『表裏』

207 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:23:06.82 ID:o+mfa1zK0

ガン・・それは人間が最も恐れる病気で死の影をチラつかせながらその存在を脅威にしている。 一般的なガンなら早期発見で次第で迅速な治療できるのだが僕の場合はちょっと複雑な事情が絡んでいて なかなか出来ないのだ。そして今日も診察を受けている・・

「体に異常なし。今日も初期症状のままか・・」

「いつもいつも、ありがとうございます。徹子さん」

いつものように診察を終えると僕は女体化した自分の体をまじまじと見つめてしまう、意外にも違和感というのは 全く感じられなく、もともと女優をしている母さんに似て女顔だったと言うこともあってか、見事に顔とあってるなっと 思い感心すらしてしまう。だけど全くショックがなかったわけじゃない、今まで僕が男として生きていたのは確かだし 誇りに思っていたことさえあるぐらいだ。

「そういえば徹子さん、あの猫どうしたんですか?」

「ああ、あれか・・お礼として送ってもらったのは嬉しかったが、日本にいるダチに送った。 俺にも娘がいるからなかなかペット飼う余裕がなくってな」

そういって徹子さんはカルテを書きながら僕のレントゲンの結果をまじまじと見つめていた。 彼女は木村 徹子さん、アメリカに本部を置く女体化を撲滅を主とした研究所に所属している主任さんだ。徹子さんの おかげで女体化による医学的な論文が数多く発表されて、徹子さんは更にメディアを通して女体化の危機と存在を 知らせるために多方面で活躍をしている。

こうして僕のために診察をしてくれてるのにはある理由がある、それは・・

208 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:25:03.61 ID:o+mfa1zK0

「・・どうなんですか?」

「ガン細胞の活性化はまだ当分はない。研究チームも頑張ってくれているが、なかなかいい調子じゃないな」

「そうなんですか・・」

僕の病気はガン、それも一般的なガンとは違って女体化から来ている全くの新種ともいえるガンだったのだ。 今の症状は比較的軽い初期症状でもなかなかこのガンはしぶとく治すのもかなり骨を折るみたいで、やっぱり そう簡単には治らないものらしい・・

一生この病気と付き合うなんていくら僕でも気が気ではない、そう考えると何だか重くなってしまう・・

「來夢・・確かにガンは怖い病だ。だけどな見方を変えれば案外そうじゃないのかもしれないぜ」

「見方・・?」

「ガンってのは確かに死に至る病だ、人間誰だって死ってのは怖いもんだからな。 だからその死っていうのを忘れればいいのさ」

死を忘れる・・人間誰だって死は怖い、死の恐怖には誰だって逃れることはできないし考えるだけでも恐ろしいものだ。 僕のガンは確かに今までの病気とは違い治しづらくまだまだ研究の余地ありで完治には今しばらくの時間と技術の 進歩が必要である。今は小さくてなんら僕の体に悪影響を与えてはいないのだが、僕が将来大きくなるのと同時に ガンも僕の体の中に巣食いながら共に成長する・・

そう考えるだけで怖いのだ。

209 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:29:48.03 ID:o+mfa1zK0

「まぁ、これからのことはゆっくり考えていこう。・・怖いのはわかるが俺と一緒に頑張ろうぜ。 患者と医者ってのは二人三脚で病気を治すもんだからな」

「そうですね・・今日もありがとうございました」

いつものように診察室を出るといつものように兄貴が僕を待ってくれていた。 いつも病院に行くときは兄貴か香織さんが付いてってくれるので、どことなく溜まっていた精神的な不安やもやもや なんかがほぐされていい気分となるが、だけども拭え切れないものもどこか感じてしまい自然と後ろめたさに 拍車がかかってしまう・・

長年兄弟を務めてるのか、兄貴にはすぐに看破された。

210 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:32:44.04 ID:o+mfa1zK0

「どうしたんだよ。元気ないな?」

「・・僕ってさ一体なんだろうね。ガンなんて気にしてなかったんだけど、なんだか気になって怖いんだよ」

いつものように僕は兄貴と一緒に帰り道を歩く・・兄貴たちには僕のガンなんて心配しなくてもいいよと言ってしまった のだが、どうもここ最近になってその恐怖が僕の心に住み着いてしまう。僕のかかっているガンは幸いなことに 進行速度が普通のガンと比べるとかなり遅く末期になるのは数十年も先なのだが・・ガンと言う言葉だけでどうも死と いう言葉が見え隠れしてしまってなかなか共存と言うのができない。

それに進行速度が遅い・・まるで僕の身体をじっくりと蝕んでいこうとする感じでそれが僕の恐怖心を助長していた。

「誰だって怖いものは怖いさ。俺だってそういったのはあるから・・」

「そんなのはわかってる。この病気を治すにはまず共存しなければいけないんだ・・ だけど、僕にはそれをする勇気が今一歩ほど踏み出せないんだよ」

「來夢・・」

恐怖と言うのは人間、いつかは乗り越えないといけない。僕の中に存在するこの病気は一体何をもたらすのであろうか・・?

