545 名前:
◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/30(日) 23:23:04.58 ID:/5JHYlk/0
お見合い当日、それなりの服装で見合いに望むのだが余り気が進まないのはどうしてだろうか? 親の用意した 料亭で双方の両親が見合いながらゆっくりと進んでいく。せっかく出される料理も高級感あふれるものだが緊張や その他感情がもろもろ入り混じりあまり箸が進まないものだ。どこぞやのお話のとおりにゆったりとしたマンネリと した流れに耐え切れなくなったのか、双方の両親を代表して父がお決まりの一言で場を制す。
「まぁ、後は当人たちにお任せしてお邪魔な私たちはとっととここから立ち去りましょう」
まさに鶴の一声と言うべきか・・父の一言で俺たち以外にこの場にいる親族が立ち去ると獅子嚇しの音が部屋全体に 響き渡るほど静かでとても会話をするような雰囲気ではないだろう。言葉すら切り出せず重々としたこの雰囲気が 続いたまま・・目の前にいた律子がふと俺に言葉を投げかける。
「あの・・失礼ですが一樹さんはどうったお仕事に努めてるのですか?」
「会社勤めです。・・律子さんの趣味は?」
「主に家事全般です。いつでもお嫁にいけるように母に躾けられたので・・」
凛としつつも言葉には一切の棘がなく、礼儀もしっかりとしている・・よほど親が礼儀に厳しく躾けてあるようでこちらも 自然と身が引き締まってしまいどうも緊張感を覚えてしまう。だけどもどこか落ち着いていると言うか落ち着きを感じて しまう・・律子は柔らかな物腰で相手に応対するためどこか納得してしまうものもあるのだろう。
だんだんと話すタイミングというものを掴めてきた俺は会話の視野も少しずつ広げてみることにする。 思えばこうやって人と喋るのは初めてなのかもしれない・・
547 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/30(日) 23:25:27.42 ID:/5JHYlk/0
「律子さんは今までお付き合いした人は?」
「残念ながら私は人見知りが激しいほうなのでまだお付き合いした人も少ないほうです・・」
「意外ですな、そんなにお綺麗なのに・・」
これだけ綺麗だと普通に男は寄ってきそうな感じがするのだが、意外にも人付き合いには鈍いほうらしい。 そういった点がどこか俺と共通するところがあるのだが俺の場合はただ単に人付き合いが嫌いだから人とは接した くないのだが・・ それに向こうのほうも俺の雰囲気に慣れてきたのかだんだんと質問の回数も増えてきておりなり崩し的ながらも 会話も弾んでいているような気がする。
「そういえば一樹さんは女体化には遭われてないのですね」
「ええ、女体化は予防済みですから・・」
今の時代、この歳になって男を保っているとすれば童貞を捨てているとしか思えないものだ。女体化は早めに 抑えないといつ訪れるかわかったものではなく、早めに童貞を捨てないと女になってしまうから嫌なものだ。
548 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/30(日) 23:25:53.53 ID:/5JHYlk/0
しばらくは話が女体化の話題になるのだが律子のほうは今までとは違い女体化の話題となると声のトーンが 落ち気味だ。なにやら女体化にいい思い出がないのだろうか・・?
「・・女体化は昔からあまりいい病気ではありませんから」
「ええ、そうですね・・私もそう思います」
どうも女体化の話題はあまりよくないようだ、それを察した俺は話の話題を別の方向へと持っていく。それにそろそろ 律子がこのお見合いに参加した本当の理由も聞いておきたかった。こんな俺とお見合いするなどよほどの好き者と しか思えないものでいったいなんで引き受けたのだろうと不思議に感じてしまう。 お見合い写真のほうは両親が適当な写真を勝手に持ち出して律子に見せたのだと思うのだが、それでもなぜ俺と お見合いをするようになったのだろうか・・?
