82 名前:
◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:00:32.64 ID:xOpG2SJP0
私は親と言う存在にめぐり合えたことがない、だから親の愛情と言うのは信じられなかったし触れたことすらなかった。 だけどもそんな人たちでもれっきとした両親には変わりない、そういった情は注いでくれないとはわかっていたものの 女体化が原因で捨てられたときは私の中で何かが壊れた。 一度壊れたものを修復するのは骨が折れるものだし根気も要る、だけども私は今の旦那や友のおかげでゆっくりでは あるが少しずつ修正を加えていき今では充実した生活を手に入れることができた。
そんな過去を思い出させるのに十分な代物が自宅へと届いた。
「こいつは・・」
私の元へ届いた一通の手紙・・驚くべきことに宛先人は私の実の両親からであった。女体化してから家の跡取りが 不在となり用済みになった私にかつての両親は何の躊躇いすらなく、私に個人的な恨みを買われないように 高校の学歴と当分住まう家・・それに軽く十年近くは不自由しないであろう手切れ金を残して私の元へと立ち去った。
今でもあの時のことは忘れたくても忘れられないものだ・・
83 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:02:12.05 ID:xOpG2SJP0
「まぁ、読まなくてもあの家のことだから内容は予想できるな・・」
いつものようにタバコを吸いながら封の閉じたままの手紙を見つめる。大方、家のほうで跡取り問題が浮上してきたの だろう、私は家の中でも決定的な力を持つ本家の血を引いている貴重な人間だったから仕方ないだろう。 それに私が女体化したことによってそこから産まれてくる子供を早いところ家によこせと言う申し出であろう。あの家には 最大の捻くれ者であった私には用はない、私が引いている本家の血が重要なのだろう。
私が男の時、あの家で重要だったのは子供でもなく歳から外れた跡取りに相応しい並々ならぬ知能と家系だった。 表向きは教育と称された調教と家への洗脳教育に嫌気が差した私の心には徐々に人間を保っていた螺子が 取れかけてしまい壊れてしまうことになる。
それにあんな家にはもう未練すらない、繁栄しようが衰退しようが私にはこれっぽっちも関係ない・・
「こんなもの持ってたって目の毒にすぎん」
タバコを吸いながらライターに火をつけてそっと手紙をライターのほうへと持っていく。こんなものは燃やして捨てて しまうのがちょうどいい、もう今後一切はあんな家には、関わりたくもない。それにあの時向こうが私を見限ったのだから 引き止めるなど無駄なことだ・・ ゆっくりと手紙をライターに近づけようとしたのだが・・ひょいっと誰かに手紙を取り上げられてしまい、よくよく周りを 見てみるとちょうどタイミング悪く仕事から帰ってきた旦那に出くわしてしまい見事に手紙を取り上げられてしまった。
旦那のほうはレイを抱えながら少し怒ったような顔をして少しきつめの口調で私に語りかける。
84 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:03:22.45 ID:xOpG2SJP0
「・・礼子さん。何してたの?」
「見てのとおりその下らん手紙を燃やそうとしただけだ。心配しなくても俺は放火なんて考えちゃいないし今でも正常だ」
タバコを吸いながら旦那に自分の正常振りを説明すると旦那のほうも渋々ながら納得してくれたようだ。 旦那は抱えていたレイを離すとそのままじっと手紙を不思議そうに見つめていた・・
「まぁ、礼子さんが正常なのはわかったよ。だけどなんでこの手紙を燃やそうとしたの?」
「・・その手紙は俺のかつての両親だった人から来たんだよ」
「礼子さんの両親って昔聞いたあの・・ でも、いくらなんでも手紙の中身ごと燃やすなんて駄目だよ」
「どうせ下らんことしか書かないんだよ。あの家は・・」
あの家のことを考えるだけでもくだらない、そもそもあの家にはまともな人間と呼ぶ人種が存在しなかったのも大きな 特徴であった。あの家は起源が室町時代のから続く古い家で時代時代の権力者の家に取り付き着実に成長し続けた らしい。 政略結婚を繰り返した後、繁栄を続けた家はいつしか肥大化していき今ではこの国に及ばずあらゆる所に勢力を 持つようになったようだ。だけども、その強大な力を維持するにあたって着実に人を狂わせていくものであり、圧倒的な 家の力をいつまでも保ち続けるために優れた跡取りを育成するのにいつしかどんな手段を選ばなくなったものだと言う。