211 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:35:01.69 ID:o+mfa1zK0

(・・僕はどうなるんだろう?)

肉を焼いているフライパン片手に僕は黙々と料理を続けながらも、やっぱり病気のことを考え続けていた。 いつもは家で楽しく料理を続けているのだが最近になってかどうも気が進まなくなってしまい、それが今回も 素人目ではわからない細かい料理の味に何らかの違いがでてしまっていた。

やっぱり作っている人間の心境次第で料理は味がすごく変わるもので、それに気づかずただひたすらに 美味しそうに僕の料理を食べてくれている家族のことを思うとどうも申し訳ない感じで一杯だ。

「來夢、なんか手伝おうか?」

「香織さん・・いいよ、もう少しでできるから向こうで待っててよ」

僕を手伝うために部屋からひょっこりと出てきた香織さんを再び元の位置に戻すと疲れてしまっているのか 僕は思わずため息をついてしまう。親身になって僕のことを心配してくれるのはとても嬉しいことだけども この恐怖は真意の部分に限っては伝えられるようでなかなか伝えられないものだ。

最後に料理の味見をしておくのだが・・今日も塩気がちょっぴり強いお味となってしまい、また少しだけ凹んでしまう。 だけども普通に食べる面では問題はない、気持ちを切り替えると僕は出来上がった料理を机の上に並べると今日も いつものように楽しい夕食を過ごすことにした。

213 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:36:13.78 ID:o+mfa1zK0

「はい、出来上がったよ。今日はたくさん材料が余ってたからね」

「今日もうまそうだ、まるでバイキングみたいだな」

「本当ね」

ちょっと我ながら作りすぎたなぁっと思いつつも大半は余ってもそのまま食べれるやつなので一度食べて二度美味しい と言うやつだ。思えば最初は家族が全員料理ができないから始めたもので、今ではいろいろな料理の本を片手に それを吸収しながらオリジナルの料理を多数作っているのだから自分でも驚きものである。

「そういえば來夢って料理系の学校でも行くの?」

「うん・・できれば行きたいんだけどね」

「と言うか來夢なら確実だろ。・・だってこんな料理タダで食べれるなんて幸せもんだぞ」

そう言いながら2人は本当に美味しそうに料理を食べてくれるのを見ると本当にうれしい気分になる。 僕の料理を通して人に喜んでもらうのはうれしいしこっちもより一層頑張って作りたいなぁっと思うし何よりも料理を 食べながら人の笑顔が見れるなんていい職業だと僕は思う。今はヨーロッパのとある名門の料理学校を目指して いるのだが、その関門はかなり狭くよほど練習を積み重ねないとは入れるのも難しいらしい。

それに僕の場合はガンだからうまくそれを隠さないといけないのだが・・果たしてガンと共に成長し続ける身体がうまく 耐え切れてくれるのか心配でそれを考えてしまうとちょっと後ろめたくなってしまう。

214 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:37:35.99 ID:o+mfa1zK0

「來夢、気持ちはわかるけどもう少し笑いなさいよ。みんなが見たいのはほかならぬ來夢の笑顔よ?」

「そうそう、のんびり気楽に構えようぜ」

「あんたが言うと説得力ないわよね。あの父だし・・」

「う、うっ・・」

一気に勢いをなくし兄貴に僕と香織さんは思わず笑ってしまう。笑っているとなんだか今まで溜まっていた 不安が一時的にだが和らいできて前向きに物事を見つめられるような気がするのであった・・

215 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:39:19.63 ID:o+mfa1zK0

「日本って四季ってのがあるんだよね」

翌日、なんだか無性に散歩がしたくなってきたので近所を散歩してみることにする。 気分転換の散歩というのはなかなか心地よいもので夏が近い今の季節は風が当たって気持ちがいいのだ、母さんたち によると日本では四季と言うのが存在するらしいのだがアメリカ育ちの僕にしてみれば馴染みがなくてあまりよく わからないものなのだが、日本に帰ったときは数ヶ月は滞在してみたい。

