかった。
 たしかに永井の目の先には、肩で息をしている山下がいた。けれどその横には……。
「神、津…?」
 思わず口から出てしまった声は自分でもわかるほどに混乱していた。
 ――なんで? どうして……っ?
 混乱した頭ではそれ以上なにかを考えることもできなくて、なのに空回りする思考を止めることができない。
「やっと、見つけたぞ」
 どっちが言ったのかわからなかった。僕が無駄なことをしているうちに、階段の上の二人は僕たちの方に近づいてきて…。
「よくもまあ、顔出せたな」
 とても低い、切り捨てるような声がその場に落とされる。
 ――永井?
 女の子のものとは思えない声に、二人は動きを止めて絶句する。
「あのさ、神津。おまえ、金輪際、二度と、一生、死ぬまで奥本に近づくな」
「な…っ!」
「自分がナニしてくれたか、わかってんだろ?」
 続けざまに放たれた永井の言葉に、今度は僕まで驚かされた。永井が僕のために怒ってくれてるのはわかってるけど、そんなことを言ってなんかほしくなかった。
 無理だとわかってるけど、叶いっこないっていうのも思い知らされたけど!
 僕はまだ、神津のことを好きだから……。
「いいか? 奥本はな……」
 また永井は何かを言いかけて、でも途中でそれは途切れる。僕が永井の服のすそを引っ張ってるのに気づいたから。
「奥本?」
「ありがと…。でも、もう…いい」
 永井の目を見て、それだけ言う。
 そんな僕をどう思ったのか、永井はわかったとだけ言ってくれた。
「あのさ~、俺、話見えないんだけど」
 緊張感のない声色で山下が訊いてきた。いつの間に近づいてきたのか僕たちの真横にいてかなり驚かされる。
「どーいうわけ? なんでおまえが神津に対してこんな怒ってんだ?」
「……別に、山下には関係ないだろ!」
 永井に言い捨てられて、少なからず山下はムッとしたみたいだった。
「はいはい。じゃあ…本当に関係ないか、じっっっくり聞かせてもらおうじゃねえか。さっきのことも含めてな」
『え!!?』
 僕と永井の声が重なる。
 意味深なセリフを言った山下が、いきなり永井のことを抱えあげたからだ。
「な……! って、やだ!? おろせ! おろせってば!!」
「あとでな」
 永井を肩に担いだまま、少しもふらつかない足取りで山下は歩いていってしまう。
「じゃ、また今度な」
 肩の永井がかなり抵抗してるのにもかかわらず、それをまったく感じさせない声で山下が言って、今度こそ二人はどこかに行ってしまった。
 半ば呆然とそれを見送っていた僕は、一番の問題が近くにいることを忘れかけていた。
「なあ」
 後ろからの声に、びくっと肩が勝手にすくんでしまう。
「永井が言ってたことは、奥本が思ってることなのか?」
「………………」
 頷くことも、否定することもできない。
 今、神津の顔を見るのはすごく辛くて、逃げ出してしまいたいのに、身体が動いてくれない。
 だから、僕は俯いて顔を逸らすことしかできなかったんだ。
「なんで返事しないんだ?」
 僕の態度が気に食わなかったのか、神津の声に苛立ちのようなものが混じっているのがわかった。でも……何も言えない。
 口を開いたら、何を言ってしまうかわからない。
 今更、僕が神津に伝えていいことなんか何もないのに……。
「なんか、言えよ」
 苛立ちを強めた声に、思わず顔を上げてしまって、そして後悔する。
 見たこともない神津の怖い顔が近くにあって……怖いのに目を逸らせない。
 返事をしない僕に焦れたのか、怖い顔をしたままの神津が近寄ってきて、そして強い力で手首を掴まれた。
「……った…」
 あまりの強さに眉をしかめても、神津は放してくれない。すごく近くから強すぎる神津の目が見つめてくる。
「なあ、どうして…勝手にいなくなったんだ?」
「…………っ」
 なんで、そんなことを聞けるんだろう……?
