『樹』(10)

537 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(水) 04:56:21.16 ID:YTDstmju0

あれから数年が経った・・この数年のうちに世の中は大きく変わっていった。 その中でも特に大きなニュースといえば、あの難病で撲滅不可能とまで 言われた女体化シンドノームの治療方法が確立していったという事実だ。 これは世界規模のニュースとなり、瞬く間に各諸国にワクチンと特効薬が 支給され30年以上も続いた女体化に終止符を打つことができた。 女体化の撲滅には俺たちの間でもかなりの衝撃となって伝わった!! ・・といっても、女体化のワクチンが効くのは男性と女体化してから性行為をして いない女性のみに効くものであった。

その時には來夢も恋人という存在がすでに出来上がっており、ワクチンは既に必要なくなっていた。

俺たちのほうもいつものように3人バカやっている。 來夢の恋人探しも癌の事実もあってかなり苦労はしたのだが、俺たちに遅れて ようやくある1人の男性と付き合えるようになった。 來夢もようやく念願の甘い刺激を味わえるようになったようだ。 毎日が充実に過ごせてきているようである・・

538 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(水) 04:56:58.70 ID:YTDstmju0

おっと、進路のことだが、俺は結局エスカレーター式に学校を卒業した後 しばらく考えた末・・親父の会社に就職することとなった。別にコネ入社とか そういったもんじゃない。自分で考えて決断を下した結果がたまたまそうなった だけだ。別に後継者とかそんなものは関係ない。 それどころか、そういったことを考えなければ円滑ないい人間関係をスムーズ に築ける。上には適当に親父たちか誰かが勝手にやってくれるだろう。俺には関係ないことだ・・

來夢のほうは希望通りに調理の道に志すこととなった。 学校を卒業するとヨーロッパにある、超有名な調理師専門学校へと入学した。 癌のハンデを感じさせないぐらいに來夢はその才能を瞬く間に開花させ、 学校では1,2を争うぐらいにまで成長している。 もう既にとある有名レストラン数店からスカウトを受けているぐらいだ。 一度、俺も一回見てみたのだが・・どの料理も本格的で店に出ているものと 寸分変わりなかった。

あいつは・・俺が会社へ就職したと同時にプロポーズしてきた。 卒業したら興味を見せていた芸能関係をやっていくかと思っていたのだが、まさか 俺の就職が決まると同時にプロポーズされるとは思っても見なかった。 婚姻届をバンッと突きつけられたときは度肝を抜かれたな。 ま、でも・・これでいいんだと俺は自分に言い聞かせた。

あいつに惚れた俺が負けなんだっと・・

539 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(水) 04:59:57.85 ID:YTDstmju0

女体化が撲滅されて数年してからか・・俺たちは徹子さんからとあるものを渡された。

「あの・・これは?」

「・・今のガンの進行を遅くする薬だ。何とか女体化の治療方法を応用して 作ったものだ。悪いな・・現在のガンの進行やお前の体のことも考慮すると もうこれが限界なんだ。

――本当に・・すまん」

「・・いえ、こちらこそ今まで僕のためにありがとうございました」

来夢はそのまま一礼すると薬を受け取った。 その表情はどこか・・悲しげで儚いものだった。徹子さんのほうもやりきれない 顔をしていた。薬は普通のものと同様で3食食べた後飲むようなタイプであった。 薬のおかげか、ガンは何とか進行を遅くしてくれた。ただ・・副作用としてしばらく 眠くなってしまうらしい。

だけど、来夢はそんな苦痛など微塵もなかったかのように毎日を過ごしている。 來夢本人もガンが治らないという事実はとても辛いだろう。すでにこの時は ガンの進行が少し早まっていた。どうも少しガンの速度が速まっていたらしい。 薬の影響で何とか進行は遅くなっているのだがな・・

そして・・さらに時は過ぎた。

540 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(水) 05:04:12.59 ID:YTDstmju0

