『遠い再会』

58 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:05:57.07 ID:l4i7kQ/50

知らない身内がいる・・それを聞いたら誰もが驚愕するものであろう。アメリカを拠点に大企業を経営する父親と、はた また世界中で大活躍する女優をしている母親・・人は俺の事をサラブレッドと言うらしいがそんなものは微塵も感じて いない、それどころか逆に少し窮屈さを感じているところだ。いつもの稽古を追えながら俺はまだまだ少ない自分の 人生を見つめなおしていた。

「久々の稽古もいいもんだ」

日課の稽古を終えて今日という日を身体で味わう。俺、平塚 慶太は日課である稽古を終えて心地よい充実感と 清々しさを胸に心を落ち着ける。俺がこのように稽古をしている理由は幼い頃から両親の言い付けにより半強制的に こういった格闘技の稽古を行っている、その理由はというと単なる親父の趣味でも母さんの気まぐれでも何にもない、 自分で大切な人物を守るための力をつける・・そう行った理由で辛い鍛錬を乗り越えてきたのだ。

(思えば俺の周りには個性的な人がよくいるよな・・)

俺には2人の伯母がいる、普通の伯母ならいいのだがこの2人はかなり個性的な部類に入る者で親父の方もこの2人 の性格にかなり苦労したようだ。どうも周りからによると俺は親父の遺伝子をかなり濃く受け継いでいるようで伯母達から もかなり気に入られている。そのおかげで幼少時は少しばかりお小遣いを貰い鼻が高かったものだが・・だんだんと 成長していくにつれて2人の伯母の餌食にされることも多くなってきており複雑な心境だ。スポーツドリンクを飲みながら ついそんな事を考えていると俺と同様に一緒にトレーニングを済ませた來夢がいつものように今回の成果を報告しに来る。

59 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:06:39.57 ID:l4i7kQ/50

「兄貴! 今日もお疲れさん」

「おう、そっちも終わったようだな」

「うん。今日は頑張って少し激しい運動したからね少しスッキリしたよ」

相変わらず來夢はいつものように人懐っこい笑みを浮かべる、その顔を見ると自然に表情が緩んでしまうのは道理で あろう。來夢は昔から生まれつき身体が弱くよく俺達はそれを見てヒヤヒヤさせられたのだが身体の成長と共に 運動もある程度は出来るようになってきており、俺よりも頻度は低いがこうして時たまこういった軽いトレーニングを 重ねて今では日常生活には支障をきたさない程度にはなってはいるがまだ昔の名残はあるらしく時々は足元が ふらついてしまうらしい。

60 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:08:18.63 ID:l4i7kQ/50

「じゃ、病院行こうか。いつものように車で送ってよ」

「もうそんな時間か、相変わらずしっかりしてるな」

「まぁね」

そう言って來夢は軽やかな足取りで駐車場の方へと向かう。傍目からすれば健康な人間にしか見えないが、実は 來夢の体はある病魔に侵されている、この世界には女体化シンドノームと言う奇妙な病気が世界各国で流行しており 15、16歳で童貞を捨てなければ男から女へと変貌してしまうという変な病気だ。だけどもこの病が発見されてから 既にかなりの年数が経っているのだから何とも言えないものだ。來夢もこの病気のおかげで男から女へと 変貌を遂げてしまい、無事に女の子になれたのはいいのだが・・女体化から発祥してしまう特殊なガンに侵されて しまったのだ。來夢が侵されているガンは普通のガンとは違いあらゆる抗がん剤が通用しないらしく新種のガンらしい。 だけども幸いなのはこのガンは進行状況が非常に遅く未だに初期症状を保っているが本当に何とも言えない 状況なのだが、そんな現実に直面してもこうやって普段の通りに生活をしている來夢は本当に強いものだ。

