70 名前:
◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:36:11.73 ID:rhkoijBH0
思い出と言うのは人によって様々にあるものでかなり深く、言葉では言い表せないほどの感情が詰まっている。 女体化を経て何気なく始めた演劇から単身アメリカへ演劇留学・・様々な苦難と自身の壁を乗り越えて今この華やかな 舞台の世界に立っている。今日もドラマの収録でもう5シーズン目に突入するのだが、どうもアメリカの人は日本と 比べてテレビの普及率が凄くドラマなどはかなり人気だ。 今回の役は主役である超能力者のトレジャーハンター、女体化を機に超能力に目覚めてお宝を物にしていくと言う 典型的なものだ、私は演技に集中しながら今まで自分が作ってきた役にのめり込む。
「さて、宝は手に入ったこれで・・」
「させないわ。それは私の物・・大人しく渡して頂戴」
「・・どうやらそのために私に近づいたらしいな」
じりじりと女性が銃を構えながら私の元へと迫ってくる、今収録しているのは相棒と一緒にお宝を手に入れたのは良い のだがその相棒に裏切られてしまうと言うシーン。無論拳銃はレプリカではあるが私は常に本物と想定しながら 銃口に目を向ける、演技と言うものは何気ないものでも常に日常と何ら変わりない状態を保つことが大切なのだ。
今では日本語並にすっかりと手馴れた英語も高校時代の猛勉強や現地での交流の賜物である。
71 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:37:05.80 ID:rhkoijBH0
「今のあなたは満身創痍、ご自慢の超能力も使えなさそうね」
「それはわからない・・」
「悪あがきを!!!」
「カット!! いや~、ミズ平塚は相変わらず君は注文どおりの演技もしてくれる!!」
監督の一声によってすべての照明は元に戻り、スタッフがカメラの編集作業へと入る。 今日のスケジュールは映画に別のドラマそれに先ほどの撮影を含めて終了なので今回は割と楽なスケジュールで この分だと家に帰れそうだ。監督がすべての俳優や女優に労いの言葉を掛けつつこちらへと向かってくる。
「ここアメリカじゃ日本の女優は少ないけど、その演技力は素晴らしい。私の創作意欲を掻き立ててくれるよ!!」
「私はただ演技を楽しんでいるだけですから、大した事はしていません。 それに舞台をやる上では私一人で出来るものではありませんよ」
「素晴らしい!! 是非君の旦那さんと一緒に夫婦で私のホームパーティでも・・」
よほど私の演技が気に入ったのか監督は更に私を引き立てて気が早い次回作へのオファーも開始する。 正直言って私自身は舞台や映画ドラマなどの演技は周りの協力があるから成り立っているのであって私自身も少し ばかり演技を楽しんでいるに過ぎない。だからここまで私を持ち上げられても困るものだが・・そんな私の困惑を 他所に監督の一人口舌戦が続くのだが、マネージャーである部長が割って入ってくれる。
72 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:37:37.39 ID:rhkoijBH0
「監督、彼女は次の仕事がありますので失礼させていただきます」
「そ、そうか。では彼女を私の次の作品の主役で・・」
「そう言う話は事務所を通してから御願い致します、ではこれで・・」
「ちょ、ちょっと!!」
そのまま私は部長に押されながら私は現場を後にする、今回は部長のお蔭で本当に助かった。
「全く、ああいった厄介な手合いは実力行使が一番だわ」
「いつもすみません」
「いいのよ、これも仕事のうちだしね。それに言わせたいだけ言われればいいのよ」
やっぱりこの人はいろいろな意味で私よりも大人だ、過去に部活をしていた時だって全てをこの人が賄っていたもの だし惜しげのない才能を余すところなく使っている。この人は自分の適切な使い道がよく解っているのだ・・
