279 名前:
◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/10(土) 22:03:45.00 ID:k9vm5MO70
あれから來夢は検査も兼ねて一週間程度で退院した。 親父と母さんにも來夢の病気の事実を伝えた。2人ともショックは 隠しきれないようで、親父のほうは仕事が手につかない様子らしい。 母さんのほうはというと目を閉じながらじっと考え事をしているようだった。 として母さんは父さんにそっと目配せするとそのまま呼吸を整えると静かにこう言った。
「慶太・・來夢を呼んでくれ。話したいことがある・・ 私とてこんなことをまだ話したくなかったのだが・・不本意ながら來夢が こんなことになってしまっては仕方がない。お前もそれでいいな?」
「・・わかった。本来よりも少し早かったか・・」
「じゃ、俺は來夢を呼んでくるよ・・」
母さんたちの意味不明な会話を聞きながら俺は部屋にいる 來夢を呼びにいった。來夢のほうはというと、癌という死の宣告を 突きつけられたのにもかかわらず、落ち込んでいた俺たちとは対照的に いつも通りに家事をしていつもどおりの生活を送っていた。
不思議とその光景は癌の事実がまるでなかったかのごとく事は進んでいる ようであった・・來夢を呼び出した俺はいやに真剣な表情でいる親父たちに 驚きながらもじっと親父たちを見つめていた。
そして、親父たちはゆっくりとその口を開いた。
280 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/10(土) 22:05:13.35 ID:k9vm5MO70
「・・話だが、おい」
「ああ・・お前たち大事な話がある。今まで隠していたが、私は・・女体化した身だ」
あまりにもの衝撃的な出来事だった。來夢がこんなことになった 直後にこんなことを言われるなんて・・確かに母さんが女体化していたことは かなりの衝撃ものであったが、ここ数年はそういった話をよく聞くし実際に 俺の周りにもそういった奴がいる。
多分、母さんたちはまだ物事の区別もつかない俺たちに女体化の事実を厳重に伏せていたんだろうな。
「本来ならお前らがもう少し成長してから話すつもりだったのだがな・・來夢の癌を 聞いて十条と話し合った結果だ。悪かったな今まで隠して・・」
「母さん・・何言ってるんだよ。僕は大丈夫だって」
「無理するな。ショックなんだだろう・・」
母さんは余計に顔をうつむいた。まぁ、俺もショックなのは変わりないのだが・・ それほど重く受け止めちゃいないし母さんが女体化したといっても最近はよくある 事例の1つだ。母さんたちが気に病む理由もわかるがな・・
俺は呼吸を整えると、そのまま母さんたちに諭すように語り掛けた。
281 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/10(土) 22:14:15.85 ID:k9vm5MO70
「母さん。俺は母さんが女体化しているといっても俺たちは全然気にしていないし いつもとはなんら変わりないさ。そりゃ俺だって來夢がこんなことになったのは すごいショックだし残念だと思っている。
だからといって俺は母さんが女体化したといっても気に病んでもいないし気に病む必要もない」
母さんが女体化していたのは確かに衝撃的でショックなことだ。 普通に考えれば両親が男同士だったという事実は同性である俺にしてみれば 衝撃の事実だ。だけど、來夢が女体化して癌になってから俺は女体化という 病気に関して関心を持てたと思う。 確かに母さんが女体化してたのはショックだが、ここ最近は女体化という病気と 共存していこうと思っていたところだ。
來夢もそんな俺に同調したのか母さんたちに優しく語りかけてくれた。
282 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/10(土) 22:14:35.53 ID:k9vm5MO70
「そうだよ。兄貴の言うとおりだよ・・僕たちは母さんたちは昔何があったのかはわからないけど母さんは母さんだよ。 それは変わりはないよ・・
だから・・2人ともしんみりしないでよ」
「お前たち・・」
母さんは俺たちを見つめながらそれ以上は何も言わなかった。 そして、今までに冷静を保っていた親父が一言
「ま、取り越し苦労だったようだ。お前たちも成長したんだな。ほら、結婚したときに俺が言ったとおりだったろ?」
「お前に言われるのは何だが・・そうだったな」
2人とも落ち着きを取り戻したのか俺たちを暖かい眼差しで見守っていた。
491 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/12(月) 00:19:14.95 ID:gqe6rGa+0
あれから定期的に徹子さんから連絡をもらうようには なったのだが、余り研究は進まないらしい。
そりゃそうだろうな。女体化の原因究明と來夢が犯されている 新種のガンの治療方法・・この2足の草鞋はとてもきついだろう。 何せ両方の病気を治療しなければならないもんな。 それに徹子さんは現場の責任者らしいし・・普通の人間だったら過労者だな。 來夢のほうはあれから施設へ定期健診を受けている。幸いなのがガンの 進行が極めて遅いことだ。どうやら、初期症状の状態となんら変わりないらしい。 だけど、ガンはゆっくりと進行していることは事実だそうだ。