549 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/30(日) 23:28:31.47 ID:/5JHYlk/0
「このお見合い・・なぜ引き受けたのですか? あなたならほかにもいい人がきっといるような気がしますけど・・」
「私がこのお見合いに参加した理由ですか・・? あまりよくわかりませんがなんだか参加しないと後悔してしまう 感じがして・・すみません、納得するのには無理なものですが・・私はあなたと言う人物をこの目で見ておきたかった からです」
「・・そうですか」
話がぴたりと止まり場の空気もさっきまでと同じ静かで話し辛いものとなってしまう。だけども藤川 律子と言う人物に ついて考える時間を持てたこともまた事実、表面上は相手を怒らせることもなく柔らかな物腰だが内面的な志向が かなり強い女性ともいえる。話をしてみると余り自分の意見を言いたがらず俺の話をただ聞きながら自分は影のほう に徹しているような感じだ。そんな女性が女体化という病気の話題に何かしらの変調をきたしているのだから なにやら因縁めいたものがあるのだろう。俺としても勝手に人の過去を除くような趣味は持ち合わせていない・・
「すみません・・せっかく盛り上げていただけたのに白けさせてしまって」
「いえ、そんなに気にしませんよ」
「・・それに遠慮せずに本当のあなたを見せてください」
「――ッ・・」
何ともいえない焦燥感が俺の頭の中を駆け巡るのと同時に律子の鋭い洞察力に俺はあの理嗚の姿を思い浮かべて しまう・・だけども理嗚との違いは言葉には全くの悪意や疑う材料となる不の感情が全く見当たらないことだ。 余り思い出したくもないが理嗚の場合は常に相手の心理状況をすかさず読み取りそれを巧みに利用しながら相手を 翻弄するタイプだろう。それに俺は人一倍理嗚を嫌っていたから余計に俺をじわじわと締め付けるように棘のある 言葉でいなしていたのだろう。だけども律子の場合はそういったものを感じずに悪気は本当になかったのだろう、 表情のほうにも明らかに申し訳なさがにじみ出ている。
551 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/30(日) 23:30:17.40 ID:/5JHYlk/0
「す、すみません・・出会ってまだ早々にこんな失礼を――」
「・・あんたに隠し事は無用のようだな」
こうも言われたら律子に俺の本性を隠す必要なんてないだろう、それにこのお見合いもそろそろお開きに近い時間 なので俺の本性を見せてもいいだろう。どうせ俺にはこういった縁もないし結婚以前に誰かと接することすらない、 俺の本性でも覗いてもらって盛大に嫌ってくれるほうが心地がいいし後味もいいだろう。
「これでいいか・・?」
「――・・」
建前の感情を消した俺は両親も知らない本来の感情で律子に接するが律子はそれに臆した表情や怒りをみせず ただ単にじっと俺を見つめていた。
552 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/30(日) 23:30:57.04 ID:/5JHYlk/0
「どうした? お望みどおりにみせてやったぞ」
「それが本来の一樹さん・・」
「・・臆したか?」
「いえ、私の些細な我が儘に付き合っていただき恐縮です」
俺の目の前で深々と礼をする律子に別の意味で変に感じてしまうが悪い気はしないのはなぜだろうか・・? だけどもこんなことで謝られてもこちらとしては戸惑ってしまうわけでどのように反応していいのかよくわからない ものだ、だけども何の疑いもなくすんなりと律子の言葉を受け入れてしまう自分もいるものでとても奇妙な感じだ。 思えばこうやって女性と喋ったのは初めてなのかもしれない、会社では業務の話しかしないしこういった砕けた話 などあまりしない。それに理嗚とはまた違う律子に少しばかり感嘆というか変な気持ちを感じてしまう・・
そんな複雑な感情が入り混じりながらも何とか気持ちを整理しようとしたとき、律子は最初のときと同じように柔らかな 言動を保ちながら言葉を吐く。
554 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/09/30(日) 23:32:32.42 ID:/5JHYlk/0
「あの・・これが終わった後もご迷惑ではない限り私と出会ってくれますか?」
「俺と? 他の奴でもいいじゃないか・・」
「いえ、あなたじゃないと・・差し支えない程度でいいですからお願いします」
「・・仕事に支障が出ない程度なら」
こうまで律子にお願いされるとなかなか断りづらいもので考えるまもなく俺は自分の意思とは裏腹に自然と首を縦に 振ってしまう・・こんなことなど今まで一度もなく正直言ってどうしていいのか余りわからない状態だがただはっきりと 言えることは不愉快などなく自然に首を縦に振ってしまったと言うことだ。
こうなってしまった以上は今後はちょくちょく律子と付き合うことになるだろう、どうなるかは俺次第なのだが なぜだろう・・余り悪い気がしない。俺にこうまでして身を引く感じで接せられるとどこか気が引ける。
「ありがとうございます。あなたからこんないい返事を聞かせてもらって私嬉しいです」
「・・いつまで続くやら」
俺の返事に喜ぶ律子に対しボソッと吐いた本音しかでない、結局互いのメールアドレスと住所を教えあうとお見合いは これ以降たいした話もないまま平坦な道のりをたどって終焉を迎える。どうでもいい報酬を残して・・
104 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:19:16.37 ID:ysDmXOJB0
あのお見合いの後、俺の日常にとてつもない変化が――・・っと最初は思っていたのだが全然たいしたことなく、 いつもと変わりない仕事に終われる日々が俺を待ち受けている。俺にとっては充実した環境で仕事ができてありが たく清々しいものなのだが、お見合いの時はあれだけ迫っていた律子が終わったときには潮が引いたようにぴたりと 連絡もよこさないとなると少し不気味なものを感じてしまう。だけどもそれらを差っぴいても余計な邪魔も入らずに 仕事に集中できるのはいいものだ、もしかしたら内心は興が冷めてもう諦めたのかもしれない・・
そんなことを考えながらパソコンを打ちプロジェクトの資料をまとめていると突然何の脈略もなく部屋に電話が 掛かる・・上司かと思い緊張しながら電話に出てみると、受話器からは野太い声を放つ上司ではなくお見合いのときと 同じように柔らかな口調で喋る律子であった。
“あの・・お邪魔だったでしょうか?”
