5 名前:
◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:29:09.33 ID:8yJtIK8X0
風邪は万病の元とよく言われているが私には単なる病気に過ぎず、それほど身体に支障をきたしているとは 思わない病気だ。だけども私はその判断を甘く見てしまうことになる・・
「何だ、このしんどさは・・」
何だか身体が異常にだるい、時たま熱さも帯びるし吐き気も少々・・典型的な風邪の症状に違いない。 教師をやっていてそれなりの年数が経つが自分の職場で使っている薬にお世話になるのは初めてだ。女体化という 特殊な事情を抱え込んでいる生徒の悩みを受けて数年、私の仕事は主に悩み相談を占めるが一応保健室の先生 なので病気関連についても知識は一応ある。
「ゴホッ! 確か薬はこれと・・これだな」
頭痛を堪えながら保健室の中に入っていた薬を取り出すと自分で調合しながら呑みかけていたコーヒーと一緒に 薬を身体に含ませる。薬の調合や種類は正規の医者である旦那や友人から赴任前には教えて貰ったので 素人がやるよりは効果があると思う。それにしても一体この風邪は誰から貰ってきたものだろうか?
6 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:30:27.39 ID:8yJtIK8X0
「あいつは風邪なんか引いていなかったし今まで来た生徒もそんな症状はなかったな・・ゴホッゴホッ!!」
思考すればするほど身体のだるさが増えて気分が宜しくない、今はこの風邪を治すことの方が急務のようだ。 いつもと比べて少し重たくなった身体をゆっくりと体勢を立て直して元の椅子に座る。今まで私は風邪を引いたときは 気力で治し続けていたので薬の類などは一切頼ってはいなかったのだが歳の影響もあってか少し微妙な心境な もので今日は少し早めに帰った方が良さそうだ。
「ゲホッ!! しかしこんなときに生徒が来たらまずいな・・」
「礼子先生~一緒にお昼いいですか」
「え、ええ・・いいわよ」
頭痛を何とか必死で抑えながら私は応対を始める。 この子も女体化経験者で名前は山川 鈴音(やまかわ すずね)、鈴木先生が受け持つクラスの子で性格も良く かなり明るい子だ。彼女が女体化したのは入学してからちょっとしてからでやはり精神的に不安定だったようだ、よく 私に相談をしてくれて本人なりに切磋琢磨しながら今のような性格を自分で会得したようだ。それに鈴音はこうして 時間があれば私と一緒にお昼に付き合ってくれるので退屈にも困らずちょっとした楽しみにもなる。
あの2人が卒業してから随分久しく感じていたものだが、これはこれでいいものなのかもしれない。
7 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:31:47.11 ID:8yJtIK8X0
「そう言えば先生って確か旦那さんがお医者さんでしたよね?」
「ええ、そうよ。それがどうかした?」
「じゃあ、ご飯とかいつもどうしてるんですか、そこら辺はやっぱり先生が作るの?」
「逆よ。旦那は昔から料理得意だったからいつもやって貰っている」
私自身昔から料理が全く出来ないのと、旦那がああいった性格なので進んでそういった事は私の代わりによくやって くれていたので今でもそういった生活が続いている。今食べているお弁当も栄養バランスをしっかりと考えた 超低カロリーのお弁当なのだが・・残念な事に今の身体の調子から考えるとそんなに食欲が湧いてこない。
「そうなんですか。あれ? 今日は珍しくお弁当残してますね」
「ちょっと食欲が湧かなくてね。残すと勿体無いし・・食べる?」
「はい! いただきます」
鈴音に弁当を差し出して私は再びコーヒーを飲みながら外の景色に目をやる、弁当の方も身体の調子の悪い私が 残すよりも鈴音に全部食べて貰う方がいいだろう。今は薬によってある程度症状が緩和されているとはいえ、また暫く 時間が経ったら身体の調子が悪くなるだろう。それに熱も下がりきっていないようで身体のだるさもまた起きてくる だろうしそれに今は鈴音がいる、彼女に風邪を移してしまうわけにもいかない。