73 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:38:23.77 ID:rhkoijBH0
「さて、それよりも控え室で待っている人いるじゃない?」
「そうだ。控え室には香織ちゃんが居たんだっけ・・」
そう、今回の仕事には十条の娘である香織ちゃんを同行させている。 本来ならこういった事はあまりやってはいけないのだが、私の仕事姿が見たいと言い出したので部長の協力の元 こうして連れてくることに成功している。それに香織ちゃんに関しては何よりも私達夫婦が親代わりなわけで奥さんと の約束もあるしこういう機会もいい物だ、そのまま部長と一緒に控え室に入ると香織ちゃんが私を出迎えてくれた。
「沙織さん、お疲れさま」
「ああ、あまり仕事という仕事は感じていないんだけど・・こんな私を見て喜んでくれて何よりだ」
「沙織、そう自分を謙遜しない。もう少し誇りを持ちなさい」
「はい」
部長に言われて私はいつものようにリラックスしながら一息つく、そんな私達を見ながら香織ちゃんはクスッと 可愛らしい笑いを立てる。
74 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:39:21.27 ID:rhkoijBH0
「2人を見ていると何だか不思議ね。特に沙織さんが少し引いた姿見せるなんて」
「昔からこんな感じだからな、部長とはあいつに次いで付き合いが長いだ」
「ま、留学の時も色々2人でやりくりしてたからね。今更驚くこともないわ」
「なんかそういうのも羨ましいわ・・でも來夢はともかくとしてあいつは少し期待できないわ!!!」
「・・似てるわね」
部長は懐からタバコを取り出すとそのままゆっくりと吸い始める、そう言えば部長がタバコを吸うのを見るのは随分と 久しい。子供達が妊娠してからは私の前では吸わなかったし、一緒にアメリカで暮らしていたときはよく吸ってはいた のだが・・いつからか私の前でもあまり吸うことがなくなっていた。そう言えば最近の香織ちゃんを見ていると生前の 奥さんにだんだんと面影が近づいている、身体が弱くても人一倍負けん気が強くて激しい性格であった奥さんに 香織ちゃんは似つつある。
「そういえば沙織さんに前々から聞きたかった事があるわ。・・私のお母さんの事どこまで知ってるの?」
「よく知っているさ。香織ちゃんのお母さんで十条の奥さん・・旧姓、石崎 真菜香(いしざき まなか)さんだ」
「石崎 真菜香・・随分と懐かしい名前ね。姉さんがよく知っていたわ」
「ええ、私も彼女の名前を出すのは久々です。 ・・私が奥さんと出会ったのはあいつと付き合ってそんなに間がない頃の時だった」
久々に思い出す彼女の本名、あの出会いは今でも衝撃的で忘れられない思い出だ・・
75 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:40:15.09 ID:rhkoijBH0
あれは私が高校生の時、当時彼氏のだったあいつとようやく付き合ってまだ数日程度の事であった。 その日は偶然にも部活は休止、つかの間の放課後をあいつと過ごそうと思ってあいつの所を訪れた時・・いつも 一緒に居た十条とあいつが嫌に思い詰めたような表情で特に十条の方は普段滅多に周りに弱みすら見せないのに その表情はいつになく暗い・・いても立ってもいられなくなった私は2人の間に割って入って重苦しい空気のまま 事情を聞き出す。
「どうしたんだ、2人共・・何かあったのか??」
「小林か・・そう言えばまだあいつの事は小林に全然話してなかったな」
「ああ、沙織からは俺から話して置く。お前は・・」
「わかってるよ。・・そう心配するな、こういった事は昔から慣れっこだ」
そう行って十条はカバンを持って静かに教室から姿を消す、訳も解らない状態の私には不思議と変な感覚で一杯だ。 十条が完全に立ち去ったのを確認するとあいつは一息を着くと呼吸を整えてゆっくりと話を切り出す。
