『同窓会編』

9 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:45:48.18 ID:GaC2M0lV0?

出会いもあれば別れもある、人はそうやって成長していき世の不条理を学ぶ・・しかし別れの後にも再会という、出会いも あり人によっては大きな出来事にもなる。かつてのクラスメートとの再会、共に学び共に耐え共に思い出を分かち 合ってきた仲間達。一般的な意見だとそういった風に認識されるのが当然であろう、だけども人によれば全く孤独で 過ごしてきた人もいれば無駄に過ごしてきた人もいる。

これはそんなお話・・

「日本か、もう何年になるか・・」

空港の裏口から出てくる一人の女性に3人の若者、傍から見れば女性の方が若者の集団よりも目立ってしまうが 本人は至って保護者のつもりらしい。その女性こそ今や世界でかなり有名な大女優、平塚 沙織とその子供達だ、 女体化を経て今のような姿になった彼女はその美貌と特性を活かして弱肉強食の芸能界を逞しくも雄雄しい姿勢で 今の地位を保っている。その美貌と反比例して実年齢の方はもう50を手前に控えていると言う事実はあまり知られ ていない・・というか差ほどの人間はその事実を明かしても絶対に信じてもらえない。 この歳で立派な子持ちという彼女は今その子供達と一緒に日本の地を踏んでいる。その子供達の方も傍から見れば かなりの美形で、例えるならばモデルが雑誌から飛び出したような感じだ。

子供達の方はまだ見慣れる日本に少し興奮気味だった。

10 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:46:53.35 ID:GaC2M0lV0?

「そういや俺達が日本に来たのは中学以来だったな!!」

「あんたねぇ・・」

「まぁまぁ、兄貴は旅行中になると少しハイテンションになるんだよ」

子供達の名前は慶太、來夢、香織と言った。慶太と來夢は元々は兄弟だったのだが來夢の女体化により兄妹という 関係に落ち着く、來夢の女体化には普通の女体化とは違い言葉では言い表せられないほどの波乱があったが、 本人は至って現実を楽しく生きているようでそういった負の面は気にしていないようだ。

「私はこれから少しホテルで休むが、お前達はどうするんだ?」

「そうだな・・少し周辺を散策した後は適当に過ごすよ。母さんこそ今日は同窓会に出かけるんだろう?」

「ああ、そのつもりだが・・來夢の事もあるからな」

女体化して女性になった沙織の第2子である來夢、彼女には女体化という病から引き起こされた原因不明のガンに 侵されている。一般的にガンという病は初期症状のうちに発見されれば転移の心配もなく無事に対処できるのが 常なのだが、來夢の場合は少しだけ違うこのガンは初期症状の段階にもかかわらずあらゆる薬が通用せず、來夢の 身体の事も考慮してか慎重に治療して行く方針を貫いている。救いなのがガンの進行状態が極めて遅く未だに その初期症状なのが唯一の希望である。

それらの事情を考慮して沙織は自分だけ同窓会に行くのは少し心配だったのだが当の來夢はそんな心配をよそに 無垢な表情でちゃんと話す。

11 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:48:19.36 ID:GaC2M0lV0?

「僕は大丈夫だよ。母さんが僕を心配する気持ちはよく解るけどもし何か合っても兄貴や香織さんもいるから 母さんはいつものようにしてくれれば大丈夫だよ。

それに母さんがおかしいと僕が心配しちゃうよ」

「沙織さん、來夢の事は私達に任せてください。私達が付いていれば來夢自身も安心できると思いますし、何よりも 今日は沙織さんのついで出来たようなものですから」

「そうだよ、今日は母さんが楽しめればそれでいいんだから」

「あんたね・・」

和やかで砕けた雰囲気、家族ならではの表情だ。確かに來夢のことは沙織にとって母親として心配な部分は多々ある、 だけどもこうやって子供達が言ってくれているのだから少しばかりは甘えて見るのも親心ではないのかと思ってもしまう。 沙織自身、仕事とか色々ありすぎてこうやって子供達に面倒を掛けてやれなかったと言う部分は多々あり、前々から 不安でもあったし申し訳ないとも思っていたが・・このような子供達のたくましさを常に見つせつけられると感心はするが それと同時にあまり見守ってやれないことへの罪悪感は感じてしまう。

沙織はこうやって複雑な心境で常に子供達の様子を観察している、呵責に近いものを感じながらもこうして母親としての 役目を果たしていると思っている。こうやって子供達を見続けられているだけでも沙織は心身の安定を常に測っていた・・

12 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:49:35.21 ID:GaC2M0lV0?

