『一子相伝』

338 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 12:56:59.60 ID:VSOYm2mX0

親子水入らず・・アメリカ暮らしが長い俺にはよくわからないが日本ではこんな言葉が 存在するらしい。そんな俺とは対照的に日本暮らしが長い両親はよくいろいろな日本の ことわざなどを教えてくれる。 俺たち兄弟・・いや、今はとある病気で兄妹に代わってしまったが、両親に対する 印象はやはり大きい。俺の両親は共働きなのだが・・一般的な共働きとは違って俺の両親は 親父が大企業の社長、母さんが世界的有名な大女優とかなりの知名度を誇っている。 だけど、2人ともできる限りはちゃんと家に帰ってきてくれているので俺の記憶にもちゃんと 両親と過ごした記憶がある。

とはいっても・・スケジュールの都合からは圧倒的に母さんが多いのだが、親父のほうの 記憶もちゃんとあるのだが・・どうも親父とは反りが合わないというか2人きりでいると とても話しづらいのだ。そんな俺たち親子だが・・何がどう重なったのか今こうして 親父と2人きりで家にいる。

俺たちは・・少し気まずい日曜日を過ごしていた。

「親父、なんか腹減ったな」

「冷蔵庫に適当なものが入っているだろ・・」

そういって親父は映画をじっと見ていた。 俺は適当に冷蔵庫を漁ってみるが食い物らしい食い物はなく、あったのは無数にある 調味料の数々であった。

本当にこんなときに來夢がいないと本当に痛い・・

339 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 12:58:32.71 ID:VSOYm2mX0

「何にもないな・・」

「そうか・・」

淡々とした会話の少なさ・・昔から親父と会話するのはどことなく億劫だった。 嫌いではないのだが、親父と面と向かって話すのはどことなく気を遣ってしまう。

母さんや來夢はこんな親父と話せるのだが、俺はどことなく苦手だ。

「親父・・母さんたちは今頃何してるんだろうな」

「あいつらも楽しんでるんだろう。俺も会社も休めたことだしのんびりするさ・・」

そう言いながら親父は寛ぎながら映画を鑑賞していた。 そもそもこんな風になったのはほんの数時間前、朝の出来事に遡る。

340 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 13:00:16.03 ID:VSOYm2mX0

「・・映画?」

「うん・・久々に母さんと一緒に街に歩いてみようと思ってね。だから今日は父さんと2人きりで過ごしてね」

「お、おい!!・・親父と長時間2人きりで過ごすのかよ」

それは朝、女体化して妹となった來夢から衝撃の事実を伝えられた。 余りにもの突然の出来事で少し頭の中が空っぽになってしまったが・・今日一日は親父と 付き合わなければならないとなるとどことなく緊張してしまう感じだ。

「たまには兄貴も父さんと過ごしなよ」

「・・わかったよ」

人間、偶然という名の運命にはやはり逆らえなくこんな調子で結局俺は今日一日。親父と 2人きりで過ごすこととなってしまった。こんな妹だがこの人物がガン患者だとは誰が 思いつくのであろうか・・ でもいい來夢が楽しめられればガンの療法にはなるだろう。 そうポシティブに物事がうまくいくと数時間前の俺は思っていたのだが、やはり現実って いうのはそう簡単に思うようには行かない。

淡々としたこのよどんだ空気・・俺たち親子しか出せないものであろう。

341 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 13:11:13.74 ID:VSOYm2mX0

「親父、暇だな・・」

「そうだな・・」

この淡々とした会話で本当に親子の交友を深められるのだろうか? 何とかこんな息苦しい会話に話題を膨らましたいのだが、どうすれば いいのだろうか・・ 昔のことを思い出してみると、本当に親父とは余り一緒に遊んだ記憶もない。 多分仕事が忙しかったせいなのかもしれないが、たまに家にいても会話をする 程度で気がつけば時間が経ってくると、どこか親父とは一歩引っ込んだ感じになっていた

そんな昔の思い出に耽っていると、突然親父がテレビを消してソファから立ち上がるとこういいのけた。

「・・暇だからどこか行くか」

「あ、ああ・・そうだな」

突然の親父の申し出に俺は戸惑いながらもいい暇つぶしにはなるのでそれに乗ることにした。 それにしても親父からこんな申し出をされるなんて本当に驚きだ、昔から親父は余り提案をしない ほうなのだが、本当にこんなことは珍しいことであった。