「・・一応、仕事中だ。用件だったら早く言ってくれ」
“お仕事中とは存知ずに済みません。あの今度の休みに私と・・デートしてくれませんか?”
「デート・・だと?」
デートというとあまり良い思い出がない、といってもあれはほとんどデートというよりストーキングや脅迫の類のもの だろう。俺の意思とは関係なく付き合わせられたのだからいい思い出ではない、それだけに女性とデートといわれると 自然と警戒心が働いてしまうものなのだが・・律子は俺に必死に謝りながらも何とか話を切り出す。
105 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:20:07.61 ID:ysDmXOJB0
“もしかして一樹さんの都合のつかない日でしたか? また別の日にしますが・・”
「・・わかった、考えてみる」
“本当ですか、ありがとうございます・・”
そのまま電話を切るとカレンダーをみながらどうしようかと悩みながらもあそこまで言われると断る気力をなくして しまう。こうなったら適当にやり過ごしていくしかないだろう・・
(ま、暇つぶしにはなるな。あの女みたいに下らん行為はしてこない時点でマシか・・)
嫌な思い出しかない過去を振り返るよりもまだ分からぬ明日を見続けたほうが楽ということに気がついた俺は 溜まっていた仕事を再開する。部長が言うにはこのプロジェクトは女体化を利用したものらしいが余り実感がよく 沸かないもので何をどのようになるのかがあまりよくわからないところだ。ま、だけども俺みたいな末端の人間が こんなくだらないことを考えていても仕方がないもので仕事を片付けるほうが重要で余計なことを詮索している 暇など余りない。
それに仕事に埋もれて忘れてしまいそうになるほうが今の俺にはちょうどいいのかもしれない。
106 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:21:49.01 ID:ysDmXOJB0
結局、仕事が忙しくなってしまい断る暇もなくあの約束は具現化してしまう形となってしまう。指定した待ち合わせ 場所に立つとなんだか少し気が滅入ってしまってどこかやる気にもなれない・・ それに向こうは俺のことをどこか勘違いしているような節も見受けられたような気もするし適当にあしらったらまた 余計に誤解を生む結果になってしまうだろう。精神を落ち着かせるためにいったい何本のタバコを吸ったのかは 余りよく覚えていない、このままドタキャンか何らかの都合で律子が来れなくなってくれるほうが俺にとっては よっぽど嬉しいのだが、あの性格からしてきちんと約束事は守っていそうだ。
(ま、来てしまったものは仕方ない・・か)
最後のタバコが切れ掛かかり買いに行こうとしたのだが、ふと周りを見つめるのだが・・そのとき俺の視線には必死に 俺の元へと向かっていく律子の姿が目に浮かんできた。鞄を持ちながら必死に俺の元へと走ってくる律子の姿に どこか感銘を覚えてしまうもので、その証拠にタバコを買おうとしていた体がぴたりと止まりそのまま律子を出迎えていた。
「も、申し訳ありません。あの・・待ちましたか?」
「・・別に」
たかが2分程度遅れたぐらいではそこまで待っているとは言えなくもない。それに余計なことを喋っている暇が あったらさっさと行動してしまうほうが楽だ、近くの駐車場にレンタカーを置いてあるのでさっさと乗ってもらって適当に 過ごせばいいだろう。そう判断した俺はこのまま律子を車に乗せてこっちのペースに乗せる・・
「早く来い、近くに車がある」
「はい」
嫌味もなく素直に返事する律子にどこか心の中で不思議と引っ掛かるものを覚えてしまうのであった。
107 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:22:36.91 ID:ysDmXOJB0
目論見どおりというべきであろうか? 律子を車に乗せると俺は適当に車を走らせながら反応を待つ。
「どこに行きたい?」
「そうですね・・人ごみは苦手ですので都心から離れていただくとありがたいです」
「いいだろう」
律子の要求を聞くと俺は車を都心から離し、そのまま人ごみがない静かな街のほうへと車を進める。 とりあえずは目的もできて安心してもいいようだがまだ油断はできない、いつぞやのときのように女と言うのは 内心では何を考えているのかは全くよくわからないものだ。