「今日は・・何の日だっけ?」

「・・兄貴、自分の結婚記念日忘れちゃだめだよ」

何気ない日常・・それが歳をとるたびに新鮮に見える。 あれから俺は会社の中で徐々に出世を重ねて最終的に課長までに落ち着いた。 あいつとも離婚の危機――ッ??といったようなことはなく円満な夫婦生活を 送っている。あれから俺たちは結婚して2人の子供にも恵まれた。来夢のほうも 俺たちに遅れること3年後・・無事に結婚してうまく家庭に収まった。 來夢の旦那は日本人のようで、俺らと馬がとても合いとてもきくさでいい人だ。 意外にも來夢の学校の同級生だったらしい。今はのほほんと同僚として 俺と一緒の会社に仲良く就職している。アメリカ人が多い中で、やはりこういった 同僚がいる時点で俺は幸せもんだなっとしみじみ思う。

541 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(水) 05:04:49.04 ID:YTDstmju0

調理学校を卒業してから、かなりの店にアプローチを受けた來夢だったが・・ なぜかそれらをすべて蹴って結婚という形に収まった。 あれだけ、調理の道に進もうとしていた來夢がなぜ家庭に収まったのか 不思議だった。事実、來夢の腕は在学中から注目され続け、中には家にまで 押しかけてきたほどだ。 薬の影響や、病状の進行を考慮しても十分にやっていけるはずなのに・・なんでそれらを蹴るのだろう?

ある程度年数が経ってから俺は思い切って來夢にその理由を聞いてみた。 すると、來夢は笑いながら・・

「ああ・・ある日ね、彼と話したんだけど・・僕ってなんか母親姿が似合うって 言われたんだ。だから、学校を卒業したらお嫁さんになろうかなって・・」

なんかすごい理由だ。聞いたとき唖然としてしまったのは今でも覚えている。 このことをあいつに話したら鼻で笑われた。

19 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 20:21:20.67 ID:Td4KFl/J0

さて、結婚してから俺は家を出ようとは考えていたのだが・・あいつがそれを 猛反対してきた。来夢のほうも同様でこのまま3人一緒に暮らしていきたい・・ といった希望だった。 それを見越してか・・親父と母さんたちは別のほうに家を買ってそこへ 暮らし始めた。まぁ時間が作っては家へ着てくれるのだがな。

それから俺たちは同じ一つ屋根の下で暮らしている。 互いの子供たちにもいい刺激となって・・というかほとんど兄弟同然で 暮らしている。俺の子供と來夢の子供たちもいい関係だ。 俺たち夫婦内・・いや、家族といったほうが正しいだろう。 それ故に近所でも不思議がられている存在だ。ま、考えてみればそうだな。 同じ家に2組の夫婦が暮らしているなんて結構不思議だ。 日本では昔からよくある光景らしいのだが、アメリカではなかなかないらしい。 自然に子供ができた俺たちに比べ、來夢夫妻は人工授精という手段で女の子を1人儲けた。

さて、そこからまた更に時は過ぎて・・来るべき時はついにきてしまった。

20 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 20:22:42.37 ID:Td4KFl/J0

「お、おい・・嘘だろ・・」

「冗談でしょ・・」

「本当だよ。もう、全身に転移したんだって・・旦那にもちゃんと話したよ」

この時、來夢40歳・・俺らが少し中年に差しかかった時の出来事だ。 子供たちも多感で難しい年齢に差し掛かった頃・・俺たちが昔から恐れていたことが ついに現実となってしまった。癌という病魔はついに來夢の全身まで転移してしまった。 どうやらこの癌は気まぐれに進行していくようだ。それが憎らしい・・

このまま行くと後はゆっくりと死を待つだけだ。進行自体は今は遅いようだがいつ早くなるかわからない。

俺たちは呆然となりながらもその事実を受け入れるしかなかった。 こうなることはわかっていた・・わかりきっていた。頭でもそれは理解していたし 予めにそういった予定は立てておいた。いつそういった事態になっても 万全の態勢で迎え入れていた。

21 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 20:25:13.18 ID:Td4KFl/J0

――だけど・・

        ――だけど・・

俺の体は頭で予め組み立てておいた予定がすっぽりと抜け落ちてしまった。 やはり現実と違うってわけか・・なんかとても辛い。 來夢本人は俺らよりももっと辛い思いをしているのだろうけど、それを見ている 俺らもかなり辛いし心が痛い・・

