53 名前:
◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/23(木) 01:24:12.79 ID:DOkVAh9O0
「相変わらず機械のように頑張るのね」
「・・お前もよくバカみたいにここに来るな」
「そうね、もう何年になるかしら・・」
この女と出会ってからというもののどこかしっくり来ない部分が多々ある。思えばいつしか俺はくだらない考えで 悩むことも多くなってきたしどうも思想も空回りしてくることも多いと思う、数日後に控えてある企業との面接に 影響が出なければいいのだが・・そういえば理嗚は大学を進学しても就職はせずに家のほうの手伝いをすると いっていたのだが、どうせ親のすねかじりでうまいこと就職でもするのだろう。 こいつの家は金持ちらしいのでそういった面では安心なんだろうが、だけどもコネ入社と言うものは余り良い気持ち でもないし周りからの視線もあまり良くないもので下らない恨みさえ買われることがある・・それにこの女に それなりの能力があることさえ疑問だ。
「おい、お前は卒論はいいのか・・」
「別に普通にやっているわ。ただあなたみたいに機械的にやらないだけよ」
卒論というのはそう楽なものじゃない、その膨大な量をこまめにこなすことが肝心なのだが普通にやっていっても 時間はかかるものだしそれなりに苦労するものだ。俺みたいに暇さえあればこまめにやるのが常なのだが・・ この女はどうも何らかの方法で一気にやっているのかと思ってしまう。 卒業したらこの女とはもう二度と会うことはないと思うが、こいつの存在感というものはそう簡単にはかき消せる ものではなく、仕事を続ければ忘れられると思う。 スーツのほうも購入は済ませたしバイトのほうもやめる手立てはつけてきたので後は企業との面接に全力を注ぐ だけだ、数日後にはとある企業との面接も控えてあるので気持ちを整えて落ち着いた行動を心がけたらいい評価に 結びつくと思いたい。
54 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/23(木) 01:25:08.31 ID:DOkVAh9O0
「相変わらず余裕があって羨ましいわ」
「お前にだけは言われたくない。ま、大学を卒業したらはれてお前とおさらばできるから良いのがな」
「ここ数年・・嫌われ者も悪くなかったわ」
感慨深く語りながら理嗚はかけうどんを食べているが、思えばなんでこいつは俺と一緒に飯を食べているのかと 思うと少しだけ疑問に覚えてしまう。もはやきっかけなどはどうでもよくなって考えるだけでも下らないものなのだが、 この女はなんで俺みたいな奴と腹の探りあいをしながら食事を続けて苦痛になるとは思わないのだろうか? お金持ちならそれ相応の相手もいるはずだし、何よりも俺とは違ってこの大学でも友達がいるようなのでそいつらと 付き合えば良いと思うのだが、なんでこうも昼時に限って何が楽しくて俺と他愛のない腹の探りあいをしているのか 疑問を覚えてしまう。
だけどもはっきりしているのは俺はこの女を好いてはおらずむしろ嫌っているということであった。
「あなたとこうやって食事をするのも後数ヶ月・・今思えば自分でもよくわからないわ」
「俺にとっては迷惑以外何者でもない。勝手にお前がついてきてからどこか調子が悪い」
「ならあなたが壊れるまでずっといてあげてもいいわよ」
「断固拒否する。それだったら死んだほうがましだ」
こんな女に付きまとわれるぐらいなら死んだほうがはるかにましであろう。それだけこの女は俺にとってかなりの 有害物質に近いものでありこのまま共に過ごしていると俺が俺でなくなってしまうという奇妙な恐怖感に包まれて しまうもので言いようのない不気味さがこの女からは常に発せられるのである。
55 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/23(木) 01:25:36.69 ID:DOkVAh9O0
「・・いいわね。あなたならどの企業も受かるでしょうね」
「お前にそういわれると余計に不安になる」
面接に卒論・・この重大なイベントをこなさなければならないだろう。あらかじめ小論文も書いておいたのだが後は はきはきと応対して行けば大丈夫だろう、俺は兄みたいにまともな職業につかずのうのうとしているのは勘弁だ・・ 俺はあいつとは違って普通に生きて安定した生活を送るのだ、そこには充実さなんてものは必要ない・・仕事を ただひたすらこなせればそれだけでいい、それだけ楽しみやそういった感情も必要はないだろう。
「ま、せいぜい頑張ることね」
「お前に言われるとどことなくムカつく」
「そう、だったら余計に頑張らないとね」
憎たらしくもかけうどんを食べ終える理嗚に心なしか自分の将来に不安になってくるものである。
56 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/23(木) 01:26:48.48 ID:DOkVAh9O0
結局、そんなこんだで月日と言うのはあっけなく過ぎ去っていくもので企業の面接の日がやってきた。 流石の俺も会社との面接ともあってか緊張は隠せないもので何度も深呼吸をしながら自分の心境を整えると 真剣な気持ちで企業との面接に望んだ。初めて着る背広に少し動きにくさを感じてしまったのだが我慢すれば 何とかなるだろう。面接官の質問にてきぱきと答えると俺は妙な自信めいたものを徐々に感じていた・・
「ではこれで質問を終了させていただきます。遠いところをわざわざご足労ありがとうございました」
「いえ、これで失礼します・・」
深々と礼をすると静かに会社を後にする。この会社で5社目だがまだほかにも面接をするところはあるのだが 無理は禁物だ、その上これに卒論もこなさなければならないしバイトを辞めて正解だったようだ。最後の出勤は 実に呆気ないものであったが最初から愛着などなくバイトはバイトと割り切っていたのでそれほど寂しくはなかった のだが・・しばらくは家でのんびりと結果を待ちながら過ごせばいいだろう、夏も過ぎて秋も深まる季節・・徐々に 卒論の提出日も近づいてくる中で追い込みと言う試練が待っているだろう。