「・・さ、帰ろうかな」

定番のロードワークを一通り堪能した後、僕はそのまま家に帰宅しようと思っていたのだが・・ふと家に帰る途中で 1人の日本人の女性とすれ違ってしまい、普通に通り過ぎてしまったのだがどこかその後姿はどこか誰かと似ている ような感じがしてなんだかこのまま見逃せなかった。

「(誰だろう、僕の家に行ったようだけど?)あ、あの・・」

アメリカではいろいろな人種の人たちがいるため日系人とかがいてもおかしくはないのだが、どこかその女性は 雰囲気が印象的でまるで前に出会ったような気がしてしまいついつい声をかけてしまったのだ。もしかしたら日本にいる 母さんのファンかもしれなかったのでプライベートは完全な非公開の母さんのためにも遠ざけようと思い、思い切って 声をかけてみた。もし母さんのことが知られてしまったら引越しする羽目になってしまうのでここは丁寧に追い返すしか ない。

そう思いながら僕は女性に声を掛け、女性のほうも僕の声に反応して後ろを振り向くと・・その姿に僕は思わず 驚いてしまった。

216 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:44:24.24 ID:o+mfa1zK0

「何ですか?」

「――ッ! か、母さん?」

その女性の容姿は僕の母さんによく似ており、容姿だけではなく母さんが持つ独特な雰囲気やどことなく物静かな 風体などがそっくりであった。そういえばこの人は前に家に来たことがあったのだが、母さんとしばらく話したきりで 飛行機の時間がどうのとかですぐに帰ってしまいあまりよくわからずじまいであった。

少し驚きながらも女性は僕のことを見つめるとすぐに母さんを彷彿させるような口調で驚くべきことを言い放った。

「あ、そうか。あの時は帰国の時間が早まってたから私のこと説明してなかったね・・確か來夢ちゃんだったよね?」

「え、ええ・・」

「・・私は麻耶、あなたの叔母さんよ」

「えっ――! お、おばさん・・?」

名も知らない女性にいきなりこんなことを言われてしまったら驚きを通り越して呆然となってしまうもので何を言って いいのか全くもって思い浮かばない。麻耶と名乗った女性は僕の慌てた表情を見ながらもにこやかに微笑みながら 僕が落ち着けるように少し離れたところに場所を移動してくれると、じっと僕が落ち着くのを待ってくれていた。

217 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:48:31.22 ID:o+mfa1zK0

「私とあなたのお母さんはね、事情があって数十年間は連絡ができなくて会えなかったの。 ・・前に、私が来たのもあなたのお母さんに会うため」

「そうだったんですか・・」

少し離れたところに移動すると麻耶さんは穏やかな口調で今までの経緯を僕にじっくりと話してくれた。 そういえば母さんの子供の頃の話はあまりよく聞いていないもので父さんに聞いてもあまり良くわからないような 表情だったし、父さんや母さんのことについてかなり知っている十条のおじさんに聞いてもあまりよくわからなそうな 表情になっていたのを今でも覚えてる。

思い切って母さんに聞いてみたりもしていたのだが・・少し苦い口調で語ってくれたのだが、あまり良い子供時代を 送ってはいなかったみたいだ。

「・・兄が女体化を経て世界的な女優になって更に結婚もして子供を産んだって聞いたときは正直言って驚いたわ。 私もあまり良い子供時代を送ってなかったからね」

「どういうことなんですか?」

僕は失礼を承知で麻耶さんの子供時代を聞いてみることにする。母さんも子供のときは父さんたちに出会う前までは 余り充実などしておらず、ただ寂しい毎日を送っていたらしいと聞いたことがあったらしい。 こういったことは聞き辛いのだが、もしかしたら麻耶さんも母さんと同じような生い立ちを歩んできたのかもしれない。

それに麻耶さんを見てみるとどこか母さんと同じ雰囲気を感じてしまい、どことなく興味が沸いてしまってついつい 聞いてみたいと思ってしまう。

    • 麻耶さんは少し寂しそうな顔をしながらも僕に自分の生い立ちと少しずつ話してくれた。

218 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:51:34.68 ID:o+mfa1zK0

「私はね、両親が余り構ってくれなかったから寂しかった。 ・・でもね、小学校の時にとある先生に出会ってから周りが一変したなぁ」

「先生・・?」

「うん、最初は家庭教師の先生だったけど寂しかった私に充実感やいろいろなものを与えてくれた。 ・・まぁ、親の都合でアメリカに暮らす様になってからは連絡も取れてないけどね」

