『蒼い炎』(6)

387 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/06(月) 16:07:14.87 ID:R7nABdm/0

人としての心構えと言うのを考えたことはない、大学に入学できたことも当然のことだと思っていたし 過信はしていなかったが自分の実力を完全に信じ切れている。・・だけども昨日の一件で俺は自分自身の能力に 僅かだが少しだけ疑問を覚えるようになる、疑心暗鬼とは言わないものの今の俺はあの葉山 理嗚が心の中で 存在していて忌々しい・・いくらその存在を抹消しようとも図々しく俺の心の中に住み込んでおり完全撤去も かなりの難易度を誇るだろう。

それにあんな女1人に翻弄されるなどと考えるとイラつくものだし殺意に近い黒い感情すらもわいてくる・・あの女は 存在そのものが危険な物体だ。

「・・こんなものか」

来週に提出する論文をじっと見つめると俺はじっと食堂の周りの風景を見つめてみる、珍しくも今日は理嗚がいなく 俺は久々にゆっくりと1人で食事することができるようだ。それもそのはずであんな女としょっちゅう昼飯を食べていると 腹の探りあいで疲れてしまう、偶然とはいえ久々に1人で昼飯を食べられる機会などめったにない。

あの女がいないだけで胸がスーッとするなんて少しだけ笑ってしまう・・

388 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/06(月) 16:08:30.07 ID:R7nABdm/0

(あの女がいないだけでこうも食事に影響が出るのか・・)

かけうどんを食べながら俺は底知れぬ満足感に浸っていると安堵のため息をついてしまう。 こんな光景も数ヶ月前までは当たり前のように享受していたのだと思うと妙に感慨深くもなってしまう、思えばあの女と 初めて飯を食べたときは偶然ここに立ち寄っていたのだがいつしか図々しくも俺と一緒に食事をするようになって しまって慣れてしまった自分には心底うんざりもさせられたが日常に慣れてしまうのは致し方ないだろう、気を取り直し てかけうどんを食べながら論文をじっと見つめるがどうもしっくり来ない部分がある、今まではこうやって1人で食事を していることに慣れてきたし当たり前だと思ってもいた。だけども俺の体は想像以上にあの女に馴染んでいたらしく 何年も慣れ親しんだこの光景に少しだけであるが違和感を感じてしまう。

あの女は・・俺の想像以上に心の中で巣食うようになってきているようだ。

「せっかく1人で飯が食えたのに何だこの感覚は・・?」

久々に1人で飯を食べるのだが、どうも変な気持ちが俺の中で錯綜してよくわからないものとなっている。 前にあの女は俺のこの気持ちに対して寂しいと評価を下した、人間的な欲求を満たしてもそれがかえって虚しく 馬鹿馬鹿しいと思えてくる・・それが寂しいという感情らしいのだが、そんなものはただの気の迷いであって決して 俺は寂しくないとは自負しているのだが・・あの女と関わってからは俺の心境は知らないところで少しずつ変化して いるのだと考えてしまう・・今までの俺の性格だとそういったものはきっぱりと切り捨ててしまうのだが、最近はどうも そういった考えを捨てきれずに脳内の引き出しの奥底にしまわれることが多くなっているような気がする。 性格の軟化・・とまでは言わないが俺の中であいつに対するイメージが変わりつつあるのは確認できる。

かけうどんを食べながら俺は何かを吹っ切れたい一身で論文の修正に全神経を集中させた。

389 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/06(月) 16:13:13.01 ID:R7nABdm/0

あの後、結局俺は今までとは違う何かに吹っ切れるはずもなくどこか物足りなさを感じながら今までと同じようで 違う生活を送っていた。勉強で今まで吹っ切れられなかったものはなく、俺はこのやり切れない気持ちをどう 晴らしていいのかがあまりよくわからなかった、そんな不安定な気持ちのままでバイトに望んでもたいした結果など 出るはずもなく、少しばかり調子が狂ってしまう感じだ。

「ありがとうございました」

客が店を出るのを確認すると俺は再び商品の確認を再開する、深夜帯に入ると客の数も微妙となり割と暇な時間帯で レジを傍らに商品のチェックや搬入などが主な作業となる。思えば俺みたいに週5で夕方から深夜までバイトをする 人はなかなかいないだろう、コンビニのバイトと言うのは融通がとてもよく利くものでそれ故にバックれるやつもたくさん いてたくさん出ている俺にお鉢が回ることも多々あるもので少し困りものである。 まぁ、余分にでても時給に反映されるので少しばかり豊かな生活も送れることも事実なのだが・・

