『礼子先生』(12)

18 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/19(火) 21:01:46.91 ID:g8F+wfwa0

それから更に数年の時が過ぎた。3年生にあたりになると養護実習も本格的に始まり時間的にもかなり慌しいものとなった。 彼のほうも・・よくわからないが、かなり忙しいものになるらしいと言っていた。それ故に私たちは余り遊べる余裕がなくなってきた。 だけど・・一応時間は作っては何とか交友を図っている。そして、4年生あたりになるとその勢いは更に加速しもう猫の手も 必要なぐらいに論文やらいろんなのが莫大な量となって私たちに押し付けられてきた。時には図書館閉館ぎりぎりまで作業が及ぶ こともあった。だけど私は来るべき教採に向けて鬼のごとく勉強した。そして少ないお金をやりくりしながら面接用の服も買った。 大学卒業後・・私は教員採用試験に臨んだ。本来の希望は小学校の教諭であったが、余りにもの倍率の多さから高校生のほうへと 変更した。まぁ・・多感な時期ではあるが何とか大丈夫であろう。

そして・・長い長い勉強の成果がここに現れた。さまざまな面接や試験を潜り抜けて、私の部屋に郵送で合格通知と一緒にとあるものが 送られてきた。

「・・や、やった。こ、これが・・本物の教員免許か!!」

「そうだよ!!やったんだよ礼子さん!!!」

郵送されて送られたもの・・それは合格通知と本物の教員免許であった。本来ならいろいろな手続きを経て合格まで待たなければならないが、希望者 のみ、こうした郵送による合格通知と免許の発行についての書類が一斉に届くしくみである。私も面倒を省くためこうして一気に送ってもらった。 免許にはいろいろなことが書いてあったが、そんなことよりも私はあの苦労し続けた大学生活がようやく報われたのかと思うと、体中がどっと安堵感に包まれた。

その日は3人で私の教員採用を祝ってくれた。私は始めて人に祝ってもらってうっすらと涙を浮かべた。

429 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/19(火) 21:59:07.62 ID:g8F+wfwa0

それから更に2年の時が過ぎた。私は教員になってからすぐに通知が降りて、地方の高校の養護教員として編入されることとなった。彼や撤兵のほうも 無事、医大を卒業して研修医となった。それにしてもあの撤兵が医師免許を取れたことにかなり驚いたのも事実であった。 幸いにも場所はバイクで通えるものであったため、そこの面では助かった。それに彼と撤兵からは保健室の先生になるのだからある程度は 医療知識は知っておいたほうがいいといわれ、学校にあるな主な薬の種類や擦り傷に対する処置も教えてもらった。流石に現役の研修医であるため 2人の知識は計り知れないものであった。それに撤兵からは女体化に対する児童の反応を詳しく教えてもらった。 これは大学でも習ったことなのだが、撤兵は流石に女体化を専門と扱っていたため更に詳しく教えてもらった。こうして必要な知識を身につけた私は 養護教員として生活することとなった。

保健室・・それは生徒の精神的な部分をサポートするもの、特に私自身が女体化したこともあってかかなりの生徒が押し寄せてきた。最初は私も 驚きつつあったのだが・・まぁ、自然と時も経てば自然とこの環境にも徐々に慣れていった。ちなみに保健師の資格を持っていればもうランクアップできるらしいのだが そんな暇など余りなかったので、一介の養護教員のままであった。それにしても、私のところへはよく相談に来る生徒が多い。時には女体化した生徒も私の元へとやってきた。 やはり、初めての女体化というのは不安があるものだ。この現実とのギャップに悩みながら生きていくには少々辛すぎる。だから私はそういった生徒の悩みも徐々に解きほぐしていった。 そんな成果もあってか、生徒受けは自然とよくなっていった。

だが、ある日・・私の身に決定的な変化が起きてしまう。

その日、私は彼と一緒に朝食をとり、いつものように準備をして学校へと向かおうと思ったのだが・・突如として原因不明の嘔吐が私を襲った。 私には何なのかはわからなかったのだが・・彼のほうは徐々に顔が青ざめていった。