女体化が発見される前、この国は長年続いた仕来りから女性の社会進出に難色を示していた。 100年ほど昔に起きた戦争により思想統制で固められたこの国の体制は大きく変わり民主化という新たな思想が 入り混じりながら新しい歴史を築いている。だけども長年の仕来りからは逃れることが出来ないのもまた事実、昔から この国では女性は社会に出ず家を守るのが当たり前と評されていた時代が続いていた。しかし民主化の勢いは戦争で 疲弊していた人々の心を希望に変えて古い体質を壊すまでに推し進める間でに至る、その勢いは留まることを知らず 女性の社会進出を盛りこんだ法案が制定されていた。だけどもその法案には家庭へのサポートがあまり整っては おらず度々疑問視されてきたのだが、ベビーブームの到来がそれを忘れさせ暫くの発展と没落を繰り返す・・

だけども時代の流れと共に人の考えも変わるもので家庭面のサポート不足から少子化を呼び社会問題にまで発展と する。当時の政府は少子化対策にあれやこれやと色々な法案を考えていたのだがどれもいい結果を残せていない。 そんな体制がずるずると流れていたときに世界各所から女体化シンドノームが発祥、性経験がない男性が急激に 女性となるこの病はその奇妙さ・・全世界中はパニックに近いものを感じつつも人として備わった本能には逆らえない ものでこの国ではベビーブームが再び起き思わぬ形で少子化から開放される。だけども同時に女体化による差別も 起きてしまうものでこの国は再び予期せぬ問題に見舞われる事となる。

それから数十年・・女体化もすっかりと定着の兆しも見せているようで人は再び繁栄を見せる。そんな街中、一人の 女性がタバコを吸いながら今日という日をしみじみと考える。

13 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:50:34.48 ID:GaC2M0lV0?

「・・同窓会か、さっさと行って帰るか」

のんびりと自宅のリビングでタバコを吸う女性、彼女は春日 礼子・・その経歴は驚くべきもので超有名の元暴走族の ヘッドを勤め、お世辞にも世間からは余り良い印象を与えてはいない。それからも波乱に満ちた人生を歩みながらも 現在は学校の保健室の先生に落ち着いている。自分の過去をしっかりと見据えながら現実を受け入れつつ今という 時を謳歌している。だけども今回は少し別、過去を思い出しながらも同窓会に出席をしているが・・やはり今までの 自分を思い出していると行きづらいものだ。

「今更、拒否なんて出来っこないだろうし・・行くしかないだろうな」

いくら己の運命を乗り切れている自負はある礼子にしても今回の同窓会の事を考えるとどうも不安になる。 周りの対応についてはそれなりにやり過ごせば良いと思っているが、沙織と直面した場合はどのような反応して いいのか正直困ってしまうもので思い出せば思い出してしまうだけ脳裏にパッと甦ってくる。だけども現実面からして 考えて彼女の立場は自由が制限され大衆への期待に応えなければならない、ましてや活動の本拠地がアメリカと いうだけあってこの国へと来れる可能性は世ほどの事がない限りあり得ない。だけども本能的に礼子は沙織がこの 日本へ帰国することを薄々感じていた。

「・・全く、こういった時に限って仕事が休みなのが口惜しいな」

3本目のタバコを吸いながら礼子は一人時間の流れを感じていた。

14 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:51:58.36 ID:GaC2M0lV0? 「この風景も数年振りだな」

記憶と少し違った風景に戸惑いつつも沙織は日本での小旅行をそれなりに楽しんでいる。万が一何かあっても 彼女の身の周りにはアメリカでもどこかの特殊部隊とも渡りあえる有名なSPが影で見守っているし報道管制も 彼女の夫が色々と手回しをしている、別行動を取っている子供達に関しても同じだろう。唯一の親類でもある実母の お墓参りに昔ながらの付き合いもある彼女の旦那の親戚の挨拶も問題なく済ませ何ら不満は感じてはいないはず なのだが・・やはり寂しいものは寂しい。こんな感覚はアメリカへ留学をした以来だと沙織は判断する。