76 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:41:36.20 ID:rhkoijBH0
「沙織・・よく今から言う事を聞いて欲しい。この先、十条にとって大事な話になってくるからな」
「あ、ああ・・」
「十条には彼女がいるのはお前も知っているな?」
「本人から嫌と言うほど喧嘩話や惚気話を2人で聞かされてたじゃないか」
「・・・その彼女はこの先、命の保障はない」
――衝撃の一言だった、これまでの十条には中学校の頃から付き合っている彼女がいるとあいつと十条本人から 聞かされていた。だけども十条にそんな事情があったとは私は思ってもいなかったので衝撃は凄まじく大きい、いつも マイペースながら自分の意見をちゃんと兼ね備えているのでそれなりに敬意もあったのだが・・そんな事情があるなんて 思いもよらないものだ。
77 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:41:56.78 ID:rhkoijBH0
「いつからその話を知っていたんだ?」
「あいつが彼女と付き合って間もなかった頃からだ。俺自身はすぐに沙織に話してもいいのかと思っていたのだが すぐ十条に止められた。“お前は自分の事だけに専念しろ”ってな・・」
「きっと私やお前の事を想ってだろうな。余計なものをうませないように・・だけども何で――」
「・・昔からそうなんだ十条(あいつ)は、それにあいつの家は結構複雑な事情があってな。あまり自分の事情を話さない けど両親との折り合いがすこぶる悪いらしい、それでもたった1人でそういった辛い事を乗り越えているんだから凄い ものだ。俺には到底出来ない」
そう言ってあいつは少し天井を見上げながら一呼吸整える、私もどのように対応して良いのかよく解らないのだが・・ 十条は普段から何気なくしている振舞っているのだが思えば決して私達にと弱みは見せずにただ色々と私達の話に 耳を傾ける・・だから私は友人でありながらも十条と言う人間をよく知らずにいたのだ。
「なら今度、十条に内緒で会って見るか? お前も興味あるだろ」
「えっ・・それはそうだけど勝手に病院行ってもいいのか?」
「大丈夫だろ、彼女とはある程度の交友もあるからな」
珍しいあいつの提案に一抹の不安を覚えながらも自身の好奇心が勝りそれに乗る事にした。
78 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:42:46.48 ID:rhkoijBH0
月日が経ち、ようやく噂の彼女との対面の日がやってくる。あいつの家で待ち合わせをしながら2人でのんびりと 病院へ出かけるもので考えて見ればちょっとしたデートにもなるから私としては少し嬉しいものだ。それにしても これから会う十条の彼女についてはどんな人物なのかは全く聞いていなかった、あいつや十条も会えば分かるとの 一点張りで中々具体的な人物像が私の頭の中に入ってこない。
「ん? どうしたんだ、もしかして緊張でもしているのか?」
「いや・・これから出会う人物がどんな人なのかよく解らなくてな。 とにかく十条の彼女を勤めるのだから、只者ではないと思うのだが・・」
「まぁ、彼女を一言で表すのは不可能だからな。ところで部活はどうしたんだ? 今日もあるはずだと思うのだが・・」
「部長に事の経緯を説明したらあっさりと休ませて貰えた」
「そういえばあそこの部長は・・ああ、そっか意味が分かった」
私の休みの理由にあいつはお土産らしきものを持ちながら特に驚きもせずただ単に笑みを浮かべながらこれから 起こりうる出来事をある程度想像している。それにしてもいつもとは違って理知的なあいつを見ているとどこか調子が 狂ってくる、どうやらその彼女というのは相当すごいようだ。