このまま放っておくとガンは全身に転移してたちまち來夢の体をゆっくりと蝕んでいくだろう。
493 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/12(月) 00:20:14.10 ID:gqe6rGa+0
俺たちのほうはというと、現在進行形でなんら変わりない日常を送っている。 これはあいつとの取り決めで、これからもなんら変わりなく今までどおりに過ごしていれば、 気づかないうちにガンなんてなくなっているだろうと言う寸法だ。事実、ガンというのは 患者のメンタル面がしっかりとしていれば割と治る病気でもあるらしい。 現にそんな方法で治っている人たちも少なからずいるようだ。
幸いなのは來夢がガンに侵されながらも俺たちと一緒に日常を謳歌しているということだった。
「何緊張してるんだよ・・舞台を見に行くだけだろ?」
「う、うるさいわね!!!」
今、俺たちはロサンゼルスのとある劇場に向かっている。しかもよりによって あいつと一緒だ。なぜこんなことになったのかは今から数時間前に遡る。 あれは・・偶然にあいつが俺の家に遊びに来たときだった。
その時の俺はのんびりとテレビで映画鑑賞を楽しんでいた。
495 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/12(月) 00:22:02.16 ID:gqe6rGa+0
「ふぅ・・母さんって普段は冷静で俺をからかっているのに一度、演技に入ると人が変わるよな」
俺はソファでくつろぎながら母さんが主役の映画をじっと見ていた。 普段は冷静で俺たちとしゃべっている母さんだが、映画に写っている母さんを 見ると普段とは180度違って見える。俺が母さんの映画に夢中になっていると 飯の支度をしていた來夢が例のエプロン姿でこちらにやってきた。 どうも、ガンに侵されていても料理への情熱は失っていないらしい。
昼時の今でもやけに気合の入っているようであった。
「あ、それ。去年の母さんが主演の映画だったよね。確か賞まで取ったんだっけ」
「らしいな。それにしても家ではこんな風にはならないよな」
「まぁ、母さんは家に仕事は持ち込まないし・・それに、この映画は自分よりも脇役の演技のほうが光るって言っていたよ」
「相変わらず、自分には厳しいんだな・・」
母さんは自分が出演している映画を見ているものの、どんな役になっても 自分を評価することはなかった。それどころか自分の演技を酷評しながら 映画を見ていた。その反面、ストーリーの流れや映画のつくり・・ほかの人の 演技は高く評価していた。母さんは自分の出演している映画には妥協せずに厳しく見つめていた。
496 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/12(月) 00:25:50.99 ID:gqe6rGa+0
「ま、今に始まったことじゃないよ。そんなことよりもさ兄貴・・」
「な、なんだよ・・」
來夢はそのまま笑顔で俺を見つめるとポケットからチケットを取り出した。 どうやら、舞台のチケットのようだ。しかも公演日は今日のようだ。 ・・これは何かの偶然か否か?それになぜ來夢がそんなものをもっているのか わからなかった。來夢はチケットをそのままひらひらとさせながらお玉片手に チケット入手の経緯を説明した。
「実はねこのチケット友達の伝でもらったんだけど・・連れが行けないみたいなんだよ。 僕も行きたいのは山々だけどご飯の支度に忙しいし・・兄貴今日は暇でしょ?」
「ま、まぁ・・」
俺は突然のことにあっけらかんとしていたが、暇つぶしにはもってこいの出来事だ。 ちょうど映画も飽きてきた頃だし、まさにグットタイミングといったところか・・
俺が選択に迷っている時、それとほぼ同時に客人が1人家にやってきた。 ・・いや、客人というよりここの住人といった表現が適切であろう。 そいつは真っ先にこのリビングへと足を進めてやってきた。
「来たわよ!!!・・って、どうしたの?」
「ほらね。ちょうど人員も揃ったしね・・2人で僕の代わりに楽しんできてよ」
偶然か何か・・こうして俺たちは舞台を公演するロサンゼルスへと向かうこととなった。 しかしまぁ・・なんかしっくりこないというか、誰かに踊らされている気がしてならないのだがな。
497 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/12(月) 00:31:46.64 ID:gqe6rGa+0
こうして俺たちは舞台を見るために自宅から少し遠いロサンゼルスの街へと 繰り出した。そういえばここ最近は2人きりで遊ぶといった事はやっていない。 それに僅かながら体に少しばかりの緊張が走る。傍からみれば完全にデートでは あるが断じてそれはない!!仕方なしに付き合っているだけだ。 そういった感情などは沸いていないはずだ。それに相手はあいつ・・そういった 感情など微塵もないはずだ。あくまで昔からの友達として付き合っている わけであってそのような恋愛感情などというものはない。