「今日の同窓会、あの女は参加はしているのだろうか?」

数ある思い出の中でも沙織にとって高校生活は非常に特別な部類に入る。母親のために必死に尽くして歳をごまかし バイトだけをして入る毎日・・楽しくはなかったものの唯一の肉親と生活できるだけでも自分は幸せ者だと感じていた。 中学の時に女体化を経験しても周りは対して騒がず、沙織自身もそれほど気にしてはいなかったし男と言う部分にも 余り執着が湧かなかったのもだけども事実だったので割り切れてた。だけども家庭の事情で高校に転入後、沙織が 今まで感じていた世界観が大きく一変する。演劇を通して出て包もう一人の自分、そして初めての温かみのある 交友・・今まで母親と生活を共にしていた自分が感じる初めての感情、最初はそれが分からず恐れを抱きつつも 徐々にそれを受け入れていく自分を奇妙と感じつつも否定は出来ない。人を愛して愛されるということがここまで 温かいと感じるのに時間は掛かったが、それを苦痛と感じなくなった今はそれまでに自分の中にあったあらゆる負の 感情を喜びに変えることが出来た。

この街の高校に転校しなかっただけでも恐ろしく感じてしまう。

「・・昔を思い出しても仕方ないか。たまにはそれなりに小旅行を楽しむのもいいだろう」

そう言いつつ沙織は無理に気分を転換させ気ままに小旅行を楽しむ。だけども実年齢よりもはるかに若い肉体と 美貌を持つ沙織は自然と周囲の目からすれば注目せざるにはいられない相手・・事実、本人の気がついていない ところでは黒い人だかりが既に出来上がりつつある。彼女の影でガードを固めているSPの諸君には過酷な任務に 同情を禁じえないだろう。

15 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:53:12.59 ID:GaC2M0lV0?

今宵は混沌が深まる夜、まさに今夜はその例えにぴったりだろう。漆黒が広がる空に転々と光が差しそれが巧く 混ざり合い妖艶な姿をかもし出している。この夜空の下、昔から続く同窓会というイベントで互いの過去を語り合う 場へと参戦する。指定の居酒屋ではすでに酒も入って様々な話が繰り広げられている、片方が女体化してそのまま 結婚したとか既に子供が女体化して新しい家庭を作っているか、はたまた既に孫までいる人物まで・・誰もが思い出 話を肴にし盛り上がりを見せている中で2人は居酒屋へとやってくる。

後の関係者はこの同窓会の模様をこの一言で済ます、“あの2人を見ているだけで酔いが冷める”っと・・後日談は さておき、まずはこの人物が静かに居酒屋のドアを開ける。

「いらっしゃい! 今日は生憎貸し切りで・・」

「いいの、私も関係者だから」

この居酒屋は昔ながらの店で大将と思わしき人物が常にお客を接待する。昔に比べて最近の人間は人との係わり 合いが薄いと言われないのだが、ある程度はあるのもまた事実。大将にとってはこういったサービスも店の看板を 上げるのには重要だと思っているし何よりも自分自身のモチベーションを上げるのに一役買っている。

「えっと、お名前は?」

「春日 礼子・・その名前で登録されている筈よ」

「礼子さんね・・あ、あったあった!! じゃ、お好きな席へどうぞ、今日は楽しんでください!!!」

「ええ・・」

若干苦笑しながら礼子は静かに席の方へと向かう。さて礼子と言う名前にかつての旧友はギョッとした表情のまま 驚きつつも視線で変貌した彼女の顔を見つめる、彼らの記憶の中での礼子はあの時のままだ。外見はバリバリの 不良だがそれとは反比例して成績は超のつくぐらいの一級品・・それだけあの時の自分らが見ても礼子は奇異な 存在だったのだ。

16 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:54:21.40 ID:GaC2M0lV0?