「何ボーっとしてるんだよ。早く行こう」

「あ、ああ・・」

こんな風に余計な事を考え込む節は一体誰から遺伝したのであろうか・・

61 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:09:35.93 ID:l4i7kQ/50

国連の本拠ああるアメリカNY、時代の波にもめげずに相変わらずの軍事力と最先端の技術を誇り常に世界を リードし続けてきた大国。そんな世界の最先端が集うこの国でも女体化の撲滅には総力を注いでおり、国連直属の 女体化撲滅施設があるぐらいだ。そこの施設は女体化専門の病院も兼ねており來夢もそこで通院を続けている、 それにこの施設の中は解放感が満ち溢れており、病院というよりどこかのレジャー施設と言う意味合いが大変強く 病院特有の重苦しい雰囲気が全くない。正直言って女体化でなくても純粋のこの病院に入院してみたくなるのは 俺だけではあるまい・・

「相変わらずここは病院って雰囲気がしないな」

「それだけ医者と患者さんの間にあるものを取ろうとしているんだよ。徹子さんが入った時は施設の体制がかなり 酷かったらしいけど当時の徹子さんはそんな体制の中でも一人で必死に頑張って数少ない仲間と一緒に頑張って 今の体制を作り上げてきたらしいよ。

でも当の本人は自分は何もしていないって言っているけどね」

「へー・・テレビとはやっぱり違うんだな」

やっぱり俺は徹子さんと言うとテレビで見ているイメージが強く、動も実際会ってみるとそのギャップを感じてしまう。 普段から見慣れている來夢はそうではないらしいのだが俺にとってはやっぱり微妙なギャップを感じる、テレビの力と いうのはそれほどなく恐ろしいものだ。

「よし、今日も相変わらず異常なし。身体の方も順調に馴染んでいるようだ」

「最近なんか身体の調子がいいんです」

「そうか、でもあんまり無理はするなよ」

カルテを書きながら徹子さんは來夢に世間話も交えながら事細かに症状を伝える、來夢のほうも安心したのか 徹子さんにいろいろと語りかけ傍から見ていると2人の信頼関係が用意に伺える。

62 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:10:41.60 ID:l4i7kQ/50

「さて・・兄貴の方に聞くが、弟の方は最近どうなんだ?」

「ええ、いつものように元気でやっていますよ。だけどもまだ激しい運動には耐え切れないようですね」

「なるほど、そういえば前に來夢の身体を検査した時に標準以下の数値がちらほと見えたのはその影響か。 だけども今は数値も健康体そのものだから心配しなくても大丈夫だな」

そういいながら徹子さんはカルテを書き終わるとそのまま俺達に様々な事を話してくれるもので徹子さんの話を聞いて いると柔らかな物腰や言動からか徹子さん自身の器の大きさを用意に伺える。しかも、医師の傍ら同時に母親業も しているのだから本当に凄い人なのだと心から感心せざる得ない、徹子さんの話を聞いていると時間をついつい 忘れてしまう・・

「っと・・もう少しで次の患者をみる時間だからまた来てくれ」

「はい、今日もありがとうございました」

丁寧にお辞儀をしながら來夢は俺を残しながら診察室から去る。それを確認した俺は一息つくが周りの空気は徐々に 重たくなっていき徹子さんの表情もだんだんと険しくなって来る、そしてこれから徹子さんの本当の業務報告が 沈黙の中で行われる。

「・・さて、あれのことだが」

「どうなんですか?」

何とか焦る気持ちを抑えながら俺は静かに徹子さんの重い言葉を受け止める。

63 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:12:50.96 ID:l4i7kQ/50

「未だに初期症状を保ったままだからそれほどは影響はないだろう。治療のための研究は進めてはいるが当分は 掛かりそうだ・・それに今の來夢にはガンを克服するには明らかに足りないものがある」

「足りないもの・・?」

「・・お前も薄々気がついているようだが來夢の精神状態は余り安定しているとは言いがたい、それにやっぱり人間って のは生きていくためには何かしらの拠り所が必要だと俺は思う。お前なら今の彼女、俺なら娘・・だけども現在の 來夢にはそれがない。いくらお前達が家族の深い絆で繋がっていたとしても余り長続きするもんじゃないからな・・