79 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:43:36.49 ID:rhkoijBH0
「お前もそんな面を見せるんだな。少し驚いた」
「おいおい、そりゃ酷いな。俺だってこれでも・・」
「フッ・・お前は少々抜けているところがいい。理知的なお前などあまり似合わないからな」
「あのなぁ・・おっと、お喋りしている間に着いたようだ」
あいつの家から歩いて数分、大病院とは言えないもののそれなりの大きさと設備が整って良そうな病院へとたどり 着く。そう言えば彼女は入院をしている身だと聞いていたのでこういったところに居てもおかしくはない。病院の受付を 簡単に済ませると彼女が入院していると言われる病室へと足を運ぶ、やっぱりいざ会うとなると緊張もしてしまうが 初めて会うのだから当然なのかもしれない。
少しの緊張を纏わせながらあいつと一緒に病室へ入ると・・そこには長い金髪の髪がよく似合う女性が病室のベッドの 上でのんびりとしていた、彼女は私達の姿を見つけると屈折のない笑顔で私達を迎えてくれる。
80 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:44:52.62 ID:rhkoijBH0
「おっ、平塚のヘタレた弟じゃん!! やっぱり十条君の読みどおり来ると思っていたよ!!!」
「ヘタレな弟で悪かったな。ほれ、土産」
「これは私の大好物の牡丹餅じゃん。サンキュー!! この間手術してからまともなもの食べてないのよ」
(随分元気な病人だな・・あいつらの言っている事が分かった気がする)
病人とは思えぬほどの元気さと食欲で彼女は渡された牡丹餅を旺盛な食欲でそのまま食べ始める。これほど 元気な病人を見るのは初めてだ、本当に余命が後僅かだと言う言葉は嘘だと思わせられる。暫く私が蚊帳の外に なりながら牡丹餅を食べる彼女であったが、ゆっくりと時間が流れる中でようやく彼女は私の存在に気がついてくれた。
「あれ? その娘は・・」
「俺の彼女の沙織だ。ほら、十条からよく聞いてるんだろ?」
「ああ、はいはい!! しかしあんなぶっつけ本番のような感じがよく出来るよね。さすがの私も出来なかったけど」
「ま、俺だから出来たんだけどな」
「自分で言っちゃだめじゃん。・・まぁ自己紹介ね、私は真菜香。石崎 真菜香よ。よろしくね、小林 沙織さん」
「あ、ああ・・よろしく」
笑顔で手を差し出す彼女・・真菜香さんに私はぎこちなく手を差し出しながら応える。本当に彼女を見ていると病人と いう額縁から外してしまった方がいいのかも知れないし、その方が楽に違いない。 そんな事を考えていると真菜香さんはじっと私の顔を見続けているとそのままベッドの上から腹を抱えて笑い出す、 もしかしたら彼女は余命が間もない今の状況をそれなりに楽しんでいるに違いないだろう。
81 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:45:40.93 ID:rhkoijBH0
「アハハハ!! 本当に面白い娘ね、十条君の言ってる事と違うところもあるし」
「おいおい、こう見えても沙織は結構シャイで繊細なんだぞ」
「へー、私とはちょっと違うんだね。だけどもそれも面白いけど」
何だか見ていると本当に面白い人だ、笑顔を絶やさずそれでもって内心から人間的な強さをひしひしと感じる。 十条が惹かれていく訳も解ってくるような気がするもの。この人は産まれつき人を温かくする陽のある人だ、私とは また違った意味で道を歩んできたのだろう。
「それにしてもあなたは面白い、病室で会うのが変な感じだ」
「本当にそうね。へー、噂とは全然違うわ。沙織さんって意外に可愛いところあるものね」
「そ、そうなのか?」
戸惑うあいつを見ていると少し面白く感じてしまうのだが、真菜香さんは一体私の事をどう感じて思っているのだろうか よくわからないものだ、多分私と同じ感覚だと思いたいものだけども・・それは個人の判断に委ねられるだろう。