8 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:32:16.15 ID:8yJtIK8X0
「ふぅ~、ご馳走様でした。とってもおいしかったです」
「それはよかったわ。旦那にも言っておく」
鈴音は綺麗に私のお弁当を平らげてくれたようでご丁寧に感想も言ってきてくれたりする、普段ならちゃんと聞けれる のだが、こう体調が悪いと感覚が少し鈍ってくる。
(こんなとき中野がいればきがねなく風邪を移せるのだが・・)
「あれ? 礼子先生ボーっとしてどうしたんですか?」
「ちょっとね・・」
つい昔を思い出しながら現実を忘れる私であった。
9 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:34:31.22 ID:8yJtIK8X0
放課後、いつものように日誌を書きながら1日の終焉を迎える。文面が少々短いのはやっぱり風邪の影響なのだろう とはいっても日誌の内容は至って平凡で主に業務内容しか書いて居ないのだがこれがとてもありきたりで中々面白くは ない。
「ゲホッ! ・・そういや、薬を少々拝借したんだっけな忘れずに書かないと」
一応、ここの薬も学校の備品に入ってしまうので何の薬をどのように使用したのかをきちんと書かなければならない ので少し面倒だ。適当に薬の使用用途にどのように使ったのかと事細かく書きしるしていく、しかしながら自身の身体が しんどい中でもちゃんと書いている自分は少し褒めて欲しいものだ。
「やべぇな。このまま車で事故らなければいいけど・・ゴホッ、ゴホッ!!」
このまま身体の調子が悪くならないうちにさっさと引き上げて車で自宅に帰るのが一番賢明だ、私は保健室の鍵を 閉めると職員室に向かって鍵と日誌を速やかに返すと駐車場に止めてある車に乗り込むと大人しく自宅へと走らせる、 今日は大人しく薬を飲んで早めに眠った方がいいだろう。
「ゴホッ! 家に着くまでが勝負だな」
こんな状況だといつもよりスピードを出して最短ルートを割り出しそそくさと帰るのが常だが、そんな事したら事故して しまって下手をしたら全てが終わる。私は調子の悪い身体を駆使しながらいつも以上に神経を運転に集中させて家に 向かう、普通なら色々な衝動を抑えるのは簡単なことだがこう体調が悪いとそれが中々難しいものだ。
今の自分を状況で考慮しながら慎重になおかつゆっくりと道なりに車を家に進める。
10 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:35:39.10 ID:8yJtIK8X0
「・・ようやく家に着いた。あいつは今夜は泊り込みだって言っていたな」
私の努力の成果もあってか、何事もなく無事に家にたどり着いたのはいいのだが、それと同時に身体の体調が すこぶる悪い。熱やだるさは勿論の事だが、吐き気の方がさっきから断続的に続いているのでどうにもならない状態だ。
「ゲホッ、ゲホッ!! 熱は39度か・・どうりで身体がだるいはずだ」
体温計で熱を測った結果がこれだ、今日はすぐに着替えて早く眠った方がいい。それに幸いな事に明日は祝日なので 学校も休みだしゆっくり休められて自然と風邪も治ってくるだろう。だけどもとりあえず旦那の方に連絡を入れておく ことも忘れずにしなければならない、旦那とすれば仕事をホッポリ出して私の所に向かってきそうだが、何とか多分周り が止めてくれるだろう。受話器を片手にだるい身体を駆使しながらだんなの病院に電話を掛ける。
11 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:36:46.64 ID:8yJtIK8X0
“あ、礼子さん。こんな時間にどうしたの?”
「風邪引いた・・ゲホッ!」
“大丈夫!? そっちに帰ろうか?”