「まさか・・礼子さん!!早く病院に行こうッ!!」

「あ、ああ・・」

なぜか・・必死に病院を勧める彼に疑問をもちながらも、私は・・産婦人科へと向かった。

432 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/19(火) 22:15:38.51 ID:g8F+wfwa0

結果は・・妊娠していた。

私は彼の子を知らぬ間に身篭っていたのだ。・・一応、避妊はしっかりしてきたつもりなのだが、やはりそこは詰めが甘かったようだ。 あの嘔吐も妊娠の際から出たものらしい・・私は衝撃の結果を聞いた後、呆然としながら病院を後にした。すると、病院を出た際・・彼が出迎えてくれた。

そして・・私にただ一言

「ごめん・・」

彼は涙ながらに私に謝っていた。だけど・・彼がどう謝ってもこうなってしまったからには取り返しのつかないものだ。これからのことを考えなければ ならない。私たちはそのまま重たい・・重たい現実を受け止めながら家へと戻った。

仕事も順調、人間生活共に最高潮だった私の生活は妊娠という思いがけないイレギラーと共に音を立てて崩れていった。

私は彼と一緒に歩いていく中、お腹の中に宿した新たな命をさすっていた。私の中で今、2つの命が生きている。考えてみれば不思議なことなのだが、こう実感も 余りわかない。ただ・・その目覚しい命の息吹は私の歩調を重くするものであった。当時の私の年齢からすれば同い年の妊娠なんてほかにもたくさんあるだろう。 そしてそれを祝ってもらい子供を産む・・だけどそれは裕福層に限った話だ。当時の私にはこれっぽっちも裕福な生活は送っていなかった。それどころかいつも ギリギリの生活だ。ちゃんとした給料をもらっていても“若干”の余裕しかない。それに社会的な立場から見ても余りいいものではない・・

私はこの宿された命と共に今後の現実を重たく受け止めながら家路へと帰っていった・・

436 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/19(火) 22:28:34.69 ID:g8F+wfwa0

「なッ・・なんだとォ!!!!―――妊娠ッ!!」

「ああ、1ヶ月らしい・・」

とある喫茶店内の会話・・私は思い悩みながらも撤兵に妊娠の事実を伝えることにした。当然、私の予期せぬ妊娠に撤兵は驚いていた。 そして徐々に撤兵からは怒りのオーラが噴出していった。

「・・おい、泰助はどうした!!あの野郎を今すぐつれて来い!!俺ァ!!ちっとも納得がいかんぞ!!!」

「ま、待ってくれ・・俺らもこの状況を受け入れられている余裕がないんだ。結果だけでも相当堪えたよ」

私は怒りだす撤兵を何とか抑えると、この状況について考えようとした。彼は研修医だといっても経済的には私と同様、余り余裕がない。 さらに、望まぬ形で妊娠してしまったのが相当堪えたのだろう。ショックで会話のままならない状況であった。それに私もまだ駆け出しの身・・ 互いが仕事上の経験もないままそんな中途半端な環境の中でまともに子育てなどできるはずがなかった・・

「それで・・お腹の中の子供はどうするんだ?」

撤兵の言葉に私は震える中、残酷な選択をせざる得なかった。

「・・・・・・堕ろす」

「そうか・・・」

その後は互いに目立った会話もなかったまま私は決断を下した。極めて残酷な決断を・・

444 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/19(火) 23:01:32.13 ID:g8F+wfwa0

私はそのまま家に帰ると、彼に私の決断を言った。彼のほうも・・ただ、だんまりとしながら私の決断を受け入れた。そのまま・・会話のない 食事が続いた。彼は私に対して何の言葉も発さなかった・・いや、発せなかったんだと思う。この氷のような冷たい現実にただ従うしかなかった。 こうして私が食事をとるたびに私のお腹の中にいる新たな命が育っていく・・私はそれがたまらなく愛おしくなった。あの時、撤兵と会話したときに 不思議と冷静に淡々と話せたものだ。

