『蒼い炎』(10)

26 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:23:53.21 ID:0aF+eUp30

卒論を提出して卒業を待つ日々・・普通の人間ならこの時期に手を休めているのだが、俺の場合は違う。 余暇さえあれば資格の習得に勤しんでいるし自分を向上させている。こういった時期は休むのではなく自分を磨くの にはちょうどいい時期なのだ。いつものように人の少ない食堂でもかけうどんを食べながら論文や勉学は惜しみなかった。

「ねぇ、今夜は暇?」

「・・お前に教える義務はない」

俺と一緒にかけうどんを食べながらも理嗚は相変わらずの余裕を保っているようでその微笑もどこか憎たらしい。 そんな理嗚だが今後の俺の予定を聞きたがっているようだが絶対にこの女に教えることなどない、ただえさえ今まで にも俺の不注意とはいえこの女と一緒に行動したときはいつものような腹の探りあいをする昼食の風景を思い出して しまうものでどこか心が落ち着かない。しかし理嗚はこんなことも予測していたのかかけうどんを食べながら ゆっくりと口を開いた。

227 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:24:28.53 ID:0aF+eUp30

「そうね・・じゃあ、交換条件というのはどう?  今夜私に付き合ってくれたらそれ相応のお礼を支払うし、もちろん経費は私が払うわ。

あなたには一切損がないと思うけど・・?」

「お前といるだけで俺にとってはデメリットだ。ほかを当たるんだな」

「他じゃ駄目なのよ。あなたじゃないとね・・」

この俺の返事にいつもの理嗚ならすっぱりと諦めるはずなのだが、今回の理嗚はいつもと違ってかなり強情で 是が非でも俺を今夜どこかへ付き合わせようとしていたのが見え見えであった。それに交換条件のほうも確かに 俺には一切の損はなく普通の人間だったらもれなく引き受けているであろう。だけどもそれだとますます理嗚の 手の平で踊らされているようで抑えきれようのない怒りが俺の中でゆっくりとこみ上げてくるのがわかる。

だけども理嗚はそんな俺を愉しんでいるかのような視線で俺を見つめながらも鞄から分厚い封筒を俺に差し出す、 どうしても封筒が目に付いた俺は封筒を調べてみるとその中身に俺は驚きを隠せなかった。

228 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:25:53.27 ID:0aF+eUp30

「こ、こいつは――」

「・・200万円、これは頭金と考えてくれてちょうだい、嫌いな女とこれから共に過ごすのだからそれだけの 精神的苦痛を被るのだからそれに対する慰謝料として考えさせてもらったわ。 これでも引き受けてもらえるかしら?」

俺は失いかけた意識を何とか取り戻すと、封筒に入っている分厚い札束を覗くのだが俺の貯金並みの金額を渡されて 余り言葉が出ない。それにこの女から金をもらったところで俺が首を簡単に縦に振るわけがないし買収と言う手段に うってでたことが驚きで他ならないものだ。だけども金の魔力と言うのは恐ろしくも俺に何かを語りかけてくるように その存在感は大きい・・心が揺らいでしまうほどの力を俺は感じてしまっている。こうなってくるともはや理嗚と一緒に 過ごしていくデメリットなど吹き飛んでしまいかけてくるもので、今までの自分の理想がごっちゃになってしまうほど 俺は取り乱しているようだ。

そんな俺に対して理嗚は落ち着きを保ったままお決まりのとどめの一言・・

「ご返答を聞かせてもらいましょうか」

「・・いいだろう。今夜だけお前に付き合ってやろう」

「これで商談成立ね。じゃあ、今夜大学の前で落ち合いましょ」

プライドよりも実をとってしまった俺・・だけどもいったん答えてしまった以上は仕方ないものでここは割り切って こいつと行動するしか選択はない。理嗚と簡単な打ち合わせを済ませると俺はどこか気持ちがむしゃくしゃしてしまう。 それに形はどうであれこんな形で買収されるなど俺の気が晴れるわけがない、確かに最近はバイトとかも辞めて 少し金銭事情が厳しくなってしまっているのだが、貯えはそれなりに備えてはいるし生活だって質素で慎ましく しているつもりだ。