「いや、そんなに酷くはないから大丈夫だ。お前は俺に構わずに自分の仕事を続けろ・・ゲホッ、ゲホッ!!」
“だ、大丈夫!! 本当に出来るだけ早く終わらせて帰るよ”
「あのなぁ、俺はこういった事は昔から慣れてるんだ。だから心配はするな」
“うん・・あまり無理はしないでよ”
「・・わかってる。んじゃな」
電話を切ると家にあった風邪薬を飲むとベッドに寝転びながらゆったりと寝息が立ちはじめる。 そう言えばレイがそこら辺に居たはずなのだがもしかしたら旦那が職場に連れて行ったのかも知れない、それはそれで 非常に助かるのだが・・何だか少し変な感じがする。
「ゴホッ! 俺も寝る・・かな」
さっき飲んだ風邪薬には睡眠薬も僅かながらに入っているのでもう少し経ったら利いていくるだろう、明日の朝には きっちりと直ってくれれば良いのだが・・
12 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:38:02.08 ID:8yJtIK8X0
翌日・・私の身体はだるさと吐き気が続く、熱の方は昨日と比べて少しは下がり続けている。やはり薬を駆使しても 半日そこらで治らないのは純粋に歳のせいもあるのかもしれない、まだ自分では老け込むのには早いと思っている のだが老いに対するものはやっぱり隠せないものだ。
「ゲホッ! これだと明日に治るかどうか・・」
あの後に旦那の方も忙しい仕事の合間を縫って帰ってきてくれたようでその証拠にテーブルの上には薬やら色々な ものを置いてきてくれて非常に有難いものだ。休日にも拘らずもう旦那は仕事に行ってしまったみたいだが今日一日は ゆっくりと静養に過ごすのも悪くはない・・
「ゴホッ、ゴホッ!! さて、これからだが・・ん? こんな時間に電話かよ」
間の悪さと言うべきか・・こんな時間に電話が掛かってくるのは珍しいものだがいつもの習慣で電話に出ると底には 意外な人物からの呼びかけであった。
「もしもし・・」
“やぁ、意外に元気じゃないか?”
「何の用? 多田さん」
全くこんなときにこの人物から電話が掛かってくるなどは思っても見ないもので何を理由に私に電話をしてきたので あろうか?
13 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:39:11.10 ID:8yJtIK8X0
“おいおい、心配だから電話を掛けてきたんだよ。そんなに疑われるなんて嫌われたなぁ”
「・・人の心を先読みするからよ」
“それは俺の特権だからやめられないな”
通常の体調でもこの人と喋るのも大変なのにこんな調子だとどうなる事やらわからないものだ、それにしても 多田さんが電話を掛けてくると言う事はやはり旦那絡みなのだろうか?
“ハハハッ!! 心配しなくてもそりゃないわ。院長の方は普段どおりだから礼子さんは心配しなくても大丈夫だ。 俺が保障するよ~”
「だから心を先読みしないでちょうだい。でも少し安心したわ・・ゴホッ!!」
“おいおい、ちゃんと薬飲んで寝た方がいいぞ。院長には俺がしっかりと伝えて置くから”
「・・やっぱりあなたじゃいろんな意味で不安だわ。奈保さんがいるなら代わってちょうだい、伝えて貰うから」
“残念だけど彼女は今日は休暇で病院には居ないよ”
正直言って多田さんよりも奈保さんと一緒に話す方が楽だし気も休まる、多田さんも平常時でいれば少しばかりの 刺激を貰えるし若干の活力もあるのだが・・やっぱり今の私にはそんな余裕は余りないだろう。
14 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:41:29.50 ID:8yJtIK8X0
“そりゃどうも。なんでも子供の参観日とかどうのこうの言っていたっけな”
「ああ、きっと子供さんの用事ね。奈保さんあなたと違ってああ見えても既婚者で子持ちよ」
“らしいな、彼女の言動には母性的なものが尾ひれからよく感じるよ。それにしても結婚の事に関しては 礼子さんよりも彼女の言葉のほうが容赦ないから一番堪えるんだけど彼女と仲が良いなら何とかしてくれない?”