食事を摂り終えた後、私はじっと・・腹部をさすった。もう少しまともな環境であればこうして無事、日の目を見ることができたであろう。 だけど・・私たちが至らぬ、まだ極めて未熟な状態で出来てしまったのが、たまらなく申し訳なかった。

(・・なんで、こうなってしまったんだろうな?俺が・・俺がもう少ししっかりしていれば・・お前を見れたのになぁ・・)

子供に対する自責の念が私を強く苦しめる。彼のほうもそんな私を見ながら・・目を瞑っていた。結局私たちは・・せっかく宿した命を消すことに なった。だけど・・私はこの子供が大きくなって将来何になるのかということを考えたかった。この環境でなければすくすくと育っていただろう・・ そして将来・・何か大きいことをやっていたのかもしれない。

私はそんなことを考えながら眠った。

445 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/19(火) 23:01:59.91 ID:g8F+wfwa0

・・そして中絶の日、私はあの産婦人科で中絶手術をすることとなった。事は淡々と進んでここまでこぎつけた。なお、学校は体調不良を理由に休んでいる。 手術するとき、彼が私の傍でこう言ってくれた。

「・・ごめん、僕が不甲斐ないばかりにこんなことにしまって。また、頑張ろう。この子の為にも・・・ね」

「・・ああ」

どんな言葉でもいい・・今は彼の言葉がほしかった。じゃなきゃ、自責の念に押し潰されてしまう。だからそれから逃れるためには彼の言葉がほしかった。 中絶手術は思いのほか順調に進んだ。私は目を瞑りながら・・そっと子供にこうつぶやいた。

“ごめんね・・”

だけど、私の身体は思わぬ形で変化を迎えていた。

522 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/20(水) 03:33:27.99 ID:XYdsQHRS0

中絶手術から程なくしてか・・まだ見ぬ我が子を堕ろした私はその自然とショックに包まれながらも彼に支えられながら何とか立ち上がって その足で歩こうとしていた。その矢先の事だった、私は彼と一緒に手術をした産婦人科へと向かった。彼のほうは・・なぜかやりきれないような 表情であった。産婦人科の先生は一呼吸置いてか・・私に残酷とも言える結果を突きつけた。

「・・もう、あなたには子供が出来ない身体です。詳しい原因はわかりませんが 手術の後の検査の結果・・」

“あなたには子供を宿せない身体になったんです”

「―――ッ!!!え、えッ・・・う、嘘だ・・ろ・・・」

この一言は・・私の希望を大きく崩すものとなった。もう・・子供の出来ない身体となってしまった。私の身体・・ついに二度と消さないぐらいの傷を負ってしまった 私自身・・その結果は私を現実から突き放すには十分すぎるほどであった。私はこの結果をただ聞くだけで精一杯であった。もう、身体の回路が半分以上閉じていた。 そして彼が無念そうに下唇を噛みながら呟いた。

「・・僕だって、最初は耳を疑ったよ。・・元々、礼子さんの身体は子供の出来にくい体質だったらしいんだ。それに中絶による何らかの負荷がかかって・・」

彼はそのまま口を噤んだ。これ以上言いたくないんだろう・・めったに泣かない人が今日だけは泣いていた。私は・・泣くことさえも出来なかった。もう2人で子供を作ることさえも 出来ない。もうこの手で赤ん坊も抱いてあげることさえも出来なかった・・ こんな形で・・こんな形になってしまうなんて・・せっかくこの世に目覚めた命をこの手で潰して、また彼と新たな命を作りたかったのに・・傲慢な考えだけれども、それがあの子に対する瀬一杯の 償いだと思っていたのに・・それがもう出来ないなんて・・ごめんねといいたくても、もう・・謝れない。あの子は無念のまま私たちの元から去っていった。 私はこの無念を晴らしたかった。

