『蒼い炎』(13)

386 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/13(木) 22:55:51.78 ID:r5s9Qtfe0

時の流れはそれを保ったまま何の変化もなく流れを刻んでいく、こいつを長いと感じる人間もいれば逆に短いと 感じる人間もいるだろう。大学を経て社会の荒波へと揉まれている俺にとって時間の流れは予想を覆されることの 連続でただただ残酷なものだ。 数多くの失敗や上司からの叱咤・・自分の糧になるとわかりつつもムカついてしまうものはムカついてしまう。 だけども社会はそれを許してくれるほど甘くはない、不条理から成り立つ公平さに悩みつつも失敗を繰り返し自分を 昇天させるしかないだろう。そう考えると学校のありがたみが今によくわかる、学校ではどんなことをしても教師という 存在が生徒を影で助けているのだが、社会人となるとそれらも全部自分で背負わなければならないものだ。

大学を卒業して会社に入って半年・・ようやく仕事にも慣れ始め上司からもそれなりの信頼と比例して叱咤の数も 減りつつあるのだが失敗はしてしまうものだ。それにこの会社は社員にアパートを貸してくれるので俺みたいに 安アパートで生活している人たちに救済の手を差し伸べてくれるのだからこの会社に入社して正解だろう。

「・・はい、では失礼します」

電話を切ると休むまもなく書類を書いていく、こんな作業にも慣れるのには一苦労だが何とか様になっている。 会社の書類は大学のレポートよりも辛いもので書く内容にも苦労させられる、だけども書類ごとにある癖やどのように 書けばいいのかという文章の流れをうまく組み込むことができれば何とかなる場合もある。入社してから3ヶ月間は 本当に酷く何度も上司に書類を破られ書き直しを命じられたものだ、思えばこの苦労があってこそここまでこれたの だと考えると自分にとってはいい経験になっているのかもしれない。そんなことを思い出しながら仕事に勤しんで いると、上司である部長が俺の様子を見ながら何気なくすでに書き上げた書類にチェックを入れている。

387 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/13(木) 22:56:08.62 ID:r5s9Qtfe0

「・・どうだ、仕事のほうは?」

「部長のご指導のおかげで何とか様になってきました。これも部長が何度も叱って下さったおかげです」

「ま、始めのうちは失敗することが重要だからね。今の君は着実に成長を続けている」

思えばこの部長からは社会のいろはを教えてもらったような気がする、最初にこの会社に入社したときそれなりに 苦労した書類を投げ捨てられたことがある。それを機に部長は入社して間もない俺を容赦なく徹底的に書類の 書き方や接客や営業の仕方、会社でやっていくあらゆる術を俺に叩き込んでくれた。最初は戸惑いながらも失敗を 繰り返しながらゆっくりとその技術を継承しつつ全てを覚えるまで半年の月日を要することとなる。

俺自身も部長の言うことを聞きながら重要なところは何度も繰り返したし、自分なりに実地訓練を繰り返しながら ここまでこれたのだと思う。元来の勉強好きが意外なところで役に立ってくれたようだ・・

389 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/13(木) 23:01:19.13 ID:r5s9Qtfe0

「仕事面では君は成長を続けている。・・だけども飲み会やそこら辺は何とかならんかね?」

「酒のほうは昔酔っ払って他人に多大な迷惑をかけてしまったので飲まないようにしているんですよ。 口に含むと加減もわからずにたくさん飲んでしまいますから・・すみませんが、こればかりはどうしようもありません」

「君とはいつかは酒を酌み交わしたかったのだが仕方ないな・・嫌なこと思い出させてすまなかった」

「いえ・・部長のお気遣いだけでも嬉しいです」

部長は書類を置くと肩を落とし残念そうにしながら自分のデスクへと戻る。無論、さっきの話は全くの嘘で実際の ところどれぐらいで酒を飲むのをやめるのかはわかっている。仕事上だけの人間関係にプライベートの話などする ほうがどうかしている、だからこうやって下戸と称して会社絡みの飲み会などは総出で断っている。 入社してからはそういった誘いも頻繁とは行かないものの少なからず存在しており今のような嘘でさりげなく断って 仕事に励む。それを続けた甲斐もあってか入社して一ヶ月してからはそういった誘いは俺の元からきっぱりと姿を 消した。この会社の人間も俺のイメージについては仕事はできてもプライベートはからっきしっと言ったイメージが 定着しているだろう、バカみたいに大人数でどんちゃん騒ぎをするよりもこうやって1人で仕事を続けるほうがよほど 楽しく感じられるものだ。 俺は社会の荒波にもまれながらも自分なりに生きる道を見つけて安定して充実した生活を手に入れることが できたのかもしれない・・

「・・余計なこと考えてる暇はないか、プロジェクトの下準備を進めなければ」

今、俺の部署はとあるプロジェクトに心血を注いでおり見るからに忙しそうだ。与えられた仕事を完璧にこなしながら 進める・・仕事のおもしろさがだんだんとわかってくるのはいい傾向なのかもしれない。

392 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/13(木) 23:06:25.59 ID:r5s9Qtfe0