「それは無理ね、解っていると思ってるけど奈保さんは私よりもストレートよ。それにあなたは今の独身生活を 楽しんでいるように見えるわ」
“言ってくれるね。ま、その様子だと口は元気なようだから1日寝る事を勧めるよ~ それじゃ、俺はこれから仕事だから、またいつか”
「はいはい、旦那のために頑張ってちょうだい・・」
電話を切ると私はタバコを吸いながら暇潰しにテレビの電源をつける。多田さんの言うように体の調子が悪いかも しれないが口はまだまだ元気なようだ、それにしても一体多田さんは自宅の電話番号を知っているのだろうか? いや、それ以前に私が風邪を患っている事すら彼には初めから見抜いておりそれを前提とした会話のような感じも してくる。本当にあの人に関しては解らない、案外人の本質を瞬時に見抜いてしまう彼には結婚と言う言葉自体が 不向きなのかもしれない。
15 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:48:33.44 ID:8yJtIK8X0
「ゴホッ! やっぱりタバコ吸わねぇと生きてられねぇな」
本来風邪のときはタバコなど絶対に吸ってはならぬものではあるが、私に関してみれば精神の殆どをタバコで 安定させているものなのでこれがなければ生きてられない。テレビの方も楽しいと言ったら楽しいのだが、だんだん 見てて飽きてくるものでタバコで持たせるのも少しばかり心細い、そんな感じでゆったりと過ごしていると今度は 自宅のインターフォンが鳴り響く。
「全く、今日は変な日だな・・ゲホッ!」
電話は近くにあったので大した動きもせずに取りに行けれたのだが、今度はインターフォンと来ているので少しばかり 動かないといけない。タバコを消してだるい身体を何とか起こしてインターフォンの受話器を拾い上げるとそこには 懐かしい声が飛び込んできた。
“よぉ、礼子先生! お見舞いに来たぜ”
「どうしてここが・・待っててすぐに開けるから」
なんと思わぬ来客の主は相良 聖。彼女の高校時代は様々な波乱を呼び起こして周りの教師は卒業は絶対に 不可能と思わせていたのだが、誰も寄せ付けぬまま下降線を保った成績は急上昇を見せて進路の方も当時付き 合っていた彼氏と一緒にそこそこ名の通っている大学の合格を見事に決めており、あの時は一種の錯乱を覚えて しまったほどだ。今は彼氏と同棲をしながらスクールライフを満喫すると言う夢のような生活を毎日送っている、そんな 彼女がなぜ私の元へ来たのだろうか?
まぁ、それはこれから聞けばわかることだ・・
16 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:52:14.69 ID:8yJtIK8X0
「いらっしゃ・・ゲホッ、ゲホッ!!」
「おいおい、咳も出てるんだしあんまり無理するなよ。ちょっとそこら辺に休んでなって」
「ゴホッ! ・・そうするわ」
聖に促されて私はゆっくりとソファに座ってゆっくりと呼吸を整える、大した事がなかった熱の方も徐々に上がっている みたいで少しばかり咳も増えてしまっていた。
「で・・誰から聞いたの?」
「あいつから聞いたんだよ。何でもあいつが礼子先生の旦那さんから連絡を貰ったって聞いたからな、本当は2人で 来るはずだったんだが・・あいつに風邪移されても困るから俺1人で来る事にした」
「だったら、マスクぐらいはつけなさい。確かそこの引き出しに置いてあるから」
「そ、そうだな!」
やっぱり聖は高校時代と代わらずに相変わらずどこか抜けている。中野だったらそのまま放って置いているが聖は 昔の温情と言う奴だろう、それにしてもまさか旦那のほうが中野と通じていたなんて計算違いもいいところだ。
多田さんの事も含めて帰ってきたら徹底的に問い詰める必要があるようだ。
17 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:53:10.22 ID:8yJtIK8X0
「それにしてもまさか礼子先生が風邪なんて引くとはな・・意外だったぜ」
「私でも風邪は引くわよ・・ゴホッ!」
「んじゃ、飯は食ったか?」
「起きた時に旦那が用意してくれた物は食べたわ」
「それだったら次は俺が作るかな」
