『蒼い炎』(8)

748 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/14(火) 10:55:09.75 ID:+QgqDdBP0

兄の部屋を後にした俺はいそいそと帰る支度を始める。これ以上この家に居続ける理由もないし、何よりも俺は 1人でいるほうが気が楽だ・・

「もう帰るの?」

「ああ、明日もバイトだし大学に提出する論文とかもまだやり残しているから」

「・・あいつにも会ったのか? 全くあいつはお前と違ってまともな職業に就こうとはせんから困る」

「まぁまぁ・・父さんの気持ちはわかるけど人と比べるのはプレッシャーになるから余り良くないよ」

本心でもないのにこうも自分を偽れるのも大したものだろう、昔から兄は勉強については劣っていたので俺は余り 両親から叱られることが少なかった。ま、今の両親は兄をうまいところ定職についてもらうのに苦労しているようだが 俺にとっては関係ない。兄もそれなりに水商売を楽しんでいるようだし余計な口出しは下らないし無用だと思うのだが・・

どうも俺の両親は少なからず世間体とかを気にしているようだ。

「お前はあいつと違って大丈夫そうだからいいがな」

「お父さん! あの子にももう少し期待してあげて。・・じゃ、体には気をつけるんだよ」

「ああ」

淡々とした言葉の中に意味などはない。俺は両親と淡々と会話をした後、止めてあった車に乗ると家に向かって 走らせることにした。車を走らせながら俺は今後の予定をじっくりと考えてみる、当分は就職活動と卒論で大変だと 思うがそれさえ乗り越えられれば文句なしに安定した生活を送れるだろう。それに俺は兄とは違い仕事は仕事と 割り切っていくため私情はなるべく挟まないように心がけながらこなしていきたい。仕事に楽しさなどと言う下らない 感情を感じてしまうのは有り得ないだろう。日常の一部として解釈すれば何にでもないのだから・・

751 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/14(火) 10:57:14.97 ID:+QgqDdBP0

(ま、いつまで考えたって仕方ないか。・・ん、あれは)

信号待ちの時、車の中で周りのじっと見つめていると横の歩道に理嗚の姿がチラッとだけ見える。 素直に無視すればいいのだがなぜこの近くに理嗚がいるのかと思うとどうもそわそわしてしまう、普通なら単なる 偶然で片付けられるのだが、こいつの場合は前にコンビニやファミレスのこともあるので気が気ではない。 だけども冷静によく見てみると前の状況とは違い今回は本当に偶然なようで理嗚のほうもまだ完全に俺に気が ついていないようであった。この緊迫した空気をタバコで落ち着かせると俺は忌々しい理嗚の存在を消すことで この場の平穏を願うほかならないだろう。

どうも渋滞が激しい大通りに出てしまったみたいで赤信号が余計に長い・・タバコの本数が徐々に増えていく中で 助手席から軽くノックをする音が聞こえてしまい、俺はチラッとだけ音のする方向に向いてみると・・案の定あの女が いた。呼ばれた以上は何らかの反応を示さなければならないだろう、窓を開けると理嗚はいきなり助手席の鍵を 開けるとそのまま席へと座った。こいつに人としての礼儀と言うのは存在しないのだろうか・・?

「さっさと車から降りて自分の家に帰れ。お前みたいな奴が着たら事故してしまう」

「ごめんなさいな運転手さん。お金ならちゃんとあるわよ」

「人をおちょくるのもいい加減に――」

「・・前」

理嗚に指摘されると車が動き出していたので慌てて俺は運転に集中することにする。味を占めたのか、隣でのうのうと タバコを吸いながら優雅に落ち着いている理嗚をみるとどこか腹も立ってくるがとりあえずは運転に集中するため 怒りを抑えながら運転するが適当に回って人気の少ない暗い夜道に置いていけばいいだろう。

752 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/14(火) 10:58:49.83 ID:+QgqDdBP0