「今日はいい天気ですね」
「ああ・・そうだな」
前回のお見合いのように静寂な場面はなく、律子のほうは何とか俺と話そうと話を振ってくる。律子の意外な行動に 内心では驚きつつも話を合わせながら車を運転していく、律子が話を振ってはそれに合わせてそして何もなく 消化していく・・はっきり言ってこれらの行動には何ら意味もないバカバカしいもので余計に脱力感というかどこか やる気が削られてしまうものだ。
109 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:23:25.57 ID:ysDmXOJB0
「一樹さんは過去にデートなどは・・?」
「不本意ながら一度だけある。まぁ、あれをデートと呼ぶには少し疑問が残るが・・」
「そうですか・・」
「別に気を落とさんでいい、あんたにそこまで気を遣われるとこっちまで調子が狂う」
俺の気を遣い、落ち込みかけている律子を立ち直らせることにすると運転を再開させる。正直言ってここまで俺に 気を遣われるとどこか気まずくなってしまうもので別の意味で調子も狂ってしまう、それにデートと言えばあの女に 無理矢理付き合わされたことを思い出してしまうものでいい気分にはなれない。
もう理嗚に関しては思い出すだけでも余り心地よいものではなく、できれば忘れておきたい・・
「そういえばなんで俺なんかとお見合いしようと思ったんだ?」
「お恥ずかしい理由ですが、あなたの写真を見てから一目でもいいので会いたいと・・」
「余り納得したい理由じゃないな」
「すみません。余り良いお答えではなくて・・」
こんな言葉で納得など到底できるものではないがあまり考えないほうが良いだろう。それにもう少しでお昼だ、何かを 食べて考えを落ち着かせたほうがいいのかもしれない。車を適当なところで止めると俺は昼の場所を律子に聞いて みるとにする。
110 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:24:49.08 ID:ysDmXOJB0
「昼でも食べるか・・」
「あ、お昼なら今日のためにお弁当作ってきたのでそれをお食べください」
そう言って律子は後ろに置いてある鞄から2つのお弁当箱を取り出すと何もない純粋な顔つきで弁当を差し出す 律子になんだかよくわからない気持ちだ。弁当を受け取り蓋を空けてみると中身のほうはかなり整っており、栄養 面でもバランスが取れているようで食べてみると味のほうもしっかりとしている。お見合いのとき趣味が家事全般と 言っていたのはどうやら本当だったようで、いつも飯屋で食べているご飯よりもおいしいものだ。
車内で律子の作ってくれた弁当をじっくりと食べながら今か今かと俺の言葉を待ち続けている律子に口を開くことにする。
「あの・・お口に合いますか?」
「ああ、大丈夫だ。それにしても弁当なんてなぜ作ったんだ? 飯なら俺が・・」
「今日はいい日和でしたので、朝早く起きて余り物ですがせっかくのデートですのでこうやってお弁当を作ろうと 思って・・それで少し遅れましたけど」
相変わらずの柔らかい口調で今朝の出来事を説明してくれる律子・・それにしてもこんな立派な弁当を余り物と 評するがとても余り物で作ったとは思えないぐらいに完璧に仕上がっている。こんなにうまいものを作っているの だから控えめにならずに堂々としていればいいのだが、余り口出しするのも面倒だ・・ここは素直にお手製の弁当を 味わうことにしよう。
111 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:25:55.32 ID:ysDmXOJB0
「それだけ食べて下さるとお口に合っているようで嬉しいです」
「まぁな・・」
何も言わずに弁当を食べる俺・・そんな俺を律子はただただ見つめながら反応を楽しんでいるようであった。 だけどもその表情には悪意などの感情はなく、ただ純粋に自分の作った弁当がちゃんと俺に合っているか 心配そうに見つめているようだ。
このまま会話もなくただじっと見つめられていても癪なので会話を提供することにしよう。
112 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:26:52.89 ID:ysDmXOJB0