「・・それにしても俺はどうしてしまったのだ」

一度ひびが入ったものは時間がたてば自然とひびは大きくなり崩壊へとつながる。俺は今までの自分を保つのに これほど苦労したのは初めてだろう、あの女がいないだけでこうも変わっていく自分に嫌気に近いものが差してくる。 こんな状態で仕事も満足にできるはずなく、今のところは些細なミスはしていないもののどこかしっくりこない気分で あった。そういったのを動揺の表れと言うやつなのだろうが俺はまだそれを認めたくはない、あの女がいないだけで こうも俺の周りががらりと変わってしまうような感覚・・異様な気持ち悪さが俺を包み込んでいた。

390 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/06(月) 16:17:04.71 ID:R7nABdm/0

「品物はああやってチェックするんだ」

「わかりました・・」

今日も新しく入ってきた新人に普段の業務を教え込む、前に教えた新人は一通り覚えた後にすぐにばっくれやがって すぐにクビになりこうしてまた新人が入ることとなるのだが・・こうして何度も新人に教え込むのも疲れてくるもので 人と接することが苦手な俺にここまで人と接するのは精神的な苦痛に値する。 それに俺がこのコンビニで働いてから新人が入ってくるのだが、どうも長く続かなく早くて3日・・よくて5ヶ月くらいには 辞めてしまうものが多い。ほかの奴らの間では俺のことを新人殺しと評しているようなのだが、そんなものは俺には 関係ない・・勝手に辞めた奴の責任で俺はちゃんと指導しているしやめたやつのことなんていちいち気にしてたら きりがない。

現在もこうやって新人に普段の業務を教え込むのだが・・この女性の新人はいったい何日まで持つのだろうか。 店長に聞けばこの新人は女体化経験者のようであるがそれとは思えないほど言葉遣いは丁寧だし、俺が一番 気に食わない男言葉を使ってくる気配すらない。それに飲み込みも早く2週間程度でレジのことは覚えたようだ。

「・・一通り覚えたらそっちのほうを手伝ってくれ。今日は商品の数が多い」

「はい・・」

愚直に俺の言うことを聞く新人を見ながら普段の業務をこなし続けていくのであった。

242 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/08(水) 16:23:33.25 ID:Jm8tf5O90?

翌日、いつものように食堂へ向かうと昨日が幻想と言うのを思い知らされるかのように何食わぬ顔をしながら じっとかけうどんを食べている。その姿がかえって苦々しくも嫌に新鮮に見えたのは気のせいだろうか・・?  いや、気のせいですんでほしいのが俺の意見だ。理嗚はそんな俺の心境を見透かしたような視線で見つめながら いつものように物静かな口調で俺を出迎えてくれる。その姿が俺にとっては非常に憎々しい・・

「元気そうね」

「・・お前に言われたくない」

いつものように腹の探りあいをしながら俺は静かにかけうどんを食べながらじっと論文を見つめていると 時折理嗚の冷たく射抜く視線が痛々しいものの何とか耐えながら俺は目を合わせないように心がける。 そんな俺を理嗚はじっと見つめながらとある小包を俺に差し出した、見たところによると英語がしきりに書いてある ので察するに海外のものみたいだ。

「お土産よ。・・昨日は親の都合で海外のパーティに行ってたの」

「結構だ。お前に何かもらうなら女体化したほうがマシだね」

「・・連れないわね」

そういって理嗚は小包を鞄にしまうといつものようにかけうどんを食べながらじっくりと俺の動向をかがっているようで あり、いつものならうどんを食べながら俺に憎まれ口をたたくのが常であるが・・今回の理嗚はいつもとは違い顔は 相変わらずの無表情を保ったままじっと静かにかけうどんを食べているものであるのだが、視線のほうは何かもの 言いたげそうな感じでじっと静かに俺の言葉を待っているようであった。 この女に乗せられるのはますます気に食わないのだがそれ以上にこいつの視線が必要以上に俺に語りかけてくる ので仕方なしに俺は意思に反して言葉を開口させるしかない。

しばらくの静止が続く中・・俺はようやく理嗚に言葉を投げかけることにした。

244 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/08(水) 16:26:15.81 ID:Jm8tf5O90?

「何か・・言いたそうだな」

「あなたにこんなこと言いたくないけど・・明日1日だけでいいから私に付き合ってくれない?」

「――ハッ、お前とか? だったら余計にお断りだ。ただえさえお前自身の存在が煩わしいのに1日一緒だと 心臓発作を起こしかねないな」

こいつと1日ずっといる・・考えただけで悪寒がしてくる。それだけではない、こいつは俺が最も忌み嫌う女でこうして 一緒に腹の探りあいをしながら昼飯を食べるだけでも精神的苦痛があるのにこれが1日も続くとなると俺の精神的 ダメージは考えるだけでも計り知れないものでこの女の存在がどれだけ俺に悪影響を及ぼしているか嫌々ながら もわかるものだろう。たとえ何かの策略であってもこいつと一緒にいるだけは勘弁願いたいし関わりたくもない・・