時代が流れて、限られた人間しか持てなかった民主主義による個人崇拝が民衆に染み込んだときでも、江戸時代の ような古臭い本家の血を最も濃く受け継いだ男性優先の跡取り制度や政略結婚など今でも平然としながら数多く 行われているのだから不思議なものだ。その時代の流れに流されない強固な家の力を私は幼い頃から洗脳じみた 跡取り教育の一環として常に植え付けられていた。
86 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:07:26.07 ID:xOpG2SJP0
しかし、女体化が今まで古い仕来りで繋いでいた家の存在を変えたみたいで、個人の存在すら危ぶまれるかも しれない、その病気の存在もある程度は容認しなければならなくはなったのだが・・昔ながらの教育の成果からか、 古いしきたりで縛られてた頭の硬い長老たちは本家の血筋など関係なく、女体化に感染した人たちは家から 戸籍上から存在を抹殺され個人的な恨みを買われない為にある程度の手切れ金と住まいを提供する。
まさに自分たちより異なったものを認めない昔の日本と言うのを体制的に表していたシステムであった・・
「・・俺はもうあの家にはもう関わりたくねぇんだよ。あそこの住人は俺たちとは感覚すら違う」
「でも前に礼子さんから聞いたけどそこまでは・・」
「お前はあの家のことが何もわかっちゃいないな! あそこはな、司法を捻じ曲げてこの国から人を一人消すぐらい何ら躊躇いもないんだ!!
下手に関わってしまうとお前にまで迷惑がかかる。俺はな、もうあの家に人生を振り回されたくないんだよ・・」
思わぬところで旦那に本音を暴露してしまった私はタバコを灰皿で揉み消すと夜になったそれが写ってる 窓のほうを見つめてしまう。もう私は何もかも失いたくはない、私には子供を産むことだけ失っただけで十分だ・・ あの家に関わることがあれば私の夫となってくれた旦那の存在はかなり危ぶまれてしまうものになるだろう、 常識が存在しないあの家にとっては私と旦那を引き離すのに司法を捻じ曲げるには容易いものだ。
この嫌々しい気持ちから逃れるために箱から再びタバコを出そうとするが、生憎今さっき吸ったので空になって しまったようだ、この嫌々しい気持ちから一時的に逃れられるにはタバコがうってつけなのであるが・・無くなって しまったものは仕方ない。
87 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:08:46.79 ID:xOpG2SJP0
「・・礼子さん、僕は例えどんなに引き離されようと決してあなたから離れないよ。何なら今の仕事も辞めてもいい―― あなたは僕を見くびりすぎだ、僕たちは何のために結婚したんだい?
互いの自己満足のためだけに結婚したんじゃないよ僕たちは・・」
「――ッ! そうだった・・な」
そうだ、私たちは自己犠牲だけで夫婦になったんじゃない。家族になりたかったから夫婦になったんだった・・それを もう少しで忘れてしまうところであった。 幼い頃、家の教育で雁字搦めになっていた私は昔から憧れていた家族と言う存在に心の奥底から憧れていた。 だんだんと成長してこの家のしくみと植えつけられる洗脳じみた調教から反吐が出た私はそれらから逃れるために 私と同じ集団を集めて暴走族を結成した。家族への憧れなど当に無くなってたと思っていた、だけどそれは私の 心の奥底で存在しており、その想いがギリギリ私の理性を保ってくれていたのだ。
だから両親に捨てられてたと自覚したときは少なからず信じられなかったのだろう。
(俺は・・家族にめぐり合えたんだな)
私は旦那をじっと見つめてると昔から思い描いていた家族を手にしたんだなぁっと実感してしまった。
88 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:13:25.90 ID:xOpG2SJP0
「あ、先生!! こっちこっち」
「はいはい・・」
翌日、私はとある懐かしい生徒からお誘いの連絡が入り、久方の再会に少しわくわくしてしまう。 その生徒は私がよく知る人物でちょくちょくお世話をしてあげた学園のトラブルメーカー、相良 聖その人である。
在学中は職員室の常連、ほかの教師では手がつけられなかったのだが珍しく私の言うことだけは大人しく効いていた ので度々、保健室から職員室へと行っていたこともいい思い出だ。・・とはいってももうそれは過去の話で今は彼氏と 同じ大学に入ってよろしくしているようだ。噂では同棲もしているらしい・・
少し遅れながらも待ち合わせ場所に合流した私を相変わらずの元気振りを見せ付けながら出迎えてくれた。 その長い髪と世の男共の性欲をくすぐるには十分な体つき・・高校を卒業してからも十分に成長を続けているようで 軽い服装をしていてもそのスタイルは容易に想像できるもので周りにいる男性の視線を独占しているようであった。