「もしかして礼子ってあの・・」

「ええ、あのときは凄かったけど今の外見を見ても驚きだわ」

「確かあの時は色々噂が立っていたっけな・・」

彼らももういい歳だし悪気があってこういった事を言っているのではないが、それ以上に礼子のインパクトが凄いという 証拠だろう。あの時の彼女がまさにここまで変貌しているのだからある意味では女体化よりも凄い驚きが周りを 支配している、礼子自身もある程度は覚悟はしていたのだがやはりあの時の自分の事はどうも好きになれない。

だけどもここは何も言わずに耐えるのが最善と判断する、そんな礼子を見かねた大将が少しずつ礼子の酒を多めに 入れているのは彼なりの配慮だろう。

(・・ま、周りが驚くのも無理はない。あの頃は周りの接点も完全に絶っていて本当にどうしようもない人間だったのだからな)

自然とタバコを吸いながら酒を呑む礼子の背中はどこか哀愁が漂っていてとても周りに溶け込める雰囲気ではなかった。 周りの方も数十年振りに見る礼子の姿に驚きつつも何とか酒を進ませて話を広げようとする、折角の同窓会なのだから 楽しい雰囲気をおじゃんにしたくなかったのは誰もが思っていたことなのだから・・

「そ、そういえば担任の阿部先生いたろ? あの人は凄かったよなぁ・・?」

「あ、ああ!! 男なのに男子の方にばかり怪しい目をちらつかせてた先生だろ? 噂では実際に手をつけたとか何とか・・」

「確か俺の友達の知り合いが阿部先生と・・」

一旦盛り下がった空気が徐々にではあるが吹き返してくる。だけども彼らと礼子との壁はあまりにも厚く、中々融和し づらいものだった・・

17 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:56:31.01 ID:GaC2M0lV0?

礼子が徐々にタバコと酒を進めて行く中で周りの方も最初以上の盛り上がりを見せ、軽い宴会状態になってくる。 彼らももう中年という頃合に差し掛かりつつある年代なので若い頃とは違ってある程度は妥協を許せるような年代に なって来たようだ、居酒屋のスタッフ達も大将を初めとして料理や酒をじゃんじゃんと追加して場を盛り上げようとする。

中には独身同士の人物らが固まっていい雰囲気を醸し出しつつあり、更には元が盛り上げ役の面々が徐々に礼子にも 話し掛ける姿まで見受けられる。最初は礼子の姿に戸惑い伝った彼らも酒が更に進むとそういった雰囲気がどこか 飛んでしまっているようだ。

「そう言えばC組にいた春日と結婚したんだっけ?」

「ああ・・今は病院の院長をやっている」

「春日君って頭が良かったもんね。確か前に子供が診察してたような気がするわ」

なり崩して気ではあるが何とか礼子の方も周りと表面上の話はできるようになっていた。彼らもそれぞれの人生を 自分なりに歩み続けており幸せを手にしている、彼らの話を聞いていると礼子はもう少し打ち解けあっていればまともな 話が出来たのかもしれないと思いつつもじっと聞き役に徹している。

18 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:56:41.33 ID:GaC2M0lV0?

「俺なんて女体化した奥さんがいるけど夫婦ってのはずっと一緒にいると自ずと役割が決まるんだよなぁ・・ 今じゃその息子が女体化して娘になってるが、ああいうのも必然なのかねぇ」

「私も旦那がいるけど妹さんが女体化したんだからそれも人生かもしれないわ。 息子はもう童貞を捨てて女体化は間逃れているけど、そこにいる斉藤君なんて高校卒業前に女体化して今では もう孫持ちなのよ! 人間何が起こるなんて分からないものよ」

子育てをしている貫禄なのだろう、2人ともそれぞれの家庭を持ち親の顔をちらほらと見せてくる。とある事情で子供が 産めない身体となってしまった礼子は自分の子供がいるこの2人に対して羨ましさを禁じえない、もしあの頃自分達が しっかりすれば過ちは起こらなかったのかもしれない。だけどもいくら他人を羨んでいても自分で起こした過ちは過ちに 変わりない、礼子は酒を呑みながら感情を抑え続けていた。

そんな中、居酒屋の戸が再び開く。もうあらかたの人物は来ているので周りは誰も来るはずはないと思っていたのだが・・その人物を見て周りは一斉に歓喜を上げる。

19 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:57:33.90 ID:GaC2M0lV0?