あまりこんなこと言いたくはないが、異性との深い関係になればちょっとはマシになると俺は思う」

徹子さんの言葉に俺は今までの來夢との生活について振り返っていた。確かに女体化して元から母さんの容姿を 色濃く受け継いだ來夢は更にそれに磨きが掛かり今では普通の女の子と何ら大差はない、しかし内面はあまり 変わっていないもので小さい頃から人見知りの激しかった來夢は今まで俺とあいつ意外の人間と深く付き合うことすら 余りなく、異性との付き合いもサッパリだ。徹子さんの言うように來夢には俺とあいつみたいな関係が必要だと常々感じて はいた、だけども一番大事なのは他ならぬ來夢の意志であり、俺達がとやかく出来るようなもんではない。

そんな事を深く思い詰めていると今まで険しい顔をしていた徹子さんがいつものように俺に優しく語り掛けてくれた。

64 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:14:20.24 ID:l4i7kQ/50

「お前もそんなに思い詰めるな。何も今からやろうって訳じゃない、焦らずゆっくりと進めて行くのが肝心だ。 それにお前がそんな顔していると余計に來夢が心配してしまうぞ」

「徹子さん・・そうですね、俺は來夢が意志を固めたらあいつと少しずつ後押しをして見ようと思います。 今日もお忙しい中、色々とありがとうございました」

「おいおい、患者の病気を治すのは俺達の仕事だ。お前は來夢の事に専念してやれ。さ、お前も戻って良いぞ」

「ありがとうございました」

俺も軽くお辞儀をして静かに徹子さんの元へと去る、そして待ってくれた來夢にいつものように先ほどの徹子さんとの 話を報告する。しかし來夢には悪いが話の全てを伝えるわけには行かない、少しばかり虚実を織り交ぜて報告する ようにする。

66 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:15:58.82 ID:l4i7kQ/50

「徹子さん何だって?」

「ああ、お前の病気の事を話してたよ。薬の製作も実験を使っているから順調にはかどっているらしい」

「そうなんだ。徹子さんよく身体を壊さないね」

「そうだな、タレントにチームの主任・・それに医者と母親業まで同時にやっているんだから大したもんだよ。 実際あの人のおかげで女体化の認知が広まっているしな」

この虚実を織り交ぜた報告をするのも最近俺の中の日課になりつつある。ハッキリ言ってこの瞬間が俺にとっては 一番堪えるもので現状をあまり知らない実の弟に嘘をつき続けている自分が嫌になってしまう瞬間でもある、だけども 真実をそのまま伝えてしまったら來夢が気を遣いすぎて精神状態が更にアンバランスにもなってしまう恐れがあり 余計にガンの促進を早める事になる。徹子さんが言うにはこうした來夢の安定した精神状態がガンを治すのに 最高の治療薬になるらしい・・だからこそあえて俺は來夢に虚実を織り交ぜた嘘をつき続ける。

だけどもいくら來夢のためだとはいえ、嘘をつき続けるこの日常に慣れつつある自分自身が情けなくて汚いと思えてくるのだ・・

69 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:19:20.62 ID:l4i7kQ/50

あれから数日後、未だに俺はモヤモヤとした気持ちを抱えたままやきりれない感じだ。更にこんなときに限って家には 俺以外に誰もおらず、退屈かつ平凡な時間をただただのんびりと過ごす・・

「こんなときに限って來夢はあいつとショッピング、親父と母さんは例の如く仕事だし・・」

彼女という存在を持って一人になると言う事がこれほどまでに辛いことだとは思わぬ出来事だ、これまで一人身で 過ごしてきた自分自身が凄いと思う。なんだかんだでも俺にとってはあいつと來夢が一緒にいる生活が何よりも 心地よかったと言う証拠なのだろう、思えば物心ついたときから常に3人一緒でいたのだからそう思えてくるのも ある意味それも仕方ないのかもしれない。だからこうやって1人で家でのんびりしてもつかの間の喜びよりも誰も居ない 孤独から感じる寂しさの方が大きいものであった。