あるはずがないんだ・・今までにもそのようなことはあったのだがあれは 偶然という不可抗力が重なってできたものだ。
俺から率先してそんなことはしていない!!・・と思う。
499 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/12(月) 00:34:27.20 ID:gqe6rGa+0
「何してんのよ・・」
「いや・・別になんでもねぇよ。それよりも公演時間は大丈夫なのか?」
「ええ、まだ公演までには時間的余裕もあるし・・それまで適当に時間でも潰しましょ」
いやに率先しているな。今までみたいな棘のあるというか・・そういった態度は 全く見られないしいやに落ち着きがある。まるでなんかを待っているかのような 感じだな。今日は俺やあいつの誕生日でもないし特に印象に残るような 特別な日ではない。平凡といえば平凡の普通の日に過ぎない。
なのに、今日のあいつは何かを遂行するような感じで今日という日を過ごしているような気がする。
「なぁ・・」
「・・何?」
「い、いや、なんでもない。・・どこで時間潰す?」
俺は考えをやめると思考を別に切り替え、あいつに行く場所を聞いてみた。 まぁ、せっかくの機会だし遊ぶとするか・・
しかし、やけに落ち着いているあいつを見るとやけに不気味で・・凛々しい姿であった。
500 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/12(月) 00:36:15.65 ID:gqe6rGa+0
「・・今日はやけにお前にしては素直だな。 あの時、俺と一緒に舞台へ見に行くと決まったとき、かなりの抵抗を予想したのだが」
「何言ってんのよ!!・・別に偶々だったから唯それだけのことよ」
そのままあいつは置いてあった紅茶を優雅に啜った。 今、俺たちは暇つぶしにこの喫茶店で過ごしている。舞台の公演時間は 夜になるので時間はある。まぁ、唯一気をつけることといえば遅くならないうちに 帰ってくるだけだ。俺も余り長居はしたくはない。
「何ぶつくさ考えてるの・・」
「え?・・い、いや別に」
「ま、いいわ。・・じゃ、行くわよ」
「おい!まだ公演時間まで結構あるぞ?」
「うるさいわね!!・・さっさと来なさい」
ま、逆らったところで仕方ないか。 それにしても・・今日のあいつは感情の変化がいちいち激しいものだ。 いつもよりも40%増しといったところか? 何でなんだろうな。俺はこれといっていつもどおりに過ごしているわけだし、 特別これといって変なこともやっていない。
まさか・・い、いや!!そんなことは断じて有り得ん。世界がひっくり返っても有り得ん話だ。 とにかく俺はあいつと一緒にロサンゼルス1の舞台場へと足を運んだ。
501 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/12(月) 00:37:54.34 ID:gqe6rGa+0
数時間後、無事に舞台を見終えた俺たちは舞台場から出ると時刻は夜となっていた。
「・・ふぅ、なんだかありきたりなストーリーだったな」
「あんた、全然わかってないわね。・・純愛で儚いものだったわ」
舞台の内容は昔のドラマならそこらじゅうでゴロゴロしている 純愛物の内容であった。若い男女が数々の障害を乗り越えながら 互いの愛を育んでいく・・とまさに昔なら王道中の王道ジャンルであった。 俺はあいつと一緒にじっと見ていたのだが、いまいちよくわからないものだ。 やっぱ現実的に考えるとああいった話どおりにならないのが世の常だ。
「あのなぁ・・純愛といってもフィクションだろ? それにああいうのはちょっとマンネリが重なって飽きやすいかな・・」
「・・あんたに聞いた私がバカだった」
「聞いてきたのはお前のほうだろ!!・・ま、いいか。帰るか?」
時刻はもう9時近く・・外で晩飯食べてたらおちおち家へ帰れないかもしれないな。 しかし、今日のあいつの様子はどことなくおかしいものだ。 いつものような感情の変化がかなり激しいし、どことなく落ち着きがないような気がする。
それに、俺自身もちょっと体が高鳴ってくる感じがする。 まさか・・あの時感じたあの感情が再び表に出ようとしているのかもしれない。
俺はあいつに一応尋ねると、あいつは意外な反応を示した。
622 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/12(月) 08:19:44.04 ID:gqe6rGa+0
「・・もう少し付き合ってよ」
「へっ?」
「だ・か・ら!!・・もう少し一緒にいて」
予想外にもほどがある。まさか・・あいつからこんな言葉が出るなんて 思いもよらないことだ。 いや、これはもしかして明確な意思表示・・何を考えてるんだ。 あのあいつが・・十条 香織がこの俺にそんな気がないのは昔から わかっている。こいつは昔からそんな奴だ。あいつは俺に対してなんら 恋愛感情など持っていない。
その証拠に昔から受けた数々の仕打ちはそれを裏付けるものだろう。 あいつにとって俺は単なるお友達の1人に過ぎないのだ。
「まぁ、いいけど・・」
「じゃ、決まりね」
結局俺は何も言えずにあいつと一緒にロスの街並みを歩いていった・・
最終更新:2008年09月17日 19:34