188 名前:
◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/23(木) 21:32:15.46 ID:KDl1Y5nM0
しばらくしてか・・お粥を食した私はただ呆然と部屋の中をすごしていった。両親に裏切られ・・挙句の果てにはかっての仲間に追われと 私の心は破裂寸前であった。彼のほうはというと私の食事を片付けた後、この部屋の中で読書に勤しんでいた。ただ・・私は会話もなく彼との気まずい空間を 送っていた。そして・・この静寂空間の中で根負けした私が徐々にではあるが口火を切っていった。
「なぁ・・どうして俺を拾ったんだ」
「偶々、ここのあたりに来てみたらあなたたちが倒れていたんです。だから僕はお2人の治療に専念させてもらいました。 まぁ・・ほんの応急処置ですが」
「・・そうか」
その後も私にしては珍しくほんの少しではあるが彼と会話らしい会話をした。彼は笑顔で私の会話に応対していた。・・考えてみれば前にここで入院したとき会話らしい会話すらしていなかった。 ただ、私が憎まれ口を叩いて彼との会話を拒絶する・・・そんな日々であった。だから、こうして彼と会話らしい会話をするのは初めてであった。 私は時間を忘れて・・とは言わないがそれなりに彼との会話をぼそりと続けた。そして私はあの女の子のことを聞いてみることにした。そういえば 今日は姿を見ていない。私は彼に女の子のことを聞いてみた。
すると・・彼は先ほどの笑顔を一変させて悲しげな表情をしながら女の子のことを語ってくれた。
189 名前: VIP勇者 投稿日: 2006/11/23(木) 21:33:53.66 ID:KDl1Y5nM0
「あの子のお母さん・・・先日、亡くなりました。あの子・・泣いていましたよ。やはり・・小さい未成熟な心では母親の死は大きすぎますよね・・ このときばかりは自分の無力さを禁じ得ないものです。“・・医者といっても決して万能ではない。必ず人というのは死するべきものだ”って最後に先生が僕に言ってくれましたね。 そうそうついこないだですか、あの子がここの病院に来てくれました。どうも・・あなたを探していたようですね。あの時はもうあなたは退院していましたのでいないって伝えるとこんな託を頼まれました。
“お姉ちゃんも負けないでね”って・・あの子は強い子ですよ。 ・・ってあれ?どうかしましたか?」
「・・・・そうか、そうだよな」
私は・・・再び涙が溢れてきた。なんでかわからない。だけど・・そのときばかりは女の子のことを考えると涙が溢れてきた。女の子は、その小さな体で母親の死という重いものを受け止め その傷を抱え必死に這い上がろうとしている。私よりも数倍強く・・それに大きいものだと自覚した。当時の私は・・心が脆すぎたのである。 だから・・こういった暴走行為を働いていたのだ。
今思うと当時の私はただ、人より少し寂しがり屋さんだったのかもしれない。だから・・誰よりも人から裏切られることが 怖かったのだ。
194 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/23(木) 21:54:59.03 ID:KDl1Y5nM0
私が泣きじゃくっている中、彼は撤兵の元へと案内してくれた。どうやら、撤兵のほうはかなり危険な状態だったらしい。彼の応急処置では 対処しきれずにジジィが何とかうまく対処して何とか助かったらしい。私は眠っている撤兵を見つめるとホッとした。彼もそんな私の表情を見たのか笑顔で 応えてくれた。
「この人も危なかったんですよ。先生が対処してくれなかったらどうなっていたことやら・・」
「そっか・・」
私は横たわる撤兵を見ながら今後どうしようかと考えた。撤兵はともかくとして私はもはや天涯孤独の身・・幸い両親からもらった金から切り崩しながら 生活しているものの、それにも限界があった。・・それに暴力団に金を支払わなければならないし、経済的にも少しピンチであった。このままバイトで稼がなければ ならずどうしようかと悩んでいった。
- そんなことを考えていると私のまん前で寝ていた撤兵が目を覚ました。撤兵は慌てながら私のほうを見据えていた。私は撤兵に今までの経緯と事細かな事情を説明した。 説明を聞いた撤兵は彼が持ってきてくれたお粥を食しながら私の話を聞いていた。