「女同士にしか解らないことがあるものよ。う~ん・・弟、ちょっと退出してくれない」
「ええっ!! おいおい、俺だってもう少し・・」
「いいから、さっさと出て行った!」
そう言って真菜香さんは強引にあいつを病院から追い出すと私と2人きりの空間を作り出す、本当にこの人は病人では ないと疑いをより持ってしまう。
82 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:47:26.48 ID:rhkoijBH0
「さて、これで私達だけね。色々とお話でもしましょうか」
「ああ。私もちょうど退屈していたところだし」
「こっちも病室ばっかりだから退屈よ。こう見えても余り同姓の知り合いいないし」
「そうなのか?」
「私こう見えても女性からは嫌われやすいのよね、やっぱり見てくれや性格によるものかしら? 小学校の頃はよくムカツク女子をどついたりしていたからそれが一因かも・・
まぁ、そんな事考えたって仕方ないんだけどね!!」
口の方もかなり元気なものであらゆる事を私に話しこんでくれる、それにさっきとは違って私の前だと本当に自分自身に ついて簡単に話してくれるのを見ると私と同じで同姓の友人が全く居ないのかもしれない、話の内容も聞いていて 本当に楽しいものなので私としても何か話したい気分だ。
83 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:47:44.61 ID:rhkoijBH0
「しかし、よく自分の事を何ら抵抗もなくこうやって私に話せるられるな」
「沙織さんに話すとなんて言うのかな? 落ち着ける感じがするのよ」
「自分ではよく解らないな・・」
「解らなくて良いのよ!! さて、私ばっかり喋っていてもなんだから今度は沙織さんが喋ってよ、どんなことでもいいからさ」
ニコニコしながら今か今かと私の話を待っている真菜香さん・・私の過去など聞いていても余りいい物じゃないと思う のだが、それを判断するのは他ならぬ真菜香さん自身だ。それにこの人と一緒に居るとどことなく落ち着けられるし 不思議と安心する事が出来る、私はゆっくりと一呼吸すると今までの自分自身が歩んできた事を洗いざらいに 話すことにしよう。それにこの人なら私が経験して隠し続けていた女体化の事も何ら抵抗なく受け止めてくれるに 違いない、何だか解らないけどそんな事を確信してしまう。
私はゆっくりと真菜香さんに少しずつ自分の生い立ちを語り始めた。
84 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:48:40.49 ID:rhkoijBH0
「沙織さんって女体化経験者だったんだ。どうりで他の女性とは違うと思った」
「驚かない・・のか?」
「ええ、女体化だけで判断するつもりなんて毛頭ないし。 私は沙織さんがどんな過去を歩んでいようが今こうして話せられることで嬉しいしね」
「そうか」
それから私も真菜香さんに心を委ねられたのか時間を忘れるほどに話はドンドン進んでいく、元々私達はどこか 波長が似ていたので話を合わせなくてもお互いに楽しく会話のやり取りをする事が出来る。
「んで、女体化の事は十条君やヘタレ弟に話したの?」
「い、いや・・それがまだなんだ。まだ踏ん切りがつかない」
「そうか。私は無理強いはしないけど・・いつか話せる時が来るといいわね!」
「ありがとう。・・ところであいつや十条とはどういった経緯で出会ったんだ?」
ここぞとばかりに私も話のほうをそちらに持っていく、聞くところによるとあいつの一番上のお姉さんである留美さんが 十条に真菜香さんを紹介したのが始まりと聞いている。あいつよりも常識力もあり、口が巧くて受け身のうまい十条なら 簡単に女性とは付き合うことが出来るものだと思うのだが、何で留美さんに頼っていたのだろうか?