 ――神津は、女の子と行っちゃったじゃないか…っ。
 恨み言のようなものが漏れてしまうそうになって、けど、僕にそんなことを言う権利なんかない。
 言ったら、全部駄目になってしまう。せめて、卒業まで神津と友達でいたいのに……。
 そう思って、だけどそれも無駄なことだとさっきわかったばかりだったんだ。
 神津にとって、僕は適当に流していい存在。居てもいいけど、別にいなくてもいい知り合い程度のクラスメイトでしかない……って。
 不意にさっきの女の子と歩いていってしまう神津の後ろ姿が目に蘇ってきて……。
「もう、やだっ……」
 あんなに泣いたのにまた視界が歪んできてしまって、それを見られないように顔を背ける。だけどぐいっと手を引っ張られて、無理やり顔を上げられてしまった。
「やだ、って何がだよ?」
 さっきから神津は問いかけるようなことばかり聞いてくる…。それに僕は答えられないのに……。
 言えない、と言葉にできない代わりに首を振ると、さらに掴んでいる手の力が強くなった。
「なんでか…言えよ」
 何か、違う感情が含まれたかのような響きを持った声に、でも…答えられない。
だって言ってしまったら、二度と神津といっしょにいることができなくなる……。
 あと、少しだから。せめてそれだけでもいっしょにいたい。たとえそれが、どうでもいい存在としてで……。
「もう、俺のことがいやになったか…?」
「……え…………?」


「俺のこと、もう好きじゃなくなったのか?」


 一瞬、世界が止まった。
「たぶん隠してるつもりだったろうけど、バレバレだったぞ」
 理解できなくて……。
でもその言葉の意味をようやく理解した瞬間、奇妙なほどに納得できた。
「は……はは…っ」
「なに?」
「あははははは…」
「奥本…?」
 乾いた、歪な笑い声が口から漏れていく。
 僕の嗤いに神津が困惑したように名前を呼んでくるけど、それに構わず嗤いは続いた。
「今まで、ごめんね?」
 こんなふうに神津のことを好きになって…、それなのに友達ヅラしようとして……。
「は…?」
 それを神津は全部気づいてた……知ってた。だから……。
「やな思いさせて……ごめんね」
 もう、笑い声は出なかった。
 だけど、ひび割れた笑顔を貼り付けて、僕は神津に謝る。
「どういうことだよ? なんで謝るんだ?」
 聞かないでほしい…。全部、わかってるくせに……。
「僕の気持ち、知ってたんだよね? だからあんなことしたんでしょ……?」
「あんなこと、って…」
 ――まだ、しらばっくれるんだ…?
 どんどん感情が昂ぶってくのがわかる。
「僕のことなんか気持ち悪いから、嫌だから! だから、あんな…っ、ふうに思い知らせたんでしょ……?」
 言えば言うほどに、自分が惨めで……。そして神津に嫌な思いをさせてしまう言葉が、勝手に口から滑りでていく。
 もうおしまいだから、最後まで、綺麗な思い出にしておきたかったのに…。それすらも、もう叶いはしない。
「僕ね、神津に誘われて、すごく嬉しかったんだ」
 神津の顔を見ずに、言葉を続ける。
 神津の顔を見るのが怖くて、どんな表情してるのかわからなかったけど、神津は僕の言葉に何も返してくれない。
「なのに、神津にとって僕は、片手で済ませとけばいいような存在でしかないって…。そう思い知らされて……つらかった…っ」
 僕が、神津に選ばれることなんかない。
だから、せめて友達でいたい。
 それだけの思いさえも、全部否定されて……すごく痛かった…。
「…ひ……ぅ…っ」
 もう、何も言えなくて、情けない泣き声が漏らしてしまう。
 せめて神津に顔を見られたくはないのに、まだ神津に手首を握られたままで、隠すことも上手くできない……。
 ――…も、やだ……。
「……ぇ、く…っ…」
 そう思うのに、逃げてしまいたいのに、手を振り払うこともできなくて……。ただ泣くことしかできない自分が、とてもいやだった。
「おまえは、さ……」
 とても静かな声で、神津が話しかけてくる。
「俺のこと信じてないってことだよな」
「――――――っ」
 切りつけられたみたいに胸が痛い。血が出てるような錯覚まで襲ってくる。