だけども俺はこうも簡単に買収される自分に割り切ってしまうものの・・嫌気が差してしまうのもまた事実だ。

229 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:28:03.36 ID:0aF+eUp30

金で釣られた俺はそのまま金を持ち出して逃げ出すことも可能であったのだが、それでは気分も悪いしどこか 胸糞も悪いもので、約束の待ち合わせ場所である大学の前で少し肌寒くなった冬の夜で俺はじっと理嗚を待ち続けて いた。約束の時間まであと少し・・タバコで溢れ返ってくるイライラをごまかしながらも心のどこかでは理嗚の都合で 今後起こるであろう出来事がおじゃんになることを切に願うことも忘れはしなかったが・・だけどもそういった願いと 言うのは叶うことは皆無に等しいわけでそれを具現化するように一台の車が俺の近くにある道端へと停車した。 エンジンが切られ運転席からはこの騒動の中心にいて俺を悪い方向へと巻き込むであろうと予想される人物・・ 葉山 理嗚がこちらへとやって来た。どうやら車の免許を持っていたらしいが車のキーを俺に渡すと笑顔で 俺を歓迎してくれた。

「今日はよろしく頼むわ。これ車のキー」

「・・免許は持ってるんだろ。だったらお前がするべきだ」

「駄目よ。私、夜は鳥目だから事故起こすわ・・」

そういって理嗚は強引に俺にキーを渡すと自分はさっさと助手席に乗りながら悠々とタバコを吸っている。 結局車のキーを渡された俺は運転席に乗ると運転することにしたのだが、なんだか何時ぞやの夕食のことを 思い出してしまう。あの時は本当に自分の不注意とはいえこの女になすがままに乗せられてしまう自分に腹が 立ってしまうもので、タバコを吸いながら車を運転しながらも俺はどこか納得がいかなかった。周りの景色が 現れては消えていく繰り返して味気ないものだ・・

230 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:29:40.70 ID:0aF+eUp30

「そろそろ・・お腹減ったわね」

「また何時ぞやの高級料理でも食べる気か?」

「まさか? 私は高級料理にもそろそろ飽きてきたところよ」

金持ちと言う人種はいまだに良くわからないものでこの女はその類型としてみてもいいだろう。周りを見ながら 俺は適当な店を見つけると駐車場で車を止めるとそのまま理嗚と一緒に店の中へと入っていくことにする、理嗚の ほうも一般的な店に入るのは気が楽なようだ。

「なるほどね・・」

「高級料理には飽きていたんじゃないのか? ・・お嬢様」

「言うようになったわね」

嫌味のつもりなのだがどこか嬉しそうな顔をされるとこっちのペースも少し乱れるがこれ以上は大勢の目の前で 不穏な空気を出すわけにもいかないだろう。俺たちは喫煙席に案内されるとメニューに手をとるのだがさっきまで 沸いていた空腹感が急に失せてきたのだから不思議なもので俺はどうも気持ちに整理がつかない。 気持ち悪いぐらいにマイペース差を保ち続けているこの女とこれからどうやって過ごせばいいのであろうか・・

まぁだけども、最初は俺を連れ出した真の目的を訊き出さなければ気がすまない。金まで握らされてここまでする 理由を知りたいものだ。

231 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:31:20.14 ID:0aF+eUp30

「・・そろそろ本当の目的を教えてもらおうか」

「別に、ただの卒業前の思い出作りよ。見返りとして高くお金はついたけど・・」

「解せんな。それ以前に俺じゃなくても他のやつでいいだろ? お前なら男に苦労しないんじゃないか」

「わかってないわね。ああいった連中の目的は私よりも葉山の財産よ・・それに考えが単純でつまらないもの」

こいつに単純と評される人間などはどういった連中なのか気になって見るのもいいが、俺が納得できる理由には 到底なしえない。

232 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:31:35.87 ID:0aF+eUp30

「もう一度聞く、なんで俺なんだ?」

「・・私と同じだからよ」

「――なんだと・・」

これほどふざけた答えを聞いたのは初めてだろう。自然とメニューをもつ手もわなわなと震えてくるもので思わず こいつの首根っこを掴んで怒鳴りたく衝動に駆られてしまうのだが、周りのことも考えると必死に自重することで 精一杯だ。だけども注文を取ろうとする店員は俺のことを感じ取っているのかなかなか注文を取ろうとはせず、距離を 置きながら時間を見ながらここちらに伺おうとするのだがなかなかこれない様だ。それよりも理嗚のほうは明らかに 俺をバカにしているかのようにケラケラ笑いながらこっちを見つめている。