「それよりもお腹減らない? あなたのことだから晩御飯はまだでしょ」

「・・・」

こいつの言うように俺はお腹が減っておりレンタカーを返す前に帰りに近くの店で腹ごしらえをしようと思ったのだが 運悪くこいつが無理矢理俺の車に乗り込んだせいで余計に時間を食ってしまう。この女を引き摺り下ろすのは 後回しにして今は先にこの空腹を何とかしたほうがよさそうだ、実家にいたときは母親から一緒に食べないかと 言われたのだが、断っておいたのが裏目に出たようだ。 とりあえずは不服ながら図々しいこの女と一緒に飯を食わなければならないだろう、それにしてもこの女はいったい 何者なのだろうか? なんだかさっきのこともすべて仕組まれていたような感覚もするのだが空腹感のせいで これ以上考えることを許さないようだ。

「ここら辺に行きつけの良いお店があるの。そこによってちょうだい」

「・・お前に指図されるのは気に食わんが仕方ない」

結局、理嗚の提案を渋々ながら飲むことにしたのだがどうも嫌な感覚がして車を進めるのに躊躇してしまう。 理嗚に案内さながら車を動かしていくとだんだんと大通りの中心地へと向い、適当な駐車場で車を止めると高級感が 漂う店へとたどり着いた。行く前に俺は自分の財布を見てみるがどうもこの店の料理など到底食べられる料金など 存在しない。だけども横にいる理嗚は堂々としており余裕たっぷりの表情だ、まさかこいつにはそれ相応の金額を 持ち歩いているとでも言うのか・・

753 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/14(火) 10:59:18.98 ID:+QgqDdBP0

「さ、行きましょ」

「おい、結構高そうな店だぞ。それよりもこんな格好しているだけで・・」

「構わないわよ。お金のことなら私の奢りだからあなたは心配要らないわ」

結局俺は成すがままに流れを理嗚にリードされたまま料理店の中へと入っていくと豪華な外装とぴったりで見るから に高級感を放っており自分が場違いだと思ってしまうぐらいだ。店内は優雅なクラシックの曲が生演奏されており、 周りの人間はドレスや紳士服といったそれ相応の格好をしながら料理を楽しんでいる中で俺たちは明らかにこの場の 調和からしてもかけ離れているような格好だ。

そんな俺たちを店員が出迎えたのだが、理嗚のほうを見ると驚いた表情をしながらいそいそと応対をし始める・・ なんだか店員のほうは理嗚のことを畏怖の対象としてみているようであった。

755 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/14(火) 11:01:12.74 ID:+QgqDdBP0

「これは理嗚様――!」

「見てのとおり食事に着たわ。席空いてるかしら?」

「ええ・・それよりもそちらの方は? そのような格好だと店の外装が・・」

「彼はただの連れよ、そんなに店の外装が気になるなら後でこちらから慰謝料でも払うわ。 ・・それよりも早く席に案内してちょうだい」

「か、畏まりました・・」

一連の行動を黙ってみているがこの女は俺の想像以上に得体の知れない何かを持っていることは容易に想像できた。 理嗚の言葉には一つ一つに凄みがあり聞くものすべてを畏怖の対象にまで落としかねない威力を発揮するだろう、 ただのおかしな女だと思っていたのだがどうやらこいつのバックには相当の力があるらしい・・だとしたら今までの 余裕やおかしな行動などにも合点が行く部分もある。俺は物の見方を少しだけ変える必要があるのかもしれないが、 考えすぎもあまりよくないものだと思う。席に案内されるのだがかなりの品位を誇っておりますます俺が場違いなの だろうと思わせるほどの感じだ。

そんな理嗚はいつもの調子に戻りケラケラと笑いながらそっと俺のほうへワインの入ったグラスを差し出した。

756 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/14(火) 11:02:29.13 ID:+QgqDdBP0