そんな私の疑問に真菜香さんはクスクスと笑いながら答えてくれる。
85 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:49:42.59 ID:rhkoijBH0
「実はね、十条君はああ見えて結構不器用なの。初めて私と出会ったときなんてかなりぎこちなく喋っていたんだから 思い出すだけでも笑えるわ!!」
「意外だな・・」
「でも、ああ見えても十条くんは色んな事を一人で乗り越えちゃっているのよね。 でも悪く言えば人に感心が濃過ぎるのよ、それでも私の前では滅多に弱みは見せないし泣いた事すらなかったわ。 いつかはあの顔を涙一杯溜めてやりたいわ!!」
十条の性格をここまで的確に解っているとは流石に付き合いの長さは半端じゃないらしい。
「そこまで解っているなんて・・好きなんだな、十条の事」
「あ、あのねぇ・・すすすす、好きってもんじゃないわよ!!! わ、私がいないと何も出来やしないんだから!!!!」
顔を真っ赤にさせながら真菜香さんは十条に対する感情を私に出してくれる。本当に分かり易い人だ、だからこそ 十条とも長年付き合えたのだろうしこうやって愛し合えたのだろう。
「そういえばヘタレ弟を置いてきぼりにさせたわね。ちょっと重要な話もあるし」
「ああ、ちょっと呼んでくる」
「頼むわ」
一旦病室から出るとあいつはすぐそこの病院の壁に縋って眠りかけ・・というか眠りに入っている状態だ。 このまま起こすのもちょっと可愛そうな感じなのだが真菜香さんの事もあるので何とか揺すってあいつを起こす。
86 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:50:21.01 ID:rhkoijBH0
「おい、起きろ」
「う、う~ん・・沙織か? 話は終わったのか」
「ああ、そんでもって真菜香さんが伝えたい事があるらしいから病室に行くぞ」
「あ、ああ・・」
強引に起こされて少しだらしない感じだが、あんな体制でよく眠りに入れるあいつは将来大物になるのかもしれない。 再びあいつと一緒に病室に入って行くと、開口一番! 真菜香さんの声が病室内に響き渡る。
「こらっ! ヘタレ弟!! 少しはシャッキっとしなさい!!!」
「はっ!! る、留美か?」
「あんたね、自分の姉と友人の彼女を間違えるなんていい度胸してるわ。沙織さんも大変ねぇ」
「もう慣れた」
「フフフ、本当にヘタレ弟は良い彼女をゲットしたわね」
真菜香さんが少し笑いながら一息入れると重要な話と言うものを口に出す。
87 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:51:21.44 ID:rhkoijBH0
「実は明日で晴れて退院できるの、それでまた復学させて貰うわ」
「重要な話って・・それだけかよ。お前に限ればそう滅多に珍しい話ではないのに」
「別にいいじゃない。学校に行けば新藤さんの妹さんに会えるんだから」
「ぶ、部長のこと・・知っているのか?」
まさか真菜香さんと部長がこんな形で繋がっているとは思ってもいなかったが、最初にあいつが部長の事を言ったら すんなりと勝手に聞かなかったのも納得がいく。一体2人はどういう関係の繋がりなのだろうか?
「石崎と部長さんのお姉さんは麻雀仲間らしい、こいつこう見えてもギャンブルが大好きなんで一時期は中毒寸前まで やっていたって豪語していたぐらいだからな、今まで借金抱えてなかったのが不思議なぐらいだ」
「ギャンブルはお金のやり取りじゃなくて掛けとスリルがあるから面白いんじゃない。これだから素人は・・ まぁ、もうここ最近はやってないけど」
(まさかこんな形で部長と繋がるなんて・・)
「それに妹さんは今までにも私の事を題材にした劇や役も作り出すし、使用料請求したいぐらいよ。 お見舞いには時々来てくれて話に付き合ってくれるからいいけど」
そういえば過去の劇に真菜香さんと同じ境遇の役がちらほらと見受けられたのだが、まさか真菜香さんを参考に 作られたとは思いもよらないものだ。
88 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:52:37.76 ID:rhkoijBH0
「退院したら雀荘で麻雀でも打とうかしら」