あの子は、私たち夫婦の最初で・・最後の子供であった。

523 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/20(水) 03:55:47.82 ID:XYdsQHRS0

それからというものの私は日常の業務もままならない状態であった。学校へは何とか勤務しているものの、必要最低限のことしか 出来なくなっていた。やはり、こういったことは時間がゆっくりと解決してくれるものだ。だけど、それはじっくりと痛む傷に耐えなければ ならないものでもあった。じっくりと傷が痛む中、まるで無限地獄のごとく時間は残酷にもゆっくりと流れていった・・ 撤兵もそんな私を何とかしようと影ながら支えてくれるのだが、それでも傷の痛みを和らげる一時凌ぎでしかなかった。まさに今の私はぽっかりと開いた 心の穴に喪失が染み込んでいた。彼のほうも罪の意識があるのか・・いつものような笑顔はなく、ただ淡々と1日を過ごしていた。

「ちょっと・・散歩でもしてくるか」

珍しく、部屋に1人いた私はそのまま散歩に出かけた。いい気分転換になると思ってのことであった。どことなく道を歩いていると今までと同じ場所や 昔とえらく変わってしまった場所・・いろいろな景色が私を出迎えてくれた。私はそんな景色に色好いながらも道という道をあてがいもなく歩き続けた。

(こんな事しても、何にも変わりないんだな・・)

別にただたんに歩いているわけじゃない。あの子を失った悲しさから脱却するためにこうして道々を歩き続けている。だけど・・そのたびに悲しさというものは 私から離れようとはしない。むしろ、しつこさがさらに増しているぐらいだ。忘れようにも忘れられない・・そんな気持ちが私の中を大きく錯綜していった。 何とか贖罪の道を考えてもちっとも思い浮かばなかった。だからこうして道々を歩いていた。

しばらく歩いてか・・私はあの場所へと歩を進めた。

525 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/20(水) 04:17:25.70 ID:XYdsQHRS0

「ここは・・」

私が歩きに歩いて辿り着いた場所・・それはいつぞやの土手にあったお花畑であった。周りは再開発の波が推し進む中、 そこはなんら変わりもなくあの時と同じ花々が辺り一面に広がっていた。

「そうだ・・ここで俺はあの子と出会った。何もかも絶望していた頃に・・」

私は土手に降りるとそのままお花畑の中を歩いていった。歩いていく中で暖かな日差しは私の心を少しずつ癒してくれるようなものであった。 そして徐々にあの頃を思い出した。何もかも絶望して人との接触を絶ち、自ら命を投げ捨てようとしたときのことを・・ 絶望しきっていたあの頃の私は自殺未遂まで犯すほど、この現実に絶望しきっていた。まだ、彼の存在も認めたくなかったあの頃・・ 考えると忌まわしきものなのに、なぜかえらく懐かしい感じがする。

私はそのまま歩いていくとあの場所へと辿り着いた。花々は過去の記憶と寸分も狂いもなく色あせていた。初めて、人と向き合い徐々に人としての感覚を 取り戻しっていったあのときの頃・・思えばあれがなければ私はここにいなかったのかもしれない。そういえば・・あの子は今頃どうしているのだろうか? 幼くして母親を失い、そこから出る悲しみにも負けず芯の強い心を持ったあの子・・あれからかなり時が経っているはずだ、もういい年頃のはずだ。

私は必死に周りを見ながらあの子を探していった。あの子を探してお礼が言いたかった。あの時の私を見事に立ち直らせてくれたきっかけを与えてくれた あの子に私はどうしても“ありがとう”とお礼が言いたかった。

私は必死に探したが・・あの子の姿はどこにもなかった。

527 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/20(水) 04:38:00.79 ID:XYdsQHRS0