「・・そういえば女体化についてはどう思ってるんだ?」
「女体化・・ですか――?」
「あ、ああ・・」
不意に女体化の話題を切り出すのだが、ここに来て穏やかだった律子の表情が悲しげな感じで今まで俺のほうを 見ていた視線のほうもあさっての方向を向いてしまいさっきよりもどこか消極的だ。もしかしたらまずいことを聞いて しまったのかもしれない、それに前のお見合いで女体化についても反応は快いものではなかったのを思い出す。 そう感じた俺は話題を何とか変えようとするのだが、律子のほうは一呼吸すると会話を再会させた。
「・・あまりいい病だとは思いません。かかってしまった人は男性と女性の狭間で今までの自分の存在意義が 問われますから」
「だけども所詮は自問自答だ。女体化しようがしまいが、生きていく意志がなければどうしようもないな」
「女体化した人がお嫌いなんですね・・」
「・・・」
律子の台詞に俺は今まで動かしていた箸が止まってしまう・・ここまで的を得た言葉を言われると何を言って いいのか余り良くわからない。それに律子に言われるとどこか萎縮してしまって言葉が続かないもので何を言って いいのか全く良くわからない感じだ。手当たり次第言葉をかけていても余り良いものにはならないだろう・・ 言葉を慎重に選んでいる俺を察したのか、律子は元の表情に戻り慌てていつものように俺に謝る。
115 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:28:13.58 ID:ysDmXOJB0
「す、すみません! 心境も察せずに勝手なことばかり言ってしまって・・」
「別にいい・・事実だしな。察しのとおり俺は女体化した奴が余り好きじゃない、男の頃の名残だといって今でも 男言葉を使う奴が好きになれん。女になった今でも男の頃の思い出を引きずる奴をみるだけで気持ち悪いもの だしな。それがなかったら別に大して変わらんし、普通に人並みには接してやってもいい。確かに女体化したら 今までの自分の存在意義に疑問視する奴もいるだろう、だけどもいくら自問自答しようが自分は自分だ。
- 自分の存在を自分で消してしまったら意味がないだろ」
そういって俺は再び箸を動かし弁当を食し始める。思えば俺が女体化を快く思わなかったのはいつの頃だろうか・・? 多分、兄が女体化してそのままいつもどおりに振舞っていたのが主な原因だろう。あの時は口には出さなかったが、 内心では折り合いの悪かった兄のイメージがさらに悪くなったもので哀れに思ってしまったほどだ、それが根っこと なって以来俺は女体化した女を嫌悪してしまったのだと思う。 それにいくら元男と聞くと少しだけ身を引いてしまうもので考えるだけで気持ち悪くなってしまう。だけども今はもう それを気にしても仕方ないものだし歳が歳だ。そんなくだらないことをいちいち気にしてたら仕方ないし多少の こだわりは捨て去らなければならないものだ。
「ま、俺はそこまで気にしていないけどな・・それに深く考えなければただの男と女だ」
「・・そうですね、少し安心しました」
「そうか・・」
とりあえずいつもの調子に戻った律子になぜかホッとしてしまうと俺は弁当を食べ終え横にあったお茶を飲みながら のんびりと昼の一時を味わうことにした。
116 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:29:35.85 ID:ysDmXOJB0
弁当を食べ終え再び車を走らせるのだが、都心を離れ人ごみもなくなっていくと行く当てもないもので面白みも 欠けてくるものだ。幾度もなく車を走らせても目的地が見えなければなんら意味すらない、それにあの会話の後だと 互いにどこか気まずくなるもので心のほうも萎縮してしまうもので場の空気のほうも気まずいままだ。
車の音楽だけが虚しく響く中、ようやく律子が重々しい口を開く。
「・・あの、晩御飯どうしましょうか?」
「お前の好きなものでいい」
「じゃあ、あそこの店でお願いします」
「わかった」
律子から偶然通りがかった店に行きたいと言うので俺はすぐに車を店のほうへと向けると駐車場に車を止め、律子と 共に店の中へと入っていくことにする。これで何とかあの重々しい空気から脱することはできるだろう、いくら 俺でもあんな重い空気を長時間味わうのは少し勘弁したいところだ。それになぜ律子が女体化に関すると表情が 暗くなるのかと言う疑問も気になるところで運転しながらもそれがずっと頭に引っ掛かって可能ならば是非とも真相が 知りたいものだ。