「もうギャンブルはしないって十条と約束したんだろ? それに復学するにあたって高校の単位とかは大丈夫なのかよ」
「これでも入院していたときにはちゃんと宿題はやっていたし、特別に学校から単位や出席日数はもらってあるから 大丈夫よ」
「真菜香さんはどのクラスに当たるんだ?」
「残念ながら隣のクラス。でも沙織さんには会おうと思えばいつでも会えるからその点については問題はないと思うわ」
ケラケラと笑いながら真菜香さんはゆっくりと腕を伸ばす。 時間を少し見てみると既に面会時間が終わり掛けだ、それに明日からいつだって真菜香さんと会えるのだから そう悲観する事はないだろう。
89 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:52:56.83 ID:rhkoijBH0
「おい、そろそろ・・」
「そうだな。石崎、俺達はもう時間だから明日学校で・・」
「ええっ~!! もう少し居なさいよ」
「悪いがそろそろ帰らないと真理にどやされるんだよ」
「だからヘタレ弟なのよ!!」
真菜香さんの言葉にあいつは当惑しながら少しばかりアタフタしてしまう。でも裏を返せばそれだけ私達子こうやって 喋っていられるのが心から嬉しいのだろう、それでも明日になったら会えるのでその日まで待つのも悪くはないだろう。
「明日は復学したら私達と会おうと思えばいつだって会える。それまで待つ事も大事だぞ」
「う~ん・・それもそうね」
「さて、帰るか。もうしばらくは大人しくしてろよ」
「へいへい・・明日楽しみにしてる」
ふと漏らした真菜香さんの言葉に私は彼女の本心を垣間見る事が出来たような気がしてくる、彼女は本当に一言では 表しきれない人なのだ。
90 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:53:43.67 ID:rhkoijBH0
「どうだった、十条の彼女は?」
「そうだな。確かにお前の言う通り一言では表しきれない人だ」
帰り道、あいつと一緒にのんびりと帰るのは随分と久しぶりのような気がする。 それにしても今日は思わぬ人物と出会ってしまったものだ、あそこまでそこ抜けて明るい人が病気になっているなど 私にとっては信じられないの一言でしかない。だけどもさっきの真菜香さんを思い出すとかすかな脆さも同時に感じて しまうのも確かだ、本当に不思議な人と出会ってしまったものだ。
「でも彼女は内心では寂しい思いをしているんだろう。そんな感じがした」
「そうか・・今日は面白かったか?」
「ああ」
少しばかりの面白さと不安を覚えながらも私はゆっくりと夜空を見上げる、星が煌びやかと光る印象的な夜空が 私達を心地よくさせた。
91 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:55:17.28 ID:rhkoijBH0
初めて奥さんと出会った事を思い出すと少しばかり胸が締め付けられるような感じだ。
「それから・・お母さん学校行けたの?」
「ああ、でも入退院で復学繰り返していたけどちゃんと私達と一緒に卒業は出来たぞ」
「それに彼女には役について世話になったからね。本当に愉快な人だったわ」
「私のお母さんってそんなに凄い人なのね」
考えて見れば香織ちゃんは自分の本当の母親を知らずにして育ったようなものだ。 いくら私達が奥さんの事を話していても香織ちゃん自身は奥さんがどんな人物なのか解らない・・人の言葉でも 推測や憶測だけでは中々掴む事は難しいだろう。
92 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:55:39.62 ID:rhkoijBH0
「ああ、本当に凄い人だったさ。 奥さんと出会ってから私は何でも話せられる同姓の友人を持つ事が出来た、奥さんが入院してからも時間の許す 限りは病室に行って楽しく喋っていたな」
「どんなお話なの?」
「将来の夢とかだな。それに私が本格的に演技の勉強に打ち込むためにアメリカへ留学する話もあいつより真っ先に 奥さんと相談したぐらいだしな」
「へー、それは意外ね。沙織が平塚君より彼女に真っ先に話してたなんて・・」
「奥さんとは姉妹のような感覚でしたからね、話し易かったんですよ」