俺たちは家から出ると警備会社に連絡してそのまま車に乗り込もうとした。

343 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 13:26:46.79 ID:VSOYm2mX0

「俺が運転するよ・・免許持ってるんだぜ」

「どこの世界に子供に運転させる親がいるんだ。・・早く助席に乗れ」

「へいへい・・」

親父なりの意地なのかはよくわからないが、俺はここは好意に甘えるため 素直に助席に乗ることにした。そういえば家族でドライブしたことなど余りなく、 こうやって親父と一緒に車に乗るのは余りなく、なんだかとても新鮮な感じだった。 それに親父が車に乗るときは必ず運転手に操縦させているので俺みたいに 車を動かせられるか少し不安であった。

「何だその不安そうな顔は・・日本に帰ったときは運転しているだろ」

「・・ここはアメリカじゃないか。それに親父が免許持ってるのは知ってたけど本当に大丈夫なのか?」

「当たり前だ」

そういって親父は車のアクセルを踏むと適当にブラブラと走り始めた。 どうやら行き先など決まっていないらしい・・この広いアメリカを車で横断するのは誠に 楽しいことだが、それはキャンピングカーなどの大型車だったらゆったりと長時間楽しめるだろう。 日本ではそういった規定にうるさいらしいのだが、アメリカの場合は大陸も広ければ自由性も広いようで そういったうるさい規定が余りない。からのびのびとした旅ができる。

でも、今乗っているのはどこにでもある乗用車なので最低限の整備しかない。 窓から写っていく景色はどれも見慣れたものなのだが、なぜか見るには飽きないものだ。

344 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 13:29:47.62 ID:VSOYm2mX0

景色がちらほらと変わり始めたときに突然として親父が運転席からしゃべり始めた。

「お前、最近十条の娘と付き合いだしたらしいな」

「ま、まぁな・・」

「まさかあいつと親戚同士になるとはな・・昔から腐れ縁だったが、ついにここまで来ると笑えるな」

「あのなぁ、話が飛躍しすぎだ!・・まだそこまで考えてねぇよ」

全く・・とんだクソ親父だ。でもまぁ・・親としてみれば子供がそういったことに なるなんてうれしいものなのかね。彼女・・といっても相手は子供の頃からの付き合いで 大したことはないのだが、妙に意識もしてみたりするものだ。そういえば親父たちの過去の話だと 高校時代に母さんが親父の学校に転校してきたのがきっかけらしい。

345 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 13:30:17.37 ID:VSOYm2mX0 十条のおじさんの話だと母さんを演劇に引き込んだのはこの親父だというのだが・・ なんだか妙に信じられないな。

「ま、当人たちの付き合いには口は挟まないが・・しっかりやるんだな」

「・・昔、女に母さんを取られかけた親父に言われたくねぇよ」

「ブッ!!!――な、なんでお前がその話を・・十条か、余計なことをペラペラと話しやがって」

フッ・・決まったな、さっきのほんのお返しだ。 過去に親父は母さんをめぐって女と死闘を繰り広げていた!!・・っと十条のおじさんが酔っ払って 俺に語ってくれたことがあった。その話を聞いた当初はかなり驚いたが、本当に実話らしい・・

男対男が母さんを巡って争うのなら話は見えてくるのだが、まさか女が出てくるとは思いもよらない ものだ。父さんがどんな方法で母さんを射止めたのかは聞かなかったのだが、本当に母さんは いろいろな人にもてたんだなぁっと妙に感心しながら思ってしまった。

346 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 13:45:48.16 ID:VSOYm2mX0

「・・さて、飯でも食いに行くか」

「ああ、腹減ったしな」

そういって親父は目に付いたドライブスルーの店に行くことにした。 ハンバーガーと適当なものを買って車を走らせると親父はまだ食べずにひたすらと 車を走らせていた、しばらくして車が街があふれる景色から辺り一面何もない荒野へと車を止めた。

幸いハンバーガーとかは冷めていなかったので熱々のまま食べられることができた。 車を止めてハンバーガに噛り付く親父を見るとその姿は膨大な社員と各世界中に支社を持つ 大企業のトップに立つ社長とはかけ離れた普通の人だった。