「・・さて、乾杯でもしましょうか?」

「ああ・・」

チンッとガラスの奏でる音が響きながらゆっくりとワインを飲むと運ばれてくる料理を少しずつ食べながらゆっくりと 言葉を開く。

「お前はいったい何者なんだ・・?」

「あなたが思っているとおり、ただのお金持ちのお嬢様よ」

「嘘付け、金持ちならもう少し穏便に済ませているはずだ。お前とほかの金持ちとの違うところは ほかの奴らよりも権力が強いからだ」

自分でも何言っているのだと言うぐらい馬鹿な考えだと思うのだが今までのこいつの行動を思い出すとこれしか 考えが思いつかない。虎の威を借りると言う言葉ではないのだが強大な権力を持つ金持ちの娘ならそれなりの力は 有りそうだし、さっきのような事だってこいつがさっき言った環境にいるということを考えれば容易にできるだろう。 だんだんと俺は葉山 理嗚という女の本質を俺は掴みかけたような気がする、いつまでも澄ました顔で俺を嘲笑える かと思えば大間違いである。

757 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/14(火) 11:03:14.98 ID:+QgqDdBP0

「・・あなたってどこか抜けてるわね」

「何だと・・」

「あなたの言うことが本当だったら私があなたと同じ学校に通っているはずがないわ。 それにああいった家は子供にもちゃんとした学歴をつけさせるのを強いるわよ」

「今はもうそんな時代じゃないだろう。そんなものは時代遅れだ」

「一般論としてはそれが事実ね。・・だけどね、お金持ちってのは世間の体制を非常に気にするものよ。 それにどこかの漫画や小説みたいにしょっちゅう経営戦争なんてしないわ」

クスクスと笑いながら理嗚は冷静に俺を圧倒していく、それだけ理嗚の言葉には説得力というものが存在していた。 淡々と料理とワインを口に運ぶ中で俺はじっくりと反論の言葉を考えようとしたのだがどうもしっくり来るものが なかなか出てこない・・考えれば考えるほど絡みつくような感覚でこいつの思想通りに事が運んでしまうということに なる。 ただえさえ今日はこの女に振り回されているのにこれ以上思うように事が進むのはおもしろいはずがない。 理嗚はじっと料理を食べながら俺を術中に嵌っているのを確認しているようで心なしかどこか楽しそうだ。

758 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/14(火) 11:04:03.99 ID:+QgqDdBP0

「・・でも一つだけ教えてあげる。私は確かにお嬢様だけどそこまでの力はないわ、 今もっているカードとかも半ば命令で持たされているだけ」

「随分と甘やかされているんだな」

「あら、甘やかされているって言う人初めてよ。変な家って言われるのが普通なんだけど」

「ここまで来ると突っ込む気にすらならん」

実質かけうどんが高級料理へと変わりない、優雅に音楽が流れる中で俺は料理を食べながらどこか別な世界を 感じてしまう。ワイン味わいがあって料理と見事調和しているしかなりのものだと想像できてしまう、メインにでてきた 子羊のフレッシュソース和えは絶妙なものだったのが記憶に新しい。

だけどもこの女の存在がどうも気になってしまうからどうも集中できなかった・・

760 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/14(火) 11:05:09.87 ID:+QgqDdBP0

「さて、デザートも食べ終えたことだし帰りましょ」

「本当にお前に任せて大丈夫なんだな・・」

フランス料理の流れに沿ってメンデッシュからデザートを一通り楽しんだとおいてあった俺は請求書に目を通すの だが、そこからこの料理の味は夢なのだろうと一気に自覚してしまう。請求書に記された金額を見ると今までバイトで 培ってきた貯金が一瞬で消し飛ぶぐらいなものでこの料理を食べるためにまじめに働くのが馬鹿らしくなってしまう。 しかし理嗚のほうは請求書をチラッと見ただけでも澄ました顔を保ったままで店員を呼び出すとそのまま例の クレジットカードを財布から取り出すと清算を軽く済ませて俺の手を引いてきた。

「さ、帰りましょう」

「またカードか」

「言ったでしょこれは私の奢り。帰りも頼むわ・・運転手さん」

気に食わない言葉なのだが顔の表情はそれとは対照的に理嗚の顔はとても無邪気でいつも俺に見せてくれている 無表情で物静かな顔とは違ってこれが葉山 理嗚という人間の有りのままの姿なんだろうと自覚してしまうものであった。