その夜、誰もいない自宅に帰ると昼間やりきれなかった仕事を片付けることにする。パソコンを駆使しながら片付い ていく仕事に感銘を覚えてしまうのは俺だけであろうか・・? 画面と睨めっこしながらキーを叩いているとこの プロジェクトの責任者の名前を見つめてみる、女性の名前が書かれているが男の名前に近いその字体は女体化した 人物について間違いないだろう。 責任者についてはどうでもいいのだが女体化している奴にこき使われるのを考えるとどうも、納得のいかないものを 感じてしまうが、上司にいちいち文句を言ってしまうのは切がないし、余計なことを考えずに仕事を片付けるほうが 手っ取り早い。

「こうやって一人でただ与えられた仕事をする・・マンネリ気味になりそうだが慣れれば何とかなるだろう」

パソコンを叩きながらやっと訪れた充実感に浸りつつある、大学時代にあの女と嫌な食事から開放されたと思うと 喜びを隠し切れないもので改めて1人でいることの充実感を感じてしまう。集中してパソコンの画面と睨めっこを しながらキーを叩いていく、やっていることは至って単純だが不思議とめんどくささなどは感じることはない。 それに心なしか上司から与えら得る仕事が日に日にも増して増えているような感じがしてくるのだが、それは俺が 上司からの信頼を得ている証拠なのかもしれない。

コーヒーを飲みながら俺は市場調査のまとめと会議に必要な資料を入力していく、時間の流れなど当に忘れるものだ・・

394 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/13(木) 23:10:53.81 ID:r5s9Qtfe0

俺も働き始めて半年弱・・一般的にはそろそろ結婚と言う言葉がちらついて来るものなのだが、俺にとってはまず 関係ない。結婚なんて下らないものだし、人と暮らすだけでも余りいい気分になれない・・

それにようやく訪れた1人の生活をぶち壊されたくなかったのだが・・一本の電話でそれが壊されかけようとしていた。

「お見合い・・?」

「お前ももういい年だろ、父さんの知り合いの娘さんだ。歳はお前よりも2つ下だ」

仕事もひと段落して休んでいた今日この頃・・いつぞやのときのように無理やり実家に強制召還されると父から お見合い写真なるものを渡されるのだが、どこか複雑な気分で親に出会いを螺旋されるのもいい気分ではない。 それに実家と言うとどうしても兄のことを思い出してしまうのだからいい気持ちになれないもので、他人と一緒に家に 住むなど反吐が出る思いだ。のんびりとお茶をすすっている父に家事をしながらそれを遠めで見つめている母・・ いつものように振舞っているつもりだろうが内心ではいい年を迎えた俺に早く結婚しておけと言う感じが見え見えだ。

395 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/13(木) 23:11:10.90 ID:r5s9Qtfe0

「会うだけでもいいだろう。これでお前も結婚してくれればゆっくりと腰を落ち着けるしな」

「私もいい案だと思うわ」

「まだ早いと思うけどな・・」

「何を言う、昔から善は急げとよく言うだろ」

威厳たっぷりにお茶を啜る父に俺は身勝手さを覚えつつも相手のお見合い写真をじっと見つめる。見た目は着ている 着物が似合っており理嗚と比べるとぱっと外見で判断すると和服美人といった感じだろう。おっと、もうあの女とは 係わり合いがない考えるだけはよそう・・ これからお見合いする予定となる人物、藤川 律子という女性も今頃は多分俺と同じことを告げられているだろう・・ 本人になんの断りもなく勝手にお見合いを企画している当方の両親には少し呆れも感じてしまうのだが、自分たちの 孫を見てみたいという気持ちにはわからないまでもないが少し強引すぎるのも考えようか・・?

それによくよく考えてみればこの家には女が1人いる、一応この両親の子供なのだからそれに期待するほうが理に かなったものと言えるだろう。

396 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/13(木) 23:13:03.01 ID:r5s9Qtfe0

「・・俺よりも兄さんのほうに期待すればいいと思うけど」

「あいつか・・」

「あの子はちょっとね・・」

両親が揃って苦い顔をしながらそっと兄貴の部屋のほうへと見上げる。どうやら俺が実家を空けている間に 何やら一騒動あったらしい・・余り予想はしたくないが両親を巻き込んだ多大な問題を起こしたのだろう、全く本当に 救いようのない奴だ。ま、理嗚と同じくこれ以上あの人に関わるのは御免被りたいので外れかかった話題をお見合い のほうへと持っていく。 今の状態を考えると人とめったに付き合おうとしない俺が今後こういった話がない限り結婚と言うものは皆無に等しい だろう。別に夫婦というものに憧れなんて微塵もないし、それに誰かと一緒に暮らすだけでも煩わしいもので余り心が 進まないのだが、両親の名誉のためにも一応参加だけはしておいてやってもいいだろう。

「・・わかった。会うだけなら構わないよ」

「よし、これで決まりだな母さん」

「これで安心できるわ・・」

勝手に安堵している両親を尻目に俺はこの藤川 律子と言う人物にどこか違和感を感じてしまうのだった。


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最終更新:2008年09月17日 20:19
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