「そうか・・で、冷夏。金はどうするんだ?」
「・・俺の口座から払うよ、流石の俺も暴力団とは揉める気はない。幸い俺にはあいつらがあてつけ半分で残した金があるわけだし・・な」
「・・・すまんな」
撤兵は私の話を聞くと謝っていた。私は金を払うためにこの場を立ち去ろうとすると、すべての話を聞いた彼が私の前に立ち塞がった。
196 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/23(木) 22:04:47.89 ID:KDl1Y5nM0
「何のつもりだ・・どけ」
「嫌です・・失礼ですが今までの話を聞かせてもらいましたがそんなことは間違っています」
彼は頑として私を通す気はないらしい。まぁ、今思えば彼らしい行動だとは思うのだが、当時の私はそんなことを露知らずにこの場を 押し通そうと思った。
「てめぇは、何もわかっちゃいねぇ!!・・俺は暴力団と揉めたんだ。奴らは金さえあれば見逃してくれる・・あいつらからお尋ね者となった俺はこうやって 金さえ払えば解決するんだよ!!!」
「だったら、なおさら警察に!!!」
「わかってねぇな!!!俺はサツからもお尋ね者なんだよ!!!・・第一、奴らが俺の話を信用なんてするもんか!!!」
私はそのまま無理矢理彼を押し通すとそのまま金を振り込むために自宅へと向かっていった。事実、金さえ払えば奴らとは係わり合いがなくなる。そう私は思った・・ 診療所を出る時、私は小さい声で彼に一言・・こう言った。
「・・・・面倒見てくれてありがとよ」
私にしては初めて素直な台詞であった・・・ そこには撤兵の心配げな表情と・・彼の悲しげな表情と瞳があった。
481 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/25(土) 16:30:59.89 ID:VFHdnd0k0
この街中・・機械音が私の中をむなしく響く、最近の銀行のシステムは進化したものだ。ただ、機械的にお金を振り込みなんら躊躇いもなく 作業をしている。私は機械的にボタンを押すと作業を終了した。・・こうしてみるとどっちが機械なのかわからないぐらいだ。
“ゴ利用イタダキアリガトウゴザイマシタ。オ金ハ指定ノ口座ヘト振リ込マレマシタ。マタノゴ利用ヲオ願イシマス・・”
(これで・・よかったんだ。・・・これで)
機械化になってももサービス精神を忘れてはいないらしい。お金を振り込んだ後、私はそのまま後腐れもなくその場を去った。 ただ・・私の中では少しばかりの後悔が残っていった。
「フッ・・これからどうすっかな?」
このまま、無職で暮らしていけるほど私には経済的な余裕はない。やはり、何らかの方法でお金を稼がなければまずいだろう。このまま学歴もなく 呆然と過ごしていったってなんら変わりもしない。懐にあったタバコに手をとると今までのうやむやが煙となって吐き出されていく・・ だけど、それはその場凌ぎにしか過ぎなかった。私の周りには誰もいなかった。
家族も・・
仲間も・・・
気の合う友人や恋人も・・・・誰一人として私の周りにはいなかった。
今の私の周りは幾つもの絶望と・・それに度重なってできた心の傷が残っていた。
483 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/25(土) 16:51:33.58 ID:VFHdnd0k0
「あ・・」
「・・・・・」
なんら見返りもなく、私はそのまま家に帰ると彼と会った。出会った瞬間、先ほどの雰囲気を思い出した・・ 私はだんまりとしながらそそくさと自分の部屋へと入っていった。部屋に入った私はただ・・ポツリと先ほどの言葉を思い出していた。
“・・・・面倒見てくれてありがとよ”
なんで自分からあんなことを言ったんだろうと・・本来なら絶対言うこともなかったお礼の言葉、誰にも言ったことすらなかった。子供の頃は やれ後継者だの品格だのどうでもいいことばかりを叩きつけられた。それに勉強に雁字搦めにされ自由すら与えてもらえなかった。おかげで、中学生の頃には それらが一気に爆発し金武愚を結成して一気にTOPへと上り詰めた。この頃になると私の周りには力しかなかった。力さえあれば上へと上り詰める・・まさに弱肉強食
“弱き者は強き者へと喰われるもの・・・”
