ボクの大切な思い出を話そうと思う。大して珍しい話でもないし、面白くもないかもしれないけど、聞いてくれたら嬉しいな。
誕生日が数日後に迫ったある日、ボクは幼馴染みの女の子に告白しようと思ってた。でも、どうしても決意が固まらなくて、枕元に持ち込んだ携帯は、思いを詰め込んだメールを送信することなく次の日を迎えたんだ。
朝。目が覚めて、寝ぼけ眼を擦りながら顔を洗った。何故だか分からないけど、洗面台がやけに高くて、鏡に顔が写らない。正直夢でも見てるんだ、と思った。もしくは寝ぼけてるせいだ、って。だから深く考えもせずに、ボクはそのまま部屋に戻ったんだ。
そしていつも通り制服に袖を通そうとした。おかしいな、なんでこんなにだぼだぼなんだろう。首をかしげながらクロゼットの扉にくっついている姿見を覗き込んだ。そう、ボクはそこで初めて鏡を見た。
「キャーーーーッ!」
どこからか聞こえてきた女の子の悲鳴を聞きながら、ボクは気絶したんだ。
端的に言えば、ボクは女の子になってた。どうやらボクのものだったらしい悲鳴を聞き付けた両親が、倒れたボクをベッドに寝かしつけてくれたみたいだった。
目が覚めたボクを、二人がやたらとキラキラした目で見つめていて、その後は当然のごとく即席ファッションショーになった。
元々娘が欲しかったとかで(事実ボクの名前は「水月(みつき)」で、女の子の名前を用意してたらしい)、ボクが生まれてからは、この日のために無駄になるのを覚悟で女の子の服を二人で買い集めていたんだとか。
そんな両親をボクは半ば呆れた目で見つめていた。ちなみに二人が言うには
「チンコなんていらねぇ(ないわ)!あんなもん飾り、飾り!!」
だそうだ。一度死んだらいいな、と思った。
そうしているうちにお父さん(これからはパパって呼びなさいって言われた…)が仕事に出掛けていって、お母さん(これからはry)は当然のように女の子用の制服と下着(何故かサイズはぴったりだった)をボクに着せて、
「学校に行って、その愛らしい姿を見せつけてらっしゃい!」
と、言ったんだ。
ボクは通学路を一人でとぼとぼと歩いてた。140cmあるかないかの小さな背、一緒に狭まった歩幅、大きな二重の瞳、腰まで真っ直ぐ延びた黒髪、ほんの少しだけ膨らんだ胸に、なんだかスースーする股間…。
男だった頃のボクは跡形もなくって完全に可愛らしい女の子になってしまっているので、話しかけてくる人は誰もいなかった。
でも、男の子が遠巻きにボクを指差してヒソヒソ話しているのが気恥ずかしくて、俯いて歩いたんだ。
「よぉ、おじょーちゃん。俺たちと遊ばね?イーことシテやるよ」
声を掛けられてから、ボクはしまった、と思った。いつの間にか不良の溜まり場になっている公園に足を踏み入れてた。下卑た笑い声が辺りに響いていて、既に数人に取り囲まれているらしかった。
「優しくしてやるからさ…キヒヒヒヒ!」
「…ぁ…ぁぅ…」
こ、声が出ないよ!たすけて!誰か…!
「んな声出されたらもう俺我慢できねーよ…ヤッちまおーぜ!」
一人がボクの服に手を掛けて引き千切ろうと力を込めて…やだ…いやだよ…!
「いーかげんにしなさいよ、このロリコンども!」
唐突に響いた凛とした声に、皆がそっちを向いた。そこには一人の活発そうな女の子が仁王立ちをしていた。そしてボクはその女の子の、幼馴染みの、ボクの想いビトの名前を呼んだ。
「あきらちゃん!」
その場にいた不良たちは一分としない間に山を築いていた。パンパン、と手の埃を払うあきらちゃんを尻目に、不良たちは
「覚えてろよ!」
と御決まりの捨て台詞を吐いて逃げてった。
「遊びにもなりゃしないわね」
フンッ、と鼻を鳴らすあきらちゃん。何を隠そう、あきらちゃんは空手、柔道、合気道、剣道と合わせて数十段の腕前を持っていて、最近はカポエラとテコンドーに御執心だとか。
武勇伝は数知れず、付いたあだ名は、その端正な顔も合間って「デンジャラスビューティー」…。
「あんた、大丈夫?変なことされなかった?女の子が一人でこんなとこ歩いてちゃダメじゃない」
早口で捲し立てるあきらちゃんに、ボクははっとした。
「あ、あきらちゃん。…あ、あの、あのあの、ボク…」
「ん?さっきも言ってたけど、あんた、あたしのこと知ってんの?でも、こんな可愛い子、あたしが忘れるかなぁ…」
「…ぁ、ぁぅ…」
ボクは言葉に詰まっていた。そうだ、ボクはもう、あきらちゃんの知っているボクじゃない。
ましてや、今のボクは女の子で、想いを伝えることだって出来なくなっちゃったんだ…。今更ながら後悔と深い絶望が襲ってきた。
「ま、いいや。人探ししてたんだ。冴えない感じの男の子なんだけど、あんた見なかった?」
「……」
ボクはいやいやをするように、首を横にふるふると振るだけで精一杯だった。
「そっか…。見たら教えてね。それじゃ」
あ…行っちゃう…。あきらちゃんにボクだって伝えなきゃ…。
「あ、あきらちゃん!ボク…水月…だよ!」
結局学校をサボって、二人並んで公園のベンチに座っていた。
「そっか、女の子になっちゃってたか。…しかもこんな可愛い」
しげしげとボクを眺めるあきらちゃんに、ボクは恥ずかしさと寂しさの入り交じった気持ちに胸を締め付けられていたんだ。
「う、うん…」
「元々女の子っぽいとこあったし、仕種もそれっぽい。…んー、こりゃモテるわね」
「は、恥ずかしいこと言わないでよ。それに、ボクはあきらちゃんが…」
「なんだー、両想いだったのか」
そんなことをさらっと言うあきらちゃん。
「ぇ、ぁ…あの、そのその…」
ボクは真っ赤になって俯いてしまった。ふ…と温かい感触が唇を塞いだ。
「ぇ…?」
「ふふ、御馳走様♪」
「ぇ、ぇぇ?」
「いいじゃん、付き合おうよ、あたしたち」
「ぁぅ…」
「嫌…?」
小首を傾げながら聞いてくるあきらちゃん。そ、そんなの卑怯だよぅ…。
「でも、ボクもう女の子だよ…?」
「でもそんなの関係ね…ゲフン!ゲフフン!…関係ないわよ。男の子のうちでも掘ってやろうとか思ってたくらいだし。むしろチンコなんかいらねーわよ。あんなもん飾りよ、飾り!」
「あ、あきらちゃん…」
ボクは恥ずかしさと嬉しさとで更に赤くなってしまった。同じ言葉でも言う人が違うとこんなに違うんだな、そんなことを考えてたんだ。
これでボクの話は御仕舞い。楽しんで貰えたかな?
…それからどうなったかって?一つ言えることは、最初に望んだものとは形が違ってしまったけど、今が幸せだってこと。
これだけできっと分かってくれるよね?
最終更新:2008年06月14日 09:42