「どうやって、信じればいいの…?」
 どこかで、抑えてたものが切れてしまったような気がした。
「何にも言ってもらえないで、あんなふうに置き去りにされて、どうして待ってられるの? 好きな人に、あんなふうに置いていかれてっ、なのに、僕は悲しんじゃいけないの!?」
「別に、あれは……」
「戻ってきてくれるかも、わからない人を、ただ待ってなきゃいけなかったの!?」
 悲しいのか悔しいのか、もうわからなかった。
 昂ぶりきった感情のまま僕は叫び続けて……、神津が何かを言いかけたことにも、自分が何を言ってるのかも気づいていなかった。
「周りの人は、みんな楽しそうで……! そんな場所にあんな惨めで、悲しい気持ちでいられるわけ、ない! それでも……僕は、待ってなきゃ、いけなかったの……?」
 自分の声が掠れている。頬が濡れているのにも気づいた。
 それが何を意味してるかなんて、わかりたくもなかった。
 いつの間にか、神津の手が放されていて、当たり前のことなのに馬鹿みたいに傷つく。
「置いていって、悪かった……」
 気まずげな神津の声。
 こんなふうに泣きながら喚き散らされたら当然かもしれない。
 もう、僕の存在は神津にとって、迷惑なものでしかないんだから……。
「もう……いい……帰る…」
 思っていたこと――言うつもりのなかったことまでも、全部言ってしまった。
 これ以上、ここにいたら……本当に駄目になってしまう……。
 だから僕は神津に背を向け、家のほうに歩き出して…。
「なあ」
 ガクンと足が止まったのは、また、神津に手を掴まれたから。
「俺の話は聞いてくれないのか?」
 真剣な声と表情で神津が聞いてきて……それに首を横には振れなかった。
 僕が何も返せずにいるうちに、神津はとても優しい口調で話し出した。
「まずは、置いていってごめん」
 本当に悪かったと思ってる声。
「もっと早く戻るつもりだった。けど、俺に話しかけてきた奴は、……友達の友達っていうか……」
 一生懸命説明してくれようとしている神津。けど、どこかぼやかしたような言い方に納得はできなかった。
「……がい………」
「あ…?」
「おねがいだから……本当のこと、言って…?」
 そしたら、ちゃんと踏ん切りを付けられる。
 ちゃんと………諦めることが出来るから。
「……………………」
 けれど神津は黙り込んでしまって……。
 ――やっぱり、ダメなのかな…。
 僕にはそれを聞く権利も、ないのかな。
「あ~、くそ! やっぱ全部説明しなきゃダメか!」
 ――……え…?
 知らないうちに俯きがちになってしまっていた顔を持ち上げると、そこにあったのは読み取れない複雑な表情で頭を掻く神津。
 そんな顔を見るのも初めてで、こんな時なのに、それに見入ってしまう。
「あのな……三ヶ月くらい前に、俺に彼女ができたって言っただろ?」
 その言葉に頷く。
「あれな、実は同じ中学の奴に頼んで一週間だけ彼女のふりをしてもらってたんだ」
「ふ…り……?」
「そうだ」
 あのときは散々からかわれた、と神津は眉をしかめるけど、僕はちっともわからない。
「どうして…?」
 問うと、神津は気まずげに目を逸らして……間違ってたら悪いと前置きしてから話し出した。
「俺が……奥本に好かれてるんじゃないかっていうのは、修学旅行のあたりでなんとなく思ったんだ」
 本当は、もっと前からだけど……あえてそれを否定することはない。「だったら……なんでその時…」
 遠まわしでもいいから、僕の想いに答えられないって言ってくれなかったんだろう…?
「奥本はなんの脈絡もなく、『自分のことが好きか?』なんて人に訊けるのか?」
 ぐっと言葉に詰まる。
 僕自身、そんなことを聞く勇気なんか、ほんの少しもなかったから。
「自意識過剰なんじゃないか、って自分のことを疑う方のが普通だろ? ……だから、中学の奴に付き合ってるふりを頼んだ。そしたら、奥本は嫉妬してるみたいで、それでやっと確信が持てたんだ」
「そ、れで……?」
 言われれば言われるほどにわからなくなってくる。 
 なんで神津は、そんなめんどくさいことまでして、僕の気持ちを知りたかったんだろう…?