70 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:20:37.62 ID:l4i7kQ/50

「ま、1人で愚痴っても仕方ない。車でどこかへ出かけるか・・」

俺は適当に時間を潰すことを考えると車のキーを捜すがこれが中々見つからないもので何処にあるのか皆目見当も つかない状況だ、更に車のキーを探していると玄関から来客を告げるチャイムの音が鳴り響く。この家の来客は影での 厳重な警備の元、厳しく制限されておりセールスや報道関係者は全てシャットアウトされており、それを余裕でパス できるのは俺が知る限りでも極僅かの人間ぐらいだ。もしや來夢たちが帰ってきたと思い玄関の戸を開けると・・ そこに出てきたのは見知らぬ女性の姿であった。

「あの、どちら様ですか?」

「えっと・・兄はいらっしゃいますか?」

「兄・・?」

兄という言葉に俺はいささかの戸惑いを覚えながらもこの女性について考えてみる。口ぶりからして親父か母さんの 身内だとは見受けられるが、親父の親類は2人の個性的なお姉さんがいるし親父に妹がいると言う情報は聞いていない。 母さんの方は余り身内関連を話してくれないが一人っ子だったとは聞いている、それらを踏まえても俺の身内には 妹を持っている人が全くいないのだが・・不思議とこの女性が嘘をついているとも余り思えない。それにこの女性を よく見るとどこか母さんを思わせる雰囲気を感じさせられる・・

71 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:21:58.87 ID:l4i7kQ/50

「え、えっと・・」

「そうか、私の事まだ聞いてなかったんだ。確か慶太君だったよね?」

「ど、どうして俺の名前を・・」

「う~ん、何から話したらいいのかな」

そのまま女性は首をかしげながら話すタイミングを切り出そうとしている。このままではどうも気まずいので女性を 家に上がらせながらゆっくりと話を聞く事にする、俺の名前を知っているのだから何かしらの事を知っているのだろう。 紅茶を出しながら2人でリビングでくつろぎながら女性はようやく落ち着きを取り戻したようでゆっくりと語ってくれた。

「私は麻耶、小林 麻耶。私の兄・・あなたのお母さんの妹よ。もっとも生き別れだったけどね・・」

「い、生き別れの妹!! 母さんからそんな事は聞いてなかったぞ!!!」

「・・そうだよね、驚くのも無理はないか。兄の事は父から生き別れの妹がいるって聞かされていたの、それから月日が 経って偶然アメリカで兄と出会ったの。兄や來夢ちゃんには出会ったけど慶太君はまだたったね」

この女性・・麻耶さんはそのまま一息つきながら紅茶を飲む。それにしてもまさか母さんに生き別れの妹がいるという 事実はかなりの衝撃もので俄かには信じられないものではあるが、來夢の名前を知っていると言う事はそれが事実だと 信じざる得ないだろう。容姿はともかくとして雰囲気がどこか母さんに似ていたのには納得も出来なくもない、やっぱり こんな事を聞かされるとまだ心の整理がつかないものだ。

72 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:22:55.94 ID:l4i7kQ/50

「ゴメンね。出会ってすぐにこんな話をしてしまうなんて・・」

「いえ、最初は俺も戸惑いましたけど麻耶さんを見ているとなんかこう・・母さんとどこか似ている感じがしてきて 他人とは思えない感じがします」

本当に麻耶さんを見ていると他人とは思えない感じになってくる、母さんとは容姿が違うがその雰囲気はどこか親近感を 覚えてしまう。そう言えば母さんと麻耶さんの父さん・・すなわち俺のお爺さんに当たる人だが、どんな人物なのかと思うと 興味を抱いてしまう。親父の方の両親には小さい頃で会った事があるが、母さんの方は母親がいるらしいのだが 俺達が生まれる前に亡くなってしまったらしい、だからこそ母さんの方の親族に興味を抱いてしまうのだ。