「どうも・・」

静かに入ってきたのは沙織、世界的に有名な大女優と化してしまった今の彼女に対し周りの反応はかなり大きい。 現実的に考えても世界的な大女優と世界規模の会社を経営する大社長と同級生であるという事だけでもかなりの 自慢にもなるし話にも花が咲くだろう。それにしてもこの2人の今後の成長に関してはかなり驚き・・いや異質に 近いのかもしれない、現実的に考えてもそうだしそこら辺のドラマのような話が転がっているはずもない。

世間の荒波にもまれた彼らとてそれは充分に身を持って理解はしている筈だが・・考えれば考えるほど混乱して しまうもの、だから余計に沙織と対面した時は誰もが驚きを隠せない。

「小林さん!! ・・あ、今は平塚さんね。なんて言ったらいいのかよく解らないけどとりあえずは元気そうで何よりだわ」

「あ、ああ・・皆も元気そうだな」

人と接点を絶ていた礼子とは違い、沙織の方は演劇部を通してある程度は交友と持ち続けていたので自ずと話も合う。 旦那関連も元々が活発派だったようで周りの方もちらほらと学生時代の思い出話を沙織に語りかけてくる。沙織の方も 一度に沢山の話は聞き切れないので酒を呑みながら一人ずつゆっくりと聞いている。

20 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 18:58:54.83 ID:GaC2M0lV0?

「それにしてもあの平塚と十条が会社を経営するときは驚きだったな。僅か数年間であそこまで大成するんだから 世の中って凄いと思うぜ」

「あの時は私はアメリカで単身留学していた頃だからあまりよく解らないが凄かったみたいだな」

「そうそう、うちの学校といえば演劇部も名物だったな。部長さんは今はどうし・・」

「・・部長なら今の私のマネージャーをやってくれている。今日も無理言って調整をつけてくれた」

華やかな世界に常に身を置く沙織の話は一言喋るだけでもかなりの盛り上がりようを見せている。殆どの人数も全て 沙織の方へと行ってしまい、さっきまで礼子と話していた級達も例外なく沙織の方へと向かっている。やはり華やかな 世界に身を置いている人間が身近にいるとそういった面でも興味はあるし好奇心をそそられるのには間違いはない。 特に芸能人とかのアングラな情報には気にしていない素振りは見せつけているもののやはり知りたいという欲望の 前には屈するほかない。

沙織の方もある程度は酔いを抑えて言葉を選びながら周りと会話を続ける、そんな沙織の姿を礼子はただじっと タバコを吸いながら見つめ続けていた。

(あの瞳・・昔のままか)

全てはあの頃、礼子は高校時代のあのひと時を鮮明に思い出していた。自分と同じような雰囲気と漂わせながらも 根本からして全く違う人間・・当時を思い浮かべるならまさにそうだろうと思う。疲弊を繰り返し目に映るもの全てが 灰色に覆われ、人と言う存在を全く信用でなく生そのものを放棄しかけていた礼子と新たに生まれてくる別の自分に 戸惑いつつもそれを何とか受け入れ人としての強さを宿していった沙織・・まさに対極とも言えるこの2人が相対する という事は滅多な事がない限りは起こらないだろう、あの時礼子に見せた沙織の力強い瞳は未だに健在でその輝きを 更に増しているのがよく解る。礼子はそんな沙織を一瞬の間だけ視線を向け再び酒を呑んだ。

22 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 19:01:08.07 ID:GaC2M0lV0?

沙織がきてから数時間・・ちらほらと周りは帰宅の準備を始めているようだが、酒の耐性がすこぶる強いものは酔いの 勢いで2次会まで企画をして数人がその案に乗っているという状況だ。だけども大半が家庭や仕事を持ち続けている のが現状なので現実に立ち戻るのもまた早い、彼らとて自分達の年齢は充分に分かっているのだが勢いというものは 歳には関係ないようで既に何人かは店を出て飲みに繰り出している。沙織や礼子も2次会には誘われていたものの 仕事があるので丁重に断っている。礼子の方は手荷物を整えて帰宅の準備を整える、沙織と話せなかったのは少し 寂しい気もするが何もなかったのに越した事はない。沙織を見た時はその変貌に驚きは隠せないつつもあの力強い瞳を 見た時は余り良い印象は浮かばないが懐かしさも感じる。

もはや互いに会う世界が違うのだからこれで満足して帰るのが道理だと礼子は判断する。席を立ちそのまま居酒屋を 出ようとする礼子・・もう何もなく大人しく家に帰れると思った彼女の思惑はここで崩れる事となる。