「久しぶりね、大学はどうしてるの?」
「そんなことよりも先生遅すぎだぜ!! くだらないナンパやスカウトとかが散々やってきてよ・・」
「それは悪かったわね、ちょっと渋滞に巻き込まれたのよ。まぁ、立ち話もなんだから車に乗ってちょうだい」
「ま、そのほうが安全だな」
聖を車に案内するとそのままアクセルを踏んでブラブラとそこら辺に走らせる、車を走らせながら私たちは 自分たちの話題で盛り上がりをみせており、数年間の空白を瞬く間に埋めていた。
89 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:16:11.21 ID:xOpG2SJP0
「もう何年生?」
「ようやく大学3年だ。ちょうどレポートや課題が終わったんで息抜きがしたかったんだよ」
どうやら順調に大学生活を満喫しているらしい、3年生に上がれているということは単位も順調にとって 勉学にも励んでいるのが伺えた。しかし、高校のときは勉強がままらならぬ状態だった聖を思い出すとよく 彼氏のほうが希望する大学へと合格できたなぁっと思ってしまう、聖が大学に合格したときは 私にとっても本当に驚きだったのを今でも忘れられない、まさに執念と言うのは凄まじいものだ・・
「それにしてもこの車はタバコ臭ぇな・・」
「悪かったわね。それにしてもよく同棲なんて両親が許可したわね」
「まぁな。だけど大学の学費は払ってくれたけど生活費までは免除してくれなかったな」
ケラケラと思い出しながら笑う聖に私は自分の大学生活を思い出してしまう。 私の大学生活は三角関係でギクシャクしていたものの、今の旦那と付き合うようになってからはアパートの部屋が 隣同士になったと言うこともあってか半同棲生活を繰り返す結果となってしまった。 その結果、ダラダラとした生活を繰り返すうちに・・私たちの場合は経済的にもあまり良くなかったが、 この2人の場合は私たちとは違って経済的にも若干のゆとりがあるようだ。
嫌なことを思い出してしまった私は箱からタバコを一本取り出すと迷うことなく火をつけた。
90 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:18:42.47 ID:xOpG2SJP0
「あなたたちが同棲するのはいいけど、しっかりするところはちゃんとしなさい。私が言いたいのはそれだけ・・」
「わかってるよ。それにしても礼子先生が俺たちの同棲のことには何にも言わないなんて少し意外だけどな」
「・・まぁね」
少し微笑しながら私はこの目の前にいる聖がいつかとんでもないことをやらかしてくれるのではないかと思わずに 入られなかった。
91 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:19:51.38 ID:xOpG2SJP0
「悪いな、奢ってもらうなんて」
「別にいいわよ。どうせ彼氏のほうに任せっきりなんでしょ?」
「ま、まぁ、そうだけど・・そのかわり俺だって家事はちゃんとやってるんだぞ!!」
少し意外な事にびっくりしてしまった私だがもしそれが本当なら聖はちゃんとまじめに家事をしていると言うことになる。 やっぱり年数が経てば女体化によって出来上がってしまう女性的な部分をそれなりに受け入れているのだろう。 どうやら精神的にも十分に成長したようでもう私が口を挟む必要もなくなってきたようだ、教師と言うのはこういった 人間の成長を間近に見ることができてとてもおもしろい。
そんなことを考えていると店から愉しく会話をしながら私の車を停めている駐車場まで歩いていると・・突如として 見知らぬ人気を感じてしまった。それは聖のほうも感じているようで駐車場につくと既に身構えていつでも臨戦体勢を 取れるようにしていた。やはり格闘技を本格的に嗜んでいる聖はそういったのを感じるのも私より早かったようだ。
「お前たちが後をつけてるのはわかるんだ!! さっさと出て来い!! 俺たちに何のようだ!!」
聖が大声で怒鳴りあげるとそれにあわせるかのように映画に出てきそうな黒服を基調としたスーツを着た男性が ちらほらと数人、姿を現した。しかし感じられる気配はとても単なる一般人ではなく、裏を通ってきた人間であると 言うことは今までの経験からして明白であった。
こういった手合いは穏やかそうに見えるが実際はかなりしつこい・・久々に昔の感覚を取り戻すと向こうのほうを 静かに睨み続けながら様子を伺うことにする。
92 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:20:40.75 ID:xOpG2SJP0
「・・誰だお前たちは?」