「失礼、今のは冗談よ。でも本当に理由はないの。言葉をつけるならあなたじゃないと嫌だったってところかしら?」

「・・お前はまじりっけなしの本物の変わり者だよ」

「周りから時々言われるわ」

こんな奴と過ごしている俺も一種の変わり者であることは違いないだろう。

233 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:32:58.53 ID:0aF+eUp30

あれから一通りのメニューを頼んで食事を終えると、俺はなるべく早く帰れそうな予定を考える。これ以上この変人と 一緒にいたらおかしくなってしまうからな・・

「・・さて、これからどうする?」

「そうね、ここら辺をドライブしておさらばの方があなたにとっては都合がいいでしょ?」

まるで今の俺の心境を見透かしているように余裕そうな表情で喋る理嗚に俺は途方のない虚しさを感じてしまう。 だけどもほかに考えがなかったのもまた事実でほかにいい案が思い浮かばないもので、結局俺はいつものように こいつの奢りで飯を食わされる羽目となり、店を出て駐車場まで行くのだが・・まるですべてがこいつの書いた シナリオどおりに着実に進んでいるかと思うと気持ち悪さと悔しさを隠せない。

「お前に言われるとどこか納得がいかないが仕方あるまい」

「そう・・」

「り、理嗚さん!!」

車を止めてある駐車場へと向かい車に乗ろうとした時、俺たちの前に1人の男が現れる。男のほうをよく見てみると 整った顔立ちに凛とした服装、持ち物を見てみると高級そうなプレゼントと思わしきものをもっており一目見ただけで よほどの金持ちだと推測できる。その男は俺よりもどうやら理嗚のほうに用があるみたいで理嗚の姿を見つけると 俺を尻目になにやら急に緊張しだし理嗚に迫ってきた。

234 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:34:22.96 ID:0aF+eUp30

「探したよ・・さぁ、こんな奴なんか放っておいて僕と一緒に食事でもしよう。高貴な君には高貴なものがよく似合う」

男はもっていたプレゼントを理嗚に差し出すと税に浸った顔つきで理嗚の反応を今か今かと心待ちにしているようで あった。ここまで典型的だと笑えてくるものでこのままじっと観察するのもおもしろいだろう、プレゼントには眩い ばかり輝く真珠のネックレスだがネックレスを貰った理嗚の表情はとても嬉しそうではなく、何か物足りなさそうな 感じで男のほうを見下しているようでじっと男の好きなようにさせており、しばらくして理嗚はゆっくりと男のほうへと ゆっくりと向かい静かにこう言いのけた。

「どうしたんだい? 車を待たせてあるから早く・・」

「無知って本当に罪よね。あなた・・まだわかってないの?」

「おいおい、僕の家は君の家とも大変親交が深い・・付き合っていても損はないはずだよ」

この一言で理嗚の表情は完全に呆れており、持っていたネックレスをそこら辺に投げ捨てると表情も笑みのほうも いつも見せる妖艶な笑みではなく・・冷たく相手を震え上がらせる人間の恐怖と言う感情を呼び起こすまでの笑みで 男のほうも顔が恐怖で引きつっているようだ。

「な、何をするんだ。時価7千万円の真珠のネックレスが・・こんなことをすれば僕の家のほうが家が黙っていないぞ」

「・・・今までにも家のほうから忠告は与えたはずよ。だけどあなたは頭が弱かったから少し分からなかったようね」

そういって理嗚はカバンからスタンガンを取り出すのだが・・まさかこんなものを理嗚が所持しているとは思いも よらないものだ。こうなるともはや驚きを通り越してどのように評していいのかはよくわからない、それにスタンガンと 言うとそれなりの威力を備えておりいくら体を鍛えている人でもそれなりのダメージは残るだろう。ここまで行くと もはやただの痴話喧嘩では済まされないもので何とかして止めないとちょっとした騒動になってしまうものだ。

だけども理嗚はそんな俺の気など全く知らずにスタンガンに電源を入れるとゆっくりと男のほうへと向かっており、 男のほうも先ほどの整った顔つきが崩れて、今ではもう見る影すらない。

235 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/08/26(日) 23:34:57.85 ID:0aF+eUp30

「そ、それは・・」

「あ、これ? アメリカにある防衛会社が作った最新鋭のスタンガンよ。家が持てってうるさいのよね・・ 当たればあなたでも唯では済まないわね」

理嗚はスタンガン構えながらゆっくりと男に近づくと冷たい言葉で囁くように喋る。

「じゃあ、後は家のほうでゆっくりとありがたいお話でも聞くのね」

「ま、待て! 僕の話を・・」

「もう二度と会わないことを願うわ。・・さようなら――」

スタンガンを男に浴びせると叫び声も叫ぶ暇もなくぐったり倒れる、理嗚はそのまま何事もなかったように 俺の元へと戻ってきた。

「・・おい、放っておいていいのか」

「大丈夫よ、後始末はやってくれるわ。・・面倒にならないうちに行きましょ」

そういって理嗚は助手席に乗り込むとタバコを吸いながら俺を待ち続けていたのだが異様な静けさが俺たちを包み込んでおりまるで嵐の前触れかと思ってしまうほどである。


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最終更新:2008年09月17日 20:18
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