そう言って聖は軽く腕まくりをしながら意気揚々とする。 だけども私がこんな体調だし何よりも夜までにはまだ時間もある、いくらマスクをしているとはいっても聖に風邪を 移させるのはどこか気落ちしてしまう。
「あんまり私に構わなくても大丈夫よ。それに大学の予定とか大丈夫なの?」
「ああ、大学の方も単位貰って丁度片付いたところだし暇を持て余したしたところだ」
「それにしてもあんな生活の中でよく単位貰えたわね」
「そりゃ、向こうとの条件で結構カットされているからな。大学中退なんていう中途半端な事は出来ねぇよ」
言動から察するにやるべき事はちゃんと自分で判断してきちんとやっているようだ。2人で頑張って暮らしていると いっても安心し切ってそういった面での乱れや解れが出てきてしまうものなのだが、この2人に関しては今の所は しっかりと分別はつけているようだ。
18 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:53:49.04 ID:8yJtIK8X0
「ま、これからも頑張りなさい。後はそれなりの処置や対処を自分達でしっかりと対処すること、でないと 後々取り返しのつかないことになるわ・・これは私なりの忠告」
「んなことはわかってるよ。あっ! 病人の癖にタバコなんて吸うなよ!!」
「別にいいでしょ。自分の事は自分が一番分かってるわ」
気がつけばタバコを吸っていた私であったが、まぁこれもいい物だろうと自分で納得させる。さっきの言葉は聖には 無論の事、私自身が経験した許されるべき罪・・過去を何度も見つめなおしながら後悔したって意味すらない、ひたすら 贖罪への道をまた一歩進めるしかない。そういった意味合いも込めて聖たちには私が侵した轍を踏ませたくはないのだ。
19 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:54:42.91 ID:8yJtIK8X0
「しかし礼子先生が今の俺達の暮らしに文句を言ってこなかったのは意外だな」
「あのねぇ、自分達で決めた事を簡単に翻したら意味がないでしょ? それにもうあなた達はいい大人で卒業した身なんだから私がとやかく言うことでもないと思うわ」
「何だか嬉しいような寂しいような・・」
まぁ、これも慕われている証拠なのかもしれないがいつまでも私におんぶに抱っこと言うのはいいものではないし 何よりも2人のためにならないものだ。
「そういや、礼子先生は大学時代は何してたんだ?」
「別に大した事はしていないわよ。適当に授業を取って論文作成してお終い・・まぁ、高校時代と比べたらそれなりに やりがいはあったわね」
「何か淡々としているな。もっとパーッとした思い出とかはないのかよ」
「思い出ねぇ・・良くも悪くもそういったのは殆ど高校時代が印象にあるわね 。単車盗んだり修学旅行ボイコットして友達とツーリング旅行したぐらいかしら?」
「ハハハ・・スケールがでかすぎるよ」
まぁ、こうしてテレビを見ているよりも聖と一緒に他愛のない世間話をする方がかなりの暇潰しにもなるし自分が病気を 患っていると言う事自体も忘れてしまえるのでいいものである。思えば大学時代の思い出といえば軽く人と揉めた 思い出ぐらいしかないので語ってもつまならないものだ。
20 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:55:15.42 ID:8yJtIK8X0
「ゲホッ! そろそろ薬でも・・」
「だから無理するなって、ほらこれだろ?」
黙って聖から薬を貰うとそのまま水と一緒に飲んでゆっくりと一息つく、どうやらある程度症状が緩和されつつあると いっても完全には行動できないようだ。
「ゴホッ、ゴホッ! 自分が風邪引いてたのも忘れてたわ」
「普段から無理しすぎなんだよ、もう少し自分の身体でも労れよ」
「まさかあなたからそんな事を言われるなんてね。ゲホッ!」
「おいおい、俺だってあの時よりかはかなり成長しているんだぜ? そうだ、折角なら飯でも作ってやるよ」
そのまま聖は台所へと向かうと、なにやら冷蔵庫から食材を見つけ出しながら慣れた手つきで調理を始めている。 どうやら言葉以上にもちゃんとやっているところはやっているらしく、恵まれた今の生活に堕落しきっておらず自分達で やっている様子が伺えた。