そう、常々思ってきた。そして私も・・弱者となり喰われた。弱者へと転落した私には何も残っていなかった。すべては女体化してからこうなったのだ。私は女体化した 自分を恨んだ。そう何度も何度も・・・そんなときに出会ったのがあいつだ。怪我をした私になんら変哲もなく笑を撒き散らしながら私と対等に接してくれた。ある意味、新鮮なものだった。 今までは、私に接してきた人間は撤兵を除いてはみんな・・腹を隠したまま“機械的”に接していた。人として情すらなく、ただ自分が有利なように力の強かった私に接していた。 だけど・・私の力不足を見抜いた奴らは私を見限った。
- そんなことはわかっていた。・・わかっていたのだ。私とてそう思ってきた。・・・だけど、いざ実際に体験してみると心身ともにざっくり切り裂かれたように痛み出すのだ。 その痛みは・・私を震えさせるのには十分であった。傷つけ傷つき合って・・最後には痛みが残る。
私は・・生きていくのにだんだんと疲れてきた。
485 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/25(土) 17:10:24.71 ID:VFHdnd0k0
翌日・・私にしては珍しく早起きだった。私はタバコに手をとると最後に一本であった。最後のタバコを吸ってみるといつもより違って不味かった。 すると、隣の部屋から誰か出てくる音が聞こえた。彼だ・・どうやらあそこの診療所に行くらしい。・・ついでなので私も着いていくことにした。 私は最後のタバコを咥えながらドアを開けた。“ある目的”を達成するために
「おい、あそこへ行くんだろ?・・道わかんねぇから、案内してくれ」
「・・いいですよ」
こんな私の強引なことでも彼は笑顔で病院まで道案内を引き受けてくれた。病院へ向かって歩いている途中、彼は私に撤兵の症状を 話してくれた。
「彼女・・あれだけの症状なのに瞬く間に回復したんですよ」
「まぁな・・あいつもただじゃくたばらねぇからな」
撤兵がそうそうくたばるはずがない。何せ、当時の私よりと互角に渡り歩いた男だ。 ・・それにしても今日はよく会話が弾むものだ。なんでだろうと思いながらも私は当時の診療所に行く目的を思い出していた。そう・・生きることに疲れた私は もう、現実を向き合う気力がないのだ。
できれば・・誰にも迷惑をかけずに死にたい
そんな想いが私の中を支配していた。それに幸い私の周りには誰もいない。死ぬときには誰にも迷惑をかけないだろう。それに私が死んだって誰も悲しむこともなければ 慌てることもない。この世の中・・人が1人死んだってなんら変わりなく、ただいつものように時を刻んでいくだろう。
- そんなことを思っていると、私は診療所へとたどり着いた。
492 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/25(土) 17:51:48.68 ID:VFHdnd0k0
診療所の中に入ると、まだ誰もいないようだ。私には好都合であった・・私はトイレに行くといい診療所の薬があるほうへと 向かっていった。流石に診療所だけあって薬は豊富にあった。私はその中から致死率の高い薬を取り出すと懐に隠していった。 薬を盗った私はそのまま部屋を後にした。
部屋と後にした私はそのまま撤兵のいる病室へと向かった。病室に入ると撤兵は快く私を出迎えてくれた。
「冷夏!」
「よっ・・その様子じゃ、元気そうだな」
「まぁな」
撤兵はとても病人だと思えないぐらいに元気そうであった。普通、女性の体で全身打撲は男性の違いかなりの損傷だろう。 それでも元気な撤兵は恐ろしくタフなんだと自覚させられた。そんな撤兵と気軽に話していると、ふと撤兵が昨日のことを話してきた。
493 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/25(土) 17:52:12.25 ID:VFHdnd0k0
「冷夏・・結局、振り込んだのか?」
「・・ああ、でもこれで奴らとはおさらばだろう」
先ほどの明るい雰囲気とはうって変わり、場の空気は重苦しいものとなった。でも、これで奴らは俺らには手出しはしてこないだろう。そう・・思いたいものだ。 それにもう・・私はこの世からいなくなるのだから。
「じゃ、俺帰るわ。撤兵、無理すんなよ」
「ああ・・また走ろうぜ」
「あ、ああ・・またな」