(結果がでたらあの女ともおさらばできるな)
早く俺は大学を卒業して理嗚との接点を絶って今までのように誰かを利用しながらも1人でこなしながら生きて いたいものであの女と一緒にいるだけでどこかおかしくなってしまう。今でも自分には若干の違和感を抱いている のだから仕方ない、早く結果がくればいいのだが採用しているとは限らないしもしかしたら今まで面接をした 会社に落とされている可能性だって大いに考えられる。でもそれらを差っぴいてももう二度と理嗚の顔を見なくて もいいのは俺にとっては何よりのメリットだ、それに早いところ家に帰って卒論をまとめなければならない。
もう少しで手が届くであろう自分の未来を予想しながら卒論をまとめるために家へと戻るのであった。
57 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/23(木) 01:27:54.80 ID:DOkVAh9O0
時間と言うのは非常に安定しており捉え方次第では短くも長くも感じるであろう、だけどもこう大変な時期ではあるが こうも落ち着いていられるのはどうしてなのだろうか・・? 多分心の余裕が働いている証拠だと思うが、どうもよくわからない部分もあると言えばあるもので人間と言うのは よくできているのだなぁっと思ってしまう。
「もう冬も近づいてるわ・・」
「あと少しでようやくお前ともおさらばできるな。俺にとっては待望の季節だ」
「それ以前にその台詞は就職も決まって卒論もこなしている人が言うことで成り立つものよ」
確かにこいつの言うようにそういった言葉はすべてが決まっている奴が言うべきものだろう。あの時の面接から かれこれ数日ぐらいで結果が来て見事に採用通知が届いてきたのにはある種の感銘を覚えたほどだ。 卒論もこないだに提出したばかりだし俺には悠々としながらも約束された将来が待っているので穏やかに流れる 時間に身を任せながら過ごせばいいだけの話だ。
「そういえば卒論は何のテーマだったの?」
「別になんだっていいだろ・・」
「頭が良いあなたならきっと大丈夫そうね。・・私はね女体化について調べてみたわ」
なんら脈絡もなく話を切り返してくるこいつにはもううんざりしているのだが、もう何年も一緒に飯を食っていると 自然と慣れてしまっているので考えるのはやめている。それにしても女体化について調べ上げたと言うのに少しだけ 興味が沸いてしまうものだ、俺も前に論文のテーマで女体化について調べ上げていたのだが女体化と聞くと兄の 事を思い出してしまいどうも嫌気が差してなかなか進まなかった。最近は小説とかでも女体化を主とした話が 多数出ており、この病気がどれだけ世間に知られているか容易に想像できてしまう。
58 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/23(木) 01:29:13.77 ID:DOkVAh9O0
「女体化シンドノーム・・その名のとおり15、16歳で童貞を保っていたら男性から女性の体へと変貌してしまう病気ね」
「・・そんなの文献で腐るほど書いてある。ついでに指摘するとこの病気が発見されたとき、国連の命令染みた 決定で加盟国全部に女体化への人権保護やアフターサービスなどを盛り込んだ法律を制定させたな。
世界の歴史が急変に変わったのはいいが皮肉なことに未だに世論からは差別や偏見があるから笑えるものだ」
「わざわざご説明ご苦労様。あなたの言うように女体化は未だに差別や偏見もあるわね・・私はそこを中心に いろいろ調べたわけ。女体化と聞くとどこか抵抗感が沸いてくるものでしょ? いくら女体化したとはいえ 元男性・・まさか自分がゲイだなんて思ってしまい自然と萎縮的になる。だから女体化した人は独身が多い・・
だけどももう数年したら女体化も日常的に染み付いてそういったのが減ると思うわ」
「立派なご説明お疲れさんと言いたいところだがな・・それはあくまでも男性から見た構図だろ? それだけじゃ話にならないな・・」
「まさか? ちゃんと女性からの視点も調べてあるわよ。女性から見て女体化した人間はどこか存在が中途半端で 理解しづらいものがあるらしいわ・・何せ女体化しても元男性ってことにはなんら変わりないわ。 まぁ、それが差別や偏見につながるとは限らないけどね」
それからもさまざまな角度で女体化を語る理嗚に俺は納得しながらもどこか引っ掛かるものを感じてしまうのは 何故だろう・・? 理嗚の卒論は俺が調べた頃よりもはるかに充実しており、納得してしまうものもある。流石に俺よりも念入りに 女体化について調べているから当たり前と言えば当たり前なのではあるだが、まだ女体化が定着して数十年・・ 満足な書籍も少ない中でよくこれだけ調べられたのには感心もしてしまう。
59 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/23(木) 01:29:51.89 ID:DOkVAh9O0
「以上よ。何かご質問などがあれば受け付けるけど・・」
「いや別にない。それにしても女体化なんてあんな下らない病気をよく調べる気になったな」
「大した理由じゃないわ。そうね・・強いて理由とすればあなたと女体化の話をして興味を持ったって所かしら?」
確かにこいつとは女体化について話したことはあるが何も興味を持つほどまでに話したことはない。 俺は女体化した奴が嫌いとは言っていたが、それはあくまでも女体化しても男言葉を使う奴であってそれがなければ 別にどうだっていい・・それだけで卒論のテーマを女体化にしていたのはなんだか納得のいかない理由だが こいつの行動にいちいち考えていても仕方のないことだろう。それに後こいつといるのも数ヶ月ちょっとだ、だったら 好きにさせておけばちょうどいい。
すべてが決まった俺はただひたすら新たな生活の準備をしながら過ごすだけでいいのだ。
最終更新:2008年09月17日 20:15