それから俺たち4人で子供たちにも伝えるとか今後の生活を相談しあった。 だけど、会話は淡々と重々しいものであった。別のところで暮らしている 母さんたちにも伝えておいた。やはり2人ともショックは隠しきれないようで 家に遊びに来たときにはめったに感情を表に表さない珍しく母さんが泣いていたな。

子供たちもその光景を不思議に見ていた・・

22 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 20:29:37.71 ID:Td4KFl/J0

癌の事実から数日後・・俺とあいつは誰も起きていないことを確認すると 珍しく夫婦で2人きりになった。ここ最近は子供たちや來夢夫妻と遊んで いたから夫婦の時間を取っていなかった。

リビングで2人きりとなった後、あいつが口を開いた。

「ねぇ・・あんたは來夢の事はどう思ってるの?」

「・・・昔から覚悟していたことだけど、やっぱ頭で考えていたのと違うよ。 お前こそ・・どうなんだよ?」

「あんたと同じよ・・悔しいけどね」

そういってあいつは置いてあった酒に手をかけた。やはりあいつも俺と同じ心境 なんだな・・淡々と言葉が少なくなる中でそれに反してお互い酒を飲む回数が 自ずと増えてくる。 どうしようもない事実・・世の中にはいろいろな不条理があるけどこの事実は 余りにも不条理すぎる。 俺が心の奥底で癌の進行が永久に止まればいいと思っていたかもしれない。

そんな俺の少しばかりのわがままは天に通じなかったようだ。

23 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 20:37:02.62 ID:Td4KFl/J0

ある日、俺は珍しく來夢に誘われた。 なんで俺が誘われたのかはよくわからないが、久しぶりに兄妹で 話してみるのもいいだろう。 最近はまともな話し全然していなかったもんな。

俺はそのまま來夢に同調すると外に出た。 外に出ると太陽は輝いており絶好の昼日和だ。そういえば ここ数年は來夢と兄妹で2人きりになったことはなかったな。 昔はよく遊んだものだ。今でも懐かしく思えてくる・・

しばらく歩いていくと・・突然、來夢が話を切り出した。

「兄貴・・ごめんね」

「いきなりなんだよ。なんでお前が謝るんだよ。 ・・来てしまったものはしょうがないさ。いずれ来るものだったんだろ?」

言いたいことはわかる。確かに癌のことはいずれはこうなってしまう 運命だったんだ。嘆いたところでしょうがない・・なら今はちゃんと 前に向かって進んでいくことが俺たちにできる最後の行動だ。

だけど・・口ではああ言ってみたものの、やはり辛いのには変わりない。

24 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 20:46:53.00 ID:Td4KFl/J0

「まあね。もうやることもやったし悔いもないよ。 今の旦那にも出会えたし子供もできた・・それに念願のお嫁さんにもなったし十分今には満足しているよ」

「來夢・・」

「・・昨日ね、自分が女体化したときのことを思い出したんだ。 あの時、鏡越しに自分の体を見たときにはショックだったよ。 それと同時に自分の変化が怖くなったし“僕”という存在が社会的に 抹殺された感じもした。それに徐々に慣れて ようやく腰が落ち着いてきたときに癌の事実だ。流石にこれには堪えたよ」

傍から見ればなんともなさそうに振舞っていた來夢がこんな 気持ちだったなんて・・わからなかった。そんな俺の驚きをよそに來夢の独白は続く・・

26 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 20:51:14.28 ID:Td4KFl/J0

「だけどね・・同時に兄貴と香織さんには感謝してる。 2人がいなきゃ僕は今頃どうなってたかわからないよ。2人のおかげで ここまで立ち直ったといっても過言ではないよ。 もういつ生きれるかわからないけどさ・・最後までよろしく兄貴。

それと・・今までありがとうございました」

「お、おい・・シャレにならんこと言うなよ。大丈夫だよ・・だからこれからもよろしくな」

日差しが燦々と照りつけるように輝く中・・來夢の姿は立派に生きているという 事実を見せ付けてくれるぐらいに輝いていた。 がっちりと俺たちは握手するとこれからの生を享受しようと決め込んだ。 周りの木々はそんな俺たちを祝ってくれるかのように青々とした立派な葉を風に乗って送ってくれた・・

この会話から数ヵ月後・・來夢はこの世から旅立った。 享年40歳・・死因は末期癌だった。とても安らかな寝顔で眠っていた・・

27 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 20:53:04.58 ID:Td4KFl/J0