392 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/20(月) 01:09:14.31 ID:mDw78sPQ0

帰り道、タバコの煙が充満する車の中で再び理嗚と一緒にぶらりと走っていると俺はあの時の理嗚の顔をふと 思い出してしまう。今まで俺が見た中での理嗚は無表情で静寂な雰囲気に包まれたどことなく不気味な女で放つ 言葉にもどこか棘を感じさせられるものがあるし視線だってどこか俺の心を射抜かれた感じであまり心地よいもの ではない。だけどもあの理嗚の表情はああいった感じなど全く感じられなく、あれがこの女の素の表情なんだと 何の疑いもなく純粋に判断できるのだからすごいものだ。

「・・これから私をどうするの」

「さぁな・・」

「躊躇するなんてあなたにしては珍しいわね」

夢も終わり・・それを俺の体に叩き込むかのように理嗚は元に戻り、再びいつものように無愛想なまま不気味さと 醸し出しながら俺に接してきた。それに時折、妖艶に笑いながら俺の反応を愉しんでいる節さえ見受けられる。 俺は最初にこいつが無理やり車を乗ってきたときの心境を思い出すとやはり今からでも人気が少ない暗い夜道で この女を車から引きずり出そうと思う。今度はその気持ちをこの女に悟られないためにできるだけ顔はともかくとして 言葉にも匂いはつけないように心がける。

だんだんと俺は先ほどから通ってきた華やかな大通りから徐々に暗く人気も少ない夜道へと車を走らせることに したのだが、横でタバコを吸っていた理嗚が驚くべき発言を放ってきた。

393 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/20(月) 01:11:15.08 ID:mDw78sPQ0

「やることないんだったら・・今日は私を好きにしてもいいわ」

「――ッ!! な、何だと・・」

「言葉のとおりよ。今日限りは私はあなたの奴隷・・とでも言っておきましょうか?」

今までこいつの言葉には驚かされることもあったのだがそれは一時的なものであったと断言できる。 だけどもこの言葉に関して俺は今まで以上に驚いたことはなかっただろう、その証拠に車に急ブレーキをかけて しまい、周りを直視できなくなっているのだからよほどこいつの言葉に反応してしまったと言うことだろう。 だけどもこの女については全くといっていいほど俺は信用していないし、当然何か裏があるのだろうかと考えてしまう。 金持ちと言う人種を俺はあまりよくわからないのだがこいつの言葉だけは半信半疑だろうが信用してはいけないと 俺の本能が告げているのだが・・そのままじっと静寂を保ったままタバコを吸っている理嗚をみるとその本能が 揺らいでしまうのが情けなく感じてしまう。

ハンドルを握ったまま俺はタバコを吸いながらしばらく考えるとこいつに対するふと心境を思い出してしまう。 タバコを吸い終えると俺は静かに助手席の鍵を開けた・・

394 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/20(月) 01:12:23.17 ID:mDw78sPQ0

「・・すぐに帰れ。今日限りは俺の奴隷なんだろう? だったら今すぐ車から降りて俺の前から消えろ」

「本当にいいの? 今日だけは私を思いのままにしていいのよ・・」

「お前がそういうと余計に信用ならん。・・早く帰れ」

「そう・・考えればまだあなたには早かったわね」

最後に何か小声で言ったような気もするが何かの負け惜しみだろう。理嗚は暗い夜道であるにもかかわらずゆっくりと 車をから出ると笑顔で手を振ってそのまま立ち去って暗闇に紛れてすっぽりと消えてしまい、じっと俺はそれを車越し で理嗚の後姿を見つめていると無数に広がるその暗闇が理嗚そのものを表していたような感じでどこか不気味に 感じてしまった。

(あの女とは・・何があろうと絶対に関わるとろくなことにならんな)

平静を保ちながらハンドルから手を離すと握っていた手には若干の汗が浸っており、今までの俺が崩壊している のかと思ってしまう感じがするのであった。


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最終更新:2008年09月17日 20:15
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