アメリカ留学の時もあいつとの結婚を決意した時も私は奥さんに話を聞いてもらいながら自分の中にある不安や 緊張などを取り除いてもらって私を元気にしてくれる。奥さんは私にとって元気の源であると同時に何よりの心の支え でもあったのだ、あいつの事は無論愛してもいるし一生を掛けられると確信はしているが・・奥さんにもそれに似たような 感覚が感じられる。
奥さんのお葬式の時もあいつや十条はあの時私は2人の子供を抱っこしていて決して泣かずに淡々と様子を見守って いたと言う、あの時はあまりよく私も覚えてはいないのだが仕事を暫くは休業して子育てに専念した覚えがある。
人間の記憶と言うものは本当に曖昧なものだ・・
93 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:56:27.46 ID:rhkoijBH0
「さて、久々に昔話したら飲みたくなったわ」
「じゃあこれから3人で・・」
「あのねぇ、私は未成年誘うほど耄碌してないの。それにたまには2人で歩いて帰りなさい」
そう言いながら部長は荷物をまとめてそそくさと立ち去っていった。多分部長なりの心配りだろう、部長には余り 心配を掛けまいと平静を装っているつもりだったのだが・・やっぱり色々と見抜かれているようだ。
「それじゃ私達もここで帰るとするか」
「はい。沙織さん、今日は色々とありがとうございました」
「何、私も普段とは違って良い刺激になって嬉しかった。慶太や來夢は来させた事がないからな」
考えて見れば身内を現場に連れてくるのは初めてだ、元々私は仕事とプライベートは別々に分けているのがモットーで 自宅には俳優仲間や芸能関係は全てシャットアウトしている。私のような職業になると自分が気がつかないうちに 周りが勝手に色々動いてなにやら不穏な動きをしている、それらに自分の家族は絶対に巻き込みたくはないのが本心だ。
今回は部長が色々と影から手回しをしてくれたお陰で何事もなくいけれたのだが、次はどうなるかどうかわからない・・ 考えようによっては引退も考えておいた方がいいだろう。
94 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:57:08.64 ID:rhkoijBH0
「それにしても既に進路が決まっている來夢はともかくとしてあいつは見ているだけで本当に不安だわ!! 進路とか色々と考えているのかしら・・」
「まぁ、そう言ってやるな。慶太だって自分のことはちゃんと考えているはずさ」
「だけど器用貧乏な感じがして不安なんですよ・・きっと私が居ないと何にもできやしないわ!!」
(似ている。奥さんと・・)
日に日に香織ちゃんを見ていると亡くなった奥さんを思い出す、奥さんが亡くなってから私は自分の子供と共に 香織ちゃんを自分なりに育て上げたつもりだがやっぱりどこか引け目を感じてしまう。私じゃ奥さんの代わりには なれないのだろうか?
「沙織さん? どうかしたの・・」
「ちょっとな・・昔の話をしてたらかなり感傷に耽ってしまったようだ」
「お母さんの事?」
「まぁ、奥さんとはいろんな事が沢山あったからな。私にとってあの人は支えみたいなものだ」
病にも負けずに懸命に生きて私の支えとなってくれた奥さんは本当に強い人だ、香織ちゃんもその片鱗を私達によく 見せつけてくれる。そういったところを見られるのは嬉しいことだし私としても喜ばしいものだが、そういったところを 見ていると何故だかはわからないがどこか哀しさを覚えてしまう。
95 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2008/07/02(水) 18:57:30.65 ID:rhkoijBH0
「子供が大きくなるのもあっという間だな、私も歳を取ったかな。奥さんは今の私達を見て何を思っているんだろうな・・」
「沙織さん、きっとお母さんは沙織さんにとっても感謝しているわ!! だって、私をここまで育ててくれたのはパパにおじさん・・そして沙織さんだもの」
「そうか・・」
「だから一緒に帰りましょ!!」
「(そうか・・あなたは生きているのか)ああ、帰ろう」
香織ちゃんが差し出してくれた手には微かに奥さんの温もりを感じながら私はゆっくりと立ち上がった。
―fin―
最終更新:2008年09月17日 19:59