互いにハンバーガーを齧りながらアメリカの荒野を見続けているとふとこんなことを聞いてみた。

347 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 13:46:17.76 ID:VSOYm2mX0

「なぁ、親父は母さんが女体化したの知ったのいつなんだ?」

「・・いきなりその質問か」

一度だけ親父に聞いてみたかった質問だった。母さんが女体化しているのは関係者の間では 周知の事実なのだが、果たして親父はそれをいつ知ったのだろうと考えたことがあった。

俺が母さんの女体化の事実を知ったのは來夢のガン発覚からちょっとした後だった。あの時はかなり 驚いたのだが両親が女体化しているのは俺の周りでもそうだったし、何よりも母さんは母さんであることは 紛れもない事実なので俺は母さんの女体化の事実を受け入れられることができた。

――だけど、親父はどうだったのだろうか?

親父は母さんとこうして結婚しているのだからそれなりの覚悟もあったのだろうしそれを承知の上で 母さんと結婚したのだろう。いったい・・親父はいつ母さんの女体化の事実を知ったのか 気になって仕方なかった。

俺の突然の質問に親父は驚きながらも、空を見上げるとぽつりと声を漏らした。

348 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 13:48:47.94 ID:VSOYm2mX0

「・・俺が沙織の女体化の事実を知ったのは結婚する前だ。 ちょうど、会社もようやく軌道に乗り始めてこの機に今までの踏ん切りをつけたかったからな・・

当時、アメリカで演劇の留学をしていた沙織は期待の新人であらゆる芸能関係者から エスコートされてたぐらいだ。ぶっちゃけて言えば、早いところそういう奴らから沙織を追い払う理由がほしかったんだ」

「意外と親父も手が早かったんだな・・」

「それで準備も整っていざプロポーズって思っていたときに沙織からこういわれたんだ。 “――私は女体化している”ってな・・

当時はかなり驚いたよ、何せ十数年近くも隠されてたからな」

「それで・・親父はどうしたんだよ」

俺は続きが気になった。当時の親父がどんな風に行動を起こして母さんと繋がったのか・・ 自然とハンバーガを持っている手に力がこもってしまう。親父はそんな俺を見ながら一呼吸置くと、やれやれとした 表情をしてハンバーガを食べながら再び昔のことを語り始めた。

349 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 13:54:47.95 ID:VSOYm2mX0

「何、単純な話だ。

“――女体化しようが何だろうがそれでも俺は構わない・・”

そう一言、沙織に言っただけさ。そしたらな、沙織はボロボロ泣いて 俺との結婚を承諾してくれた。

    • 後は知ってのとおりお前が産まれて來夢が産まれたんだ」

「・・あの母さんが泣いていた!?」

「ああ・・本当に嬉しかったんだろうな、今でもあの時の沙織の顔は忘れられない。 お前も知ってのとおり、俺は身内が女体化しているからな。沙織が危惧していた女体化の 偏見とかはこれっぽっちもなかった。

むしろ、当時の俺にとってはそんなことなんて関係ない。ただ沙織と築いてゆく家庭が見てみたかっただけだ」

サラッと昔のことをいいのける親父に俺はある種の尊敬の念を覚えてしまった。あの表情が乏しい母さんが 泣いている姿など余り想像はできないが、親父なりに相当な覚悟で母さんに向かっていったんだろうと俺は思う。 それにしても親父の女体化した姉・・叔母さんたちはかなり個性の溢れた人たちばかりだ。 住んでいる国は違えど、休みになると年に一度だけ俺たちの元へと遊びに来てくれる。身内に女体化している 人がいるからこそ親父は女体化の苦しみをより理解しているのだと俺は思ってしまう。

母さんもそんな親父だからこそ、受け入れて結婚したんだ・・っと思う。

350 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 14:08:36.19 ID:VSOYm2mX0

「さて、晩くなったな。・・もう帰るか」

「・・そうだな。もう2人とも家に帰っているだろう」

俺と親父は再び車に乗り込むと、そのままアクセルを踏んで自宅へと向かっていった。 車内はサウンドが響いていく中で俺は親父の言葉が体の芯まで響き渡ってしまっており、じっくりとその言葉の 意味を考えていた。