「ゴホッ、ゴホッ!! やっぱり・・こいつらは俺達とは違うな、強さが違う」
聖達をどうやら少しばかり自分達に重ねすぎていたようだ・・
21 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:57:12.59 ID:8yJtIK8X0
聖の作ってくれた料理は何ら変哲もないおかゆ・・だけども結構味が薄くて食べ易くおかゆにしてはかなりの満腹感が 身体中に伝わってくる。
「ふぅ、いつから・・料理覚えたの?」
「高校の最後らへんかな? これでも最初は苦労したんだぜ」
「でも凄いわね、料理に関わらず日常の家事もちゃんとしているんでしょ?」
「当たり前だ! この俺様を誰だと思っているんだ!!」
「はいはい、あなたのラブパワーは解ったから少し静かにしてちょうだい」
ゆっくりとおかゆを食べながらも私は目の前で成長してくれている聖を見ていると不思議と嬉しさが込み上げてくる。 その理由はなぜだかハッキリとはよく解らないが、常に私が2人を間近で見てきて学校限定ではあるがいつしか一緒に 居るのが当たり前だと思ってきていたのだろう・・2人の卒業によってその当たり前がなくなって、会うことすらままならぬ 今の状況・・人の成長をまた再び見れたのに自然と悦びを感じるようになった。
「礼子先生・・なんで泣いているんだよ」
「えっ――?」
気がつけば私は涙を流していた、もしかしたら私は麻耶との出来事を自然と思い出してしまったのかもしれない。 あの時は身体が砕けそうになるぐらいに哀しかったけども私が教師として本当に目指すべき物を気付かせてくれた 出来事でもあったわけだ。・・この際いい機会でもあるし聖にあの事を話しておいても損はないだろう、彼女に私と言う 人間の本質を見定めてもらうのもいいものだ。人を見る目を養わせるためにも・・
22 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:58:04.04 ID:8yJtIK8X0
「――思い出してたのかもね、あの時の事を・・」
「あの時の事・・?」
「・・余りいい話じゃないわ、でも聞いてくれる?」
「あ、ああ・・いいぜ」
おかゆを食べ終えてお皿を置くと、私はゆっくりと麻耶との出来事を聖に話すことにした。 淡々と続く話・・最初は威風堂々としていた聖ではあったのだが、次第にだんまりするようになって私の声だけが 静かに場の空気を流れていく。全ての話が終わった後、私はタバコをつけながらゆっくりと聖の反応を待つ・・
「これが私の思い出の一つ、この話を他人にしたのはあなたが初めてだわ」
「そうか・・なんか想像以上に重たい話しだったな」
「ごめんね、私の我が侭に付き合ってもらって・・」
やっぱり、女体化したとはいっても深く心に突き刺さったのだろう。元男とはいっても今はもう心身ともに立派な 女性には違いない、今の聖からは女性らしい反応も結構見られるし表情からもそれが容易に読み取れる。話の内容は 少し酷だったものかもしれなかったが、私も聖相手に今までの過去話をするのは少し辛いものもあったがそれだけ 聖を大人として見ている裏返しなのだろう。
後はこの話をどのように判断するかは聖次第と言うわけだ・・ゆっくりと時間が流れる中で聖はついに思い口を開く。
23 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 20:58:46.79 ID:8yJtIK8X0
「こんなこと言うのは何だけど・・礼子先生は今そいつ何していると思う?」
「さぁね・・あなたよりも年上だから今頃は働いているか、結婚して子供が出来ているかどちらか・・ね」
麻耶に関しては今は幸せを掴んでどこかで暮らしているのだと私は思っている。 あの後、私はあらゆる手段を使って麻耶の引越し先の住所を調べてはいたのだが手がかりと言う手がかりが 見つからず、手紙も出せぬままとなってしまった。
だけども麻耶は頭がいいからうまいことアメリカで生活をしているのだと思う、初めて出会った時と比べて性格も 大らかで内から出る人としての芯の強さをひしひしと感じていたのだから、今でもアメリカの何処かで暮らしてるのだろう。
「それにさっきの話で何だか俺の知らない礼子先生を知れて・・俺もようやく礼子先生と一緒に話せたんだなって感じだな」