「で、さっき俺に話しかけてきた女の子だけどな。あの子はその偽装彼女頼んでた子の友達なんだと。俺が一方的に弄んで捨てたように思えたから文句言いに来たんだと!」
 その言葉で、あの女の子と神津が『そういう関係』になってなかったとわかって、どこかでホッとしてる自分がいる。
 だけど忌々しげに言い放つ神津の心の中が全然見えないままで……。
「じゃあ、なんで……言ってくれなかったの…?」
 ただそれだけのことだったら、もっと…ちゃんと言ってくれれば、あんなふうに悲しまなくてすんだかもしれないのに。
「言えると思うか?」
 不意に神津の声が真剣なものになる。
「え…?」
「『奥本の気持ちを推し量るためにやったことの後始末に行ってくる』なんて、みっともなくて言えなかったんだ」
 苦々しい口調。
 まるで何かを後悔してるかのような言い方で、神津は言った。
「好きな奴に、そんな情けないところを見せたくなかったんだよ」
「…………え……?」
「もう、全部ばれたけ…」
「うそだっ!」
 近くにいる神津の胸を突き飛ばす。
 掴まれていた手が離れて、神津と少しだけ距離が開いた。
「どうして、うそだなんて言うんだ…?」
「だって………だって、そんなはずない…もん」
 頭の中が混乱しきっていて、自分が何を言いたいのかすらろくにわからない。
 ――だって、神津は……かっこよくて、みんなに好かれてて…。
 僕なんて、神津にとってどうでもいいはずなんだから…。
 なのに、神津は……僕のことを…?
「じょうだん……でしょ? なんで、そんな……」
「こんな時に冗談なんか言えるわけないだろっ!!」
「……っ!?」
 すごい大声で怒鳴られて、身体が竦んだ。
「祭りに奥本を誘ったのは……付き合ってくれって言うつもりだったからだ」
 有り得ないセリフに、でも今度は口を挟むなんてことはできなかった。
「だから、山下と永井が別行動するってわかったときは、正直チャンスだと思ったし……、実際奥本と屋台とか回ってて、かなり浮かれてた」
 何も言えず、僕はただ神津の言葉を聞く。
「それなのにあの女の子と会って、あの話を持ち出されて…それを奥本の前でしたくなかったんだ」
 唐揚げ棒の屋台の前の二人を思い出して、胸が絞められる。
「片手で済ませばいい……って奥本は言ったけど、あれは少し待っててくれって言いたかったんだよ」
「そんなの…」
「ああ、わかるわけないよな? でもあの時の俺はそれで通じると思ってたんだ。……本当に馬鹿だった…」
 ごめん、と神津は一度頭を下げて、そしてまた話し出す。
「それで思ったより時間が掛かって、元の場所に戻ってみたら奥本がいなくて、ものすごく焦った」
 それに反論しようとして……でも神津に先にわかってると言われてしまった。
「さっき聞いて全部わかった。……結局のところ、俺が全部悪かったんだ」
 本当にわるかったとまた神津が頭を下げる。
 そしてそのままの体勢で、さらに言葉を続けた。
「ぶっちゃけ、自分でも相手の気持ちがわからなきゃ動けない臆病者だっていうのはわかってるし、今日もこんなに奥本のことを泣かしてる最低な奴だってのもわかってる」
 そこで神津は顔を上げた。
 試合の時のような、迷いのないまっすぐの目が僕のことを見つめていて…。
「だけど、俺は本気で奥本のことが好きだ」
「――――……っ」
 また、新しい涙が頬を伝っていった。今日は神津に泣かされてばっかりだ。
 泣き出した僕に神津はうろたえるようなしぐさを見せて。そんな神津に僕は自分から歩み寄った。
「僕……もう、我慢しなくてもいいの…?」
 ――諦めようと、がんばらばくてもいいの?
 涙を拭わないまま神津を見上げると、神津は大きく頷いてくれた。
「あのね……」
 ずっと我慢していた……押し殺さなきゃいけないと思っていた気持ちを、初めて口にする。
 そして神津の胸に顔を押し当てると、神津は僕のことを抱きしめてくれた。
 痛いくらいの強さだったけど、でも神津の腕の中で、僕はすごい幸せだった。
 もう、この幸せを宝箱に取っておくことなんかない。
 神津のことを諦めなくていいんだから…。
「もう終盤の方だけど……もう一回、祭りに行くか?」
 少しの間抱き合ったままでいて、そして不意の神津の提案に僕は頷く。
 神津に手を引かれて、僕はまたお祭り会場の方に足を向けた。
今日ここに来た時のような、すれ違った気持ちのままじゃない。

 ちゃんと恋人として手を繋いで。

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最終更新:2008年06月14日 00:28
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