「ちょっと待ってくれ。・・お前には話がある」

「・・悪いがこっちにはない」

この2人に周りは一瞬で固まってしまう。この2人に今まで何があったのかは分からないが喋るだけでここまでになるの だから、2人の間で何かあったのは間違いないだろうと自然に判断する。特に沙織に冷たくあしらう礼子に対しては 若干の不満もあるようだがこの2人が放つ雰囲気がそれを許してはくれない。2人にとって数十年ぶりの会話が 昔起こった場面の再現を果たしたのは何たる皮肉であろうか・・だけども礼子にして見ればもう沙織に対してはあの時 感じた憎しみは微塵も感じてはいないし、沙織にしても礼子に対する不気味さはほぼ払拭されつつある、自分達の 不器用さが少しばかり恨めしい2人であった。

23 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 19:01:37.12 ID:GaC2M0lV0?

「少しだけで良い、私に付き合ってくれないか? そう時間は取らせないつもりだ」

「わかった、ほんの少しだけなら・・」

沙織の言葉に礼子は従い2人はそのまま居酒屋に後をする。冷たい夜風が酔いで火照った身体を心地よく冷ます中で 適当に歩くが先ほどの事もあってどこか気まずいものがあるが互いに一言も会話らしい会話を交わした事がなかった のでお互いにどのように話せばいいのか分からないのが真実である。だんまりとしたまま2人で暫く歩いていると 礼子がとあるバーへと沙織を誘う、礼子としてもあれだけ飲み屋で飲んでいてもまだ飲み足らないのも事実だし 沙織としても余り酒を呑んでいなかったのでこれから飲みたい気分にもなっていたので互いの思惑が一致し、2人は バーに入る。

バーはこじんまりとした雰囲気だったので女性でも気軽に出入りし易い造りとなっており、2人は適当な席に座って それぞれマスターに酒を頼む、複雑な心境を抱えつつも2人はとりあえず酒の入ったグラスを手に取るとそのまま 静かに乾杯する。

24 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 19:02:43.76 ID:GaC2M0lV0?

「・・久しぶりだな。こうして2人で会うのは」

「あの時の俺は何も見えちゃいなかったからな。今となっては余り良い思い出じゃない」

「そうか・・」

沙織は静かに酒を飲みながらグラス越しに感慨深く礼子を見つめる。今の礼子は沙織の記憶にある礼子と比べると 大きく違うのが分かる、外見だけではなく中身の方も落ち着き歳相応の成熟した精神も持ち合わせている。物腰が 静かなのは変わりないがあの時にはない穏やかな雰囲気を沙織は常に礼子から感じ取っていた。

「旦那もダチも今じゃ立派な医者になって俺は保健室の先生・・立派に大成したお前とは天と地ほどの差を感じるよ」

「あまり比べるのはやめてくれないか。私だって今のような立場に居続けること自体並大抵の事じゃない、よく考えたら 真面目に仕事する方が遥かに楽だと感じるよ。今のお前が私の事をどう思っているのかは分からないが、お前だって 教職という立派な職業についている・・子供の面倒をろくに見られない私よりも立派だ」

少し酔いが回ってきたのか沙織は少し感情を出していた。沙織も自分の職業が嫌いなわけではない、むしろ天職と まで感じているほどだ。だけどもいくら仕事が楽しくたって家庭の事ができなければ話にはならないと沙織は感じている、 子供達は今の自分の事情を分かってくれているつもりだし理解もしてくれているのはそれも幸せな事なのだろう。 だけども自分の中に母親という感情が芽生え初めてきてから今までの自分の歩んできた道のりに疑問を感じ始めて いる。

母親になれたのは嬉しいことだし数ある自分の経歴の中でもかなりの誇りでもある、だけども自分のエゴだけで他人を 巻き込むのは辛い・・複雑な感情が絡み合ってその狭間で揺れる自分が少しだけ嫌になりつつある沙織・・そんな 沙織に礼子はどこか興味を感じていた。

26 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 19:03:59.41 ID:GaC2M0lV0?