「ハァハァ・・そうか、あれから結構経っているもんな。無理もないか・・」

私は足を止めた、そうだもうあれからかなりの年数が過ぎている。もしかしたら女の子はどこか遠くの地で暮らしているのかもしれない。 時間の流れというのは人を変えるのに十分である。あの子は・・今どこで何をしているのだろうか?全くわからなかった。

「・・・せめてあの子にお礼が言いいたかった。あの時のロクデモナイ俺をここまで立ち直らせてくれたもんな」

私はポケットからタバコを取り出すと一服した。このまま土手に座ってこの地であの子を待ってみたのだが、あの子は一向に現れる気配もなく、時間だけが 刻々と過ぎていった。それでも私は待ったのだが・・ついに太陽はその活動を終えようとしていた。私は空を見上げると紅蓮の色に染まる空が映し出されていた。 私はタバコを捨ててそのまま立ち上がるとこの場から立ち去ろうとした。この時間になっても現れないということは、あの子はもうこの地にはいないのであろう。 どこか暮らしているであろう、あの子は私と同様にこの現実にもがき苦しみながらも生きている・・そう私は信じたかった。

すると、この時期には珍しく風が吹いた。すると、その風の中からあの子の声が聞こえたような気がした。

“私に会いに、この場所を覚えてきてくれてありがとう・・”

そう、風に乗ってあの子の声が伝わった気がした。私は帰りに道の中、振り返りながら咲き乱れている花々に向けてこう小声で呟いた。

(あの時は・・本当にありがとう)

あの子には出会えなかったが、私はなぜかこの場所に向けてありがとうと言える自分が不思議でならなかった。だけど・・何年も言えなかった言葉をようやく言えたような 気がしてならなかった。あの子は遠く離れていた私にこのメッセージを送るためにこの場所へと私を導いてくれたに違いない。

私は、改めて一生かけても消えないこの悲しみと傷を抱えながら、また彼と共に歩いていこうと思えてきた・・

531 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/20(水) 05:16:26.68 ID:XYdsQHRS0

彼と共に再び歩いてみよう・・そう私は思えてきた。確かにあの子を失ったことは悲しい・・だけど、その悲しさにいつまでも負けては いけない。あの子は・・私たちの罪なのだ。望まぬ形で生まれてきた命・・それがあの子だ。あの子は私たちの未熟さ故に殺してしまった のだ。だから、こうして生きていくことがせめてものあの子に対する罪滅ぼしと信じたい・・

私は・・彼に抱きつきながらそう告げた。もう一度一緒に歩こう・・そしてあの子の分まで2人で生き抜こう。

そう、彼に私は告げた。彼はそのまま私の胸の中で泣いた・・私はそれを優しく包んだ。今までにもこうやって私たちは前に進んで歩いてきた。 だから、今後も私たちは前に進んで歩いていかなければならない、他ならぬあの子の為に・・ それから・・私たちは何とか2人で悲しさを乗り越えようとした。1人で抱え込んでいては絶対だめだ。だから、2人で支えあってこの罪を償う・・そう2人で決意した。 そして、私たちはあの子に名前をつけた。「伊吹」・・それがあの子の名だ。2人で考えて決めた名前だ。伊吹は・・きっと私たちを待ってくれるだろう。

私たちはそう信じていたかった・・

そしてもう一つ、私の身の回りにとある変化が起きた。彼と撤兵が研修医の期間から2年経ち、ようやく一人前の医者になろうとしたとき大きな知らせが舞い込んだ。 それは・・撤兵の渡米である。研修医となった撤兵は更なる努力を磨きつづけて、その結果、女体化を扱う部門で見事にTOPとなった。彼のほうも優秀な医者であることは 変わりはなかったが、女体化については撤兵のほうが彼よりも1つ2つ上を行っていた。撤兵はとある女体化の教授から直々に推薦をもらい、研修医からいきなり女体化を 撲滅を目標とした外国の医療機関へと所属することが決まった。これはかなり異例のことであり、撤兵がどれだけ成長しかを容易に窺わせた。 無論そこには知識の問題だけではなく言語の壁も大きく立ちはだかった。私はあの撤兵が英語を喋れるかどうか不安であったが・・本人はこの日のために英語漬けとなっていたらしい。 まるで中学生のようであったが、これが意外にも効果があったようで基本の英会話程度なら完璧であった。