「あの、ところで麻耶さんたちのお父さん・・すなわち俺のお爺さんに当たる人だけど一体どんな人なんですか?」

「えっ? お父さんについて・・」

「あ、話したくなかったら無理しなくてもいいですよ」

父親の話を切り出すと先ほどまで明るかった麻耶さんの表情が途端に暗くなっていく、もしかしたら何かヤバイ事を 聞いてしまたのかもしれない。それに両親の不和と言うものは意外なところでもあるものだし麻耶さんだって話したくも ない事だってある筈だ。ここでお茶を濁すわけにも行かないしなんとか俺は話を元に戻そうとするが・・麻耶さんは いつもの表情に戻り俺に語りかけてくれた。

73 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:24:32.70 ID:l4i7kQ/50

「そうだよね、やっぱりお爺さんの事も知りたいよね。私のお父さん・・すなわち慶太君と來夢ちゃんのお爺さんに 当たる人だけど、あの人は昔っから私の事を好いていなかったみたいね。いつも仕事を言い訳にしてあまり家にも 帰ってこなかったし、帰ってきたって構ってもくれてなかったな」

「・・何でですか? 普通、親なら自分の子供を可愛がるもんでしょう」

「私がお母さんに似ていたせいかもね。お母さんは私が産まれてから2年ぐらいして病気に罹って病院生活を送って いたの。小さい頃はお父さんに連れられてお母さんの部屋で面会はしてたんだけど・・お父さんがお母さんを見る 視線はいい物じゃなかったってのは確かだったわ。お母さんもそれを分かってたみたいだけど」

「麻耶さんのお母さん・・俺の義理のお婆さんに当たる人はどんな人物だったんですか?」

「お母さんか・・あの人も私の前では普通に接してくれたけど私に愛情を向けてはくれなかったわ。それにお母さんを 見てると何か怖いの・・人を殺しそうな毒を持っていそうな感じがしたわ。

だから私の幼少時代は両親がいなかったものだったから余りいい物じゃなかったけどね」

少し苦笑しながら麻耶さんは紅茶を飲む。麻耶さんの話を聞いていると俺は聞くんじゃなかったなっと後悔するように なる、麻耶さんのお母さんはともかくとして父親の方はあまりいい人物ではない人物だと見受けられるが俺の 想像以上のものだ。2人の女性との間に子供を作っていたならともかく、その子供に見向きすらしない姿勢に俺は 軽い憤りを覚えてしまう。

父親には見向きすらされず、母親は病院生活・・きっと麻耶さんは想像を絶するような寂しい孤独な子供生活を 送っていたのが容易に伺える。

74 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:27:11.19 ID:l4i7kQ/50

「でもね、あんな生活の中にも楽しかったものはあったの。私の元に家庭教師の人が来てね、その人はぶっきら棒で 余りいい性格とはいえなかったんだけど私と同じ寂しい人なんだなぁっと思ってね。最初はぎこちなかったけど、それが だんだんと心地よくなってきて私も先生に趣味の編み物を教えていたの。

あの頃は本当に楽しかったな、寂しくて孤独だった生活に明るいものを感じたもの。でもね・・ある日、お父さんから アメリカの学校へと転校させられ先生との契約も解約、それからはアメリカでの生活が続いたの。最初はお父さんも いてくれたけど3ヶ月ほど経ってから私を残して日本に帰って父とはそれっきり・・生きてるのかさえもわからないわ」

「なんて人なんだ。自分の都合に子供を巻き込むなんて・・」

「そうだよね、普通なら怒りすら覚えるよね・・でも私はアメリカに来ても私は寂しくなんてなかった、だって大人になれば 必ず先生と会えるって信じてたの。その証拠にこれがあるもの」