「行くぞ」
「・・はい」
互いに歩調を合わせ店の中に入っていく・・だけども体がどこか緊張してしまうのはなぜであろうか? その答えはこれからわかるのかもしれない。
117 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:31:15.46 ID:ysDmXOJB0
店の中に入り料理を頼みながらも砕けた雰囲気にはなれず余り良い雰囲気ではない。何か会話のきっかけとなる ものがほしいのだがどうもタイミングがうまく掴めないものでどうもやり辛い・・ でもよく考えてみれば別に俺が苦労しなくてもいいはずだし、元はと言えばこのデートだって適当にあしらってから 帰すつもりだったのにいつの間にかこうやって律子に気を遣いながらデートを進めている。だけども律子は常に 自分を抑えながら俺に何かとしてくれるのだからこっちとしてもいつものペースが出しづらくなって互いに 遠慮しあっているのかもしれない。それに律子といるときは心なしか冷静になりながら現実的に物事を考えることが 減ってきているような気がする、それだけ律子の存在は俺の気を和らげているのかもしれない。
「あの・・今日は何から何までいろいろありがとうございました」
「別に大したことはしていない」
「いえ、一樹さんのおかげで今日は楽しめました」
深々と礼をする律子に改めて俺は藤川 律子と言う人物がよくわからなくなってくる。思えば俺に近づいてきた 代表的な女としてあの理嗚が嫌でも思い浮かぶのだが、あいつとは違い妙な不気味さや嫌味たっぷりのどす黒い 感じはない。だけども律子はそういったものが一切なく、怒りや憎しみといった負の感情が感じられないのが不思議な ものでそれがかえって奇妙に感じてしまって興味をそそられるのかもしれない。
料理を食べながら俺はせっかく掴んだきっかけを無駄にはせず、更に思い切って話の輪を広げることを試みる。
118 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:31:50.65 ID:ysDmXOJB0
「・・結局、よくわからない一日だった」
「でもこうやって一緒にいるだけでも優雅で楽しい日でした」
少しぎこちない笑顔を浮かべたままだが、どこか楽しそうな口調で律子は今日1日の出来事を語ってくれる。
「こうやって男の人と2人きりで過ごしたことは初めてでしたから新鮮でした・・」
「そういえば人見知りが激しいとか言っていたな」
「ええ・・昔からです」
恥ずかしそうに昔のことを語る律子・・話を聞いているだけでだんだんと律子に引き込まれているのが自覚できる。 やはりこの女は何かしら人の怒りを消し去り相手を純粋にさせる力を持っているのかもしれない。 こんな女が世の中にたくさんいれば俺の見方も少々変わっていたと思うしもう少しだけ人付き合いと言うものを 学べていたような気がする・・
おっと、だんだんらしくない事を考えてしまうのはやめて置こう、一応これでも今の自分には愛着があるので 必要以上に考えるのは控えたほうがいいのかもしれない。
119 名前: ◆Zsc8I5zA3U? 投稿日: 2007/10/04(木) 00:32:33.62 ID:ysDmXOJB0
「あの・・ひとつ伺ってもよろしいですか?」
「何だ?」
「一樹さんは・・結婚とかには興味ありますか?」
「・・・はぁ――?」
いきなり何を言い出すと思えば・・かなり突飛な話で言葉が余り浮かばない。こんなに冷静になっている自分に 少しばかり感心もしてしまうものだ、それにしても普通に話していてなぜ結婚とかと言う話題になってしまうので あろうか? 今までの話の中でも律子とは普通に接していたつもりだし問題なく事を運んでいたつもりだ、それなのに なぜ結婚とかと言う話題になってしまうだろうか・・
考えれば考えるほどよくわからないもので頭の中が詰まってしまうのだが、律子はさらに意味不明な言語を俺に 並び立てる。
「私と・・結婚してくれませんか?」
前言撤回、どうやら俺の周りに集まる女は少しばかり人より変わった人間が多いようだ。
最終更新:2008年09月17日 20:20