車がちょうど信号で止められたときに俺はポツリと親父にこんな言葉を漏らしてしまった。

「親父・・誰かと出会って家庭を築くのは難しいのかな?」

「・・・大事なのは自分の気持ちと相手を受け入れることだ。 いくら相性が良くたって自分が受け入れられなかったら結局はそれまでだ」

そういって親父は再び車のアクセルを踏むと渋滞を颯爽と抜け出して家へと走らせて行った。親父の言葉を聞いた俺は その言葉に疑問を覚えつつも妙に納得してしまっていた。誰かと家庭を成すということは非常に難しいことだ、 親父の言うように相性だけでは家庭を作るのは難しいのであろうか・・? 珍しく深く考え込んでいた俺であったが、親父はそんな俺の思考など見透かしたようにこう一言呟いた。

「そう深く考え込まなくたってお前の行動次第で何とかなるだろう・・」

親父はそんな俺を諭すような口調で喋るとそのまま車を運転しながら静かに前を見つめていた。ふとその時の親父を 見てみると普段の親父とは違って親父らしい顔になっていた・・

351 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 14:12:04.83 ID:VSOYm2mX0

思わぬドライブから数時間後・・家に帰った俺たちを思わぬ人物が出迎えてくれた。

「よぉ、帰ってきたか」

「お、おじさん!!」

「――十条ォ!!・・お前会社はどうしたんだよ!!!」

ラフな格好で家に帰ってきた俺たちを出迎えてくれたのは親父の昔からの友人で会社の副社長でもある 十条のおじさんだ。それに偶然なのか・・俺の彼女の父親でもある。俺たちの交際が発覚したとき真っ先に この人があいつの分の荷物をこの家に送りつけて何の前触れもなく俺たちを強制的に同棲状態にした張本人だ。 俺の彼女を産んだときに奥さんを亡くしているのでその分、俺たちにとても優しく接してくれているいいおじさんだ。 俺たちを出迎えてくれたのはいいのだが・・TOP2人が不在のまま会社は大丈夫なのであろうか? そんな俺の想像を親父は真っ先に言葉にして表してくれた。

「ほかの奴に任せてきたよ。俺だってたまには娘に会いに休暇ぐらい取りたいさ・・」

「あのなぁ!!・・まぁ、これ以上言ったってしょうがない。大丈夫なのか?」

「ああ、経済の様子から見て今日1日ぐらいなら大丈夫だ」

    • この自信はどこから湧いているのであろうか?  TOPの二人が不在の会社は果たして成立できているのであろうか、否・・多分大パニックに陥っているのかも しれない。親父たちの経営する会社は本当に世界的にも名の知れた大企業で損失によってはかなりのリストラが 予想されるものだ。

親父はともかくとして、会社で2番目に偉いおじさんまでが同時に会社を抜け出したら株やらいろんなのを含めて かなりの大パニックになりそうだ。

353 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 14:18:26.72 ID:VSOYm2mX0

「十条本当に会社は大丈夫なんだろうな・・」

「ああ、俺を信じろ。それより・・今回は親子で何してたんだ?」

「大して何もしていない。それよりいい匂いがするな・・」

親父の言うように家からはなんだかとてもいい匂いが充満していた。 その匂いは俺たちの鼻から伝わり、腹の底を刺激するには十分な威力であった。

「お前らが帰ってくるのに合わせて飯作ったんだよ。どうせ2人が出かけて夕食困るだろ」

「まぁ・・とりあえず食うか」

「ほいほい、親子での旅の記録でも聞かせてくれ」

親父たちが家に入ってゆく中、俺はふと親父について考えてしまう。あの親父が母さんと 結婚した経緯を聞かされたのだがにわかに信じがたいものだ、だけどそんな親父の背中を見るとこうやって 日常を過ごせているのだから俺たちが存在するのだろう。

いつかは俺も親父みたいに家庭を持つのもいいのかもしれない・・

354 名前: クリーニング店経営(広島県) 投稿日: 2007/04/26(木) 14:19:01.16 ID:VSOYm2mX0

「おい、早く家に上がれ」

「そうだぞ。お前の親父の恥ずかしい話でも聞かせてやるぞ」

「そんなもの聞かせるな!!」

親父を見つめると俺は今日も家に帰ることにした。

―fin―


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最終更新:2008年09月17日 19:50
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