「これって・・毛糸の人形?」

そういって麻耶さんは持っていたカバンから小さい人形らしきものが出てきた。その人形の姿はどうもぎこちないもの だったがそれを大事に取ってある事を見るとかなり大切に扱っていたのが分かる。

75 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:28:17.00 ID:l4i7kQ/50

「・・多分、來夢ちゃんは1人で抱え込んでいるんじゃなくて言い難いのかもしれないんじゃないかな?  でも後少ししたら誰かと恋に落ちて元に戻ると思うよ。こういった事は流れに任せて静かに見守ってあげて 家族じゃない誰かに任してみるのものも良いと思うよ。ごめんね、勝手に口出しして」

「いえ、俺も少し來夢の事で心配してましたから。麻耶さんにそう言ってもらえるとかえって気が晴れました」

「前に來夢ちゃんと話した事あるけど何だか思い詰めている感じだったからね。もう少し時間が経ったら來夢ちゃんにも 恋人が出来ると思うよ」

麻耶さんの言葉はどこか包容力のある優しいものではあったが同時に深みも感じさせられるものだ、やはり大人と しての貫禄が俺よりも違うのだろう。麻耶さんを見ていると優しさというかどこか気分が落ち着いてくるもので腹違いでは あるが母さんの妹であると言うことも何となく頷けてしまう。

俺も将来はこんな大人に・・

「そういえば、まだお義兄さんに挨拶していなかったわ」

「えっ! まだ親父に会ってなかったんですか?」

「うん、何だかお義兄さんは忙しそうだしちょっと会い辛いってのもあるかな・・」

やっぱり大人の雰囲気を持つ麻耶さんでもどこか抜けているところもあるようだ。確かに麻耶さんからしてみれば 親父と会うのは少しきまづいものも感じられるのかもしれない、大人になると人付き合いも色々と大変そうなのが伺える。 それにしても親父が麻耶さんの事を知ったらどんな顔をするのかちょっとみて見たい気もする。

76 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/04/30(水) 20:30:00.84 ID:l4i7kQ/50

「それに・・お義兄さんとはもう少し時間を置いてから会おうと思う。だからそれまで内緒にしてね」

「・・わかりました。親父には暫く黙っておきます」

「ゴメンね。でも兄はたまに家にいそうだから、またちょくちょく遊びに来るわ」

帰り支度をする麻耶さんに合わせて俺も立ち上がり玄関まで見送る。何だか変な秘密を抱えてしまった俺だったが、 こうしてまた麻耶さんと喋っていられるなら親父に黙っておいても損はないだろう。麻耶さんが帰った後、家の中は 再び俺だけになったが寂しさよりもまた麻耶さんとこうして一緒に語り合いたいと言う気持ちになってくる、初めは 母さんの行き別れの妹という事もあってかなりの衝撃ものだったが、話を聞くたびにだんだんと落ち着いている 自分がわかる。母さんと麻耶さん・・互いに容姿は違えど本質的にはちゃんと繋がっている2人の女性、こんな人達が 身内にいる俺は案外幸せ者なのかもしれない。

「さて、來夢たちが帰ってくるまで時間はあるし・・映画でも見て時間を潰すか」

既に時間は夕方近く、もう少しで買い物に出かけている來夢たちも帰ってくる頃合を見計らい適当な映画を観ながら 時間を潰すことにする、まぁこの家にある映画は母さんが出演している映画ばかりなのだが中々いい作品も多い。 映画を観ながら俺は今日の出来事を少しずつ思い浮かべながら思わずポツリと言葉が漏れた。

「それにしても俺の身内は個性的な人ばかりだな・・・」

まだ帰ってこぬ住人たちを待ちながら母さんが出演している映画を観て適当にソファでくつろぎ俺は一人ごちた。

―fin―


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最終更新:2008年09月17日 19:55
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