そして私たちは空港で恐ろしいほど成長した撤兵を見ながら互いの健闘を称えあった。

532 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/20(水) 05:28:33.37 ID:XYdsQHRS0

「じゃ、日本代表として行って来るぜ!!必ず女体化を撲滅してやるよ!!!」

「ああ・・あんまり無茶すんなよ」

「わかってるって・・」

私が撤兵と会話をする中、彼がカバンからとあるものを取り出して撤兵に差し出した。それは、少し古ぼけていたノートのようであった。 撤兵は不思議ながらも彼からこのノートを受け取った。

「これはきっと今後の徹子さんの役に立つものです。受け取ってください」

「何だこれは?」

撤兵はペタペラとめくりノートの中をチラッと見るとにんまりしたような顔をしながら彼の肩をドンッと叩いた。

「お前・・いい仕事しなぁ!!」

「ええ偶然、先生のところへ来たら見つかったんですよ」

彼は撤兵と笑いながら話していた。考えてみれば撤兵が外国へ行くことによって、こうして3人一緒に会うことはかなり激減するんだよな。 そう・・私は思いながら撤兵との会話を時間を忘れるぐらい思う存分に話し込んでいた。

533 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/20(水) 05:47:11.92 ID:XYdsQHRS0

そして、飛行機のフライトの時間が近づくと撤兵は急に真剣な表情となって私たちにこう語りかけた。

「・・さて、時間だ。お前ら、あんな事があって悲しいと思う。だけどな・・俺はお前らがそれを乗り越えることを遠くから信じている」

「撤兵・・」

撤兵なりの励ましの言葉なのだろう・・あんなことがあって私たちは辛かったけど、こうしてまた一緒に手をつないで 歩いていける・・そうやっていつも私たちは前へ前へと進んできた。

「ま、ちょっと、しんみりしたな。・・休みになったらまた日本へ遊びに来るぜ!!冷夏、泰助!!元気で生きてろよッ!!!」

「お前も、ちゃんと頑張って働けよ!!!」

「おうッ!!しっかりと成果を上げちゃる!!」

撤兵は私たちに向けてグッドポーズをしながら、エスカレーターで私たちが見えなくなるぐらいまで見送った。そして私たちは撤兵の 乗っていった飛行機を空港で見送った。飛行機は撤兵を乗せて不思議なぐらい速いスピードでぐんぐんと日本から離れて飛び立っていた・・

撤兵を乗せた飛行機が完全に見えなくなると私は横にいた彼に今後、撤兵がどうなるのかと予測しあっていた。

534 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2006/12/20(水) 05:48:00.48 ID:XYdsQHRS0

「撤兵・・どうなるかな?」

「彼女は絶対やってくれるよ。不思議と・・そんな気がしてならなかったよ」

彼にしては珍しく絶対という言葉を使った。私は少し驚いたが彼がそういうなら撤兵はやり遂げてくれるだろう。そういえば彼は撤兵にとあるノートを 渡していた・・あれは何だったのだろう?

「そういえば・・あのノートはなんだったんだ?」

「えッ!!!・・あ、あれは」

彼にしては珍しくかなり動揺していた。よほど私に知られたくないものなのだろう。そうされると尚更知りたくなるものが人間だ。私は彼を更に尋問した。

「何なんだあのノートは・・」

「い、いや・・き、聞かないほうがいいと思うよ」

そういって彼は無理矢理、あのノートの話題をやめた。よほど知られたくなかったのか、あのノートについてはうんともすんとも答えようとはしなかった。 結局私はその時は諦めたのだが、そのノートの事実を知るのはもうちょっと先の話である。


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最終更新:2008年09月17日 19:18
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