「少し酔いすぎたな。お前も子供はいるのか?」

「・・子供か」

噤んだ言葉を礼子は酒を飲んで誤魔化す、自分達の過ちで出来てしまった子供の命を自ら殺してしまった。 礼子はタバコを取り出すとそのまま口に加えて火をつける、あの時の出来事さえなければ自分も他の同級生と 同じように子供を作って幸せな家庭を育んでいただろう、だけども今の自分にはもうそれが出来ない。

今の時代は昔と比べて代理出産もある程度は認知され認知されているので礼子の旦那である泰助の精子と 礼子自身の卵巣を別の母親に託して子供を作る事は出来るだろう。だけども礼子はそれを拒んだ、生まれてくる はずだった子供に対しての負い目と・・自分自身の罪を薄めるわけには行かないから。

「残念ながら子供はいない。俺自身が子供の出来難い体質でな・・」

「・・そうか、悪い事を聞いた」

「別に気にしてはない。・・それよりもダチがアメリカで女体化撲滅の研究をしていたな」

「名前は・・?」

「木村 徹子・・今じゃテレビにもちらほらと出てて女体化に対する研究と撲滅を目指して頑張っている筈だ」

その名前に沙織は敏感に反応する、というかその名前は頻繁に出てくる。彼女の娘である來夢の主治医が徹子だった のでちらほらとは話は聞くがまさか礼子の知り合いとは思いもよらないもので世間はこんなにも狭かったのかと感じ つつも少しだけ礼子に対して奇妙な感覚が湧いてくる。礼子が沙織に興味を抱くのに対し沙織もまた礼子に奇妙な物を 覚えつつあった・・

28 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 19:05:24.29 ID:GaC2M0lV0?

「お前とはまだ意外なところで繋がっていそうな気がする」

「偶然だな、俺もあんたとはまだまだ奇妙な縁が存在しそうな感じだ」

2人の会話は真実を突いているのだが、それを知りえる機会は様々な偶然が働かない限りあり得ないものだろう。 だけども自分達の周りには奇妙な感覚を感じると2人は思う、だけども知らない方が良い場合もある・・人というのは どのように繋がっているのか分からないものだ。

そんなとき静寂を保っていたバーに2人の男女が入ってくる、男女はいがみ合いながらも雰囲気からしてその関係を 自然と周りに認知させる。突然バーにやってきた男女・・慶太と香織は沙織を見つけると横にいた礼子を知り目に 心配そうな表情をしながら沙織に詰め寄ってくる。

「母さん!! 遅いから迎えに行こうと居酒屋まで向かったんだけどもうそこにはいなくて・・」

「で、私がガードの人に電話をしたらここに沙織さんがいるって分かったんです」

「そうか、心配掛けたな。來夢はどうした?」

「來夢なら部屋でのんびりとしてる。俺達と一緒に行こうとしたんだが流石に止めておいた」

「止めたのは私でしょ!! あんたはバカみたいに流れに身を任せていただけじゃない、自分の都合の良いように 話を脚色するんじゃないの!!!」

それから慶太と香織は周囲の目もくれずにもめ続けていたが沙織は黙ってをれを見守っていた。3人の間には確かな 家族の絆と強さをひしひしと感じる、そんな沙織を礼子は願望を込めた視線でじっと見つめながら沙織の強さの一部を 改めて実感する。先ほどの発言では子供達に対して不安を述べた発言を礼子にしたがそれは間違いだとこの場が 照明してくれている、自分も持つことが出来た家族の絆を持っている沙織に対して願望を隠せないでいた。

慶太と香織の夫婦漫才もだんだんと落ちつきを見せ始めた所で沙織は静かに席を立つ、明日にはもうアメリカに 戻らなければならないしスケジュール一杯につめられた仕事が沙織を待っている、余り長居は出来ないのが現状だ。

30 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 19:09:43.56 ID:GaC2M0lV0?