そんな俺の思想とは裏腹に理嗚のほうは瞳の色がどこか少し悲しげな感じであったのだが・・この事も想定内 だったのか目を瞑ると最初と同じように落ち着いた口調で俺にやんわりと語りかけてきた。

「・・あなたならそう言ってくると思ったわ。本当にあなたって私が嫌いなのね」

「何度も言ってるだろう。俺はお前と一緒にいるだけで反吐が出る」

「そう・・」

一瞬だけだが理嗚の表情が少しだけ強張っていた様な感じがしていたのだが、気にしないことにする。 いちいちこの女の言動に気を止めていたって仕方のないことだから・・ま、追い討ちをかける意味でもこいつから 真の目的をいぶりだす事にしよう。ただえさえこの女には手玉に取られたような感じで言いくるめられたことが あるので、今度はこちらから理嗚を言いくるめる番が来たのだ。 思えばこの女がその静寂な表情を保ちつつ俺の目の前で必死に堪えながら苦痛を与えるのも悪くない、この女と いるだけで俺はそれぐらいの苦痛をこの女から受けているのだ。

245 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/08(水) 16:28:01.66 ID:Jm8tf5O90?

「・・何が狙いなんだ?」

「大したことじゃないわ、昨日のパーティでしつこく私に言い寄るお金持ちの日本人がいてあなたを利用して 追っ払おうと思ったんだけど・・別の方法を考えるしかなさそうね」

「いっそのこと付き合ってやればいいだろう」

「・・残念だけどそれは無理ね。私は昔からそういった下らない男とは付き合わないことにしてるの」

いつものようにかけうどんを食べながら理嗚は強がりもなく涼しい顔で俺に詳しい事情を説明してくれるのだが・・ あの強張った表情はいったい何から来たのであろうか? それにしてもこの女に下らないと評されるなんてどのような男なのかは見てみたい気もするのだが・・こんな奴と 関わっていたら何を握られるかたまったもんじゃない。

「あなたはいつまで今の状況に甘んじてるの? 大学を卒業して一般企業に就職しながら定年を迎える・・ そんな平凡な生き方あなたには似合わないわ」

「お前に俺の将来なんぞ語られたくない。それに今の時代は将来よりも安定のほうがずっと確実だ」

「・・あなたにはそんな生き方なんて似合わないわ」

こんな奴に俺の行き方など決められたくはない、確かに人から見れば下らなく平凡な生き方に見えるかもしれないが 俺にとってはこうした安定した生活が実を結ぶことを知っている。バカみたいに現実から目をそらして夢という まやかしを追い続けている夢追い人とは違って現実を見据えて生きて意向と思う。 人間の社会・・公正さという実態など不条理から出来上がるものであって、如何にその不条理をうまく利用しながら 地位を保ち続けるのが今後の人生において安定した生き方をしていくかどうかで、持て余した暇は仕事で消えて 行くのでそこらは心配ないだろう。

246 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/08(水) 16:29:27.44 ID:Jm8tf5O90?

「平凡だろうが俺は安定した生活が望みだね」

「・・でもそういった生活はいずれは飽く、平凡な日常は新鮮味を欠いて面白くないわ」

確かに何年も同じことの繰り返しだと人間はいつか飽きるだろう。だけども面白みなど必要はない、のうのうとした 生活だろうが安定しているのには違いないのだから・・

「それにあなたはそれで終わる人間ではないわ」

「・・俺を過大評価してくれるのは勝手だがな、出世する気なんてない。 それに最低限生活できるならどんな地位でもかまわん」

「愚直なまでに現実的ね。あなたらしいといえばあなたらしいけど・・」

そういって理嗚はちょうどかけうどんを食べ終えながら俺をじっと見つめる。こいつはどうも俺を過大評価している みたいなのだが、俺はいくら勉強ができても上に上がる人間ではないし人を指揮する力など到底ありはしない。 先のことなど余りよくわからないのだが俺の見立てている計画では平凡でもいい平社員でもいいからとにかく 定年ギリギリまで会社に居続けて仕事もして給料も貰えるだけもらう・・後は何か適当なことをして死ねばいい。 結婚して子供を産むのは今のところはごめんだし多分今後もそういった感情は存在しないだろう。

だけども理嗚の視線はなにやら俺の将来を予感している感じがしてならない・・

「ま、だけども・・今はこの残り少ない大学生活をエンジョイしましょ」

「・・お前とまだ1年近くもいるとなるとこっちとしては困り者だ」

かけうどんの温もりが体にしみる、大学3年生の冬の出来事であった・・


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最終更新:2008年09月17日 20:14
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