葬式も淡々と進み、俺は來夢の遺品を整理していった。 悲しみに暮れている中・・俺には不思議と涙は出なかった。 だけど・・涙は出なかったが体のほうは嫌ほど正直だった。 遺品を掴んでいる手から震えが止まらなかった。 いろいろな遺品を整理する中、來夢との思い出がいろいろと蘇ってくる。

よく小さいころは3人でいつも遊んでいた・・

              誕生日になったらいつも旅行していた・・

気がつけば俺たちは3人揃っているのが当たり前だった。 当たり前だったからこそ1人欠けたときの喪失感がすさまじく大きかった。 悲しみというのは人それぞれで、俺の場合は思い出に耽っている中で 來夢を思い出してしまう。思い出の中こそ來夢は生きているが、現実に戻すと 思い出というのは儚く散っていく・・そんな行動の繰り返しで俺は人を失った悲しみを実感していた。

28 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 20:55:05.00 ID:Td4KFl/J0

しばらくそんなことを繰り返しながら遺品を整理していくと遺品の中から 手紙のようなものを見つけた。俺はたまらずあいつを呼んだ。あいつは悲しみが 癒えないのか、いつものような明るさが全くなく呆然としていた。 それでも俺は來夢の遺品から見つけた手紙をあいつに見せ付けた。

あいつも突然のことで驚いた様子だった・・

「何それ・・手紙?」

「ああ・・來夢の遺品を整理していたら偶然見つかった。どうも俺ら宛らしいな・・」

封には俺らの名前が書いてあった。どうやら俺ら宛に書いたものらしい、 俺は封筒から手紙を取り出すと読み上げた。手紙にはこう書いてあった。

29 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 21:14:00.83 ID:Td4KFl/J0

“兄貴たちへ・・

これが見つかっているということはもう僕はこの世にいないと いうことですね。兄貴は多分・・黙々と遺品を整理していて 香織さんはずーんと沈んでいると思います。 こう言っては何だけど2人とは今まで言い切れないほどの 長い長い付き合いでした。

いつもぶっきら棒だけど頼りがいのあって少し鈍い兄貴・・ 明るくていつも楽しい話題を提供してくれた香織さん・・

2人には目に見えないところでよく支えてもらいました。2人のおかげで 今の僕の存在が成り立っているといっても過言ではありません。

小さい頃から3人で遊んで時には喧嘩して、2人の間に入って笑って ・・毎日がとても愉快で楽しいことだらけでした。

僕が女体化や癌になったときにも共存する勇気を与えてもらいました。

だから2人には僕の分まで前に進んでほしいです。 僕が死んで悲しいのはわかります・・2人以外にも旦那や子供たちにも 辛いことだろうと思っています。だけど、その辛さを乗り越えた先には 必ず光が待っていると思います。 僕の代わりまで子供たちを見守ってください・・あ、こんな事書いたら母親失格だね。

では、生まれ変わったらまた逢いましょう・・

                          來夢”

31 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 21:15:49.76 ID:Td4KFl/J0

手紙を読み終えると・・しばらく沈黙だけが残った。 それだけ内容は衝撃的なものだった・・ 辺りに静寂が停滞する中・・あいつはふと立ち上がり、そのまま台所へと向かった。

「・・さ、晩御飯にしましょ。何がいい?」

「お、おい・・」

そのまま俺は言葉を言おうとした矢先・・あいつの瞳から 溢れてくる涙を見た。 だけどあいつはそれに構わず包丁を握り、そのまま仕込みをはじめた。 その姿は來夢が料理をしている姿と重なった。 俺はそのままの体制でしばらく目を閉じた。

すると、不思議と今までの出来事が頭の中で蘇ってくる。

俺はしばらく考えてそっと目を開けた・・

32 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/02/15(木) 21:16:52.13 ID:Td4KFl/J0

「・・じゃ、カレーでも頼むわ」

「わかったわ・・材料が足りないから6人分の買い物おねがい」

「ああ、わかった。“6人分”だな」

そう言って俺は立ち上がると買い物の準備を始めた。

――今日のご飯の材料を買うために・・

fin


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最終更新:2008年09月17日 19:35
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