「冷夏様ですね。奥方様があなたに会いたいと・・」
この物言いからしてこの集団は家のほうから出向いたに違いないだろう。あの手紙については旦那に言われたことも あってか一応放置してある、しかし中身も見ていないので内容は全くわからないままなのだが・・どうやら私がまともに 返答をよこしてないので向こうのほうも実力行使の段階に入ったようだ。
どんな理由にせよ家の事情で生徒を巻き込むわけには行かない。
「てめぇら! 訳のわからんこと抜かしやがって・・」
「ま、待て!! ・・そいつらはお前が思っているほどやわじゃない!!」
今でも黒服の集団に飛び掛ろうとしている聖を私は慌てて抑えることにする。いくら聖の実力が合気道の達人クラス だといってもあの家に巻き込ませるわけには行かない、あの家は自分たちに逆らおうとするものならどんな者でも 関係なく容赦ない鉄槌を与える家なのだ。いくら聖が常人よりも強いといってもあの家は圧倒的な物量を駆使して 聖を消すだろう・・
93 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:21:58.47 ID:xOpG2SJP0
「・・わかった。だけどな、いくらお前たちでも俺の生徒には絶対に手を出すな!! 家の奴だろうが俺の生徒に手を出したらただじゃおかんぞ!!!」
「せ、先生ッ!! で、でもよ――」
「・・大丈夫よ、これは私の自身の問題だから」
何とか黒服の集団に飛び掛ろうとしていた聖を抑えると、そのまま無理矢理家へと帰すことにした。 こうでもしないとこの問題に収拾がつかなくなるだろう、自分の私情で生徒を巻き込むには絶対に避けなければ ならない。私には生徒を守ると言う教師としての絶対的な使命に近いものがある、聖のほうは納得の行かない 表情をしながらも渋々、私の指示に従った。
「・・納得がいかんが、礼子先生が言うならわかったよ」
「悪かったわね。・・また日を改めましょう」
「ああ・・」
今でもどこか納得いかない表情をした聖が帰っていくのを確認すると、私は再び黒服の集団を睨みあげながらも 心を落ち着かすためタバコを吸いながら場所を問い質すことにした。やっぱり聖たちが思っているほど社会と言うのは 動いていない、まだ現実の不条理がわかってない聖を引き下がらせるにはこうするしか他ならなかったのだ。 私は心の中でこれでいいのだっと言い聞かせていた・・
94 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:24:35.73 ID:xOpG2SJP0
「おい、場所はどこだ・・」
「お、奥方様はこの先の・・こ、高級料理店でお待ちしておられます」
「この先の料理店だな。・・後、これ以上俺と関係ない人たちに手を出すな」
念を押して睨みを利かせた成果があったのか、それを表すかのように向こうの口調は少し震えており、周りのほうも 小刻みながら体が震えている感じで相手の場所を説明していた。もう何年も女体化しているが男のときにかつて 暴走族の総長をやっていた睨みや雰囲気などは残っていたようだ、どうもあの時の自分を思い出してしまう。 力ですべてを統括していた私は相手をひれ伏せてきた。当然、私に逆らえるものなど存在せず純粋な力に奢っていた 私はもともと脆かった精神を更に疲弊させる結果となるのだが・・
(家族か・・まぁ、あの人たちは俺のことはそんな風に見ちゃいないな)
吸っていたタバコをもみ消すと自分のことを家の跡取りの道具としか認識していなかった両親のことを思い浮かべるのであった。
96 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:26:24.35 ID:xOpG2SJP0
この先にある高級料理店、その場所は容易に想像できた。聖と一緒に食事をした店から車で約数分後・・ 高級感が店の隅々まであふれ出すその料理店は確かに存在しており、中に入ってみると既に連絡を受けていたのか 店のスタッフにご丁寧にも指定された席を案内されると・・両端に2人のSPに護られながら1人の年老いた女性が 座っていた。
私は目を閉じながらちょうど相手と相対している席に座ると静かにこう述べた。
「・・お久しぶりですね」
「あなたもお変わりないようで」
「ご冗談を・・」
久々の親子の対面は冷たい言葉で幕を開けた。いや、親子と言う以前の問題だ、やはり予想通り・・とでも言うべきで あろうか、目の前にいる私の実の母親だった女性は十数年近い対面にも何も動じずに昔と変わらぬ冷たい態度で 私を迎える。やはり私が捨てられた時と同じように家の体性は全く変わっていないのだろう、手紙は一切見ていないが 言いたいことは大方わかる。