「・・2人は先に出てくれ。私は後で向かう」

「それよりも母さん、隣にいる女性は・・」

「わかりました! じゃあこのバカと一緒に表で待ってます。さっ、行くわよ!!」

「お、おい!! 俺はまだ・・」

慶太の抵抗も虚しく、香織は慶太の首根っこを掴んで店を後にする。賑やかな2人が立ち去った事で店内は再び 静けさを取り戻すと沙織は一呼吸置きながら感慨深そうに礼子に語り掛ける、その表情は母親の顔だ。

「騒がしくて済まなかったな」

「別に気にしてない。・・あれが例の子供達か?」

「ああ、女の子の方は親が別だが先ほどの長男同様に私の子同然に可愛がっている。まだ若いよ」

慶太と香織を見ていると礼子も前に面倒を見ていたあの2人を少しダブらせる、様々な相談を持ち掛けられ自分の 職業が疑わしくなってしまうほどよく対処したなぁっと思えてしまう。だけども2人も無事に高校を卒業、あれだけ騒が しかった2人がいなくなると寂しさを禁じえないがこれも教師の宿命かと思う。あの2人が今何をしているのかは よく分からないがあの2人なりに頑張っているのだろう、そう考えると自然と顔が綻んでくる。

そんな礼子を沙織はじっと見つめながら静かにそのまま出口まで歩みを進める。そんな沙織に対して礼子は最後に 一言言葉を投げかける・・

31 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 19:10:55.67 ID:GaC2M0lV0?

「さっきお前は俺に言ったよな? “子供の面倒をろくに見られない私よりも立派だ”っと・・だけどもあの子達を見ても ちゃんとお前を慕っていたぞ。俺は子供を育てた事はないからよく分からないがこれだけは言える・・お前は立派な母親だ」

「そうか・・ありがとう」

店を出るときに沙織は一瞬だけ礼子に顔を見せる、その表情はテレビや舞台では決して見られない本物の笑顔であった。

沙織が店を出た後、例子も会計を済ませすぐに店を後にする。沙織と話しているとだんだんとあの時の自分が鮮明に なって甦ってくる。もしかしたらあの時の自分は沙織に対して何らかの絆を感じていたのかも知れない、だけどもあの時の 自分は見るもの感じるもの全てが信じられなくなってしまい目を背けて塞ぎ込んだのだろう。 だけども今の礼子は人を信じることも出来るしこの現実に絶望など微塵も感じていない、今は心から信じられる人物と 共にいられることで希望という光を見出している。沙織もそれは一緒だろう、だけども沙織は子供という形で証を残して いる・・だけどもいくら他人を羨んでいても仕方ない、この現実から逃れられない事は事実なのだから。

(・・あの頃から始まっていたのかもしれないな)

思わぬ想像をして少し微笑しながら礼子はそのまま自宅に向かって歩く。どのくらい歩いたのだろうか?  随分酒を飲んでいるのは覚えているがどれぐらい飲んだのかはよく覚えていない、どうやら回りきれなかった酔いが 一気に回ってきた証拠なのだろう。だんだんと足元がおぼつき初め、身体の感覚がよく分からない・・礼子自身、自分は 酒が強いとは自負していたつもりだがここまで酔っ払うほど飲んでしまったのだからあまり信頼に置けないものだろう。 足元の感覚がなくなりだんだんとふらついてくる身体・・フラフラとしながら倒れこもうとしたその時、何者かが倒れ掛か った礼子の身体を支える。おぼつきながら礼子はゆっくりとその人物の顔を見上げると自然に笑みを溢した。

33 : ◆Zsc8I5zA3U? :2008/02/12(火) 19:11:36.72 ID:GaC2M0lV0?

「お前か・・」

「礼子さん、また飲みすぎたみたいだね」

「うるせぇな」

そう言って何とか礼子は体勢を立て直す、なぜ自分の旦那がここにいるのかはよく分からないが深く理由は知るつもり はない。

「さ、帰ろうか」

「レイはどうしたんだ。家にいるんだろ?」

「珍しいね、礼子さんがレイの事を聞くなんて・・今は家でのんびりしてるよ」

「そうか・・」

少し吐息をついて礼子はふと思う、自分は今まで家族の絆とは無縁だと思い続けていたのだがこのようにして自分の 事を心配してくれている人がちゃんといる。これだけでも充分に幸せな事なのに中々満足できない自分がいるのは 拭いきれない事実、やはり何かしらの確証を自分は欲しているのかもしれない。 こんな自分もたまにはありだと礼子は思う、既に子供がいる沙織とは違うものの自分もそれなりに幸せの実感を掴み つつあるのかもしれない。

旦那に支えられながら礼子はじっと夜空を見つめるのであった・・

-fin-


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最終更新:2008年09月17日 19:25
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