「ガッカリしたとかそんなのはなかったの?」
「・・礼子先生は礼子先生でそれ以上も以下でもない、俺が言いたいのはそれだけだ!」
聖の言葉に私は赦された感覚と一種の安心感を覚えてゆっくりと天井を見上げる。
「んじゃ、俺は食器片付けるわ」
「そう・・ありがとうね」
ゆっくりとタバコを灰皿に戻すと私は静かに目を瞑った。
24 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 21:01:11.90 ID:8yJtIK8X0
夜、もうそろそろいい時間なので聖を送り返す事にする。いくら私の症状が緩和されていたとはいっても風邪なのは 変わりないので長居させておくのはよくないだろう。
「今日は色々とありがとう、おかゆごちそうさま」
「あ、ああ・・大丈夫なのか?」
「まぁね・・風邪が移ったらいけないから早く帰りなさい」
まぁ聖のお蔭でここまで体調が良くなったのも事実なのでこのままのんびりとすれば時期に風邪も治ることだろう、 旦那の手向けと言う事が少々気に入らないがこれもいい機会だ。
「それじゃあね」
「おぅ、また暇が出来たら遊びに行かせて貰うぜ!!」
「楽しみにしているわ・・ゲホッ!」
「おいおい・・あんまり無理すんなよ。それじゃあな!」
そういって聖は家を去っていった、学校とは違ってこんな風に会うのもまた良いものだ。 私も長年教師をしているものだが卒業した生徒とは連絡を取った事もないしこのような関係を築けたことはない、 卒業して頼られることが少なくなったとはいっても少しばかりの寂しさは禁じえない。逆の意味を考えればそれだけ 自分の力で乗り越えてそれ相応の強さを兼ね揃えたと言ったところだが、やっぱりどこか虚しさみたいなものを感じて しまう。こうして聖が私の元に来てくれた事はそれだけ大人として私の事を見てくれたのかもしれない、これからも こんな関係が続くのも悪くないものだ。
25 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 21:05:49.18 ID:8yJtIK8X0
「ゴホッ、ゴホッ!! 全く、何を考えているやら・・ん? また電話か」
気がつけばまた家の電話が鳴っている、本当に今日はよく電話が掛かってくる日だ。 だるい身体を何とか支えながら歩き受話器を手に取ると・・聞き覚えのある声が私を包み込む。
“やぁ・・ようやく仕事が一段落着いたよ。ちゃんとご飯食べた?”
「まぁな。相良を呼んだのはよく解らない所だが」
“こういう事は本当は僕がやるべき事なんだけど・・言い訳はしたくないんだけど仕事で仕方なかったからね”
全く、いつまで経ってもそういったところは全く変わらない。旦那はいつまで経っても良い意味でも悪い意味でも 人に優しすぎるのだ・・
26 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/06/23(月) 21:07:40.12 ID:8yJtIK8X0
「それぐらい俺も百も承知だ。アホ臭いこと言っている暇があったら自分の仕事しろ」
“ハハハ・・やっぱり風邪引きでも礼子さんには適わないよ”
「しかし多田さんから電話が掛かってきたときは意外だったよ。あの人は本当に何考えているんだか解らん」
“あれ? 礼子さんの生徒さんについては確かに僕がした事だけど多田さんについては知らないよ”
「おいおい、今更隠す必要なんて・・ゲホッ!」
“多田さんについては本当に知らないよ。・・まぁ、あの人はああ見えても純情だからね。 それに今回も多田さんが仕事引き受けてくれたお蔭で電話できたものだし”
旦那の言葉は嘘ではない、あの人は本当に何をしたいのだろうか? 考えれば考えるほど訳が分からなくなってどうももやもやしてしまう。
“まぁ、今日は何とか帰れそうだからもう少し安静にしていてよ”
「ゴホッ! ・・ああ、早く帰って来いよ」
“うん。じゃあね・・寂しくなっちゃダメだよ”
「アホか!!!」
電話を切りながらもこのままだと何か癪なので私は再び薬を飲みながら旦那に風邪を移してやろうと画策しながら ゆっくりと安堵の寝息を立てるのであった。
―fin―
最終更新:2008年09月17日 19:26