軽く笑いながらも麻耶さんは少し寂しそうな表情をしながら空のほうをじっと見つめながら、その先生を思い浮かべて いるようで、その人はよほど麻耶さんの人生に大きな影響を与えてたのだろうと容易に想像ができた。 やはり麻耶さんも幼い頃は余りいい人生を送っていなかった・・だけどもその先生との出会いが当時の麻耶さんに とてつもなく充実感と心地よさを与えていたのだからよほどの人物なのであろう。

「・・当時は先生と一緒にいた時、私も先生に洋裁を教えてたから教えあいこしてるみたいでとても楽しかったな」

「その人はどんな先生だったんですか?」

「そうね・・」

母さんと似ていた子供時代を送っていた麻耶さんにとてつもない影響を与えた人物なのだ、どんな先生なのか 少し気になってしまう。麻耶さんは少し頭を抱えながらも僕に述べてくれた。

219 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:53:55.29 ID:o+mfa1zK0

「一言で言うと当時の私と同じ感じがしたかな。 どこか私と一緒で寂しそうだったからね・・だから私と共感できたのだと思う」

「・・共感?」

「うん、なんていうんだろう・・? 心がどこか軽くなった感じでね、一緒にいるとなんだか安心するのよ。 特に私はいつも1人で寂しかったからどことなく怖くて1人で怯えていたんだけど、誰かと共感するとねそれが 自然と和らげてくるの・・

來夢ちゃんには兄弟やお友達がいるみたいだからちょっと羨ましいな」

そういって麻耶さんは笑いながら僕のほうを見つめてくれた。 ・・共感、今の僕はガンによる恐怖でなかなか人を見ることができなくなってしまってる。僕は兄貴や香織さん以外の 人とも共感することができればこの恐怖心から脱することができてこの病気とも共存できるかも知れない、僕が 今求めてるのは兄貴や香織さんみたいな関係なのかもしれない。 誰かを好きになればこの恐怖心が前に進む希望へと変わっていく・・僕もそんな日々を送ってみたいなっと思う。

だけども・・相手は僕がガンだと知ってしまったらどう思うんだろうか?

220 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 21:59:22.80 ID:o+mfa1zK0

「來夢ちゃんは兄に似て優しそうだから付き合える人は幸せそうね」

「ぼ、僕はそこまで優しくなれません。それに身体のことがあるし、相手に気を遣わせたら・・」

「・・そんなの関係ないよ。 堂々とする時はすればいい、相手が來夢ちゃんが好きだったらそんなのは心配しなくてもいいの」

「麻耶さん・・」

麻耶さんを見ているとどこか母さんを思い浮かべてしまい、やっぱりこの2人はどこか似ている部分があるのだなぁっと 思ってしまう。母さんや麻耶さんが実の兄妹だと思うとどこか不思議と安心できてしまうのだ・・なんだかこの病気と共に 生きていけれる、そう思えられるだけでも僕にとっては大きい・・

「何を悩んでいるのかは解らないけど無理をしないで頑張って。私も家族がいるけど兄みたいな幸せそうな 家庭が羨ましいわ・・

今日もう飛行機が間に合わないからまた来るわ。・・兄にもよろしく伝えておいて」

「はい、また遊びに来てください」

「ええ・・元気でね」

麻耶さんはスッと立ち上がるとまたいつものように立ち去っていった。でも、麻耶さんとお話ができてよかったような 気がする、僕もいつかは誰かと共感することができるのかどうかはわからないが、今こうして言葉を通じただけで 僅かながら麻耶さんと共感することができているような気がしてなんだか心が軽やかになって前向きに生きていこうと 思えてくる。

人間の本質的な強さはここにあるんだなぁっと自覚してしまったのであった・・

221 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 22:00:47.36 ID:o+mfa1zK0

「ただいま・・」

家に帰ったのだが、さっきまで家にいたはずの兄貴の気配が全く感じられなかった。1人で無用心だなっと思いつつも 万が一の時は警備会社の人が駆けつけてきてくれるしくみになっているので安心してしまうのも頷けてしまう。

そのまま部屋に向かおうとした時、リビングで台本片手にお酒を飲みながらくつろいでいた母さんを見つけてしまった。 今月は映画やドラマの撮影とかで当分帰ってこれないといっていたのだから驚きだ、母さんは帰ってきた僕に気が ついたのか台本をもった手を休ませると声をかけてくれた。

「・・おかえり」

「母さん・・いつ帰ってきたの?」

「ついさっきだ。今日は撮影が早く終わったから帰ってきた」

そのまま母さんは視線を台本に移すとお酒を飲みながらまじまじと見つめてた。やっぱり職業柄か台本を一通り覚えて そこからキャラクターのイメージを掴んでいるのだろう、そういえばよく一般的な俳優さんや女優さんなどは役柄に 入り込むために常に1人になるらしいのだが母さんの場合はそのままに僕たちが傍にいても平然として台本を読んで いることが多い、たまに台本の中身を見せてもらったこともあるのもいい思い出だ。