家の跡取りとなるべき私の子供を何も言わずにさっさとよこせと言うことだろう・・
「手紙はお読みになられましたか?」
「いいえ・・あなた方の言うことなどわかりますから」
冷たい空気が流れる中・・会話を続けることすら痛々しい気分となってしまう、私は禁煙席でないことを確認すると タバコを取り出しそのまま火をつけて何年も体に馴染んだ心地よい煙を肺に取り入れると気持ちを落ち着かせる ことにした。
97 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:28:22.67 ID:xOpG2SJP0
「そうですか・・先ほどは少し荒っぽい手段を使ってしまって申し訳ありませんでしたね。 ああでもしないとあなたはこっちに来ませんから・・」
「何を言いますか、“常にどんな手段も問うな”っと幼い頃から私に教えてくれたのは他ならぬあなた達では ありませんか?」
「それも・・そうですね」
母は少し言葉を選ぶようにして無理矢理料理を口に含んだ。 幼い頃、他ならぬ私に家の教育を押し付けたのはこの人たちなのだ、当然良くそのことを覚えているだろう。
だけどさっきの態度にはどうにも納得のいかない部分がある、さっき母は私の態度に少し驚きのようなものを含んで いた。幼い頃は私には全くといっていいほど愛情の欠片など感じていなかったし他の家の人間同様に私に対しても ただの道具としか見なしていなく母としての役割は半ば放置していたのと同然であった。
しかしさっきの母の言葉はどうも驚き・・いや何か哀愁感を匂わせる言動である。
98 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:30:28.98 ID:xOpG2SJP0
「・・あなたは今でも私のことを今でも憎んでいますか? ま、憎まれても仕方ないですね・・あなたが産まれた頃から家の仕来りに習い、跡取りとしての 教育を続けたのですから」
「今更、私に母親を名乗るつもりですか? ・・怒りますよ」
「いえ、15の時に女体化してこの家に嫁がされたときから母としての感情は当に捨てました。 あなたが家に出て行った後、女体化によって家のほうも少しは方針転換したのか女体化しても本家の血筋を引いて いる人物はそのまま居つかせ、産まれる子供に家の跡を継がせています。今の当主も・・」
「・・もう結構です。生憎、私は老人の戯言を聞いている暇などありませんから」
やはり家のほうも繁栄の持続と更なる発展のためにはだんだんと手段を選ばなくなっているのだろう。 ついには女体化による家の繁栄方法まで考え付いたようだ・・
相変わらず私に有無いわずに無理矢理押し続けていた跡取り教育はまだまだ健在のようである。 さて・・そろそろ本題を突きつけてやろう。
99 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:32:23.69 ID:xOpG2SJP0
「それに私はとあることで子供が産めない体となりましてね・・」
「ッ! ・・そうですか」
先ほどまで感情を表に表さなかった母が始めて驚きの感情を私に見せてくれた。同じ女性としての哀れみなのか、 それとも跡取りのことで私から諦めたのか・・様々な憶測が私の頭の中で繰り広げられる。 しかしそんな憶測をしていても仕方ない、それよりもこの家は今後私に付きまとっていくのであろうか? だけど、もう子供を産めない私に利用価値など全く持ってない。それに家にとっても反抗を犯した忌々しい 私の存在は消し去りたいだろうから・・
「あなたが心配しなくても、家のほうは今後はあなたの前から姿を現すことはありません。 それに私はもう幽閉されている身です、表向きは隠居になっていますが・・」
「幽閉・・?」
このまま帰ろうとしたとき母は興味深いことを話してくれたのだがそんなことは私にとってどうでもいい話だ、 目の前にいるこの人がどうなろうと私にとっては関係ない。
親としての情を全く持って与えてくれなかったこの人の立場など全くもって興味はない。
100 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:33:13.54 ID:xOpG2SJP0
「・・あなたが今後どうなろうが俺には関係ない。それに俺はもうこの家から離れたいんだよ」
「そう・・でしたね、あなたにとって私たち家の存在は憎悪に近いでしょう。 ですが、安心してください・・今後一生あなたとはこの家とは縁がないでしょう」
「・・最後に1つだけ聞かせてください、あなたは結局何がしたかったのですか?」