純粋に微笑む撤兵を見るとつらいものであった。なんかこう・・心を縛り上げるような痛さだった。私はそのまま静かに病室を出た。 その時の私は始めて死ぬことに躊躇し始めたがすぐに迷いを消した。
(・・悪いな、撤兵・・・俺もう・・疲れちまったんだ。何もかも・・)
撤兵の病室を背に私はそんなことを思いながら自宅へと帰っていった・・
20 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/27(月) 18:57:50.77 ID:sf5hIdkh0
自宅へ戻った私は部屋の片隅でじっとあの薬を見ていた。青酸カリ・・ラベルにはそう書いてあった。よく推理小説などでは粉状にしてあるが 医療技術の進歩により錠剤へと変わっていた。 なぜ、診療所にこれがあるかは謎であったがそんなことは私にとってはどうでもよかった。もう・・人と付き合うことに疲れたのだ。
これで楽になれる・・
もう、何も苦しまずにすむ・・
そう私は思いながらビンの蓋を開けて薬を手のひら一杯に取り出した。たった小さな薬なのにこれだけで人、一人を簡単に 殺せるとは今日の科学の進歩を思い浮かべる。昔に比べたら随分、進歩したようなものだ。私はそのまま薬を口に含もうとすると 突如として手が震え始めた。震える手はそのまま青酸カリを私の口に含もうとはしなかった。無理に力を強めても無駄なことであった・・
私は・・己の運命を呪った。・・だけど、それは私の中のわずかな理性が働いた証拠なのかもしれない。
21 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/27(月) 18:59:19.31 ID:sf5hIdkh0
「チクショウ!!!・・なぜ、なぜなんだ!!!なぜこの俺を死なせてくれないんだ!!!!! ・・・誰からも裏切られて、もう傷付くのは嫌で・・楽になりたいのに
なんで・・なんで、死なせてくれないんだよ!!!!!!!」
私は断末魔のように叫んだ。肝心なときになって体が拒否反応を示すのだ。・・死のうにも死ねないのだ。私はそのまま薬を投げつけ、付近にあった包丁を取り出すと手首に翳した。 すると、体中からは震えがいたるところに発生し、私は持っていた包丁を落としてしまった。すると、それと同時に私の部屋に誰か入ってきた。 ・・彼だ、私は突然の来訪に呆気をとられた。彼は私の元へゆっくりと歩みを続け、私の目の前に止まるとそのまま私の頬に一発ひっぱたいた。
私はひりひりする頬を捉えながら彼をじっと見ていた。すると彼は・・悲痛な叫びで私に訴えかけてきた。
「あなたは・・あなたは・・なんで自分を大切にしないんですか!!!!・・なんで、誰かに頼ろうとしないんですかッ!!!!」
彼のその悲痛な叫び・・私はそのまま糸が切れたマリオネットのように彼に寄り添いながら・・泣いた。もうずっと・・声を押し殺しながら泣き続けていた。 今までの私の膿のように涙は私から流れ尽くしていた・・
22 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/11/27(月) 19:08:40.29 ID:sf5hIdkh0
「・・あの時、あの人が来てくれなかったら、私は今頃あの世逝きだったでしょうね」
そう誰もいない保健室で私は呟きながらポケットからあの薬を取り出す。そう、あの青酸カリだ。もちろん中身は空っぽだが今でもこの薬を見ると あの時のことを思い出す。あの時、彼がいたから私は自殺を思いとどまった。そして、長年遠ざかっていた人の温もりに触れることができた。だからこうして生きていけれる。 もう、女体化してかなりの年数だがようやく自分を受け入れることができたと思う。そんなことを思いながら私はかすかに微笑した。
「さて、帰りましょ。今日は仕事が速めに終わるって言ってたし・・」
私は薬をポケットに入れるとそのまま帰り支度を始めた。今日は大したことがなかったので早めに仕事を切り上げることができた。保健室の先生というものはこうも暇なものかと 実感できる日々であった。私はそのまま職員室で日誌を提出すると停めてあった車に乗り込み旦那の仕事場へと向かった。
たまにはこちらから驚かすのもまた一項かと思いながら私は車を旦那の仕事先まで進めていった。
最終更新:2008年09月17日 19:12