225 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 22:04:59.25 ID:o+mfa1zK0

「そういえばさっき・・ここの近くで麻耶さんと出会ったんだ」

「・・そうか、何か言ってたか?」

「うん、母さんによろしくって・・」

母さんは僕の言葉に反応しながらも表情を変えないまま話を静かに聞いていた。 それでも実の兄妹とあってか麻耶さんのことは少なからず気になっているようで、麻耶さんの名前が出たとたん 僅かながら眉を変えていたのだが、台本から目を離さないのは流石というべきであろう・・

「・・母さんは誰かを好きになって安心するとこってあるの?」

麻耶さんとの会話を思い出してると母さんにも何か共感する人物はいるのか是非聞いてみたい。 無論、母さんの場合だと父さんだと思うのだが・・果たして母さんは父さんの存在だけで暖かくも安心する存在と なっているのだろうか?

流石に僕の質問に驚いたのか、母さんは机に台本を置くと少し間をおいて考えること数分間・・静かな口調で 僕にこう言ってくれた。

226 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 22:08:56.10 ID:o+mfa1zK0

「そうだな・・あいつと付き合ってる時は2人きりでいる時は幸せだったけど、今はお前たちとこうして一緒にいるだけで 安心するよ」

「・・よくわからないなぁ、僕たちと一緒にいるだけで幸せなの?」

「親になったらお前にもいずれわかることだ・・」

そういって母さんは再び台本を手に取るとさっきと同じ体制を保ちながらじっと台本を見つめていた。 相変わらず母さんの言葉には意図が解らないときがあるのだが、今回の言葉はその類型・・母さんは僕が母親に なればわかるといっていたのだが、僕が仮に誰かと結婚して母親になったとしてもそれで幸せになるのだろうか・・?  かといって今の生活は充実もしているし楽しいものだ、父さんは相変わらず不器用だし、兄貴も同じく融通の聞かない 部分もある。母さんは静かにそんな僕たちを見守っているのだが・・それだけで幸せというものを感じるのかな、僕には 余りよくわからない。

それにガンのこともある、僕は相手よりも先立って死んでしまうことが・・――怖い

227 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 22:10:08.40 ID:o+mfa1zK0

「・・恐怖ってのはな、逆に考えると自分が自分でいられる証なんだ。 人間は誰だって迷うし悩みもする、恐怖に怯えたり立ち向かっていこうとするのは人間にしかできないからな」

「でも誰だって怖いものは怖いんだよ。僕だって今は元気だけど将来は・・」

「私だって結婚するまであいつに自分の女体化のことを隠し続けてたさ。 あいつが女体化に対してなんら偏見を抱いていないというのはわかっていた・・ だけどな、女体化した人間てのは元は男なんだよ。男が元男と結婚するなんて聞いたら常識的に考えて 何の抵抗感を抱かずにはいられない、もしかしたら今までの関係が呆気なく崩れ去ってしまうのかもしれない――・・ 

    • そんな恐怖があって私は今まであいつに事実を伝えられなかったんだ。

だからお前も時間をかけて一杯悩んでそれ相応に見合う答えを見つけ出すんだ、お前の気持ちはお前しか つけられないからな。

だから・・今はわからないままでいいんだよ」

長年の貫禄という奴なのか?  やっぱり母さんも僕と似たような経験をしていたのだ、だから余計に母さんの言葉は深い重みが僕の身体に響いて いた。今の僕にはまだこの気持ちをふんぎられる大きなものがまだ見つかっていない、今の病気が僕にとって大きな 障害なのかはいまだによくわからないもので死の幻影を僕に嫌というほど見せ付けている。

だけども見方を変えれば幻影はただの幻となって消え行くのだろう、僕は今まで共存という言葉でガンの存在を 抹消しようとしてたのかもしれない。一時の安全を買うために代価として死の幻影を見続ける・・まだまだ僕は この病気とは真正面に剥き合えてなかったのだ。

228 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/07/04(水) 22:10:32.19 ID:o+mfa1zK0

「母さん・・」

「何だ?」

「・・けじめつけるよ。自分自身のためにも――」

「そうか・・」

そのままの体制で台本を読み続けている母さんを見つめると、なんだか心なしか嬉しそうな顔つきで台本をじっと 見つめていた・・









―fin―


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最終更新:2008年09月17日 19:49
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