タバコを灰皿でもみ消しながらどうしても最後に1つだけ聞いておきたかったことがある。 それはこの騒動の最終目的だ、何のために部外者となった私にこういった回りくどい騒動を起こしたのだろう? それにわざわざ母を介さなくても家の力で合法的に私の過去を調べるだけでよかったはずである、なのにどうして こんな手を使うのか・・納得できる答えがどうしても聞きたかった。
母に問い質した後、しばらく場は静寂に包まれる中で・・母は静かにこう一言言葉を吐いた。
101 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:34:50.91 ID:xOpG2SJP0
「ただの・・老人の遊びですよ」
「ふざけるなッ!! 俺は納得した答えを――・・」
「・・ですが、幽閉されて最後にこの老体に成長したあなたの姿だけを見たかっただけですよ。 母親の感情などこの家に嫁がされてから捨てておいたはずなのですが・・無駄に歳を取るとくだらないと 言うほかありません。
あなたにこんなことを言える資格はないのですが、それでも私は・・あなたの姿をこの目で見たかったんですよ」
「・・・」
私はしばらく言葉を失った。始めからこの人の言っていることが理解できなかったのだが、ますます理解できない ものとなった。この人が・・私の母親など当に捨てたこの人がこういった母親風情の言葉を言っているだけで 理解しづらいものとなっている。
嫁いで家の傀儡と成り果て、家の仕来りに習って一貫して私に情すら示さなかったこの人の言動には今でもわからない。
102 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:36:57.12 ID:xOpG2SJP0
「今日は私にお会いしてくれてありがとうございました。もう二度と・・あなたに会うことはないでしょう」
「いえ・・」
言葉が返せなかった私に母はどこか満足そうな顔をしながらも終始敬語のままで私を見送ってくれて、駐車場に 停めてあった車に乗り込んだ私はタバコを咥えるとむしゃくしゃしたまま、しばらく運転席でうな垂れてしまった。 結局私は老人の自己満足につき合わせられながらもどこか反論しづらかったところがあったし、私もどこか 言い返しづらいものがあって訳のわからぬ気持ちとなってしまった。あの時、いったい母は実の子供である私に対して 何を考え何を述べたかったのであろうか?
幽閉されて発狂でもしてしまった結果なのかと考えるべきなのか少し悩んでしまったが何にせよ今後、あの人を母親と 呼ぶには激しい抵抗を感じてしまうし二度と会いたいとは思わない。
だけども・・そういった風に考えるとどこか辛いものを感じてしまう。やはり腐っても親子と言うべきなのだろうか・・
(結局俺は・・捨て切れなかったんだな)
何年経っても捨て切れなかった想いを心の中で抱えているのを確認した私は咥えていたタバコに火をつけると そのまま車を家に向けて走らせた・・
103 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:38:59.83 ID:xOpG2SJP0
家に帰った私を旦那がレイを抱えて出迎えてくれたのだが・・空しさに襲われて誰とも話す気がしなかった。
「お、おかえり・・そんな顔してどうしたの?」
「・・頼む、今は少し1人にしてくれ」
私はゆっくりと部屋に向かうと1人ベッドに力なく座り込むが・・力が抜けるとその瞬間に不思議と顔から伝ってくる ものが確認できた、あんな親でも私は・・心の奥底で期待していたのかもしれない。あの人たちに捨てられた 瞬間から子の感情を捨てた私は・・溢れ出す涙に戸惑いを隠せなかった。
「なんで・・だよ。あの人は・・あの人は俺に結局、何が言いたかったんだよ――ッ!!!」
結局私は・・心の奥底であの人に親の感情を期待していたのだろう。いや、あの人は私に親の情を表してたのかも しれないだけども私は明らかにそれを否定していた、じゃああの人は結局ナンダッタノ――?
考えれば考えるほどあの人の意図がますますわからない、ただはっきりしているのは―――あの人は家の仕来りに 習い、この私を捨てたと言うことだ。
104 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/06/29(金) 21:39:48.29 ID:xOpG2SJP0
「俺は・・あの人に何を求めていたんだよ!」
「・・にゃぁ?」
「――・・く、くっそぉぉぉぉぉ!!!」
部屋からなかなかでて来ない私の様子を伺いに来たのだろうか・・? その場にいたレイを思わず抱きしめると途方のない虚しさとやりきれない気持ちを抱えながら声に出してぶちまけて いた。皮肉なことにこれが初めてレイが今は亡き伊吹に見えてしまった瞬間であった・・
―fin―
最終更新:2008年09月17日 19:24